成功よりも失敗から学べることのほうが大切な理由

あなたは、うまく行っている人と、失敗ばかりしている人の話のどちらを聞きたいでしょうか。

ひろえもん調べでは、おしなべて成功した人やうまくいっている人から話を聞きたい人が多いのではないかとおもいます。

例えば、講演会に呼ばれるのは、失敗した人ではなくて成功した人です。

よね。

でも、ちょっと待って下さい。

人生における「成功」と「失敗」の割合ってどちらが多いでしょうか?

自分自身が未熟だったり、先行事例がないことがらにおいては、失敗の割合の方が多いはずです。

また、新入社員だけでなく、中堅やベテランになっていくに従って、コレまでの経験などから手探りで新規開拓していくことが重要になることは増えていくとおもわれます。

多分、既に成功している分野について、そこを何度も確認するよりも、未だ成功を見ない領域に関する失敗から、成功の確率を向上させることのほうが意義深いのではないでしょうか。

 特に、作業療法士は、対象者に挑戦を促し、変化を生み出すことが仕事な訳です。

だからこそ、失敗から成功のタネを拾えることにはとても大きな意味があると思います。

 

そのためには、自分自身が常に挑戦的な環境に身を置いておくこと、挑み続けることがとても大切なのではないかとおもうのです。

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利害関係を超えて相手の本音を引き出すために無くすべきものとは

本音話せていますか?

連携や協力の為には、必要なこと以外にも、いろんなことが率直に言い合える方がロスが少ないです。

変な遠慮とかがあると、遠回しな依頼の仕方になってしまったり、誤解が生まれたりするからです。

実際、作業療法士としてひろえもんが働く中で、そんな事態に陥ったことは、一度や二度ではありません。

では、対象者の方だったり、一緒にはたらくスタッフと、本音でこころのそこから語り合う為には何が必要でしょうか。

きっと、本音で語ることが出来なくさせているものは、「構え」だと思っています。

先入観や、ネガティブなイメージだったりにも言い換える事が出来るかもしれません。

ここで言うところの「構え」というのは、自分自身が傷つかないようにする為の予防線です。

たとえば、自分で出来るけれども、病棟のスタッフに手伝ってもらいたい仕事が在ったとして、それを頼めるかどうか?

たのんでみようかな。

でも、断られたらどうしよう。

それどころか、自分に対して良くない感情を持たれたら?

自分1人でも、出来ない訳じゃないし、やっぱり頼むのはやめておこうかな?

というのが、「構え」です。

多分、「構え」のない人や子供の目線であれば、自然に頼み事が出来ると思います。

「構え」があることにによって、自分自身の行動が制限されてしまうということは、無意識、意識的を問わずよくあることではないかとおもいます 。

そして、この「構え」は相手にも影響する物だと思います。

自分自身の動きや態度が硬いことによって、相手にネガティブな印象を与えてしまうことがあります。

それによって、相手の「構え」を引き起こしてしまうことさえあります。

お互いに身「構え」ている状態で、本音ではなしをすることなんて、誰にも出来ないと思いませんか。

実際の業務は、いろいろな事情が入り組んでいて、複雑です。

そこには、たとえば「利害関係」という「構え」があるかもしれません。

それを超えて、本音で話すにはどうしたらいいでしょうか。

ひろえもんは、そういう場合には、『自分が損をしてでもまず相手の為に動いてみるよ。その準備ができてますよ』という姿勢を、具体的な行動や言葉を通してその相手に伝えることが必要だと感じています。

これが言うはやすし、で、難しいのですが、出来るようになったら、業務はより円滑でスムーズなだけでなく、より楽しい物になるのではないでしょうか。

実際の業務の中では、利害関係で物事が動くことはたくさんあります。

ということで、そういったときに自分なりに意識していきたいですね。

きっとそれは、作業療法の臨床にもかなりいきてくるところだと思います。

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「伝わる」とはどういう状態かを考えてみる

自分が「伝える」技術を磨いたつもりでも、相手に伝わらないこともあります。

もっと「伝える」の技術よりも広い視点で、「伝わる」について考えてみると

ありとあらゆる表現は「伝わって」なんぼだと思います。

その為には相手の立場に立って、相手の言葉で説明するという技術ももちろんひつようですが、そもそも相手がどんな情報を欲しているのか、自分と相手との間にある関係性はどのようかといったことについての視点も非常に重要だとおもいます。

また、そのために「伝える」ことでいっぱいになってしまわないよう自分自身の余裕は常に必要ですね。

そして、伝わったかどうかの判定は、相手の行動が実際に変容したかどうかでするべきだと思います。

相手の行動が変われば「伝わった」と考えるほうが、いろいろうまくいくなあと感じています。

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その「壁」は誰の為のもの?対象者との距離感についての考察

誤解を恐れずに言えば、対象者の為であれば、あえて「なれなれしく」振る舞うことも有効かもしれません。

一番必要なあり方は、対象者にとって最も「心地よい」距離感であり、その距離感が念頭にあれば、一般的な礼節に過度にかたくなに固執する必要はないのではないでしょうか。

特に精神疾患の場合は、「丁寧さ」が「よそよそしさ」と解釈されてしまい却って「壁」になってしまうかもしれません。

ひろえもんは、一年目の半年間はずっとそんな経験をしていました。

そのことに気がついたのは、1年目もやっと終わりになってからでしたが。

一方で、本当に「なれなれしく」なってしまって相手に不快感を抱かせたり、しんどさをあたえてしまうなどの「侵襲的な」関わりになっていないかというリスクの評価は本当に大切です。

相手に嫌われてしまったら、そこから建設的な作業療法を行えるようになるのはほぼ不可能です。

ひろえもんは、学生の実習にて対象者の方から思いっきり嫌われて避けられた経験がありまして、正直今でもトラウマなのですが、今思い返すと「最悪」な関わり方だったとおもいます。

なれなれしい関わり方だったかというと、世間的に見るとそんなことはなく、表面的にはかなり丁寧な関わりだったという自負はあります。

しかし、その対象者の方にとってはこちらからの関わりは「邪魔」で「苦痛」以外の何ものでもなかったのだとおもいます。

その方が、しんどくならないような「壁」を保ったまま、すなわち侵襲性の低い距離感で「作業」を用いて関わることが出来ませんでした。

それが、そのとき実現できていたら、もっといろんな展開が在ったかもしれないといまでも非常に悔まれます。

「壁」もやたらめったら、とりこわせば良いというものではなくて、相手の状態によっては尊重したり、活かしたりすることも必要です。

その為であれば、客観的に見たときに「硬いな」と受け取られるような関わり方であっても全く問題ないのではないかと思います。

作業療法は接客業であるところに、ちょっと難しさはありますが、その難しさと治療的かどうかという効果との間で、巧くバランスがとれたらいいなと思います。

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「癒す」という作業療法の重要な視点は、いまこそ必要とされている

作業療法は、身体障害領域の一部を除いて対処療法的な側面があります。

それは、決してネガティブな意味合いを持たないとひろえもんは確信しています。

事実、現状なおらない疾患というのは、山のようにあるのではないでしょうか?

糖尿病、肝炎、統合失調症、ALS、脳性麻痺、認知症 …



こうした疾患において、作業療法の対処療法的な側面はむしろ非常に大きな強みだと思います。

「病いを癒す」ことを通して、対象者の喪失した自身を取り戻すことを支援したり、新しい生活を再構築する手伝いをしたり、発生が予想される問題に一緒に介入したり。

「作業」を用いて、このような過程に関わっていくことは、決して病因を治癒する訳ではなく、その意味に置いて対処療法的です。

しかし、その実践が徹底されたのならば、対象者のQOL向上における作業療法が持つ意味はとても大きいのではないでしょうか。

もちろん、対象者が何をもって「癒し」を感じたり、「元気」になれるかということについては、個人差が大きいことはいうまでもありません。

ひょっとすると、対象者自身も、どんなことに「癒される」のか分からないかもしれません。

こういった部分は、特に終末期の作業療法で重要になる事柄だとおもいます。

困難に直面した状況で、「癒し」を実践する為には、作業療法士に「ハートは熱く、頭はクールに」が求められます。

そのようなあり方を、今後身につけていくことが出来たらとおもいます。

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雑記帳の更新をしたら、直接Facebookページにお知らせがいくようにしました。

いままで手動で更新してたんですが、面倒くさすぎたので、ツールを導入しました。

RSS Graffiti というツールを使ってます。

ということで、いままでと若干facebook pageへの書き込みに違いがありますが、気にせず、今まで通りご利用いただけると幸いです。

それでは、今後とも作業療法.netともどもよろしくお願いいたします。

ちなみに、facebookpageはこちらとなっておりますので、ユーザーの方は是非チェックの上、「いいね!」していただけると嬉しいです。

https://www.facebook.com/saryou.net

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学生時代を振り返って、学生が持ってる職場環境などの情報について思うこと

あくまで、ひろえもんの個人的な視点ではありますが。

ひろえもんは、あんまり縦のつながりを学生時代には重視しておりませんでしたので、先輩を通じて職場の情報を集めるなどという視点が毛頭ございませんでした。

要するに、大変残念な学生でした。

人に尋ねるのはめんどくさいと思ったので、インターネットを検索してみて、情報を集められるだけ集めたのですが、今と違って作業療法に関するサイトは、どこもあんまり充実してませんでした。

書籍も、自分が出会ったものの中には、めあたらしい物が余りなく、ぶっちゃけ就職後を考える上ではあんまり参考になりませんでした。

それでもいくつかさんこうになったものはあって、たとえば、神奈川県作業療法士協会のホームページが、なんとなくいいなーとおもったのは覚えております。その当時、それ以外の県士会のサイトをみると、「情報公開がいまひとつ」でした。

学生のくせに、なんとも、偉そうですよね。現在は、リニューアルされているサイトも増えているようです。

なんで、「OT業界は、当時情報開示がいまい一つ」と感じたのでしょうか?

それは、当時は、作業療法士の仕事の忙しさなんて、これっぽっちも見えてやしなかったからだとおもいます。

「なんでもっと発信していかないんだろう」なんどと考えて、自分もこのサイトを学生時代に作ったのですが、さもありなん、あんまり本腰をいれて充実出来ていないのが現状です。

まったくもって嘆かわしい限りではありますし、学生時代の自分がみたら、きっと厳しい言葉を投げかけられそうな気がしております。

そうなんです、作業療法士の仕事は意外と大変なんです(実感として。)

とはいえ、裏を返せば、作業療法士の職場にかんする具体的な情報が、簡単に手軽に手に入らないことに対する不満が、学生時代にはあったのだとおもいます。

簡単にというのは、要するに、たとえば、書籍やインターネットなどをみれば、業務の良いところも悪いところもありのままを知ることが出来る的なそういうやつです。

自分にとって都合のよい情報源と言えば良いのでしょうか。

そういうものが無いのを嘆く気持ちでいっぱいでした。

今思えば、甘えなのかもしれませんが。

しかし、自分より後輩の世代にはそういうコが比較的多いように思います。

聞きたいこととか、知りたいことはあるんだけれども、面と向かって尋ねることが出来ない、っていう。

そんな感じは、母校を尋ねたりしたときに感じたりします。

だからもう、それはそれとして、前提として織り込んだ上で、彼らに情報を伝えられるような仕組みが在ったら良いのかなあと、元いち作業療法士養成過程の学生だった自分としては思うのです。

たとえば、学ぶべき内容の優先順位とか、就職後の各領域の様子とか。

「そういう内容について、知りたいけどそこまで労力かけたくない(ぶっちゃけ遊びたい)」という学生諸君に、きちんと届けられるような、情報のインフラを作っていかねばならんのかなあと最近強く思うようになりました。

先生が熱心な養成校であれば話は別だと思いますが、社会情勢とかを織り込んだ上で、今後の作業療法業界がどんな方向を目指しているのかについての発信を行っていくことが、時代に合わせた変化と言うか必要なことなんだろうなと思います。

そうして、情報をうけとってくれる学生さんの何割かでもが、いつか自分から情報を発信する側に回ってもらえたら、今は単純に情報が自分のところに落ちてくるのを待っているだけでもいいのかなとも思います。

ただまあ、就職後の視点からいえば、やっぱり自分で人から直接話を聞くのが、一番いいなあと思いますけれどね。

今後、社会から要求されるのは、そういう能力ですし。

それから、やっぱりネットとか本とかに書くことができるのは、書いても差し障りの無い内容だけですしね。

本当に面白い話が聞きたいのであれば、例えばリハビリテーション科の主任クラスとか、県士会長とか、日本作業療法士協会の理事さんとかと、食事にいったりするといいと思います。

今の、ひろえもん個人的には、厚生労働省の人といつか飲んでみたいですね。

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1人職場の辛さがわかってるようで、よくわからないという…

昔のOTRは皆さん1人職場だったそうで、そう考えるとかなり恵まれた環境で仕事をしていると思います。

看介護との連携も比較的うまく行ってるんだろうなとも思ったりしております。

昔の話が知りたいなあと思う今日この頃です。

定年退職した先生方が、あんなこんなをぶっちゃけて本にしてくれると相当面白そうだなあと思うので、三輪書店さんあたり、おねがいします。

友人で、1人職場で働いてる人もいます。

自分も将来的には地域に出て働きたいなあなんて思ってるので、最終的に目指すところは1人職場ということになります。

今の病院内にいたのでは見えない苦労が多分たくさん在ったんだろうことは予想がつくのですが、それをなるべく具体的に記した本なんかがあれば是非読んでみたいですね。

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作業療法でやってることを公表するためのポイント

はじめに

有効なアプローチだったり視点だったりを、発表して他の人と共有するのって簡単なようでかなり難しいことだなあと思います。

いろんな先生の素敵な発表を見るにつけ、「こんなことが大切なんじゃないかなあ」と感じたことをまとめてみます。

コメント欄にて、突っ込み大募集。

まず「気がつく」こと

「あれ?」と疑問をもち不思議がってみることが大切なんだと思います。

自分なりの視点や考え方で、それを分析してみること。

時間がかかることなので、ついついとおざけてしまったり。

現状に満足してしまったり。

そもそも、言語化が困難な領域で仕事をしているせいか、ついついそんな状況に陥りがちです。

日常業務のふとした引っかかりを大切にして、きちんとその分析に力を入れることが公表するに足るネタを準備するためには必要不可欠だと感じています。

公表への「モチベーション」

自己顕示欲でも何でもいいのです。

とにかく、自分のアイディアや発見を誰かと共有したいという強い思いが必要です。

なぜなら、公表するための準備は、地味でめんどくさい作業が多いからです。

実習の成果とも言える、「評価レポート」について「二度と書きたくない」と言っているOTRの友人は多いですが、ひろえもん個人としてはそれが「地味でめんどくさい」作業だからだと思っています。

それを乗り越えるだけの「モチベーション」が必要です。

自分の何気ないところからのアイディアが他の人が困っているときに活用されて、それで誰かが幸せになれるって素敵なことですよね。

そんなことをモチベーションにしてもいいかもしれません。

推敲の遂行

人は話すときについつい自分の言葉を使ってしまうものです。

それは、相手にとってはよくわからないことばかもしれません。

自分にしかわからない言葉で発表することほどムダでむなしいことはありません。

極端に言えば、英語しか分からない人に、日本語で理屈を説明しても無意味なのと同じです。

せっかく頑張って、書いてまとめたのに、誰もその素晴らしさを分かってくれないとしたら、多分その次はないでしょう。

モチベーションが続きません。

自分自身の経験を振り返ってみても、分かりやすい言葉に置き換えたり、シンプルな文章にすることで自分自身気がつかなかったことがみえてくることもあるように思います。

魅力的な論文というのは、だれもが分かりやすい言葉をつかって書かれていたり、主張することがシンプルだったりします。

とにかく分かりやすいのです。

だから、推敲をがんばることが必要だと思います。

この段階で、他の人から違う目で意見をたくさんもらえるかどうかというところは、発表の善し悪しにずいぶん大きく関わるのではないでしょうか。

一般化をねらう

自分自身の具体的な内容を書くだけでなく、他の人が使えるように一般化することにはとても意味があるなと思います。

具体的な事例から、ポイントを抽出して抽象化すると、それはモデルになります。

次に、同じような構造の問題に自分が出会ったときに、すぐに解決の糸口を見つけることが出来たり、だれかとその糸口を簡単に共有できるようになります。

自分自身の実践の根拠ともなり得るので、この一般化までこぎ着けることが出来るかどうかはとても大切な視点ではないでしょうか。

疑問の解決方法を知る

この言葉を使ってしまうと、一気に取っ付きにくさが増すのであんまり使いたくなかったのですが、他にふさわしい言葉も見つからなかったので使わせていただきます。

疑問を解決するというのは、すなわち「研究」です。

研究と聞いて、「難しそう」という印象を持つことは仕方の無いことだと思います。

実際、疑問を解決するのは難しければ難しいほどに価値があると見なされます。

疑問を巧く解決するためには、その疑問がどういう構造の物なのかをきちんと分析し、適切な研究手法を選択する必要があります。

良く言われる大きな分類としては、「量的研究」と「質的研究」があると思います。

少なくとも、この二つの特性と違いはきちんと把握しておくことが、価値ある公開のネタを作れるかどうかの大きな鍵であることは間違いないと思います。

よくわからない場合には、大学とかの作業療法学の権威に聞いてみるのも手だと思います。

優秀な先生であれば、その辺の手法については、きっと丁寧に説明してくれるとおもいます。

おわりに

自分のアイディアや実践を公開まで、こぎ着けるのはかなり骨の折れる仕事です。

心も折れそうになることは多々あると思います。

ですので、やっぱり一番大切なのは、公開までのモチベーションをいかにして高い状態で維持し続けることが出来るかだとおもいます。

そういう意味では、著名な医学雑誌への掲載を目指してみるというのも、一つ有効な手だてかも知れません。

あとは、誰か仲間と協同研究するとか。

いずれにしろ、たくさんの賢いOTRやOTSの皆さんの面白いアイディアがもっともっと世の中に出回ったら、この世はもっと面白くなるんだろうな、そう思う今日この頃です。

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コレが善し悪しを決める。作業療法における個別性の要素にどのように向き合うか

作業療法というのは、きわめて個別性の高い療法だとおもいます。

対象者中心ということばで表現することになると思いますが、作業療法を受ける事になる人の価値観や生活歴、それから今までどのようなことに取り組んできたかという作業歴によって、その人が作業療法内で行うことになる作業は異なるからです。

という文章で、わかるのはきっと作業療法士とかOTSだけだと思うので、日常生活上だれもが経験したことがある事で説明したいと思います。

たとえば、右腕を骨折したとして。

右効きのひとであれば、箸を持ったり、字を書く練習をすることは、作業療法として成立します。

左利きの人であれば、もしカメラが趣味ならシャッターが押せるようになるとか、絵を描くことが趣味ならパレットが持てるようになるとかそういうことが作業療法になり得ます。

右腕の機能を骨折前の状態まで機能回復する過程において、作業療法の対象その人が何を希望するかによって、またそのひとが右腕にどのような役割をもって生活していたかによって、「作業」として選択するアクティビティは異なる訳です。

さて、その個別性の高さは作業療法の強みであると同時に、ウィークポイント、弱点でもあります。

個別性が強みとして発揮されるのは、治療の過程がオーダーメイドになることによって対象者1人一人の状態や、個性にマッチした内容に治療をデザインできるからです。

それがどうして、弱点になるかというと、短期的な視点で見ると一見効率が悪いからです。

一人一人の治療をデザインすることには、意外と労力が必要です。特に、新人作業療法士にとっては、一つの大きな壁ではないでしょうか。

ひとりひとり違う内容を考える為には、まずきちんと対象者の評価がなされる必要があります。

しかし、新人であるほど、つまり経験が浅いほどに参考にできる過去の経験は少ない訳で、適切な評価が行えるまでには 、ベテラン作業療法士と比較して多くの時間を必要とします。

たとえ、中堅以上のOTRであっても、担当が20人以上ともなると、その全ての対象者に個別性の高い治療プログラムを立案するのは、時間的にも物理的に制約が非常に大きいと言わざるを得ません。

単純な機能回復を狙った場合には、ROMなどの手技や筋力増強トレーニングなどにある程度分かりやすい道筋があるのですが、そうでない場合(たとえば認知症)には、きちんと評価が出来るような仕組み作りを行っていく必要があります。

作業療法の理屈上、コレを個々の対象者一人一人におこなっていく必要がありますので、作業療法士の業務は超短期的にはかなり大変です。

ベテランになればなるほど、過去の患者様のプログラムを改良したり、参考にしたりと言ったことが出来るようになるので、その辺りはスムーズになるようです。

しかし、この個別性の高さはリハビリテーションの質の高さや有効性にかなり影響する要素だと確信しています。

先ほどから、「短期的には効率が悪い」と書いていますが、長期的視点に立った場合にはむしろ効率が良いとさえいえるでしょう。

急性期、回復期が終了して、病院から自宅へ復帰してからも継続して行うことが出来るような「作業」をアクティビティとして見いだすことが出来れば、その人が自分で自分を「治療」することが出来るようになります。

そこから先は、作業療法士は必要なく、作業療法の対象者だったそのひとが、「自分専属の作業療法士」となるのです。

こういった視点は、医療費や介護費用の削減が国から叫ばれている中で、非常に重要になってくるものだと確信しています。

それを、実践によって示すことが出来ることが、コレからの作業療法士に求められていることだと思います。

そして、作業療法士以外の職種にも広めていくべきことだとおもっております。

とはいえ、まだまだ自分自身の実践が甘いので、精進したいと思う今日この頃です。

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