経営的な「ムダ」と医療職である作業療法の持続可能性についての考察 その1

はじめに

「ムダ」をはぶくことによって効率を向上させることには大きなメリットがあるけれども、方法によっては顕在化しないリスクを抱え込むことになるのではないでしょうか。

そんな発想がおりてきたのでちょっとメモ。(のつもりが、書いてるうちに溢れてきて、長文に。読んでくださるみなさま、大変ありがとうございます…。

「「ムダ」の盲目的削減は、作業療法にとっては、必ずしも良いこととは言えないかも。」というアイディアとその理由について書いてます。

あらためて前置き

一般的に、ムダを省くことは仕事の生産性を向上させることに繋がると考えられています。それゆえ、企業の意思決定を行う経営者、あるいは会社組織の保有者である株主などからは、「ムダ」の削減が推奨されます。

たとえば、トヨタの「カイゼン」などが有名です。

では、医療職である作業療法に、その枠組みを持ってくると果たしてどうなるのかというアイデアがこの記事の出発点です。

昨今、うるさいくらいに利益追求を求められる現代社会において、作業療法もそのしがらみを逃れられないわけでして、病院経営と利益追求と作業療法のバランスを考えてみようとしたときに、いい題材なんじゃない?と思ったわけです。

カイゼンとは

本題に入る前に、カイゼンについての確認です。

カイゼンとは普段行っている業務の内容を、見直して、価値を生み出さない動きを減少させる考えとその実践のことです。

世界的な企業となったトヨタ自動車が、生産性を高めるために運用している手法として有名になりました。

カイゼンは、まさに、究極の利益追求のための手法といえます。

想定される結果

さて、カイゼンを行うと、その結果としてどんな効果が得られるでしょうか。

一般的には、業務に必要ない動きが減少し、生産結果に本当に必要な動きのみが追求されることによって、短時間かつ少ない労力で、実践前と同等あるいはそれ以上の成果を継続的に出すことが出来るようになると言われています。

これがカイゼン方式導入を薦める際によく語られる利点です。

今回の話の本質は、「利点だけに注目が集まりすぎではないでしょうか?」ってことと同じです。実は。

カイゼン的手法の落とし穴

このような手法による利点は、製造業の企業には非常に相性が良いです。

販売まで含めると話が複雑化するのですが、製造工程だけに的を絞って考えてみるとわかりやすいはずです。

製造業では、価値が単位時間当たりの質と量によって生まれます。

つまり、たとえば一年間で顧客が満足できる高品質な製品を安定してたくさん作り販売できる体制を整えることに価値があるわけです。

一方で、サービス業にこれを当てはめるとどうなるでしょうか?

実はそれを地でやろうとしているコンビニエンスストアが日本でありました。

導入したその後をきちんとフォローできていないので詳しい結果は参照していません。ですので憶測ですが、多分経営者サイドが狙ったほどの効果はなかったのではないでしょうか。

なぜなら、サービス業というのは基本的に、その質を高めようとすると結果として多様化することになり、画一化することによってかえって顧客離れを招く結果になることが多いからです。

サービスを利用する側の人間の心の機微をとらえて、それにふさわしい言動が行えるかどうかは、サービス業全般の「価値」にあたる部分といってよいのではないでしょうか。

とすると、必然カイゼン方式が不向きなことがお分かりいただけると思います。

不向きな理由は、カイゼン方式が「手順を結果に対して簡略化、簡素化することによって最短手順で結果を生み出すこと」を指向するプロセスであり、結果として顧客への対応を画一化、限定してしまうからです。

そして、このことが、サービス業である医療、ひいては作業療法にもあてはまるのではないかと思うのです。

他業種にみる効率化による歪み

サービス業にて、「ムダ」削減を徹底追及した例を見てみたいと思います。

わかりやすい例として、昨今ニュースで取り上げられることもあった、牛丼チェーン店のすき家や、ワタミグループなどを見てみたいと思います。

これらの企業は、時給を上げたのに求人に人が集まらないことがニュースになりました。

これらの業種は食品の仕入れや、利用顧客像、提供・接客の手順などを画一化することによって、低コストでのサービス提供を可能にしていました。

そして、低コストでそれなりのサービスや食事ができるという点で、サービスを提供される側の顧客から歓迎され、利用する人の数が増えたことによって利益が増加するというモデルで成長をしてきました。

しかしながら、問題がおこっています。なぜでしょうか。

それは本来抽象化するべきでない要素を抽象化していることによって、本来かけるべきコストが省かれてしまっているからと考えられます。

具体的には、外食産業を利用する実際の顧客は、一人ひとり嗜好が違えば感性もことなるものです。画一化された接客をしていても、きっと満足度は高まらず経営サイドが求める業績は達成できません。多種多様である顧客を満足させるために現場に要求されるコストは、経営サイドの見積もりよりもはるかに大きなものがあるはずです。

短時的な利益の追求を、画一化によって積み重ね達成した結果として、それが長期的かつ構造的なゆがみを生じ、いくら時給を積んだとしても仕事を選べる能力のある人々から選ばれない原因となっているようです。

このように外食産業においては、労働者の求人問題という形で、歪みが顕在化したわけです。

そして、この構造は医療職にも同様にみられるものです。とりわけ、これから保険点数がガンガン削られていく時代な流れがあるわけでして、この歪みは外食産業よりもっとひどいことになっていくかもしれません。

まとめ

先に述べたように、製造業にとってカイゼン方式(画一化による利益追求)は非常に相性が良いです。

それは、「ムダ」を質と量につながるかどうかという視点で、判断しやすいからです。

そして、そのような業種にとっては、画一化された尺度によって「ムダ」を省くことで生産性の向上を図る手法は非常に力を発揮します。

逆に、サービス業では人間の心理が価値の判断に大きくかかわるため、何が有効で、何が無効かという判断を直観的かつ客観的に行うことが困難です。

このことに鈍感だと先の外食産業での例にあるように、短期的な利益を追求していたはずが、いつのまにか長期的な損失を生むシステムになっていたという矛盾が生じてしまうわけです。

とりわけ、人間の心理を対象とするような仕事では、長期的な仕事においては最初無価値や無意味・無駄に見えた事柄が、後で重要な価値を持つようになったり、価値が発見されるということはよくあることです。

このように、画一化をするということは、ある結果に対する最短を選択するための手法としては非常に強力かつ有用なものですが、コンサルティングやマネジメントなど自分で問題を設定し、それを解決するための手順を決定する必要がある仕事においては、愚の骨頂とさえいえるのではないでしょうか。

おわりに

というわけで、作業療法には「徹底したカイゼン方式」は不向きです。

なぜなら、作業療法はこれから生活行為向上「マネジメント」を推進していくわけでして。結果として生じる画一化が、問題解決のために使えるコストや選択肢を制限することになり、それが中長期的な損失につながる可能性が高いからです。

画一化によって、短期的な利益の向上が認められるかもしれませんが、そのシステムは往々にして長続きしません。

長続きしないと、生活や実践に根付かないので、リハビリテーションとしてはナンセンスですよね。

導入する際には、どんな結果を追求したいのかというポイントを絞る必要性がありそうです。

「ムダ」と中長期の実践の関係について、書ききらなかったので、今度はそこらへんをちょっと書いてみたいと思います。

らしくもなく長々と書いてしまいました。

長文を読んでいただきありがとうございました。

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