現実に実在しないものが、存在しないとは限らないという話と作業療法の理念

たとえば、時間。

目に見えないし、触れられないけれど、みんなが知っているしそれに影響される。

たとえばお金。

目に見える物理的な意味を超えて、人間の考え方や行動に非常に大きな意味を与えている。

多分、宗教とかスピリチュアルな事柄もそういうものと同列にしてしまっていいのではないかと思うようになりました。

ひろえもんは、宗教とか全くもって意味不明であり、人間を惑わす邪悪なもののように捉えてしまっていた時期すらあったりするのですが、それでも人間が生きていくためには必要なものなのだとおもうようになってからもうずいぶん経ちます。

つまり、人間は何かに偏らないと、行動ができない生き物だとおもっています。

そのような偏りこそが、理念だったり、概念だったりするのではないでしょうか。

そして、人間が概念として認め、それが多くの人の間で共有され、行動を変更させるほどの力を持つようになった時、その概念はたとえ目に見えず触れられず実在しないような場合でも、存在すると言ってよいのではないでしょうか。

ぶっちゃけ、作業療法士の大切にしているものも、実在しないものですよね。

エビデンスを示せと言われても、事前観測不可能な事象が多いので、研究するにもそれなりにテクニックが必要な点で、その大切にしているものが示しづらいという現状もあります。

ですが、上の理屈でいくと、たくさんの人が、その考え方に基づいて行動をしたり、その考え方をいろいろな人に伝えひろめていくことで、作業療法士が大切にしているものは、改めてその存在を確立できるのではないかと思いました。

基本的人権ってなんだっけ?と考えることが増えている今日この頃です。

が、それに対して何かを口にできる立場でもなく、そうすると行動にて示す方が逆に効率いいのではと思います。

日々をコツコツと。

頑張ります。

「いいな!」と思ったら、シェアをお願い致します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。