日本の作業療法士へ。「ウチの文化になじまない」と合理性を排除して衰退する作業療法士になるなかれ

作業療法士って、本質はコンサルですから。

ビジネス上適切な助言は、合理性に裏付けられている必要があります。

一方で、作業療法士には情緒的な助言を行う能力も極めて高い水準で要求されることも事実です。世の中が変わりつづていているのだから、提案する側もがっつり変化しないと奇妙な歪みが強まるばかりです。

加えて、情緒的になりすぎると身動きが取れなくなるのが、日本の組織文化であり、作業療法士が影響を受けやすいところでもあると思います。

どうしたら良いでしょうか。

適度に合理的にやる

作業療法士という仕事は、仕事の特性上完全に合理的にやるのは無理です。また、そんな作業療法はやってもつまらないし、つまらないということは結果が出ないと思います。

適度に合理的にやるには、日本という国の全体的な傾向を把握しておく必要があります。

日本人の傾向

日本人は本音と建て前の生き物ということになっています。

先日の相撲協会の後だごだも、由緒正しい日本文化です。

法律・法令よりも、身内の秩序が優先する。

つまりローカルールの方が、より強力な権限を持つということです。

身近な権威に、影響を受けやすい、もっと強い言葉を使えば支配されやすいということになると思います。

伝統ある国であれば、どこの国にもあることには違いないでしょうし、今更取り立てて問題にすることでもないのかもしれません。このシステムには、安定性という意味でそれなりに、利点があります。

しかし、反面で、合理的ではく、時に理不尽です。

先の相撲の話で言えば、先輩は後輩をボコボコにカラオケのリモコンで殴りつけても、不問にされていたかもしれないのです。

こうして、大きな組織であればあるほどに隠蔽体質が強化されていくことになります。いちいち細かな問題まで対処すると、仕事が増えて大変になりますから、「空気読めよ」ということになります。そうして、上の判断でもみ消されることが増えていくということです。

そういう雰囲気を感じるから、モリカケ問題やら、豊洲市場の話があそこまで大きな問題かのように扱われているわけです。実際に、どうかはわかりませんが、日本にはありとあらゆるところにそういう文化があります。

こういう組織は、急激には壊れませんが、「うちの文化には合わないから」と合理性を排除し続けることによって、徐々に緩やかな死を迎えることになります。

日本の地方の集落はまさに、良い具体例でしょう。若い人が寄り付かないのは、集落の人間関係が若い人に合わせて変わらないからであり、若い人のニーズなんて本当はどうでも良いからです。

日本の地方都市に未来がないのは、若者が好きな「合理性」をあまりに軽んじているからだと思います。文化や伝統の担い手の第一線にいる人たちが、口を揃えて言うのは伝統は革新とともにある、と言うことです。

ただうけつぐだけでは、どんどん衰退していくだけであると言うことを、一流の人々は肌身に感じているが故の言葉だと思います。常に世の中や顧客の変化に合わせて、自分が提供するもの、技、考え方も常に変化させて行かなければならないと、そう考えている。

一方で、「上から言われたから」と、ただ担っている人が大きな結果を残すことができるかと言えば、そうではないし、何かを変えろと言われてそれがすぐにできない、これが日本の現代病なのかなと思います。

作業療法士の世界にある非合理性

作業療法士という仕事は、人間を相手にする仕事です。

そして、対象者とその家族、同じ職場の人々との繋がりが、大切になる仕事です。

その人間関係の中には、非合理性がつきものです。それを併せ飲む度量が、作業療法士として仕事を続ける上では必要なのは間違いありません。

その一方で、変化を嫌う文化もあるようです。

冒頭で述べたように、顧客や社会の側が変わるなら、作業療法士は提供するものをどんどんと変化させていくことが必要です。

しかし、昔ながらのやり方に執着したり、今は必要とされないだろうところをゴールにしたり、過度に合理的だったり、極端に情緒的だったり、バランスが取れていない人が作業療法士にいないとはとても言えません。

というか、作業療法士という仕事の環境・特性上、そのような人々が一定数存在してしまうことは、これはどうしようもないことだと思います。

こういう意味での「非合理性」を伝統とするのは、あまり意味がないし、メリット何も感じないし、若い人から見ると泥舟だ、と感じるようです。

そうなると、なんだか怪しげなセミナーに頑張って通っている若手の療法士たちとかもいて、なんだかなーという感じです。もちろん本物もあるでしょう。そういう本物を見抜くためには、きちんとした形でのエビエンスが添えられているのかどうかというところが、大切になるのですが、そういう勉強はあまりしたくないと思うのが人情なのでしょうか。

どうも、怪しげな高額セミナーにうっかり行ってしまう人もいるみたいです。そういう人が、一生懸命な割にあまり成果が出せていないのを見ると、「そこじゃないんだよな」と悲しい気持ちになります。

コラム ボバース法のエビデンス

そんなもんと一緒にすると怒られるでしょうけれど、過去流行していたと伝え聞くボバース法に、エビデンスが確立したという話をついぞ聞いたことがありません。根拠なき、学説、仮説は、宗教と区別ができません。両方とも、存在証明ができなくて、結局対象となる人がどのように感じるかというスピリチュアルな世界の話となるからです。

もっとも、スピリチュアルな領域まできちんと責任範囲として抑えていくと、そういう気概を持って、リハビリテーション、運動療法をやるぶんには構わないでしょうけれど、「なんだか効果が出るらしい」と、インスタントな手技・主張に飛びつくのは、いけてないと思います。

これからの時代、その気になれば、個人でも統計データとってエビデンスを示していくことはできるんですから、非合理と合理性の間を縫って、作業療法士として楽しく仕事をするためには、そういうエビデンスという考え方をきちんと理解して「結果が出る」とは本当はどういうことなのかということについて、知っておくことが必要なのではないかと思います。

やりたいようにやったらいい

上記を、踏まえて作業療法士はどうするべきでしょうか。

ズバリ、やりたいようにやったらいい、です。

お忘れかもしれませんが、作業療法士という仕事は、売り手市場です。

万が一クビになっても、範囲を広げて探せば、次の職場はすぐに見つかります。

給与面を気にして毒饅頭を食い続けるのも悪くないですが、精神的健康を害してまで続けるべき仕事ってのはそうたくさんないだろうなと感じるのが私の思うところです。

結果を出せ

この結果というのは、単一顧客の治療効果のみならず、組織としての経営、もっと言えば売り上げにも貢献するような原動力となれ、ということです。

あるいは、組織として病んでるところを、作業療法士としてメスを入れていく、そういうあたらしい挑戦の中で結果を出していくことができれば、それもまた自分自身が作業療法士としてやっていく中での新しい力になると思います。

やりたいことをやるために、適度に合理的になれ、そして結果を出せってことです。

合理化を学べ

実践しなくてもいいから、知っておくだけでも全く違います。

例えば、電子カルテ。

このIT全盛の時代に、未だに、電子カルテじゃない病院なんて、かなりやばい病院と言わざるを得ないと思うのですが、やっぱりまだ存在するようです。

逆に、株式会社で訪問看護やってるところなんかは、出先でカルテの記入と、確認ができるように社員にタブレット端末を一人一台支給しているところもあって、差は現状でもすごいし、そういう法人間の格差というものは、今後ますます開いていくことになるのだろうなと思います。

電子カルテにすることで、余計な転記の手間も省くことができるし、月あたりにすれば相当な時間の人件費の削減に繋がると思うのです。けれどそれをしないということは、やっぱり人を守るというのは、そういうことなんでしょうか。これが終身雇用制ということなんでしょうか。

いやいや、そんな状況を肯定するのは流石にまずいでしょう。

世の中が変わっているのだから、地域社会に求められる医療機関・福祉サービス・公共サービスを提供するためには、サービス提供側が変わらないといけないと思います。

だから、作業療法士は、自分が就労しているところが、どんなところであろうと、業務の合理化を行う観点は常に持っておく必要があると思います。

そうして空いた時間を、しっかりと対象者の人のために使えるのが、本当の意味での合理化です。そうすれば、新しい結果に繋がるし、それをきちんとした形で発信して実績として残せば、それが病院の評判を挙げることにも繋がるはずです。

この視点が、そもそもわきまえてないというか、若いだけでわかってないと言われる類のものなのですが、どの業界人でもトップレベルの人は普通にやってることです。年は関係ないでしょう。決断し、やるかやらないかというそれだけの話です。

自分・同僚・先輩・部下をまとめて育成すべし

モチベーション下がってる人の心に火をつけるのはかなり大変ですし、その相手が特に保身や高い攻撃性を秘めている人の場合には、かなり高いリスクを伴いますが、周囲の人の相互的な関係性はとても大切です。

その関係を強化していくためには、良い結果に向けて動くことができる技術、技法を、仲間内でしっかりと共有すること。

そうすれば、誰かや自分自身がいずれいなくなったところで問題はないわけです。人がいないから仕事が回らないというのは、なんというか、職員の怠慢というよりも管理者のセンスのなさというか、不勉強さに寄るところが大きいと思います。

組織内の、人の滞留をなくして、対流をよくすることはとても大切です。

それに、ポジションや役職や、職場にしがみ付かないといけない人には、作業療法の対象となる人に、きちんとした治療を提供することは難しいと思います。

みんなで、まとめて成長するために、自分の学習成果や実績は、ノウハウとしてガンガン周りと共有してしまえばいいと思います。

まとめ

やりたい作業療法ができないと感じた時は、やりたいようにやってみるべし。

ただし、結果は出せ。

そのために、合理化・数値化・厳密化・実用化は常に心の片隅に。

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