名刺代わりって言葉には、知らない意味があった。

はじめに

びっくりしたので、メモ代わり。

営業職の常識?

「名刺がわり」って、名刺の代わりって意味だけじゃないそうです。

こんな用法が昔からあるんだそうな。

訪問先の相手にお土産を渡すときに、「『名刺代わり』ですから」といってわたす。

「つまらないものですが」と同じような意味合いで使うそうです。

解説

名刺って、渡すときに結構気軽に渡せますよね。

一枚あたりの単価を意識しながら渡す人はいないと、多分いないと思います。

多分。

そんな感じで、

「このお土産は名刺みたいに気軽に渡せる程度のものです」

「だから、気にしないでほしいです」

という意味なんだそうです。

なるほど。

おわりに

このサイトは、知人にはいっさい教えてない(ことになってる)ので、そろそろ自分の名刺がわりになるwebサイトを作ろうかなとおもって検索したらひっかかりました。

っていうそれだけのお話です。

アービックリ。

そして、日本語って面白いですね。

蛇足

わかったつもりになってる医療用語も多そうだなと思いました。

「ん?」ってなったことに興味を向けて調べるところまで持っていけるのって大切なことだなあと思います。

おわり。

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当事者は統合失調症とどう向き合うか? 〜 松本ハウス加賀谷さんの言葉をとおして

はじめに

統合失調症という疾患についての社会的な知名度は向上しているのかなと思います。

(多分一度は耳にしたことがあるはず?)

でも、当事者の言葉を聞くことができる機会って本当に少ないです。

そして本人にとってそのリハビリテーションって、一筋縄ではないです。

難しいことかもしれませんが、それに向かって周囲が一緒にできることを

芸人・松本ハウスが語る統合失調症からの社会復帰 ー BROGOS

を読んで考えてみたいと思います。

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この記事の目的の一つは、上記の記事の紹介でもあるのでお時間ある方は読まれて下さると嬉しく思ったり思わなかったり。

「松本ハウス」のハウス加賀谷さん概要

上の記事を読んでる時間の無い人の為にざっくりとまとめてみました。

  • 初発は中学生時代
  • 自分の体臭に関する幻聴が聞こえたり、強迫的に気になったりすることが続いた
  • 結果として、自尊心が低い状態が継続した
  • グループホームで少し落ち着くことが出来た
  • グループホームを出てからの進路について、自分のやりたいことをやってみようという気持ちになり好きだったお笑い芸人を目指す事にした
  • 相方が病気をすんなりと受け入れた
  • 仕事が増えて調子の良いときには、主治医に嘘をついて自分で薬の減薬をしてしまっていた
  • 時間の概念が歪むほどに病状悪化するも、お笑いが天職だったのなまじ頑張れてしまった
  • いよいよ悪化して入院
  • エビリファイがマッチして感情の平板化が改善
  • 喫茶店でアルバイト
  • 「やっぱり記憶力は落ちていますし、感情表現も平坦。それに、話をまとめることができないといった症状」あるも、芸人として復帰
  • 試行錯誤
  • そして今、またお笑いの仕事をしてます

「まとまってねーよ」って突っ込みはなしでお願いします。

聞こえまっせん。

重要な3つのポイント

ハウス加賀谷さんの社会復帰を考える上で大きなポイントが3つあると思いました。

以下三つです。

①受け入れてくれる場所(グループホーム)人(相方)がいた

②「お笑いが好き」という強いモチベーションがあった

③チャレンジの場や環境が常にあった

① 受け入れてくれる場所(グループホーム)人(相方)がいた

今病院が担うことが多い役割だと思います。

でも、記事を読んでいて必ずしも本人が安らげる場所だったり環境って言うのは特別に用意された場である必要は無いんだと強く感じました。

グループホームで落ち着けたから、次に何をしようかと考える時間を持つことが出来たのでしょうし、相方の存在がぐらつきそうな自尊心を支えたのだと思います。

その役割は、どこの誰が担っても本来は良いはずです。

②「お笑いが好き」という強いモチベーションがあった

たとえどん底にあっても、自分自身が行動のよりどころに出来るものがたった一つでもあれば人は何度でもどこからでも、再出発ができるんだと。

ベタな言い方をすると「希望」でしょうか。

症状が改善したからと退院していっても、何をしたらいいか迷い引きこもりがちになってしまい再入院となる方もおおいです。

「希望」があれば、人はそれを原動力にして主体的に行動ができるなと確認できたように思います。

③ チャレンジの場や環境が常にあった

「病気だから出来ない」「症状が改善するまで待とう」

ではなく、トライアンドエラー、試行錯誤で失敗することもありながらも、常にチャレンジが出来る場や人的環境が在ったってのはとても大きいことだろうなと思います。

失敗を恐れて小さくなってしまうのではなく、その具体的な経験から一つ一つ拾い上げて前に進むというスタンスは、確かにしんどいかもしれません。

でも、とても大切な事だと思います。

④ その他 リハビリテーションの捉え方

また、コメンテーターが

大谷:そこで、少しずつ症状が改善されて、ゴールとしては、元通り、社会に戻って、働けるようになるとか、昔と同じような生活を営めるようになるというのが着地点なのかなと思うんですけど。

という発言を行ったのに対して、相方のキック松本氏が

松本:その、”昔と同じ”っていうのがね・・

っていう返しをしておりますが、この視点も大切と思います。リハビリテーションは、必ずしも昔の水準まで元通りになることを目指す必要も無いし、それが全てではないと思います。

そう思います。

OTRとしては

ここで自分に関連づけてみます。

上記三つのポイントは自分の普段のお仕事でも大切にしないといけないというか、常に意識しておくポイントだとおもいます。

というか、意識するのが普通になって意識しなくなるのが正しいんだろうとおもいます。

また明日からお仕事ですんで、その辺しっかり確認したいと思います。

とりあえず

「相手を本当の意味で受け入れて」「やりたいことを引き出し」「チャレンジしてもらう」

が出来てるかどうかを確かめつつ。

医療関係者じゃなくても

良かったら、そんな感じのスタンスで過ごしてもらえたらいいなあと思います。

おわりに

ひろえもんは精神のOTRですが、ぶっちゃけ上の三つのポイントは何処でも変わらないと思います。

身障でも、老年期でも、発達でも。

これから実習の学生さん(あるいは、もう既に実習に入ってる人もいると思います)の参考になれば幸いです。

文章下手すぎてよくわからんよって言う人は、twitterでもメールでも何でも絡んで下さい。

先輩方からのご指導ご鞭撻もお待ちしております。

おまけ

本の紹介。

BLOGOSの記事も本の販促的な意味があるんだと思います。

新入社員の皆さん、初任給出たよね?

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その人の目標に応じて戦略的に作業を提供することが大切だと思います

はじめに

以前書いた

それは、とっても作業療法だなって

という記事にコメントを頂きました。とても「むむむ」な悩みどころなので記事にさせていただきます。

張り切って返信書いたらやたら長くなりました。よろしかったら読んであげて下さい。

コメント紹介

はじめまして。
お知恵を貸して頂けないでしょうか・・・?

この女性の場合は、人に踊りを教えるなど、人々と(複数の人間で)何か活動することを、お若いころから好まれるお方の様に見受けられます。

ところで、例えば、そのお方が元々好むことが、一人で静かに本や新聞を読むことであったり、一人でのんびりと写真撮影、ピアノ弾き、畑仕事、詩を書くなど、必ずしも誰かとつながって何かをすることが好みとは限らず、一人での自立的な活動を好まれるタイプのお方ならば、施設でどんな風に支えたら良いと思われますか。

その様な方々にとっては、やはり、一人静かに活動させてあげることが作業療法となるでしょうか。
施設側としては、そっと様子を見守ってあげつつ時折言葉を掛けてあげる様なスタンスで居るのが、合うと思いますか?

まずお詫び

最近記事の更新が全く出来ていませんでした。

リアルの生活が忙しかったのもありますが、正直コンテンツ管理に全く意識が行っておりませんでした。実は、このコメント4月5日にして下さったもののようです。

わざわざ質問いただいた匿名さんには深くお詫びもうしあげます。

どうもすみませんでした。

そして、非常に有意義なコメントありがとうございました。

自閉的な人とどう関わるか

ようするに、そういうテーマだと思います。

これって相当難しいテーマですよね。

学生時代にぶつかって、ぺちゃんこにされた壁です。

なぜ難しいか。

まず基本的なスタンスとしてはその人にとっては、積極的に誰かが関わりを持とうとすることそのものが侵襲的といいますか、ストレスな訳です。

より良い変化を促す為には関わることが必要なのに、関わりを持とうとすることがネガティブに働いてしまう可能性が高いという、ようするに「ジレンマ」ですね。

直接的な関わりをもちいれば、こうした人に影響するのは超一級のコミュニケーション能力が必要です。多分。

そして、それは、誰にでも出来るものではありません。

きっと大切なこと

ここで、視点を変えます。

まず、関わりを具体的に考える、つまり「戦略を練る」前に、介入の目標を明確にしたいです。

OTRにとり、「作業療法士が作業提供士であってはならん」という言葉は良く耳にします。

そして、自分もそのようにおもいます。

そのためには、やっぱり戦略と言いますか、その戦略を準備するために達成するべき目標の明確化が必要だとおもいます。

簡潔には、手段をあれこれと具体的に考える前に、目標を明確にしましょうってことです。

自分の足で歩いて旅するときには、やっぱり地図と方位磁針が必須です。

もし無かったら?

きっと、なかなか前に進めなかったり、ひどいときには逆方向に進んだり、運良くうまく行ったとしても次も同じように進めるとは限らないでしょう。

目標の設定

コメントには具体的な情報があんまりないので、申し訳ないですが、ひろえもんの妄想力で補わせていただきます。

たとえばそのひとが、日中過ごす為にヘルパーを利用しているのに、その人と巧く関われてないのであれば、「人ととうまく関わりがもてるようになる」は目標になるでしょう。

あるいは、初期から中期の認知症の方でBPSDが激しい方であれば「一日施設で問題なく過ごせる」が目標になると思います。

この二つの事例で考えていきます。

戦略の構築

前者の事例

「人とうまく関わりが持てるようになる」という目標のためにどんなことをするかという事になります。

たとえば、一人でのんびりと写真撮影する人であれば、その写真を施設の壁に張り出して個展コーナーを作ります。(もちろん本人に了解を得て)

これは写真がきっかけで、スタッフや他の施設利用者とコミュニケーションをとるきっかけを作る戦略です。

後者の事例

「一日施設で問題なく過ごせる」が目標でした。

ですから、たとえばそのひとが写真が好きで、一人で写真に集中している場面では落ち着いて心穏やかに過ごすことが出来る人なのであれば、カメラを渡して様子観察ってのは「あり」です。

「その人が落ち着いて過ごせる何か」を探して提供する戦略です。

ついでに、その方が撮影した写真を現像して家族の方との橋渡しに利用するなどの活用も考えられます。があくまで「一日施設で問題なく過ごせる」が目標なのでおまけです。

写真の使い方が違う理由

それは目標が違うからです。

作業療法主体で考えない

自分の学生時代の具体的なエピソードをここに公開するのは、心理的に辛いのでしませんが、ふりかえるに、こういう問題って供給する側の理論で考えるので、迷っちゃうんですよね。

ですから、

必ずしも誰かとつながって何かをすることが好みとは限らず、一人での自立的な活動を好まれるタイプのお方ならば、施設でどんな風に支えたら良いと思われますか。

という疑問が生じるのは、誤解を恐れずに言えば「問題設定がマズい」のだと思います。

たとえば、こういう疑問を持ったら良いのだと思います。

「どうやったらこの人が、笑って過ごせるか?」

「この人が直面している(しそうな)社会的な課題ってなんだろう?」

作業療法という仕事は、そういう問いを持った瞬間に楽な仕事ではなくなります。

が、楽しくなるのです。

おわりに

戦略と目標って大切です。

リハビリテーションに関わる職種にとっては、ある意味当たり前の事なのでしょうけれど、具体的な実践が要求される日常業務の中でつい置き去りにしてしまう要素でもあります。

そして、戦略を構築する戦術の種類もたくさん持っておくことももちろん大切です。

なにやら抽象的になってしまい申し訳ないです。

非常に有意義なテーマを提供して下さった匿名さんに改めて感謝いたします。

今後ともよろしくお願いします。

おまけ:お願い

一人上手もいいんですが、今回みたいに質問や疑問のやり取りが出来るととても楽しいです。

このブログが、もっともっと学生さんや、新人さん、中堅様、ベテラン先生、他職種の方々といろいろなやり取りができる場になればいいと思います。

ひろえもんは、自分でテーマを立ち上げて記事を書くよりも誰かから「これってどうなん?」っていうテーマを投げてもらってそれについて考えることのほうが得意です。

ってことで、ツイッターでもブログでも良いので、がんがんからんであげてくださいませ。

以上お願いでした。

久々に更新したと思ったら、えらい長い文章になってしまいまして、えらいすみませんでした。

おわび申し上げます。

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