昨日学んだ作業療法の極意

作業療法における

目標地点の置き方

具体的実践

どちらに縛れてもいけないし

どちらも大切にしないといけない

適切な具体的実践を生み出す為には

適切な目標が必要

そして

いくら適切な目標があっても

適切な具体的実践がなされないなら

それは絵空事

自転車の両輪のように

しっかりと

リズムよく

そうすれば

きっっと、作業療法は加速度的に前進する

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自分が元気じゃないと、人を元気に出来ない?

いつも元気でいられるのがすばらしいの?

すばらしいでしょう。

しかし、いつも元気でいられる人なんていません。

自分に置き換えて考えてみても、元気な時があれば

必ず沈み込むときがある。

となると

自分が元気じゃないと人を元気に出来ないという思いは

作業療法士自身を苦しくする

より元気がなくなる

そんな考えかもしれないですよね。

それをふまえると

自分が元気じゃないときに、誰かを元気にできる

そんな技術があることは

いつも元気でいられることよりも

ひょっとしたら素敵なことかもしれません。

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人の為になることが、世のためになるとは限らないかもしれない

よのため、ひとのため。

ということばは、結構深いとおもいます。

世のためってのは、システムで。

人の為ってのは、感情論で。

その二つが重なるところを見極められると、人を幸せにする方向に世の中を変えていけるのかもしれません。

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作業療法実践の為の学習における各学習項目の価値の理解の重要性。

この記事の方向性

「学校で学ぶことは、いつかは役に立つけど、それっていつかがあんまり分からないままに勉強してるよねっていう感覚」

の確認と、

「何処で役立つかは、分かっておいた方がいいですよね?」

という問いの確認

と、雑感。

今日の臨床での気付き

今更ですが、ひろえもんは精神科勤務なので、集団をもちいて作業療法を行っております。

で、今日も集団をつかったプログラムを実施しました。

集団で行う、ゲームをしたんですが。

で、ふと思った訳です。

こういう内容って学生時代はほとんど学校でやらなかったな。

と。

木工などの作業種目についての勉強というか実習はやった覚えがあるのですが、集団で出来るレクリエーションを考案して、それを実際にやってみるという体験の覚えが、とんと無い。

多分やっていないのだと思います。

学校時代を振り返って

そんな授業が在ったら良かったとまでは思いませんが、就職するまでにそういう技能が必要とされるということについて、精神科の授業を受け持つ先生方が教えてくれていればとはちょっぴり思いました。

ちょっぴりですけどね。

というか、もしかしたらやってるけれども忘れているだけって可能性もあるわけで、単なる不勉強の可能性もあるので何とも言えませんが、ひとまずそこは置きます。

たとえば、患者様になにかをしてもらうとき。

対象となる方へ、集団活動を提供する為には作業を分析する視点をもって、活動をいろいろな要素や面で考え無ければなりません。

(そこは、難しさやおもしろさの根源ともなるところでもあります。)

そして、その考える為の道筋が無いと、学校で学んだことも生きてこないと思うのです。

さもなければ、要素に溺れて、何をしたら良いか分からずに混乱を深めてしまいます。

上記の場合でいえば、集団を用いたプログラムを企画立案、実施するにはこんな考え方が必要だよってことです。

それがどの程度分かっているかは、勉強の姿勢にも大きく影響します。

思考の大枠が分かっていると、学校の要素的な授業に自分で意味付けがしやすくなって、モチベーションがわいてくるんじゃなかろうかという訳です。

学生時代をさらに思い返せば、意味も分からず暗記したこともおおいです。

そしてまた、それが役に立っていることもしばしばなんですよね。

ひろえもんは、人体構造学(解剖学)、正直嫌いでした。

しかし、それにしたって、当時はどんな場面で役に立つのかなんてさっぱりイメージできずにただひたすらに覚えていたなあと思います。

それは、使いもしないドイツ語の単語を一つ一つ覚えるのと同じ感覚で、何となくストレスを感じながら勉強した物でした。

でも、いま精神科で働いていても、患者様の身体的な苦痛などの訴えが、生理学的なものかあるいは心理的なものかについてある程度推察するときに、とても役立っている知識でもあります。

身障領域を専門とする方々には遠く及ばないでしょうが、それでもやっていて良かったなと思います。

と、同時に、先輩方の実感がもっとわかっていれば、もっと死ぬ気で勉強したかもな〜、などと思ったりします。

今思うこと

だから、先輩になった今、各知識のありがたみについて伝えて、モチベーションを上げていくことが、自分に科せられた仕事なんじゃないかと。

そんなことを考えました。

先輩となったいま、後輩くん達に伝えるべきことで伝えられることはどんどん伝えていきたいなと思います。

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雑記帳を「書きたいことをつれづれに書けばいい」を実現する場所へ

  • ということで、ブログの書式を変更します。

可読性よりも、気軽に書くと気持ちが伝わるを優先したいです。

もとより、いちいちごちゃごちゃと考えるのは好きだけれども、結局まとまらない。
そのまとまらなさを無理矢理まとめようとする事で、自分にとって違和感のあるコンテンツになってしまっている。
どうせなら、そのままを書き出してしまって、共有してもらうほうがタイムリーだし、より生の言葉を伝えられるんじゃないか。
うじうじそんなことを考えたので、このブログを書くときの書式をちょっと変更します。
今までは、はじめに〜おわりに
という形式で、ブログをかいていましたが、基本的に書式はそろえず、そのときの感覚が一番伝わると自分が想う形式で書かせてもらいたいと想います。
より伝わるとおもえば、今までの形式のように書いたりすることもあるでしょう。
基本的には思いのままに書いてみようとおもいます。
結果としてかえって今までよりも分かりにくい表現になってしまう事もあるとおもいますので、その際は忌憚の無いご意見を頂けると幸いです。
結論
これからは、自由形式で書くことがふえます。
読解よろしくお願いします。
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google検索順位の変動怖い

はじめに

グーグル先生にやられた。

詳細

検索アルゴリズムの内容が変わっているみたいです。

このサイトも全然「作業療法」って検索しても、ヒットしなくなってます。

まあ、利用者数も一日あたり1000人に満たないですし、そんな大層なコンテンツをのせてる訳でもないですし、利便性も悪いですし。

思い当たる節は山ほどありすぎて困る訳ですが…。

自分で書いていて、落ち込んできました。

対策

ぶっちゃけ、SEOとかの対策はほとんど皆無なので。このサイト。

皆さんの口コミだけが頼りだったりします。

とりあえず、スマホから利用しやすいサイトにしていこうとは思っています。

レスポンシブWebデザイン、ちょっとした変更で、デザイン崩壊するから難しいんですが、試作中です。

しばらくお待ち下さい。

おわりに

もしこのサイトのコンテンツが、

役に立ったと思ったら、共有してもらえると励みになります。

ひろえもんも役に立ったと思ってもらえるような内容や、使いやすいデザインにしていきますので。

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これは必要!未来の自分を、今の自分の連続・延長として捉える力

はじめに

存続する中小企業をいろいろとながめて、その特性について考察してみると一つのポイントが浮かび上がってきました。

そのポイントって作業療法にも通じるところでもあります。

あるいは人生全体にも通じるところだと思います。

人生をどのように捉えるか

刹那的な生き方には、ひろえもんは個人的にすごく憧れます。

その時点での最良を選択できるように、努力する。

その結果として、最良の未来につながるという生き方。

そんな生き方ができるなら、かっこいいなとおもったりします。

でも、それで結果が出るのはとても才能に恵まれた人だけです。

ぶっちゃけ。

能力的に平均値付近だったり、そこから少し能力がある程度だと、最良の積み重ねが結果として停滞に繋がることも少なくないです。

企業に関しても同様で、たとえば百貨店なんかにしても、今までの成功モデルで最善を選択していったら、世の中に置いてけぼりを食らってしまったり。

普通の人が、より良い未来を選択するには、刹那的な視点だけでは不十分なのだと思います。

連続的な視点

普通の人が結果をだすためには、現在を将来に連続する物として線の視点でとらえ、色々な取り組み(準備)をしておくことが欠かせません。

そうすることによって、将来起こる問題を軽減したり、そもそも問題が発生し得ない状況をつくりだすことができます

冷蔵庫の中に食べる物がなかったら、買い物に行くか、外食に行くかするしかないわけで、きっとそのために出かける準備をするとおもいます。

化粧をするなり、外出できる服装に着替えたり、車の鍵をとりにいったり、財布を準備したり。

そういった行為は、その時点で結果をもたらす物ではないですが、食事にありつくという結果のための重要な準備。

空腹という問題を解決するために、現状とのギャップをうめる視点が必要です。

それが、線で捉える視点だとおもいます。

意味のある線を描く為に

方向性を示す為には、点と点を結んで線を描ける必要があります。

そのためには何が必要でしょうか。

現在と言う点と結ぶ為の、具体的な将来像が必要です。

このあいだテレビに出演していた会社の社長さんは、中小企業の下請けとして部品を作っていましたが、価格決定件が無いうえに、商品の納入先となる会社が減少する状況にでくわしました。

で、どうしたかというと、自社ブランドを立ち上げて製品を作成し、それを直接売ることにしました。

これによって、じり貧な状況から脱却し、この社長さんの会社は利益を確保し続けることが可能になった訳です。

このポイントは、上記の現状の中での最善を模索するのではなく、違う枠組みを準備することが出来たこと。

現在の状況の先に、破産という結果が待ち受けているだろうことを予測して、それに至る前に新しいビジネスを開発したことによって、お金を稼ぎだすことが出来るようになりました。

その枠組みを準備できたのは、将来像がイメージできたからに他なりません。

しっかりと現状を踏まえるだけでなく、現在から線を結ぶ先となる将来像を見据えていくことが、価値ある仕事や人を育てていくことに繋がっているのだと感じました。

作業療法との関連性

さて、上記の内容ですが、どこかでみたことないですか。

これって、実は、評価と目標設定ですよね。

存続できる企業は、優れた現状分析と、未来予想、想定される問題とその解決の手段を持っています。

同様に、すぐれた作業療法士は、適切な評価とそこから導きだされる目標、それを達成する為のプログラムの立案が巧いということになるのではないでしょうか。

基礎となる力

評価と目標設定の基礎となる能力について、作業療法士個人のレベルで考えた時、それはいったいどのようなものでしょうか。

ひろえもんは、それらは、今の自分について把握する能力と、自分がこうなりたいという将来像を明確にすること、そのために自分がするべきことを実行する能力だと思うのです。

そしてそれは、簡単なことです。

たとえば、明日仕事に着ていく服が無い。だから、寝る前にちゃんと洗濯して干して、明日までに着ていけるようにする必要がある。

と言った感じで、日常生活の中で行っていることです。

あとは、それをちょっと意識に上らせて、きちんと言葉にしてみることだと思います。

少々、面倒くさいというか泥臭いですが、この繰り返しが臨床場面の実践できっと生きてくるはずです。

おわりに

上記のことは、企業のみならず、コンサルティングやマネジメントの基本とも重なるところがあると思います。

そればかりか、人生を豊かにするための技能でもあると思います。

そして、人を幸せにすることが出来る能力でもあると思います。

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獲得に対する「意欲」をどの程度準備、あるいは引き出せるか?

はじめに

何かが出来るようになったり、改善されたりするために「これが出来るようになりたい」といった、獲得への「意欲」はとても大切です。

子供を塾に行かせたとして、たいてい親の期待を裏切るのは子供達が積極的に知りたいとか、モノにしたいとか思っていないからです。

作業療法として、何かを対象者と一緒に行う場合も同じで、どれだけ「できるようになりたい!」とか「ほしい!」とか思ってもらえるかで、時間の価値が大きく変わってくるはずです。

「意欲を見落とす」落とし穴

対象者の意欲が大切なのは言うまでもありません。

学生時代に、「そんなん当たり前じゃん」とおもっていた事ですが、いざ自分が臨床の場に出るようになると結構ハマりがちな落とし穴です。

実践の中で、やるべきことばかりに頭を使っていたら、そっちまで頭が回っていなかったっていうのは、一年目に働いていたとき、結構在ったりしました。

直近のやるべきことばかりに目を向けてしまうというのは、「枝葉末節」という言葉がまさにぴったりですね。

「意欲を引き出す」は言うほど簡単じゃない

作業療法が、治療として実際にやらなければならないことや、そのための考え方自体は結構シンプルなはずです。

たとえば、学生さんであれば「本人が、興味関心のあることや、大切なことを使ってできることをしてもらう」が一つの出発点でいいはずです。

しかし、難しい。

なぜか。

それは、活動(アクティビティ)について、対象者にメリットを感じてもらう過程となる部分、いわゆる「プレゼンテーション」に技術が必要だからというのが大きな理由だと思います。

 

そして、そこで大切になるのが、対象となるひとの「感性」です。

 

どのような内容に重要度を見いだすか。

 

それは「感じ方」の問題なので難しいのです。

 

人それぞれ一人一人違って当たり前だからです。

個々の「感性」に合わせて、オーダーメイドで同じアクティビティの提供の方法や道筋を変えていく必要があります。

逆に言えば、そこまでこぎ着けてしまえば後は、楽なものかもしれません。

一年目の新人や学生でも四苦八苦しながらでも、直近の事柄についてこなしていけば、だれでも同じ成果を出すことができるかもしれません。

「意欲」に対する個人的反省

ひろえもんは、結構安直に「意欲を引き出す」という言葉を使っており、非常に反省するべきところです。

それはやっぱり、「意欲」というのは感性、感覚のモノであって理屈で捉えようとする傾向の強いひろえもんには、修行の必要な領域だと思うからです。

「意欲」的になるには(あるいはなってもらうには)

「こうかな」「ああかな」「このひとこんなことをがしたいかな」と感覚的になれるのが一番です。

が、ひろえもんのように理屈っぽい人にはどうにも苦手な部分です。

そんなOTR(あるいはOTS)にとり手っ取り早いのは、こんな風にかんがえてみることです。

自分が嫌なことをどうやったら意欲的にすすめられるかな?と。

そうすれば、「困難に対しての意欲向上法」を自分の問題としてとり込めると思います。

とりこめたら、あとは対策の具体案を考えてあれこれ試してみることだと思います。

そして、ためしてみて自分が意欲的に取り組めるようになったことがあれば、それを今度は実際の現場で対象者に再現してみると良いと思います。

「まず隗より始めよ」です。

自分が相手の立場だったら、と考えると論理的思考も悪くないです。

おわりに

「感覚」「感性」大事です。

特に実習中の方はそのあたり見直してみると、プログラムの実施や変更を含めた介入が驚くほどすんなりできるようになるかもしれません。

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「作業療法のタネ」という、作業療法専門の掲示板を作ってみました

はじめに

インターネット全盛の時代なのに、あんまり作業療法に関する議論ってインターネット上で見かけないなあ。

もっと活発に、作業療法についていろいろなやり取りをする場所があったら良いのになあ。

そう思って作ってみました。

つくったもの

こちらです。

総合掲示板@作業療法のタネ

作成にあたって掲示板色々調べてみました。

すると、某巨大掲示板風のがやっぱり使い勝手が良さそうだと思いました。

ので、スクリプト借りてちゃちゃっと作ってみました。

作業療法と銘打ってますが、関係ない話題も大歓迎です。

とりあえず、皆さんに使ってもらわないと埋もれちゃいますので。

何でも作業になりうる訳ですから、ホントにどんなこと書いてもらっても構わないと思います。

ひろえもん的推奨利用方法

学生さんの雑談の場になってもよし、OTRが仕事を愚痴ったり、夢を語る場所になってもよし。

人を傷つけたりする内容でなければ、どんなことを書き込んでいただいても結構でございます。

Q&A的な使い方や、議論の場としても積極的にご利用いただきたいと思っています。

利用可能環境

携帯でも、パソコンでも利用できます。

出来るはずです。

スマホの表示はまだ調べられていないのですが、問題あれば教えて下さい。

perlよくわかんないですわ〜。

おわりに

試行錯誤を繰り返していろいろな人に使ってもらえる場所にしていきたいと思います。

これを読んで「ふーん」と思ったら、ぜひスレッドたててみてください。

こんな機能欲しいとか、こんな企画よろしくってご意見なんかも大歓迎です。

以上、よろしくお願いします。

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「見えにくいものを説明する」作業療法の難しさを解決しよう

はじめに

たとえば… 運動や嚥下などを説明するには?
解剖学的な知識と各パーツの働き、それらがどのような動きとして観察されるのかということをそれぞれ整理して、結びつけてっ…
こんなプロセス、医療専門職かよっぽど興味がある人や学生以外の方は踏んでくれません。
さて、どうしましょうか。

説明する目的

なんで分かりにくい事柄、しかも専門的とされている事柄を一般の人に説明する必要があるんでしょうか。
そこには大きく2つの理由があります。
作業療法によるメリットを説明したり、
作業療法士とその対象者が信頼関係を築くためです。
ですから、「なんでそれが必要なの?」って聞かれたときに、さっと答えられるようにしたいものです。

学習のプロセスと説明のプロセスの違いをみる

たとえば、食事について学ぶときには、関連する運動器の筋肉、神経、関節の種類、支配神経などの個別の解剖学的な理解とそれらがどのように共働するのかを細かく学習し、さらにそれを運用する認知の機能との関連性などについて勉強する…と言った具合です。
学習内容は、非常に多岐にわたる上に、詳細で、それぞれが様々に関連するので、緻密な学習プロセスが必要です。
一方、専門家から一般の人への説明はどのように行われるべきでしょうか。
いろいろな意見があると思いますし、説明する側の説明力も説明される側の理解度も様々だとおもいますが、
さて、ここで一回脇道にそれてみたいと思います。
養成校での勉強を思い返してみましょう。
そこでの学習には厳密性が求められると思います。
で、厳密に、ともすれば無機質に、とりあえず関連性や意味性は置き去りにして、学問的に、淡々とした授業だった人も少なくないのではないでしょうか。
(もちろんプロ意識のある大学や専門学校の先生方のなかには「そこまでやるか!?」という面白い授業を展開されるかたもいます)
そして多くのOTRは
あー、「もっと面白ければ」「わかりやすければ」
とおもったのではないでしょうか。
あるいは現在進行形で、そう感じているOTSも多いかもしれません。
上記の説明する目的に照らし合わせてみると、説明では、まずは相手に興味を持ってもらうことが大切です。
つまり、説明では、厳密性よりも、興味関心を喚起できるようなストーリーや因果関係に関するざっくりとした情報を伝えることが必要になります。

比喩は説明の強力なツール

比喩(ひゆ)とは、たとえ話のことです。
比喩を使うと、難解な事柄を少し身近な話にして「全く分からない」を「ちょっとわかったかも」に変えたり
「不思議だな」「面白いな」という感覚を味わってもらうことが出来ます。
「比喩」は、「車」のような物です。
車がなぜ動くのか理解できなくても、運転の仕方を知っていればだれでも目的地にたどり着くことが出来ます。
細かいことをすっ飛ばして、目的を達成するために必要・重要なことにたどり着くことが出来ます。
そんな便利なツールです。
作業療法が厳密にわからなくても、治療の方向性や枠組みを対象者にざっくりと把握してもらう事ができる非常に有用なものです。
比喩を使いこせるようになるのは、運転免許取得同様、少々手間がかかりますが、車と同じでそのうち無意識的に操れるようになると信じて、まずはどんどん使ってみましょう。
車と違って、無免許摘発されることは無いですし笑

理論は眼に見えない

作業療法士は、作業療法の説明に理論を用います。
それは、厳密だからです。
しかし、医療・福祉専門職や一般の方の中でも理解力のある方にしか、伝えて行くのが難しいのが現状です。
ですから、作業療法を説明するときには、もっとたとえ話が必要ではないでしょうか。
ひろえもんは、強くそのように思うのですがいかがでしょうか?

おわりに

まとめると
直接眼で見ることが出来ない上に、過程が複雑で理解困難な出来事を誰かに分かるように説明できる為には、「感覚的に理解できるたとえ」が必要です。
そして、そのためには「日常的で身近な事、物」をたくさん持っておく必要があります。
きっと、普段からいろんなことをに興味をもっておくと、役に立つのだろうなとおもいます。
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