形のない気持ちを、投影できるということは、それだけですごいこと。 創作活動を通して。

作業療法では、創作活動を用いることがあります。

というか、作業療法と創作活動は不可分です。

重要な治療手段であると同時に、評価介入の有力な手段でもあります。

たとえば、水彩画のように白紙に鉛筆や絵の具で絵をかくとそこには、多かれ少なかれ、自分の気持ちや感性が知らず知らずのうちに投影されています。

意外なことに、健常者といわれる方になればなるほど、本来の自分の感性から遠ざかった絵を描くことが多いように思います。

それは、「うまく書かなければならない」という、絵をかく主体である自分自身へのプレッシャーであったり、物ごとを記号化したり抽象化したりしてラクしたいというそういった気持ちが働くことによります。そして、それはきっと人間が誰しも持っているものです。

だから、自分の状態や好き嫌いの完成をそのまま描き出せるという素直さは、ただそれだけですごいことなんだとおもうのです。

日常の作業療法場面では、絵画以外にも、革細工や、編物、縫い物、ビーズ細工、陶芸、紙細工などなど

数えきれないほどたくさんの創作活動を(時には本人が希望するままに)取り組んでもらうことがあります。

そういったときに抑圧された自己を解放したり、自己肯定感を高める練習をしたりするときには、ありのままのやり方で自由に結果を気にせず取り組んでもらうのが治療につながるなあと感じています。

もちろん「こうしなければならない」という思いや発想は、仕事や社会生活上、極めて一般的なものですし、大変重要なものであることは間違いありません。

しかし、それは自然界でのもともとの人間の在り方とは、大きくかけ離れた感性なのではないかと思うのです。

そうした感性から、少し距離をとって、創作活動という枠組みの中で自分自由に開放したり、その結果として出来上がる作品を肯定できること、賞賛してもらえることには大きな意味があると思っています。

それを通じて、いままで気づくことができなかった自分自身を客観的に知ることができたり、自分自身を開放する方法を知ったりできるところは、作業療法の哲学のすごいところなんじゃないかなあと思うのです。

余計なバイアスを通すことなく、現在の自分自身を表出できる方法を身に着けることができたなら、だれももっと自由に生きることができるんだろうなと、日々患者様と過ごす中で強く思います。

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