とりあえずやってみると分かる、「とりあえずやってみる」の大切さ

はじめに

あきあかねが飛び回る季節になりました。

少し涼しくもなってきて、世間は運動会シーズン真っ盛りで、児童生徒諸君は、行進の練習を頑張ってるみたいです。

運動会のとこも、多いみたいです。

さて、最近とみに実感として思うことがあります。

それは実践がやっぱり大切だなあということ。

そこで、なぜそう思うのか含めて、書いてみたいと思います。

「考えた」で終わると何も始まらない

物事は実行して初めて、形になります。

いうまでもないことかもしれませんが。

つまり、「考えておわり」は、結果として何も目に見えるものが残らないことになります。

とりあえずやってみる

十が無理でも、一が出来ることなら、積極的にやった方がいいなあと思ってます。

一の結果が目に見えることで、誰かに共感したり応援してもらえたり連携がとれたりして、二に繋がったり、将来的には十が達成できる可能性にも繋がるのかなあと、実感としておもうからです。

誰かに協力してもらえる事で可能になる事は、きっとたくさんあると思います。

実際に取り組んでみることが、誰かからの協力に繋がるかもしれないという点で、とりあえずやってみるという事には一定の意味があると思います。

ヤバい失敗以外は失敗してもいい

ヤバいのは命に関わる失敗と信用に関する失敗です。

命に関わる失敗は言うまでもないと思います。

ですから、バイタルとか意識レベルとかがとても重要な項目ですよね。

信用に関わるものについては、あいてがいることなので、その相手に迷惑をかけることになるという意味で、なんだかなーっと。

あとは、迷惑をもしもかけてしまった場合とか、迷惑をかけることがわかっているお願いごとをするような場合には、信用を失う事を回避するようなコミュニケーションをとれるかどうかというところが大切になるのだと思います。

一度失った信頼を取り戻すのは大変ですし、まして、部署を代表しているような場合においては、自分の信用を失いかねない言動は、自分以外の人の迷惑になり得ますよね。

上記のような失敗は、しないようにいろいろな手段を講じるのはとても良い事だとおもいますし、そのような失敗をしてしまうことが目に見えている場合には何もしないという選択肢は良い選択肢だと思います。

逆に、失敗したとしても、自分一人が困るだけの失敗を過度に怖れる必要はないかなあと、思います。

自分ががんばって挽回すればすむ話なので、うまく行くかどうかがあやふやでもとりあえずやってみて、失敗するなら失敗して、その失敗から学んで成長すればいいのだと思います。

自分一人で悩んでいるときにはわかりにくかった問題点も、実際に自分がやってみてソレを第三者にみてもらい、客観的な目線で話をしてもらう事で、あっさりとわかったりする事もあると思います。

そんな意味でも覚悟をもって、どんどん失敗させてもらうくらいのつもりでいたらいいのかな、なんて思っています。

やってみて初めてわかる事は必ずある

多かれ少なかれ、頭の中でのシュミレーションでは明らかに出来なかったトラブルというのは発生するものだとおもいます。

そして、逆にやってみて初めてみつかる良い点も必ずあります。

実際と同じ規模で行う事が難しい場合には、小さな模擬的な環境で、改めてシュミレーションをやるだけでも、問題点や良い点がよく見つかるので良いのではないかと思います。

終わりに

具体的な事は、あまり書く事が出来ませんでしたが、やってみようかどうしようか迷っていることがあったら、とりあえずやり始めてみたら良いのではないかと思います。

そして、

「失敗しても何とかする」

と言う気持ちを持ち続けて、まずは実際に取り組んでみるということが大切になるんだなあと思います。

どうやっても言葉では伝えきれない面もあると思います。

取り合えずやってみられては、いかがでしょうか?

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