子宮頸がんワクチン問題と「医学的な真実が殺される」社会で作業療法士をやってるということ

作業療法士は、日本では医療職に分類されますが、医療関係の情報の取り扱いの闇というか難しさを感じる「子宮頸がんワクチン問題」、ご存知でしょうか?

医師でジャーナリストの村中璃子氏が、ネイチャー誌などが選出するジョン・マドックス賞の今年の受賞者に決定したことを知り、追加で関連情報を知れば知るほどに、衝撃を受けたので記事にしました。

先進国である日本の、医療情報の扱いの質には、こんなに低い面もあるんだよ、っていうところを感じていただければ幸いです。

子宮頸がんワクチン問題のここがヤバい

「科学的正しさ」が、国などの大きな組織・団体に黙殺されてしまったことです。

加えて、医療に関係する情報を受け取る側が、何を信じたらいいかわからなくなる点です。多くの人が、テレビでやってる情報は正しいと思う日本の世の中なのに、その信頼を裏切るような情報がテレビで提供されていた、と言い切ってしまって良いと思います。

この2点は、情報がスピーディーかつ大量に消費される世の中の宿痾とも言えるのではないかと思います。この問題意識は、もっと世の中から重要なものとみなされる必要があると思っています。

そもそも子宮頸がんワクチン問題

ここでいう、子宮頸がんワクチン問題とは、以下のようなものです。

そもそも、子宮頸がんには様々な原因があることを前提として、そのうちの80%以上は2つの型のヒトパピローマウィルスの感染によるものと言われています。

こうした子宮頸がんを予防するには、上記のウィルスに効果のある子宮頸がんワクチンの投与が安全かつ有効だというのが科学的意見です。

しかし、「子宮頸がんワクチンの使用によってけいれんや歩行障害、神経性の副反応が出る」という趣旨の反ワクチン運動がメディアに取り上げられ、日本政府はその主張に根拠がないと認めながらも、子宮頸がんワクチンの投与に及び腰になってしまったということがこの問題です。

このように、

子宮頸がんワクチンのリスクが過剰に強調されたが故に、

子宮頸がんワクチンが投与されていれば、本来子宮頸がんにならなかった女性が子宮を失い、

その人に本来生まれているはずの子供が失われる

というなかなかショッキングな事態が、

「国の政策によって」

引き起こされているのでは、という問題

です。

村中璃子氏の仕事

前述のような状況に強烈な違和感を感じたのが、医師でありジャーナリストの村中璃子氏でした。

子宮頸がんワクチン副作用の研究の過程で、不正があったことを指摘し、理路整然と、反ワクチン運動への反論を行いました。

その過程で、名誉毀損で不正な研究を行った科学者に訴えられるなどしながら、間違いを科学的な視点で正した功績が認められ、あの著名な科学雑誌ネイチャー誌などが選出するジョン・マドックス賞の今年の受賞者に決定しました。

コラム 「報道しない自由」を行使する日本のメディア

筆者は、ネットの情報から、今年のジョンマドックス賞について知りました。

しかし、大手のメディアでは、あまり報じられているところを見ていないです。

同じ違和感を感じているネット上の意見を見ましたが、ジョン・マドックス賞という有意義な賞を受賞したことを、もっと、日本のメディアは日本の医療情報に責任を感じるのであれば、大々的に報じるべきだと思います。

今回のことで、今の日本のメディアに正しい情報を広めることを期待してはいけないということを学びました。ある意味で、誤報を流してしまったということを認めてでも、きちんとした情報を流そうという姿勢が欲しかったです。

そうなると、ネットを使って情報収集した方が、まだ検証することを心の片隅に意識してるという面で、積極的でいいのかなと思います。

作業療法も科学性大事

リハビリ界隈にて、ある組織で大御所さんとかベテランさんの発言が影響力が強くて、科学性が失われてしまう現象と今回の件が重なりました。

心は大切です。

それを前提として、科学性を本当に大切にできているか、をきちんと問い直す時期にリハビリテーション、作業療法の世界もきてると思います。

今回のことを教訓として、作業療法士の世界にも必要になってることはなんでしょうか?

論理的思考の強化

論理的思考能力はいわゆる「できる」人たちが共通して獲得している能力ですし、科学を支える根底です。

情緒を使いこなすには、確かな論理的思考が必要です。

実践と同時に検証研究ができる環境設定

AIとかビッグデータとかを活用するのが普通になってる世の中です。

普通の臨床で、研究できるような枠組みを発明することも必要かなと思います。

実際の関わりと、その結果の相関や因果関係を検証できる仕組みの導入が作業療法の世界全体に必要になっていると思います。

作業療法士の学術的な知識技能の向上

作業療法士で学術的な分野で活躍している人は、同じ顔ぶれの人が多いです。

これは、臨床しながら研究するのが大変だからということに加えて、学術的な内容をきちんと理解するには、臨床とはまた別の能力が必要になるからだと思います。

まず必要なのは、作業療法士一人一人が研究の内容を検証できる能力を獲得していることだと思います。

そして、自分の臨床を学術的かつ科学的に説明するためには、どのようにすればそれが可能なのかということを学んでいく必要があるのだと思います。

発信能力の強化

作業療法士一人が、その治療方法や主義の有効性を認識していたとしても、それを周囲と共有することができなければ、本当は解決することができたはずの世の中や組織の課題を解決することができないということになります。

そうならないためには、科学的に正しいことを、きちんと周囲に対して説明することができ、広げることができることが必要です。

人と繋がることができ、作業療法士としての自分の意見に耳を傾けてもらうことができるような自分であること、そのためにも、情報を科学的に検証する能力を獲得する努力が必要だと思います。

疑うこと

偉い先生が言うから、

科学者が言うから、

映像があるから、

本当に正しいのか、

書籍になっているから本当に正しいのか

いろんなツールが安価に使えるようになってるんだから、

車輪の再発明するくらいの気持ちで、

疑って、試して、

「ああ、ほんとだ」

と思えることが一番必要かなと思います。

誰かが言ってることを鵜呑みにするんじゃなくて、

覚悟を持って、その情報に相対することが必要だと思います。

自分で考えて自分で決める

作業療法士として、一番大切なのはここだと思います。

お金儲けの現実といろんなバランスを取るためには、作業療法士に一番必要な能力は、心情と科学性を踏まえて、自分でしっかりと考えることだと思います。

安直な感情に惑わされず、社会とその問題解決にとって本当に必要なことを提供できることが、作業療法士が本当の意味で社会貢献できる唯一の方法論だと思います。

周囲からどれだけ圧をかけられても、貫けるだけの村中璃子氏のような強さを作業療法士一人一人が獲得するには、本当の意味で「自分で考えて自分で決める」と言うことが必要になると思います。

今も将来も大切にする

今をごまかして、将来を台無しにする無責任を、リハビリテーションと称してやってるとしたら最低なので、一作業療法士としては、そのようなことがないようにしたいと思います。戒め。

まとめ

いち作業療法士として、

「正しいこと」は、科学的に自分で見極めるべし。

参考:

https://www.buzzfeed.com/jp/satoruishido/hpv?utm_term=.xaeNn45GK#.wsxzKWamg

http://blogos.com/article/264220/

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作業療法と 「漫画 リアル」にみる、挑戦すること、失敗を恐れないこと

失敗を恐れて、何かを言い訳にして踏み出せないというのは、人間の性(さが)ですが、そんなことしてたら人生終わっちゃうし勿体無いという話です。

ということで、また、漫画の話です。ネタバレ含みます。ちなみに漫画の中に作業療法士は出てきません。残念。

概要

なんでも出来て、イケメンのAランク(自称)の高橋くん。

脊損(脊髄損傷)で、下半身は動かなくなりました。

©︎井上雄彦/集英社

なんなら、車椅子の乗り降りもままなりません。

 

そんな中で、如何にかこうにか、乗り移りができるようになった段階で、ひょんなことから車いすバスケットボールをするという目標に出会います。

失敗することがダサいという高橋くんは、移乗動作の練習そのものにもあまり乗り気ではありませんし、なんなら生きること自体にも嫌気がさして、自傷行為に走ったこともあります。

しかし、そんな状態から、「車椅子バスケが上手くなりたい」という思いを糧にして、自分からできることを増やしていこうと挑戦するようになります。

訓練中に、失敗をしても気にしなくなりました。

それどころか、車椅子バスケをするにはスピードが足りないということで、自分からプラスアルファの特訓までするようになります。

高橋くんは変わりました。

©︎井上雄彦/集英社

失敗を恐れず、挑戦するようになりました。

なぜ変わったでしょう。

目標設定が具体的である

一つは、シンプルで具体的な目標を設定することができたからです。

「車椅子バスケが上手になる」

から派生して、

「車椅子の乗り降りができるようになる」

「日常の車椅子から、競技用の車いすに乗り移ることができるようになる」

「体幹や腕の力を鍛える」

という、個々の具体的な目標を設定し、その目標に向かって行動を開始したことで、高橋くんは変わりました。

周囲に支援者がいた

実は高橋くんには、適切なタイミングで、適切な量だけ、手助けをしてくれる支援者がいました。

なんらかの支援を必要とする人であったとしても、過度な支援は、本人の自立の妨げになります。

本人のことを理解して、高橋くんが取り繕わない素の自分で頑張れるように支援する人がいたことは、障害を前提として織り込んで、本人が積極性を発揮して新しい生活を構築するという「リカバリー」を強力に推し進めることになったと思います。

似た境遇の仲間がいた

高橋くんには、リハビリテーションセンターで、リハビリ仲間ができます。

そうした仲間からの刺激が、背中を押すことになったのです。

 ©︎井上雄彦/集英社

閉じこもりがちになってしまうところで、それをさせない仲間がいるというのは、巡り合わせ的なところが大きくて、運の要素ではありますが、結構重要なファクターだったりします。

家族が変わった

「『普通』であってほしい」

©︎井上雄彦/集英社

という家族の願いとは裏腹に、脊髄損傷による後遺症を抱えて生きていくことになった高橋くんと家族との関係は拗れます。

「歩けもしないのにどうやって高校行くねん」

という、高橋くんのもっともな反論に、うまく返せないお母さんは、心労で病気になって入院してしまいます。

が、その後、衝突したりしながら、12巻あたりで一応の「家族らしさ」を取り戻します。家族としての形を取り繕うよりも、余計な取り繕いを取っ払って、互いが素直な関係を再構築できたことで、居場所が再構築された点も大きいと思います。

印象深い、高橋くんのお母様のセリフ

「久信 私は 今まであなたを見ていたかしら」

ありのままの姿を見て認める姿勢を家族が獲得できたというのは、ひじょーに大きいと思います。

ちょっとした勇気が持てた

理屈じゃわかってても、行動にできないのは、心がそれを欲してないからです。

感情の動きを表出するのは、本当の意味で勇気がいります。

その勇気を持つには、

「自分はやれる」「自分もやれる」

という気持ちになれる何かが必要です。

そういうきっかけがあったのは、かなり大きいのではないでしょうか。

必要なことは、普通にすること

ここまで読んでいただいてお分かりのように、障害のあるなしは割と関係なくて全ての人のモチベーションに関わる要素です。

作業療法では、「障害者の方には効くこと」というよりも、「人間全般にそのように働くこと」を要素として使うことが、かなり有効です。

特になんらかの障害がある場合、あるいは自分の特性、特徴が、やりたいことに対して明らかに不向きな場合に、それを言い訳にして諦めてしまうという方向に働くことがままありますが、ぶっちゃけ、できるかできないかではなく、やるかやらないかです。

周囲は、その人やその人がやりたいことを応援したいと思うなら、適度なチカラでそっと支えたり、背中をポンと押してみるとか、そのくらいの支援でいいということを心の何処かに置いておくことが大切だと思います。

普段自分が、作業療法士として関わる時には、そういう風に考えています。

自分の人生を生きるということ

これは、誰の人生にも当てはまることだと思います。

作業療法でも、短期間で結果を出す対象者の方は、失敗を恐れないで挑戦していける人ですね。そこは、無論個人差もあるでしょうけど、何歳からでも人間は変われます。割とハートの問題、自分で自分を規定するチカラの問題という感覚です。

そのチカラは、何歳からでも身につけることができます。

日本人は苦手と言われていますけれど、そうは思いません。

単に「苦手だから」と言い訳してるに過ぎないのです。

 

方法論は、求めれば情報社会ですから、ネット上にもたくさんありますし、コンビニにすら関連する本がたくさんあります。

要するに、ちょっといつもの日常と外れて、違うことを試す勇気があるかどうか、大変さと自分のやりたいという気持ちを天秤にかけて、それを優先するという決断ができるかどうか、それだけの話なのだと思います。

作業療法には挑戦が大切

作業療法士が対象者の人に、

「これやってみませんか」

という、投げかけをすることはよくあります。

作業療法の成果としては、その人がその後その作業をどのように捉え、どのように変化するかというところにあります。

本人が必要性を感じていない、単にやりなさいと言われたからやっている、というそれだけのことであれば、多分成果になって現れることは難しく、貴重な人生の時間をいたずらに消費することになるでしょう。

逆に、失敗なんか気ならないくらいに、目標に向かって挑戦を続けることができるマインドを保つことができたら、なんでもできます。

自分の能力と人生に広がりが出てくることを実感して、さらに新しい試みを試したくなるはずです。

作業療法士は、そういう挑戦をそっと後押しすることが仕事だと思います。

漫画の中に、作業療法士が出てこないのは重ねて残念です。

まとめ

人生で大切なのは、主体となる人の気持ち、やってもいいかな、やって見たいなと思えること。作業療法も同じ。大切なのは対象者の主体性。作業療法士はおまけ。なんなら、いてもいなくてもいい。くらいがちょうどいい。

おまけ

こっから買えます。

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ある意味で、現代病な、人と活動の希薄化に、作業療法は仕事するべき。

作業療法士にとって必要なことは、なんだろうかと考えて見ると、作業をよく知っていること、作業の意味や重要性を、対象者の方と共有して、一緒にやっていく能力だと思います。

しかし、今後、その作業療法士が行う作業療法は、作業を用いて結果を出すことができなくなるということです。

どういうことでしょう。どうすれば良いでしょう。

前提としての、結果が全てな現代社会

極端な書き方をすると、現代社会は、結果を出してなんぼです。

結果とは、換金可能な価値を生み出すことです。

なぜなら、人間が生きるためには、資本主義社会では、お金がいるからです。

社会制度や仕組みでフォローするとしても、直接的にサービスを供給するのではなく、お金を当事者に渡すという仕組みをとっていますから、やっぱりお金ってのは世の中を動かしている存在として認識されていると思います。

お金を追求するためには、結果を追求することが必要です。

だから、結果が重要で、途中の過程などはあまり意識されなくなってきてしまっています。

なんだか抽象的になってしまったので、もっと身近な話をすると、要するにお金を出せば、便利なものやサービスといった結果が簡単に手に入るのだから、自分で何かをする必要性がどんどん低下しているということです。

例えば、さいきんの子育てで議論になった

「子供が泣き止むのだから、タブレット端末で遊ばせとけばいい」

というのは、子供が泣き止むという結果を手軽に得られるが故に、そのための方法論を全てタブレット端末に投げていると、こういう図式になると思います。

問題なのは、便利さに毒されて、受け身になること

じゃあ、便利な道具やお金で結果を買うなっていう話かというと、そうではないです。

結果は大事だし、過程の簡素化も大事です。

道具を使わない人間社会はナンセンスです。

また、結果に向けて過程を効率化することによって、新しい事柄に労力を向けることができたり、余暇を楽しむことができたりといった重要な効果があります。人間の生活が豊かになるには、結果を追求する必要があります。

問題なのは、豊かさが大した努力をしなくても、一定の生活水準を保証してくれるようになるので、生き方が受動的になることです。

先の話で言えば、タブレット端末の使用が悪いわけではないのです。

きちんと、タブレット端末を使用することによるメリットデメリットを精査して、デメリットのリスクにきちんと対応する準備があればそれで問題ないのです。一日当たりの接触時間の最大値を設定するとか、対人コミュニケーションの機会をちゃんと設定するとかしていれば、タブレットの使用をしても大した問題は起きないかもしれません。

せっかく結果に至るまでの過程を効率化して、時間などに余裕ができたとしてもそれを怠惰に過ごすために使ってしまうようになると、人生を受動的に生きていると言っても良いと思います。

おそらく、本人の感覚としては、積極性を持って生きているのですが、自分自身の人生をマネジメントできてはいないでしょうし、やりたいことをやっているだけです。

もちろん、それを突き詰めることができれば、それが生業になり、生計を助けてくれることもあります。しかし、スマホゲームで課金して、中級ユーザーになったところで、現実世界ではなんの役にも立たないわけです。そのゲームの世界で一番になることができれば、また、話は別かもしれません。

しかし、そこまで突き詰めることができる人間は、もやは積極性があるというべきでしょう。

人生を受動的に生きる人は、何かをする余裕も与えられ、自分が選び取っているつもりの選択肢すら与えられています。

本来であれば、100も200もあるはずの選択肢を2つか1つにされてしまって、自分の人生が閉じていっていることにも気づけていない人が、受動的な人です。

余剰や余裕をどのようにうまく使おうか、自分のために人のためにどうやって、生かそうかという、そういう考え方を育む環境が、結果を追求する現代社会においては奪われているのではないか、そう思うのです。

うん、すごく抽象的。伝わる気が全然しない。

文書に書くのは、実に難しい。

積極的な人は、お金は必須ではない

時間がない人は、なぜ時間がないかというと、何かしなければならないことがたくさんあるからです。

その多くは、仕事です。お金を稼ぐ仕事や生活に必要な家事やら買い物やら。

生きるためには、それをしないと生きていけないという活動が、一日の時間に占める割合を増すと、人は忙しいと感じるようになります。

その前提に立てば、低い給料で生活している人が、忙しい生活を送っているかというと、そんなことはないと思います。

むしろ、高い給料をもらっている人の生活の方が忙しいのではないでしょうか。

なぜなら、お金をたくさん使って、生活を成り立たせているので、そのお金を仕事で稼がなければならないからです。

その仕事が、生きがいでやりたいからやってる人はいいです。積極的なので。

そうではなくて、生きるためのお金を稼ぐために、気乗りしない仕事を大量に引き受けて大量にこなして、忙しさと引き換えにして、お金を稼いで、時間がないからといって、稼いだお金を使って、サービスを買う。

これは、非常に受動的な生き方で、社会や人から受けるストレスが高まりやすい生き方だと思いますし、今、世の中にはこういう人がたくさんいると感じています。自分で、自分の仕事のモチベーションをうまく作り出せないまま、給料を得るために自分を殺しながら働いている人が、少なからずおられます。

逆に、収入が月に10万円以下であっても、家賃の低い地域に住んでいて、水道電気代光熱費を、自分で用立てて、衣食住は、地域の人との関係性の中でなんとかしながら、有り余る時間を自分の趣味や生きがいに費やして、人生を謳歌している人もいます。この人やそれに類似する生活を送っている人の手の中には、「作業」があると感じます。

また、こういう人たちが強い点として、自分でビジネスを作り出す才能があることです。お金が欲しければ、仕事をする必要があります。その仕事は、自分で作り出してもよく、積極的な人たちは自分で新しい仕事を作り出すことが得意です。実践と、反省と工夫の繰り返しの中で、仕事を成長させていく術に長けていると思います。

自分の生活を自分で生み出せる人は、その一部を切り取って新しい仕事を生み出すこともできる。考えてみれば、単純で当たり前のことですね。

積極的な人の割合の減少と、作業療法の危機

今、日本では、積極的に行動を起こせる人材が減っていると思います。

特にこれからトップになっていく人たちの、受動的な感じはやばいなあと思います。

当然、そこから下の世代の受動的な感じもやばいです。

上の世代が下の世代を育てるのですから、当然、受動的な振る舞いをする人が増えます。それ以外の理由としては、先にあげたような社会の構造の変化も大いに影響していると思われます。

積極的な人が減ると、世の中に変化が起こりづらくなり、結果を追求しようにも課程がこれ以上合理化できないという頭うちになる時がやってきます。

それが、まさに、今の日本社会であり、日本の企業であり、それが先日の大企業の検査データ改ざんの不正などの形で行われているということだと思います。

そして、積極的な人が減ると、自分自身の手で「作業」を行う人が減るということになります。身の回りに「作業」ができる人が少なくなると、「作業」に触れる機会は減ります。

「作業」が身近でなくなると、「意味のある作業」という言葉は、ひょっとするとある世代以降からは全く意味のないものになる可能性すらあります。

これは、「作業をすることで人は元気になれる」という作業療法の危機かもしれません。

作業療法士が受動的になってはいけない

しかし、思うところがあります。

「意味のある作業」を行なってもらうこと。これは、高度に進行した認知症の方をはじめとした、自分で選び取ることが能力的にも現実的にも困難となった方々には、とてもとても大切なことだと思います。

しかしながら、一方で、これから、いくらでも能力を新たに獲得できる人に対して「意味のある作業」を行なってもらうことに、個人的に疑問を提示します。

むしろ、作業療法士はそうした人たちに積極性を獲得してもらい、新しい「意味のある作業」を増やしてもらう手伝いをすることが、作業療法士の役割なのではないかと思います。そのための手段として、途中経過ですでに獲得済みの「意味のある作業」を用いるのは、王道だと思います。

そして、そのためには、作業療法士が、自分自身の積極性を一定の水準に保つよう努力しなければならないということです。

だから、作業療法士は受動的になってはいけない。積極的に学び取ろうとしていなければならないと、そのように思う次第です。

コラム 岩崎てる子先生の言葉

作業療法士界の重鎮のお一人だと勝手に思っております。

とある作業療法の教科書のはじめの言葉に、言いたいことと同じことが書いてあったので引用させていただきます。

大量生産・大量消費という高度消費社会は、人々を生産活動から遠ざけてきた。

全てが機械化され、ものの売買さえ電子市場で行われる時代である。ものを育て・つくる現場を知らない、また売り手と買い手のコミュニケーションもないという現実は、ものと人、人と人とかかわりを稀薄にする。ものと人がである場である「作業」を対象領域とする作業療法にとって、この出会いの少ない者が治療者になっても、対象者になっても治療効果をあげるには様々な困難を伴うことが予想されれる。

ちなみに2005年のお言葉です。

しかし、時代の流れを的確に捉えておられるように感じます。

AIは作業療法の天敵かもしれないし、福音かもしれない

作業療法士の仕事には、実践による具体性を欠くことはできないですよね。

しかし、今後さらに結果を追求する社会の流れは加速していくと思います。

それを強力に後押しするのが、AI(人工知能)の急速な進歩でしょう。

究極的に、人間に変わってありとあらゆる家事や仕事を機械がするようになってしまえば、完全に受動的な生活をすることだって可能になってしまうわけです。

そうなると、いずれは、既存の「意味のある作業」を実践してもらうという形の作業療法は絶滅するでしょう。

そうではなく、人間ができることややりたいことはきちんと自分で行う。それ以外の苦手なことやできないことは、機械に補ってもらうということができるようになれば、作業療法はもっとやれることが増えると思っています。

例えば、ADL関連の補助なんかも、人間がやるのが大変なら機械にやってもらったらいいと思います。実際、その方が、当事者の方にとっても、気を使わなくてもいいし、惨めな思いをしなくて済むからいいという声を聞きます。

作業療法士がそういう機械のコーディネータをする役割を担うことができれば、今後の作業療法士はますます活躍できると思いますし、そうでなければ、作業療法士の仕事は少しづつなくなっていくのだと思います。

蛇足

なんとも読みにく文章になってしまいました。

また手直しするかもしれません。

とりあえず、作業療法士が現代社会に飲まれたらあかんということが、書きたかったというそれだけです。

まとめ

具体的な経験を、軽んじてはいけないです。

その経験が、世界と個人とを強く結びつけるのです。

作業療法の真髄は、その力を強化し、利用する技法だと思うです。

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作業療法.netをリニューアルしました。

どうもお世話になっております。作業療法.netの管理人です。作業療法.net改修工事が一定程度区切りがついたかなと思います。作業療法.netの改修はこれまでに何度かやってきましたが、今回はこれまでになく本格的に大変でした。Web素人の手に負える範囲での技術な話を踏まえながら、何で改修に至ったのかについて説明します。

作業療法.net リニューアルの背景

端的に言えば、時代に合わなくなったからです。

作業療法.netは、作業療法の知名度が上がればいいなと思って管理人が学生時代に始めたサイトです。確かその頃は、ちょうど世の中でブログが流行り始めた時代でした。

もっとも、ブログをやるつもりはなかったので、ウェブサイトとして、しっかりと作業療法についてアピールできるサイトを作れる仕組みとして、MovableType(ムーバブルタイプと読みます)を採用しました。

ホームページビルダーなどの専門的なソフトを使わなくても、自分の文章がウェブサイトになって表示できるというのは、当時は非常に画期的だったんですよ。

あの頃は、まだインスタグラムはもちろん、facebookも今ほど市民権を得ていなかったような気がします。

ともあれ、MovableTypeというプログラムをコンテンツを管理する仕組みとして使っていたんです。

ところが、世の中の変化ってのはすごいもので、いつしかWordPressというコンテンツ管理の仕組みを導入しているウェブサイトのが世界的にシェアが高くなっていて、いろいろ細かい便利な機能がMovableTypeに比べて圧倒的に多くなっていました。

ということで、WordPressに切り替えました。

これは、更新が煩雑に感じるようになった点が大きいです。

もともと、WordPressはブログコンテンツを志向していたこともあって、ライトに使えるので、とても便利です。MovableTypeの良さに、非常に大きな規模のサイトであっても、スムーズに動かせるというメリットがあります。

また、更新を頻繁にしないサイトであれば、サイトが表示できなくなるリスクを軽減することができます。

しかし、それらのメリットを差し引いても、WordPressで管理した方が、更新を今後頻繁に行っていくことを考えると便利がいいだろうという結論に至りました。

 

つまり、デザイン変更はおまけみたいなもんで、その背景にあるシステムが全然変わってます。そこは皆さんの目には触れないところですが、効率よくコンテンツをお届けするためには、割と欠かせない改修でありました。

これが地味に大変で泣きそうでした。

大変だったこと

MovableTypeで表示してた、作業療法.netのコンテンツを、WordPress移行後にも同じURL(サイトアドレス)で表示できるように、調整するのが地味に大変でした。

これが変わってしまうと、今までサイトを見てくださっていた方やら、ブログにリンク貼ってくださってる方、各種SNSで紹介してくださっている方にご迷惑がかかってしまうので、調べながらリンクが変わらないように工夫しました。

また、機械的に調整するすべがなかったので、500弱のこれまで書いてきた記事のURLのほぼ全てを手動で変更しました。根性がないので、地味に泣きそうになりましたが、時間もないのですがコツコツやりきりました。

それから、サイトデザイン

今まで、使っていたサイトデザインをそのまま移行先に使うことはできないので、同じデザインを流用して作り直すか、それとも新しいデザインを作り上げるのかで悩みました。

でも、良い機会だし前回のデザインがそこまで使いやすいものでもなかったので、新しいものにすることにしました。

どうやったら見やすくなるかな、使いやすくなるかなっていうところがやっぱり難しいですが、できる範囲で色々とカスタマイズして、利便性を向上させたつもりです。

今後も、地道に修正が必要なポイントだと思います。

とりあえず、スマホからの表示がより良い感じになるように調整してます。多分今までよりも圧倒的に見やすくなってるはずです。

何かご要望あったら、お伝えいただければ幸いです。

今回アップデートしたこと

まとめると以下のような感じですね

  • CMS(コンテンツ管理の仕組み)をMovableTypeからWordPressに移行
  • トップページとブログのデザインを変更
  • 作業療法と作業療法士に関するコンテンツの統合と整理
  • Mastodon.comの再メンテナンスとotwikiの再メンテナンス(おまけみたいな)

今後の目標

運営に関して

サイトの更新は行いやすくなったので、アウトプットを念頭に置いて、しっかりと自分の作業療法の知識をアップデートさせていきたいと思います。

で、それをタイムリーにみなさんと共有できたらいいなと思います。作業療法士と、作業療法を必要とする人の利益となるようなコンテンツを効率的かつ高い質で生産していきたいと考えています。

PV目標

今までゆるーくやってきましたけど、ちょっとだけ真剣にやってみようと思います。来年から本気だす。

とりあえず、全国の作業療法士が70000万人なのでその人たちが、みんな月に一回見てくれることを目標にして月間7万PVを狙っていきたいと思います。

サイトコンセプトの徹底

そもそものスタートはブレさせずにやっていきたいと思います。

つまり、作業療法と世の中の接点を増やすということです。

そうしているうちに、作業療法って割と明るい話題が多いじゃないと思ってくれる作業療法士さんが増えて、元気に作業療法をするOTRが増えたらいいなと思います。

その結果として、作業療法に直接は関係ない人の目に当サイトのコンテンツがとまればいいなと思います。そうなれば、作業療法や作業療法士を必要としている人に直接作業療法が届けられるようになるかもしれません。

お願いごと

一人で運営しているので、なるべく不具合が起こらないように注意をしていますが、意図しない不具合が起こると予想しています。また、一人ではその不具合に気がつくことすらできない可能性が、かなりあります。

サイトに不具合があったら、各種SNSなどにメッセージを送っていただくなどして、通知をしていただけると助かります。

今後とも、作業療法.netをよろしくお願いいたします。

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