選挙後に寄せて思うこと

はじめに

OTというフィールドがこれからどうなっていくかという、あてずっぽうな予測です。

民主党が政治の素人集団だということは、前回の選挙前から知っている人は、インターネットを通じて知っていたと思われます。
今でこそ、テレビの情報の信頼性が低いことは、多くの人に認識されてきていますが、前回の時にはテレビの情報をそのまま鵜呑みにする人が多かったように思います。

私の、周りの大人もテレビくらいしか情報源がなかったので、ある意味非常に偏った考え方のもとで投票を行っていました。

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自民党を選択せざるを得ない現状

別に、私は特定の支持政党があるわけではないです。
が、この国が現在まわっているシステムが壊れると、それはすなわち、社会制度の崩壊につながり、社会制度の崩壊はセーフティネットをはじめとした救済制度の崩壊を意味するので、さすがにそれはまずいと思うのです。

だから、現状、少なくとも制度維持くらいはできるだろう自民党しか選択肢がないと思っています。

政権交代をしてから、自民党時代よりも景気が悪くなり、国の借金が増え、税収が減少傾向にあるのに、それに対して有効な手段を講じることができない民主党にはほとほとがっかりしました。

そもそも3年前、民主党が政権をとったのがすべての間違い

どう考えてもできるわけのないマニフェスト()を掲げ、国民をだまし、その結果日本の経済を停滞させた民主党の罪業は非常に大きなものがあります。

東北の復興支援も実は、そんなにやる気がないんじゃないかという気さえしました。
借金ばかり増えて、まったく復興は進んでいないように思います。
また、消費できる以上の金を被災地に落としているせいで、被災地の人々の生活習慣や価値観が大分変わってしまったという話も聞きます。

外交においても、金融政策においても諸外国から非常になめられていました。

そのことは、多少金融の知識をかじっていれば、野田総理大臣が衆院の解散を宣言した翌日の安部自民党総裁の発言に、市場が敏感に反応したことからも明らかです。
民主党が政権与党に居座っている限り、経済も財政も景気も悪いままだったでしょう。
そうなると、自民党がかじ取りをするよりもはるかに速いスピードで、この国のセーフティネットは崩壊したはずです。

民主党の何が悪かったのか

正直悪かったところしかないです。

まず、国民との約束をほとんど守れなかったこと。

子ども手当()

次に問題だったのは、問題が起こった時の対応能力がきわめて低かったこと。
経験者不足もあったと思いますが、それ以上に実務能力の低い人間が多かったことが問題です。

理念はいいこと言うんですが、それを具体的に実現するための政策が具体的に全く示されなかったのが、個人的には一番最悪だったのではと思います。

選挙結果と今後の予想について

自民党は、右だから危ないという人がいますが、当面は大丈夫でしょう。
しかし、自民党は決してロマンチストではないので、かなりいろいろなところがシビアになってくると思うのです。

社会保障費の財源が確保困難であれば、自民党は必ず額面を削ってきます。
民主党であれば、将来につけを回してでもなんとかしたかもしれませんが。

しかし、国のシステムを保全しないと、それを土台にしている他のさまざまなシステムが崩壊するので、これが最も堅実な政策でしょう。

自民党の行う景気対策がうまくいけば、財源は、税収で賄えるかも知れません。
けれども、どうあがいても、消費税増税は、そのうち確実に行うことになるでしょう。

医療費についても、何とか抑制する方向に進んでいくと思われるので、下手をすると点数が減ったりする可能性も大いにあり得あると思います。

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普段特に意識することのない、検索というプロセスのその次にある、調べ物能力の重要性について

本当は、こんな更新している場合じゃないというほど、尻に火がついております。
文章を書いていると、時間がすぎるのがあっという間すぎて恐ろしいです。

気づいたら、夜が明けてるとか、あります。普通に。
自分で、びっくりして、寝ないとまずいと思って、仮眠をとる生活リズムの崩壊した、作業バランスも逝っちゃってる最近の日常です。

でも、思いついた時に書いておかないと、きっと忘れちゃうので、さらっと書きます。

というわけで、余計な話はここまでにして、本題!!
自分が知りたい情報について、いろいろと調べる機会が最近とみに増えております。

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ところが、一つ重要な問題がありまして、なかなか自分が本当に知りたい情報までたどり着くことができないのです。
たとえ、知りたい情報がそこに書かれていたとしても、信頼性にかける等の理由で使用ができないなんてことも良くあって、自分が知りたい情報まで自分が能動的に動いてたどり着くということは何と難しいことなのかと、本当にひしひしと肌身で感じています。

そんな中で、やっぱり、情報をきっちり入手できるというのは、それだけで非常に大きなアドバンテージなんだな、と、自分の体験を通して感じました。
インターネットがあるおかげで、論文の存在はわりともれなく楽に検索できるのですが、それでもやっぱり情報として上がってこないものがあったり、手続きを踏んで図書館で取り寄せたりしないといけなかったりで、やっぱり、検索のその先にあるノウハウをどれだけ身につけているのかって、本当に大切なんだなあと、思い知らされました。

ひと段落ついたら、今の苦労と成功体験のそんなこんなをまとめた報告書を書いてみたいと思います。

このあたりで、失礼します。

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アメリカ生まれで、日本人が育てたことばのサポートアプリケーション

新しい自助具の可能性を感じたのでご紹介させていただきます。

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iPhone便利ですよね。
僕は、iPhoneは持っていないのですが、iPadは一日に11時間は起動させている日もあるくらいに使い倒しています。
インターネットで情報の検索をしたり、メモ帳やスケジュール帳として使うにものアプリケーションが便利です。
しかも、それらの多くはある程度、無料で使うことが出来ます。

これだけ便利な、デバイスが巷にはあふれているのですから、これをディスアビリティを補完するための手段として使わない手は無いと思います。きっと、自助具にもITを取り入れようという提言は、多分以前から、色々なところで言われているのではないでしょうか。

そして今回は、そんなideaが実現した、製品があったので御紹介いたします。
言葉を上手く話すことが出来ない、いわゆる発語に重度の障害をもつ、自閉症やダウン症などの子供達を対象として想定した、iPhone用のアプリケーションが今、評判になっているとの事です。

なんだiOSか、と思った方。ご安心下さい。
なんと、Androidでもご使用いただけます。

その名も「Voice4u」。インターフェイスはADOCとも似ていて、すごく直感的に扱えます。
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基本的な使い方は、アプリの中のイラストにタッチする。
やっぱり、これだけです。
すると、タッチされたイラストが表現している言葉の音声を、デバイスが再生してくれるという仕組みです。

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このイラスト項目は、購入後の初期状態でなんと170枚も登録されています。
これによって、発語困難な方のコミュニケーション、とくに日常生活の多くの場面でコミュニケーションに困難が伴っているような場合の意思疎通が強力にサポートされます。
しかし、使っているうちに170でも物足りなくなったり、あるいは、個人の特性に合わせて独自にイラストを追加したりする必要が出てくることが予想されます。こうしたニーズに対応して、実は、1000枚までイラストを作成することが出来ます。

また、このような主要な機能のほかの機能も豊富です。
イラストの組み合わせで、文章を作成したり、スケジュールを作成したりと、自閉症児をはじめとした発達障害児の特性に合わせた極めて有用性の高い機能が実装されています。
一見奇妙に思えるかもしれないイラストも、自閉症児の注意の特性に着目した画期的なものといえます。

より詳しい情報、購入は、こちらから。
開発秘話とかも読めるらしいですよ。
http://voice4uaac.com/jp/

すでに、iPhoneなどを活用されていて、コミュニケーションカードなどを使用されている親御様に新しい自助具として提案することも考えられるのではないかと思います。

追記)NHKでも紹介されているようです。

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発達障害の原因が母体の化学物質摂取による可能性の示唆

マウスを使った実験の結果なので、ヒトも同様かというと、それはよくわかりません。が、ヒトも同様のメカニズムで、マウスと同じような結果がもたらされる可能性があります。
今後の詳しい研究が待たれます。

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Executive Function Deficits and Social-Behavioral Abnormality in Mice Exposed to a Low Dose of Dioxin In Utero and via Lactation

こちらから、原文を読むことができます。
専門用語が難しすぎて何が何やらですが、発達障害を社会的に予防するという保健、公衆衛生的な観点からみると一読の価値はあると思います。

plosoneっていいサービスですね。
はじめて知りました。

Dioxin関連参考:What is Dioxin? How to Avoid Toxin Dioxin

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作業療法士ニーズは高いのに、作業療法士養成校は減少している訳

寒くなってきて、新型のノロウィルスが流行しているようです。
免疫力が低下した状態だと、かなりあっさりと感染してしまうみたいです。

くれぐれもお気をつけて。

さて、また伝聞情報で、しっかりとした裏づけは取れていないのですが、まあそんなこともあるのか程度の参考にしていただければと思います。
(もし、この件に関して情報を持ってるよ、という方がおられましたら、是非メールでも何でも良いので教えて頂けると非常に喜びます。)

この記事のタイトルにもあるように、ちょっと不思議なことがおこっています。

作業療法士という職種と、人材に対する需要は低いとはいえないというか、むしろ高いと言えるにもかかわらず、その作業療法士を育成するための教育課程である養成校の数が減ってきているらしいのです。
教育関係領域にて就職活動をおこなっている作業療法士の方が、教えてくださいました。

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ここからは、完全に推測なのですが、なぜこんな現象が起こっているのか自分なりに少し考えてみました。
多分以下のような原因があるのでは無いでしょうか。

①学生にとって作業療法士の社会的知名度が低い

多分、多くの学生は、作業療法士という職種があること自体を知らないと思います。
ソースは、自分の周囲の人々から「作業療法って何するの?」と聞かれまくる実体験からです。
一般論ですが、知名度が、低いと、まず情報を手に入れるためのコストが上がります。
すると、受験勉強等々で忙しい学生としては、あれもこれもと調べるにしても、何とか効率よく調べようとして、インターネットや人から聞いたり相談したりという事になると思います。
多分、この段階で病院、老健、特支などを見学する学生はいないでしょう。
と、した時に、作業療法士についての十分な情報が上手く得られず、結果として本格的にその職種を志望しようという気にならないという可能性が、一つ考えられると思います。親も、ある程度は子供の進路に対して、助言なりするでしょうから、その時に作業療法という分野がどんなことをする職種なのかをきちんと把握できないと、積極的に子どもをその領域に進学させたいと言う気持ちが起こらないのでは無いかと思います。

②学生から作業療法士が何をする仕事なのかいまいち見えない

上記に関連してなのですが、作業療法士の仕事、作業療法について知りたいと思っても、なかなか作業療法の本質について、魅力について、社会的重要性について、必要性についてびしっと説明してくれる情報源がありません
理学療法士は、スポーツ関連で取り上げられることもしばしばですが、作業療法がメディアに取り上げられることはあまりないですし、その取り上げられない理由の一つが、作業療法という概念について包括的に説明できる質の高い記事を書こうと思うと、やっぱり、非常にコストがかかるという事があると思います。
なので、きちんと作業療法士や作業療法について、きちっと説明している大手メディアが発信源の情報って、理学療法のそれに比べた時にやっぱりどうしても少なくなって当たり前なのだと思います。
きちんと作業療法士が、メディアが情報発信するときのコストを下げるような取り組みをしないとこの現状は変わらないのではないかと思います。(たとえば、こちらから情報を持っていくとか。)

③直接作業療法を目にする機会が乏しく、イメージしづらい

作業療法を最も雄弁に語るのは、やっぱり作業療法の実践場面だと思います。
ところが、作業療法士として働くためにどうしても必要になる能力をもった学生が、作業療法の処方を受けることってそんなにあるもんじゃないと思います。
(この点で、作業療法士が発達障害領域、教育の領域で仕事をする意義はかなり大きいのではと個人的におもいます。また、地域、在宅での支援を行うことも、学生の人に作業療法を知ってもらう機会になるかもしれません。)

④結局作業療法士を目指す学生数が低水準で推移している。

学生の絶対数が少ないと、どうしても教材や人件費などかさみますので、私立の専門教育課程などでは、採算が取れなくなってきて、教育課程がなくなってしまうと言うことにつながっているのではないかと思います。
私立のほうは特に、国家試験の合格率などかなり厳しく指導されるようですが、それでも合格率が泣かず飛ばず名ところもあり、そうした状況からもある種の人材的な厳しさが見えているような気がします。

っということで。
要約すると、
高校生知らない

目指さない

学校儲からない

減る
って事かとおもいます。

やはり、どんな仕事も最終的には人ですので、業界に人材がたくさん入ってくるような構造にてこ入れしていく必要ってあるんじゃないのかなぁと言うように思うのですが、そんなことを考える人はあまりいないみたいです。
OT協会がそういった活動をしているというのをあまり聞いたことがないので。
いや、私が知らないだけであると信じています。

絶対数増やすのが難しいにしても、いっそ人材の水準を何とか上げないと現状は変わらないのではと思っています。これ以上、どこをどうあげるのかという問題でもありますが。
なので、私は、私で、自分に出来ることをやってみたいと思います。

以上、社会的にはニーズがあるOTを養成するための学校が減少しているという現象について考えました。

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ない頭を絞って考える。(探索的研究編)

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自分が、何のために何をしているのかを忘れて、淡々と作業していると、どんどん方向性が別のほうへ行っちゃうことがよくあり、大変よろしくないです。

きっと、卒業論文や、学会発表論文、あるいは、雑誌投稿などで、論文を発表しようとされている方は共感してくださると信じています。

自分の頭の中にあることを、文章化するむずかしさというのは、やってみないと本当にわからないものだと、嫌なほど感じております。
考えるだけでなく、考えたことを、すぐに書き留めておかないと、即時記憶の容量が本当に少ないので、自分が考えたアイディアでさえ、「なんだったけ?」となってしまいます。
思いつくことは、ポンポンと思いつくのですが、覚えておけないというのはかなりつらいなあと思う次第です。

つまり、ない頭で時間をかけてせっかく思いついたアイディアもきちんと記録にして、自分の記憶と関連付けられるような形にして残しておかないといけないということを強く学んでいる最中です。
見方を変えれば、自分が論文を書かなければならない強い動機にもなりえます。
論文を、備忘録替わりっていうのも、なんか変な感じがしますけれども。

話を戻しますが、保持が苦手な以上仕方ないので、ありとあらゆるメディアに頼りながら、見苦しくあがいて、できるところまで完成させられるよう、頑張ります。

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研究や論文が重要な意味を持つ、知っておくべき一つの理由

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作業療法士という仕事が生まれた背景について、思いをはせると、この仕事が社会的な資格として存在するのは、国がそういった資格を持った人間を養成することが必要であると判断したからであったとおもいます。

そして、その国が作業療法士に対して社会的な役割を期待して資格としている以上、国がしていた期待通りの結果を出すことができる職能集団に、作業療法士がなってるかどうかっていうのは、国は見ているんだろうなと思います。

でも、一方で、きっと国は、発表された論文とかそういった、データ化されたものでしか評価をしていないという気がします。
介護の現場に出て行って、その現場での役割などを積極的に国が評価しているという話はあんまり聞いたことがないです。
自分が聞いたことがないだけで、実はやっているのかもしれませんが、多分積極的にはやってないと思います。
財政的な理由で。

だから、作業療法士がキチンと社会に理解される形式で成果を発表しないと、だめなんだろうなと思います。

その社会に理解される形式で、かつ、きちんと厳密性とか、論理性が保たれた形式で発表するのって、実は、相当レベルが高いことなんじゃないかとおもいます。

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それは、とっても作業療法だなって

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(写真と本文は何の関係もございません。受け狙いです。以下の文章は至って真面目です。本当に。)

「認知症のお師匠さん」

というタイトルで紹介されていたのですが、かいつまんで紹介したいと思います。
ちなみに作業療法士がかかわっているのかどうかはよくわかりませんが、やってることはまさに作業療法そのものだと思います。

さて。
認知症の88才の女性なのですが、現在自宅での生活が困難となっており、施設での生活を送っています。
しかし、週に2回、現在も踊りの教室を開くために自宅に帰っておられるそうです。
実は、この方は、20年来、舞踊の先生として活躍してこられたという経歴をお持ちの方です。

なんと、現在でも200以上の楽曲の踊りを覚えておられるそうです。
実は自分が認知症だと分かった時、この方は、教え子たちに「もう踊りはやめたい」と漏らしたそうです。
しかし、教え子たちは泉さんが踊りをやめたら、認知症の症状が進むのではないかと心配し、続けて欲しいと頼んだとのこと。
この教え子の方たちも、なんだかんだ言って、結構ご高齢だったりして、なんと60代から80代。
みなさん元気です。

この紹介を見ていて、「作業療法ってこうだよね」と思いました。

人、場、文化、ありとあらゆる要素を含んでいて、作業療法の実例の教科書に乗っけるべきなんじゃないかとさえ思いました。

この事例に関して、さらに詳しい情報が知りたい方はこちらから。
http://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/500/131650.html#more

認知症の方の喪失感や、生き甲斐の創出って、本当に難しいことだと思うので、病前からの積み上げというか、そういった分野に対する何かしらの啓発が必要なのではないかと、こういった事例に触れるにつけ非常に強く思います。

認知症を発症された方を本当の意味で支えるのは、こうした長年積み重ねた人と人とのつながりなのだということです。
普段、人とのつながりがないことなどを、つい社会のせいにしてしまいがちですが、人とのつながりは本当に大切にしないといけないなと、自戒を込めて強く思いました。
やはり、人は自分を支えてくれる誰かがいるから、生きていけるのだと思います。

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意味のある作業を提供するために。

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とあるOTR様がおっしゃっていたことですが、「もともと、”作業”という言葉は有意味であるということを含んでいるのだから、単に”作業”」でいいんじゃないの?

という言葉がありました。

個人的にはその意味がよくわかる気がしたので、深く共感しました。

その一方で思うところも。
「作業療法士は、今こそ作業を引き受けなければならない」といったことを鎌倉先生もおっしゃっておりましたが、作業療法士が作業を引き受けるためにはそれができる環境が必要です。
経営者や上司である医師や多職種の理解、協力が必須になります。
それを踏まえたうえで、作業療法士は、クライエントにしっかりと作業に取り組んでもらえるように最善を尽くす必要があると思います。

また、看護師として働く友人の言ですが、「PTやOTといったリハビリテーション職種の人の理論や方法論を十分に理解できるわけではないが、彼らからの助言があるだけでとてもやりやすい」「専門家の役割としてコンサルテーションはきちんとできないといけない」「専門性を確立しないといけない」というものがありました。
その話を聞いていて、作業療法士は、そういった役割もきちんと日常的に引き受けて行く必要があるのではないかと思いました。つまり、他の職種からきちんと信頼され、頼りにされるような実績を残したり、新しい活動行っていくことは重要なことなのではないかと感じました。

さて、意味のある作業という言葉に戻りますが、もちろんその意味とは「患者様にとっての意味」ということになると思います。
そして、患者様に意味のある作業を行っていただくためには、さまざまな人の理解と協力が必要になると思います。それを実現するための環境設定を行う能力も、作業療法士として仕事をしていくうえで大切なことのなのかもしれないと、ふと考えましたので、きちんと後で読めるよう文字にしてみました。

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精神科、もう一歩深く学ぼう

偏見は、不確かな知識から、理解は、確かな知識や経験から生まれるのだと思います。

精神疾患についての、症状を具体的に知っておくことは、精神疾患の方への差別偏見を取り除くうえで避けて通ることのできない過程だと思います。
ところが、精神疾患に関する教科書に記載されている内容は、必ずしも十分な情報量を記載しているとは言えないのではないかと思います。
(誤解を与えかねない表現や、正確な情報しか書くことができないという制約が教科書にはあることは理解しているのですが。)
自分も、実習を通して患者様とかかわらせていただくことで分かったことがいくつもありました。
ああ、教科書に書かれていないことってたくさんあるんだなぁと感じたのです。
そんな教科書水準の情報から、もう一歩進んだ精神疾患の具体的な症例、症状を見ることができるサイトがありました。
精神科志望のOTSはもちろん、普段精神科にかかわりのない人が精神疾患に対する具体的なイメージを深めるのに、非常に良い題材がたくさんあると思ったので紹介いたします。

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というサイトです。ご存じの方もおられるかもしれません。
精神科医である林公一Drが運営されているWebサイトです。
このサイトではたとえば以下のようなコンテンツを見ることができます。

【2335】統合失調症の薬への依存からの脱出を目指して

Q: 30代女性です。私はなぜかわかりませんが、2年前に統合失調症と診断され服薬をしていました。服薬をしていた頃、体調は重く、2年ほど家と病院の往復の日々を送りました。薬の副作用が強く、1年前に薬を飲みたくないと思いました。副作用では、会話ができなくなる、記憶が曖昧になる、全身にブツブツができる、体重増加、喜怒哀楽がなくなるなど、生きているのか死んでいるのかわからなくなるようなものでした。病状が良くなってから、薬をやめることにしました。このままでは社会復帰もできなくなります。薬を絶ち、3ヶ月ほどですが体調は良好です。社会復帰もしました。ただ、今でも換気扇の中から大きな声が聞こえたり、カバンの中から聞こえたり、行事で親族が集まると、みんな私をいじめるために集まったのだと考えたり、有名人だからとサインの練習をしたり、職場で蝶の絵を書くと「斬新すぎて怖い」と言われて悲しくてもう合わせる顔がなかったりします。でも、自分の中でこれは妄想、これは幻聴というものの区別が少しずつついてきています。医師は薬物療法を勧めますが私の熱意もあって今は飲まなくてもいいと言ってます。悪くなったら飲むという約束なので、幻聴が聞こえても医師には隠して体調がいいと伝えています。私は病気だとしても症状が軽いので、気合で乗り越えるつもりですが、どう思いますか?

林: すぐに薬を再開してください。この【2335】は、いったんよくなった統合失調症が再発する場合の非常に典型的なケースです。このままでは入院になるでしょう。典型的な点は、

薬を絶ち、3ヶ月ほどですが体調は良好です。

というふうに、薬をやめたらかえってよくなったと感じておられること。(統合失調症 患者・家族を支えた実例集 のcase23もご参照ください)

そして、

今でも換気扇の中から大きな声が聞こえたり、カバンの中から聞こえたり、行事で親族が集まると、みんな私をいじめるために集まったのだと考えたり、有名人だからとサインの練習をしたり、職場で蝶の絵を書くと「斬新すぎて怖い」と言われて悲しくてもう合わせる顔がなかったりします。

これらは統合失調症の妄想であることは明らかで、

でも、自分の中でこれは妄想、これは幻聴というものの区別が少しずつついてきています。

というふうに、自分で妄想や幻聴であるとわかっているから心配ないと安心していること。この安心は独りよがりな安心にすぎず、このまま薬を飲まずにいれば、妄想や幻聴であることがわからなくなります。(そして、その時には治療を受けようという意思はほぼ完全になくなっています)

また、

医師は薬物療法を勧めますが私の熱意もあって今は飲まなくてもいいと言ってます。

こんなことを医師が言うことはまずありません。
ところが、薬をやめようとしている統合失調症の人の多くは、「医師が飲まなくていいと言った」と主張するものです。それは、医師の何らかの言葉を、「薬を飲まなくていい」と、(これも独りよがりに)解釈していることが大部分です。
また、医師の側としては、どうしてもご本人が薬を飲むことに納得しない場合の一つの方法として(いくつかある中の一つの方法にすぎませんが)、今はいったんはやめてもいいが、悪くなったら飲むという約束をご本人と交わしたうえで、一時的な薬の中断を認める場合があります。この【2335】のケースはそうであるとも考えられますが、

悪くなったら飲むという約束なので、幻聴が聞こえても医師には隠して体調がいいと伝えています。

このように、そのような約束があっても、ご本人が薬を飲みたくないために病状を医師に隠し、そのようにすれば早晩もっと悪化するのが通例です。

以上の通り、この【2335】は、いったんよくなった統合失調症の方が、薬の中断によって悪化していく場合の典型的なケースです。

私は病気だとしても症状が軽いので、気合で乗り越えるつもりです

統合失調症は、気合では乗り越えられません。

(2012.12.5)

 ぼく個人としては、質問者様の文章と合わせて林先生の質問に対するコメントを読むことも非常に勉強になります。
ちなみに、ご紹介したコンテンツは下記リンクの「精神科Q&A」のコーナーで見ることができます

Dr 林の
こころの相談室

http://kokoro.squares.net/index.html

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