目に見えないことを取り扱う難しさと重要性 作業療法士に求められること

ぱっと見やその瞬間の事実だけでは、うまく解決できない事柄にうまくアプローチ、介入して解決への方法を模索できることは、とても大切です。

たとえば、認知症の方の問題行動を、さまざまな文脈からとらえて、ご本人との共感をヒントにしながら、問題となる行動がなぜ起こるのかを整理することは、ご本人のQOLを向上させるだけでなく、その周囲の人たちと本人のつながりを健全に保ち続けるためにとても大切です。

こうした目に見えるところだけを基にしてアプローチしても解決しにくい問題を、目に見えない要素を加えて解決に導くことが得意な作業療法士は、本当に尊敬しています。

そしてこれは、作業療法士の重要な専門性のひとつだと思います。

「見えないこと」を根拠に行動するのは難しい

作業療法士は、目に見えないところが情報として集約できるので、具体的な提案ができます。

またまた例えば、認知症の方への周囲の人たちのかかわりを考えてみましょう。

周囲の人が認知症の方の特性がわかっているかどうかはもちろん重要なのです。

しかし、それは作業療法士の専門性として言い切ってしまってもよいくらいに、むずかしく、ハードルが高い事柄だと思います。それに、わかっちゃいるけどできないということもあるでしょう。

発達障害のお子さんと親御さんにも同じようなことが言えます。

家族などの周囲の人の言動、普通は害や悪影響よりも、メリットが大きいと思われるような言動が、本人の問題行動を引き起こしていることは、日々の臨床のなかでよく見ます。

良かれと思っての行動が、当人に対するストレスやプレッシャーとなって、二次障害を引き起こしていることもままあります。

それは、周囲の人が思うその人と、本人の人となりや個性・障害の間に大きなギャップがあるからです。

そして、それは目は見えないものであることが多いです。

たとえば、精神障害は目に見えません。

具体的に見えるのは、その人の表情、行動です。

それらを総合して、適切な判断をするには、情報や知識や経験が必要ですので、まず判断することがむずかしいです。そして、その判断をもとに実際に行動を起こせるかというと、それはさらに難しいです。

作業療法士が「可視化」することの重要性

だから、作業療法士は、

「こういう関わり方をすると、うまくいった」

という経験を周囲の方にしてもらえるような提案ができることが大切と感じています。

理由や理屈はとりあえずおいておいて、

「やり方しだいでなんとかなる」

という感覚を本人も周囲のひとも得られるような具体的提案ができると、まずまずな作業療法ができたといってよいかな、と自分自身に言い聞かせています。言い聞かせます。

だから、作業療法士は、その人の生活における困りごとを整理し、解決するための方法を提案するために、きちんとその方の目線に立って、同時に客観的に評価を行い、目に見えないことを情報化、可視化することとても重要で、それが求められていることであると思います。

求められるのは作業療法士の評価を共有すること

また、すぐに解決できなくても、状況をきちんと整理して評価を対象者の方やその周囲の方と共有する、そのこと自体の意義も大きいです。

それは、

「なんだかよくわからないけど困ってる」

という状態を整理できるだけでも、

「『わからないこと』がわからない」

という混沌とした状態を脱することができ、

目標やゴールが明確になります。

つまり、問題解決への道筋が明確になります。

「なんだか困ってる」を「ここが困ってる」へ

同じ暗闇のなかでも、真っ暗闇とトンネルのように、目指すべき明かりが見えているのとでは、人間の感じるしんどさはまったく違うものです。

骨折や麻痺などの身体的なリハビリテーションにおいても同様のはずで、

「これがしたい、だけどあれが問題だ、だからそのためのソレ(治療介入・プログラム)だ」

という説明が丁寧になされているかどうかは、回復の度合いに大きく影響すると思います。

患者様の主観としては、

「これまでどおりに、服を着ようとしたら着れない」

のであって、

「過剰努力によって連合反応が起こって、結果として重心が支持基底面から出てしまう」からでもないし、

「ギプス固定および三角巾による固定による運動制限によって、僧帽禁や広背筋などのビッグな筋が短縮して関節可動域が小さくなっている」からでもありません。

そういう、「みえない」「わからない」ところを、いわゆる専門的な知識をもとにして、どれだけ作業療法の対象者の方の主観とすり合わせていくか、問題の認識の合意に至るかということが、治療効果の有無を分けます。

そして、それがエビデンスのある作業療法につながると思います。

ようは、説明責任を果たすってことです。

コンパクトに伝える

主観とのすり合わせにおいて、専門用語を羅列してもらちがあきません。

専門用語を使わなければならない必然性もありません。

対象者の方が、理屈を感覚で理解できればよいのです。

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それが可能になる程度にフラットな表現でコンパクトに伝えましょう。

そうすることで、介入の中での確認が時間をかけずにつどつどコンパクトにできます。

事象の整理は作業療法士の専門性

繰り返しになりますが、「見える化」は、作業療法士の専門性の重要な柱だと思います。

何がその役に立つのかは本当にわかりません。

自身にとって趣味や、遊びの範疇の経験が、相互理解を助けることに役立ったりします。

自分の経験をフル活用して、知ろうとすること、

普段からいろいろな経験を、自分の学びにすること、

これらが作業療法士の「見える化」をスムーズにし、仕事をよりやりがいがあって面白いものに変えてくれると思います。

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キーワード「MOHO」でgoogle検索したら、OT関連じゃなかった件

あかんやろ。

MOHO大事

MOHOもとい、人間作業モデルって、作業療法士的には大事ですよね?

Model of Human Occupation ってだいじですよね?

大事でしょ?

あんまり大事じゃないかしら。

作業療法関連の概念の中では、結構重要な理論だとおもってただけに今回の検索結果は結構ショック

と、同時に結果が妥当だと思う自分も嫌い。

google検索結果

今回は、キーワード「MOHO」で普通にgoogle検索をかけました。

ふと検索したんですよ。

そして、その検索結果1ページ目は以下のような感じ。

src_moho.png

ご覧のように、1ページ目にはまったく出てこない。(2017/09/29現在)

2ページ目でようやく登場する。

これは、いかに、一般に作業療法が浸透していないかを、証明してしまっている。

そう受け取らないといけないと思いました。

危機感MAX

一般の人が検索することはまずないでしょう。

作業療法のキーワードで、どの程度の検索があるのかも微妙です。(あれも、ヒットするのは養成校の広報HPがほとんどです。インターネット検索対策をきちんとやってるサイトが多いためと思われます。)

ですが、ふと違った考えが浮かびました。

学生とか、作業療法士もひょっとして、あんまり検索してないのかなあーなんて思いました。

そもそも、人間作業モデル授業で触っただけっていう人も少なくないかもしれません。

でもそれだと、ほかの理論を学ぶときのコストも大きいし、作業療法をうまく説明できるのかも正直不安になります。

インターネット上に有意義な情報がなかったら、確かにそもそも検索する気持ちも起きんですね。

自分自身振り返ってもそうかもしれません。

MOHOの解説書きます

だから、MOHOの解説文を書くことにしました。

言い訳しておきます。

いろんなことと並行作業になるので、すぐすぐには公開できないと思います。

でも、きっとこのページを見てくださっているまじめなOTさん達や、作業療法の貴重なフォロワーの皆様におかれましては、多分、何らかの需要はあると思いますので、なるべく早く仕上げたい。

完成がいつになるかはわかりませんが、年内には書き上げたいなあ。

年末忙しくなるので、実質あと一ヶ月以内に、原稿はまとめないと年内は厳しいかもですが、ちょっとこのgoogle検索の結果はアカンと思うので、その気持ちをモチベーションにがんばります。

自分自身を追い込むために書きます。

がんばろう。

がんばれるかなぁ。

がんばります。

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作業療法の自由度の話

作業療法士っていう職業は問題解決してなんぼという側面があります。

結構若手というか経験不足なうちは、なんとなくそこであせるというか、もがく気がします。

私も例に漏れず、対象者の方にとっては、大して意味のない変化を出して自己満足したりしちゃうこともあったような気がします。これが自由度の罠ですね。

自由度の罠

無意味じゃないけど、本当はもっと重要なことがあるんじゃないのっていう。

なんかやれば、なにかは必ず変わるんですから、何かを変えることが重要なのではないのです。

優先されるべきこと

何を、何のために、どのように変えるのか。

それを対象者ご本人が、どのようにうけとめるのか。

それが、一番大事なことなんですよね。

ついつい、問題解決してなんぼっていうのが、自分のなかで大きくなりすぎると、えてしてそういう臨床におちいりがちです。

手っ取り早く解決できる問題に飛びついてしまうという。

でも、そういう臨床ってほんとの意味でのリハビリテーションと違っちゃってることもあるように思います。

リハビリテーションと魚

有名な、OTの先輩方は大体知ってるエピソードなのですけれど、ごぞんじでしょうか。

「魚を与えるよりも、魚の取り方を教えよ」

魚を与えて満腹にしたら、依存が生じることもしばしばです。

お金儲けがしたいなら、それも悪くないですが、リハビリテーションがしたいなら、ちゃんと腹減ったときのコーピングをティーチングする必要がありますし、もっといえば漁獲以外の選択肢を考えられるようコーチングするべきです。

それが、ちゃんとしたリハビリテーションだし、作業療法の自由度ってそういうことのためにあるんじゃないでしょうかね。

それを、なにか結果出さなきゃ、問題解決しなきゃと、すぐに解決できる問題の解決ばかりを繰り返していたら、そりゃあ苦しくなってきませんか。

同じことの繰り返しで。

これが自由度のワナです(繰り返し)

一緒に遊んでるだけ?

作業療法士さんは遊んで点数もらえてすばらしいといわれることもあるようです。

特にベテランOTだと、はたから見ると、そばに寄り添ってるだけで何にもしてないように見える介入もあります。

さっきの魚の話になぞらえると、一緒に釣り糸を垂れてるだけという感じでしょうか。

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っていうのも、要所要所支えてないとその人の生活やらなんやらが成り立たないという評価がきちんとあった上でほんとに要所要所しか介入しないと、一部分だけ切り取られると何もしていないように見えるんですね。

おおむね大丈夫なんだけど、不意によろけて海へ転倒転落しそうになる人とかの場合は、こけそうになったとこだけしっかりと支えればいいのです。釣竿がひいてるときとかそうかもしれません。

過剰なお手伝いは依存を作り出しかねません。

相手と対等であるためには、相手と同じように同じことをするのが一番なんですね。

そして、本人以外へ

それから、対象者の方本人に対して何かをすることだけが作業療法ではなく、釣竿使いやすい長さに調整するとか、リールは自動巻きのにするとかといった環境調整やら、つった後の魚の運搬や鮮度管理調理といった前後の連絡調整とかの段取りをするとか、そういう部分のほうが大事だったりしますよね。

それは、その人がどんな生活を送りたいと考えていて、どのような生活を目指してリハビリテーションを進めていくかによって、作業療法士がやらないといけないことは大きくかわるんで、それがいわゆる作業療法の自由度なんだと思います。

作業療法 ≒ コンサルテーション

だから、作業療法ってコンサル業とか、マネジメント業務に近い要素が多分に含まれていて、お勉強がそこそこできて、大局的に自分の業務が把握できないとこなせない仕事なのかなとおもいます。

問題解決する前に、どの問題から手をつけるのかを、対象者の方と一緒にしっかりと吟味できないとなかなかつらい仕事なのかなとも思います。

プラスアルファ、必然自分で考えることが必要になるので、そういう意味でも能力が必要です。

お給料的には絶対に割に合わない仕事です。

作業療法に完璧は定義できませんが、少なくとも自分が知ってる第一線クラスのOTさんたちは、能力に見合った給料をもらってません。ほかの職業ならもっと稼げています。

でも、あえて作業療法士やってるってのが、一番の自由度かもしれません。

そういう作業療法士さんのOTは、対象者の方にも非常に高い自由度をもたらしているように思います。

自由度を使いこなしてこそ、作業療法士ですよね。

そういう作業療法士に、私はなりたい。

こっぱずかしいことを書き連ねて、記事は以上です。

蛇足:魚の話は、実は出所不明らしいです。知ってたら教えてください。参考:http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000133786

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「知らない」は死活問題。生活行為向上マネジメントを勉強してきました。

はじめに

生活行為向上マネジメント(MTDLP)は日本作業療法士協会肝いりの「作業療法の30センチ物差し」。

ですが、他職種も十分運用可能な代物。

はたしてその実体は。

先日研修会に参加してきて、ちょっぴり聞きかじった裏話のエッセンスもふまえ、問題ない範囲で共有したいと思います。

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生活行為向上マネジメントについて改めて

作業療法士がこんなことをしていますということを世の中に説明する為のツールです。

まえにこんな記事も書いたのでよかったらよんでみて下さい。

今日からはじめる生活行為向上マネジメント。意外と難しくない?存外面白いかも? ー 作業療法(OT)まとめブログ

MTDLPに対する、ざっくりとしたひろえもんの印象とかがかいてあります。

正直はんぶん「MTDLPどーでもいい」とおもっていました。恥ずかしながら。

が、研修を終えて大きく受け止め方が変わりました。

MTDLPは作業療法士の業務を表現する重要なツール

「作業療法士ってなにしてるの?」

という疑問は、他職種のみならず、日本の一般的な人々の自然な感想です。

ひろえもん自身、そうした意見があることを強く感じ「作業療法.net」を立ち上げました。

そして、日本作業療法士協会はその答えとしてMTDLPを作ったのだと思います。

つまり、MTDLPは、作業療法になじみの薄い一般の方々に対して「作業療法というものはこういう物ですよ」という説明をするための有力なツールという側面があります。

そして、作業療法士がMTDLPを知ることには、自身が作業療法の実践についての理解をふかめ、それを他者に伝える技能を高める事に直結すると感じました。

結論:作業療法士はMTDLPを知っておいた方が良い

使うも、使わないも自由です。

MTDLPは、結局フレームワークであり、ツールでしかないので、事例の全てに適応できるものではありますが、得意な事例と不得意な事例があります。

たとえば、自分の意志を言語化して伝えることが困難な、小児の事例などではCOPMと同様に運用にそれなりの困難が伴います。

ですが、とにかく知っておくことが必要です。

とくに、その枠組みについて説明が出来る程度に熟練しておくことが求められるようになります。

ぶっちゃけ、これはもう日本という国の大枠まで巻き込んでの、日本のOTの既定路線です。

個人的に「淘汰」という言葉は大嫌いです。

が、MTDLP知らないと日本でOTやっていけない世の中はもうすぐそこまできております。

先日たまたま日本のOTのリーダー伺った、臨床の世界だけでは見えてこない「裏事情」。

そこから、導きだされる結論から言えば、間違いなくそうなるはずです。

とにかく勉強しましょう。

MTDLPを学ぶには

研修会に参加するのが手っ取り早いです。

自分だけで勉強するよりも、いろいろな意見のやり取りを行う中で多角的に運用する方がMTDLPの効果をより強力に発揮できると感じました。

事業として各県士会レベルでの研修会はこれからどんどん開催されていくはずです。

時期を逃さずに参加しましょう。

資料はこちらからだれでも見られます。

生活行為向上マネジメントシート類 ー 一般社団法人 日本作業療法士協会

無料です。

MTDLPの課題

重複している項目が多く、運用上の不合理性を早急に解決することが必要と感じました。

ITを導入することも視野に、スピーディーに運用できるようにする事が必要と感じました。

また、適切な運用ができるようになるためには、なんどもMTDLPの枠組みを使って自分の物にする必要があります。

そのためには、トップダウン的な勉強会だけでなく、草の根的な勉強会が開催されるレベルまで周知されるようになる必要があると思います。

まだまだアップデートの最中ですが、それは実用性がどんどん高まっていることを意味しているとおもいます。今後も継続してフォローを行っていくことが大切かなとおもいます。

おわりに

MTDLPが巧く使える作業療法士が増えることは、日本の作業療法士のレベルを一定レベルで担保することにも繋がります。

対象者視点では「どーでもいい」政治的な課題を一番波風無く解決する上でも、非常に強力なツールです。保険制度の改正に向けてのエビデンスの提出を行うことができるようになります。

とにかく、まずは「知る」ことかなとおもいます。

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誰でも簡単にできる、otwikiの記事を新しく作る方法の解説。

はじめに

otwikiはwikipediaでも使われている、mediawikiというシステムを使用しています。

ここでは、mediawikiで新しい記事を制作するための一つの流れを解説しています。

今回は、あたらしく「鬱病」の記事を作ってみます。

検索欄に入力する

スクリーンショット 2013-11-22 22.14.49.png

今回は「鬱病」の記事を新しく作成するので、検索欄に「鬱病」と入力し、検索します。

スクリーンショット 2013-11-22 22.18.11.png

作製するというリンクをクリックする

スクリーンショット 2013-11-22 22.19.11.png

作製ページに入力する

スクリーンショット 2013-11-22 22.21.01.png

スクリーンショット 2013-11-22 22.24.24.png

保存する

スクリーンショット 2013-11-22 22.24.53.png

完成

スクリーンショット 2013-11-22 22.26.14.png

今回作成した「鬱病」のページがこちら

鬱病 − otwiki

おわりに

otwikiのコンセプトは、作業療法とその利用者さんのこれからに貢献するものと確信しています。

新しいコンセプトが一般化するには、多くの時間と、いろいろなヒトの先進的な試みがたくさん必要になります。

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【OT版wikipedia】otwikiの編集者になる

はじめに

ot版Wikipediaを目指すotwikiの編集は登録を行った人であれば誰でも行う事が出来ます。

otwikiの編集者になりたい方は、簡単な以下の手順をふむだけです。

3分とかからないで、あなたもotwikiの編集者となって自由に記事を書くことがが出来ます。

1.「アカウント作成」クリックします。

スクリーンショット 2013-11-11 8.49.13.png

otwikiの右上にある「アカウント作成」というリンクをクリックします。

もしくはこちらのアカウント作成へのリンクをクリックしてください。

2.各項目について書き込みをしていきます。

スクリーンショット 2013-11-11 8.49.44.png

フォームの内容を入力してください。

人間が登録しているかどうかを確認するために簡単な数式を計算していただくようになります。

そのほかの項目、利用者名、パスワードは必須です。

利用者名は、ニックネームでかまいません。

本名は省略できますが、本名を利用して記事を書く事は、記事と現実のあなたをつなげる事に役立ちます。本名を利用して良質の記事を書く事は必ずや大きなメリットになるはずです。

3.利用者名をしらせる

以下の連絡先に

  • 登録した利用者名(必須)
  • OTとの関係性(必須)
  • 本名(管理者権限を希望する場合のみ必須)
  • 電話番号(管理者権限を希望する場合のみ必須)

をご送信願います。

◯twitterユーザーの場合

ひろえもん (@otfighter)までリプライか、メッセージをお願いします。

◯facebookユーザーの場合

facebookページ(https://www.facebook.com/saryou.net)まで連絡お願いします。

◯メールを使う場合

coop    otwiki.org(空欄を@に変えてください)までお願いします。

くれぐれも、利用者名の記入を忘れないようによろしくおねがいします。

4.ひろえもんから返信がくる

「編集者登録が完了しました」云々の文言を書いたメールが送信されてくるのを待っていてください。

届き次第、編集者登録は完了です。

おわりに

現在、編集者を大募集しております。

編集者登録は、基本的にひろえもんが仕事をしていないときに限られますので、平日は朝晩、休日に完了する事になると思いますが、ご了承下さい。

皆様のご協力お待ちしております。

よくわからないよーという方は、直接質問してくださると助かります!!

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【OT版Wikipedia!?】otwikiを作りました。【目的・詳細・利用法・お願い】

はじめに

とりあえず、作業療法の情報がみんなで共有できる場所として以下の通りに作ってみました。

http://ja.otwiki.org/wiki

なぜこのサービスを設置するに至ったか、このサービスにどんな事を期待するか、どんな事を期待しているのか、それからひろえもんの個人的な思いについて書いていきたいと思います。

「よむのんめんどいわ」という人は、どうやったら編集できるようになるかのところだけでも読んでいただけると幸いです。

作成までの経緯

多くの人がインターネットを起点とした情報探索、検索を利用するようになっているにもかかわらず、まだまだ作業療法に関する情報がネット上には不足しているなあというのが、ひろえもん的な感覚です。

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信頼に足る情報が少ないというレベルではなく、そもそもあらゆる質の情報量がまったく不足していると感じます。

また、作業療法に関連している事柄なのか、そうでないのかさえ、明確ではありません。

そこで、wikipediaにつかわれているシステムを利用すれば、作業療法を中心として底から関連、派生する様々な事柄を有機的に結びつけることが可能になるはずと考え、人々の行動の変化をふまえ、早急にそういうシステムが必要だなあと強く思い、作成に至りました。

コンセプト

コンセプトは「まなびをいかし、ひろめ、つたえる」です。

皆さんの学びのツールとなるだけでなく、オリジナルな技法、アイディアの発信の場となればと考えています。

あるいは、新しいアイディアが生まれるクリエイティブな場になればいいなあと思います。

otwikiの目的

コンセプト実現のため、以下の目標を設定しました。

  1. インターネット上の作業療法コンテンツを充実させることによって、インターネットユーザーの目に作業療法関連コンテンツがとまる機会を提供すること
  2. OTについての基礎的知識・データなどについて、今から学ぶ人に何を学んだら良いのかという道筋を提供すること
  3. OTについての情報探索に必要な時間を短縮し、業務効率を向上させること

otwikiが出来る事

記事の閲覧

だれでもできます

記事の新規作成と編集

編集者となったユーザーの方が行う事が出来ます。詳しくは下記をご覧ください。

議論

記事の内容について、他のユーザーと議論を交わす事が出来ます。自らの考えを深めたり、他者に提案したりする事が可能です。

運用の方針

「やってあげてもいいよ!」と思ってくださる方の協力を得ることで、多くの人に協力していただければと思います。

協力して良いと思われる方、申し訳ありませんが少し面倒で時間のかかる手続きをふむ事になりますが、ご協力よろしくお願い申し上げます。

最大限多くのひとに関わってもらいたいとの思いから、最初は、だれでも、新しい記事の作成と編集ができるようにするつもりでした。

ですが、限られた時間のなかで記事の信頼性の保証、維持をに行ことが、保有する記事の量の増大に伴って次第に難しくなり、上記のコンセプトや目的を満たすことが難しくなると予想されたので、編集者は協力の意思を示してくださる方という事にしました。

より良い、仕組みづくりが出来るよう今後も検討、試行錯誤を重ねて行きたいと思います。

「こうしたらいいのに」というご意見、ご感想ありましたら、どしどしお寄せください。

編集できるようになるには

まず、ユーザー登録が必要になります。

OTwikiのページ右上にあります。

ユーザー登録のページが表示されましたら、そこに必要な事項の書き込みを行っていってください。

ユーザー登録そのものは、これで完了です。

(この時点では、まだ編集は出来ません!)

その後、ひろえもんのtwitterや作業療法.netのfacebookPage、または、メールアドレス

coop  otwiki.org(←空欄を@に変えてください

まで、ご登録いただいたユーザー名および、編集協力の意図をお伝えください。メッセージを確認次第、ひろえもんが手動で出来る限り早くアカウントを設定しなおします。

アカウントの再設定が完了しましたら、以上でOTwikiの新しい記事を作成する事が出来るようになります。

写真もあるより詳しい解説はこちら

おねがい

まだまだ記事数も内容も足りませんし、記事数が無いので知名度もたりません。

ということで、otwikiをより良いものにしていくためのメンバーが、この記事を書いている現時点で、圧倒的に不足しております。

後輩、同僚、先輩、対象者がよりよい作業療法を共有できるようにあなたの力をお貸しください。

パソコンに詳しくない方、webやwikiについてこれから学びたいという方も大歓迎です。

とりあえず、登録とご連絡いただければ幸いです。

おわりに

ITがOTをより良いモノにしていける余地が、とてもたくさんあるとひろえもんはおもっています。とくにパソコンはじめとしたITにつよい人が多いと思われる、若い皆さんのご協力を期待しています。

otwikiはこれからどんどん面白くなっていくはずです。

どうぞ皆さんよろしくお願いします。

 

ひろえもん

http://ja.otwiki.org/wiki

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作業療法の身体障害領域は、知識量が判断と実践に直結するという実感

はじめに

精神科病院勤務ですが、大きな病院だと身体障害領域とは無縁ではありません。

身体障害領域の病院が、精神疾患と無縁でないように。

精神疾患に主軸を置きながらも、時に、片麻痺の患者様にかかわることがあり、そんなおりに感じたことを書いてみたいと思います。

アプローチ方法はおなじ

身体障害領域でも、精神障害領域でも、問題解決の方法は基本的には同じだと思います。

まず、観察やカルテなどによる情報収集などによって、問題点を明らかにし、集めた情報を構造化して解釈をします。

次に、構造的にとらえた問題点を解決するための方法を考えます。

最後に、その方法を実践します。

この手順は変わりないと思います。

アプローチの質が違う

大きく異なるのは、どの程度問題そのものを改善させることができるかということだと思います。

精神疾患では、疾患と一生付き合っていくことが必要になるものも多いです。

身体障害の場合も、神経系の障害によって麻痺などが発生したり、切断の場合などは、その障害と一生おつきあいをしながら生きていくことが必要になります。

その一方で、問題が発生する前の水準とほぼ同程度まで、リハビリによって回復させることができるものも身体障害では少なくないと思います。

整形疾患の手術後や、軽い脳卒中などがその例だと思います。

自然回復を適切なリハビリテーションによってサポートしていけば、ほぼ後遺症なしの水準まで回復できることも少なくないのではないかと思います。

知識量が大切

適切な治療を、時間の限られている業務時間内で適切に行っていくためには、たくさんの知識を持っている必要があると思います。

たとえ、その場での対応をおこなわず、何らかの方法で調べてから後日対応するような場合であっても、あらかじめどれほどの知識を持っているかによって、必要な知識の検索する効率は大きく異なってくるはずです。

論文をたくさん読む

身体障害領域の疾患に対してナイスなアプローチができるかどうかは、積み上げられたエビデンスをどれだけうまく利用できるかにかかっているようなきがします。

そのためには、論文をたくさん読むことが結構有効なのかなあと思います。

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実践の後に検証する

もちろん、論文の内容をただ鵜呑みにするのではなく、自分が実践したあとの結果について、きちんと検討することが必要になると思います。

その検証の方法も、知識量がたくさんあれば、きっといろいろ広がっていっていろいろな視点から眺めることができるのだと思います。

おわりに

ここに書いていることが、自分は学生時代にわかっているようでわかっていなかったなーって思います。

第一、論文を読むための知識がなかったですし。

そういう意味で、養成校での教育は、論文を読みこなすために必要な知識や考え方を身に着けることに意味があるのかなあと思います。

作業療法の身体障害へのアプローチは、昨今の医療費削減の流れによって、作業を介さない直接的なものになりがちな傾向があると思います。身体障害へのアプローチをより面白く、対象者の方にとってよりハッピーなものにするためにも、しっかりいろいろ勉強しておけば、うまい形で作業が使えるのかなあと思います。

勉強しよ。

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基本的な勉強の重要さについて、忙しくなればなるほど思い知るねという話

はじめに

専門的な知識というやつが必要になる仕事であれば、きっとどんな仕事でも同じなんじゃないか思います。

作業療法士もそんな感じだと思います。

いち作業療法士として、プロ意識をもって、自分のことを自分でプロデュース&マネジメントする必要があるなあとはおもっていますがまだまだ基本的なお勉強を積み重ねていかんとあかんなあと思います。

今とにかく忙しい

オフのときはそうでもないんです。

休みの日とか。

ですが、仕事中は、業務時間始まってからは日常業務に追われたり、こまごまとした時間にもなんだかんだやることがあったりと、四六時中何かしらやってる状態です。

さらに悪いことになんですが、重要性の高いことから、低いことまで、きっちりと整理ができきっていない感じがします。

重要度の整理をしながら行動ができるようになったらもう少しましに、なるようにおもっているのですが、とにかく気合と根性で何とかしております。

疲れる

疲れてしまうと、必要最低限しかやってないという、怠惰な状況に陥ってしまいます。

特に自宅に帰ってから、気合を入れて勉強をするようなモチベーションが保てず、つい創作活動とかアクティビティの準備に逃げてしまいます。

いまの自分がそんな感じです。

実に、あかんやつです。

これ。

クオリティが上がらない

新しい事柄について学ぶことは確実にパワーになるはずです。

それは、知っていることが多ければ多いほどに、アプローチできる面が多様になったり、精度の高い介入ができるからです。

そのためには、日々勉強をして、新しい知識をまなんだり、自分自身で枠組みを作っていく必要があるんだなあと感じています。

忙しさにかまけて、勉強を怠ったら、いくら日常業務に慣れて表面的な質が上がったとしても、本当の意味でクオリティの向上にはつながらないなあとつくづく感じております。

そうだ時間を作ろう

時間を作るためには、仕事を要領よく行うといいんじゃないかと思います。

要領よく仕事を行うためには、どうしたらいいでしょうか?

勉強したらいいんだと思います。

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あれ?

無限ループ

こんな状況に陥らないためには、暇な時の勉強および学生時代における基本についての勉強の貯金がとてもとても大切になると感じています。

先日の記事で、あんまり学生時代に勉強したことは役に立たないということを書いたことがあるように思います。

実際、自分が働く分野以外の内容を仕事の中で使うことはあんまりないです。

が、逆に言うと、自分が働く分野と、身体障害系の内容については、必須だなあと感じています。

この二つについては、本当にどの程度勉強しているかが、日常の仕事の速度に大きく影響すると思います。

大事な内容だと思いますので2回書きました。

勉強しよ

勉強っていいもんですね。

実践をすればするほど思い知らされます。

おわりに

疲れたときに頑張れるように、仕組みづくりをしていこーかなと考えてます。

あと、あんまり作業療法関係なかったですね。

すみません。

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現代版「姥捨て山」は、認知症高齢者のケアで現実に行われる可能性があるか?

はじめに

作業療法士として働く中で、ケアという概念はとてもとても大切なものだなあと日々感じてます。

介護業務とも重なる部分が大きく、介護職の方から学ぶ事もたくさんあります。特に何年間も勤め上げられたベテランカリスマ介護士の皆さんは、自分が実践するべき事をいくつも知っておられます。

今日は、そんな介護職に密接にかかわるニュース。

ひろえもんとしては、「ついにか」と思ったこんなニュースが。

 

スイス与党議員が「姥捨山」構想 コストが安いモロッコに「年金老人」を移住させる

高校生の時とかに妄想した事はあったのですが、ひろえもんのくだらない妄想レベルの発想が、とうとう現実の物となりつつあるようです。

これはOTも無縁ではいられないだろうなと思います。

なぜなら、日本は高齢社会であり、認知症を発症する方はさらに増えていくし、そういった方々のケアをどうするかという事は切実な社会問題で、OTはその現場に関わる職種だからです。

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なんで「現代版姨捨山」?

上記の記事に書いてある事はどういう事かというと、「海外に先進国在住の老人を移住させてその土地のひとに面倒を見てもらう」ということです。

釈然としないものを感じる方が多いのではないかと思いますが、そこにはシビアなお金の計算が絡んでいるのです。

つまり、海外で老人の面倒を見てもらった方が、自分の国の中で面倒を見るよりもお金がかからないという現実があるのです。

もっと詳しく

介護事業に先ず以て必要なのは、マンパワーであり、人件費であります。

この人件費が削減できることは、介護にかかる費用の削減を意味します。

そして、この削減のための一つの方法が、海外の安価な人材を活用することです。その人材を活用するため、老人を海外に移住させるというアイディアが考えられているようです。

要するに、お金のある先進国が、介護事業をアウトソーシングして発展途上国に引き受けてもらうという構造です。

経済学的メリット

このアイディアは経済学的には、見事なものであるとおもいます。

なぜなら、先進国と発展途上国の双方にとって経済学的なメリットのある考えだからです。

先進国の場合

先進国のメリットとしては、費用をかけて育成した人材を将来的な成長分野に投入、投資する事が出来る余剰が生まれる事です。

先進国では本国で高等教育を受けている、生産性の比較的高い人材を介護分野に投入するのではなく、発展途上国の安価な人件費を投入することによって、経費削減がはかれるだけでなく、将来的に収益化に繋がる分野であったり高い生産性の見込める分野に人材を集約する事が出来るというメリットがあります。

発展途上国の場合

発展途上国側としても非常に大きなメリットがあります。

まずもって、国として新しい外貨を稼ぐための手段を手に入れる事になり、経済的に安定するための新しい手段を手にする事になります。

発展途上国にとって、交易と自国通貨の安定の問題は、豊かな生活を求めていく上で切っても切れない悩ましい問題です。

あまり元手を必要とせず、人間がしっかり働けば成立する、いわゆるサービス業によって外貨を獲得できれば、それは発展途上国としては非常に魅力的な提案と言えます。

そして、先進国の介護事業を引き受けることは、まさにそれにあたる訳で、発展途上国としては非常に魅力的な提案なわけです。

全体的な視点

そんなこんなで、双方win-winの関係にある事から、これだけでもうまく行きそうなんですが、マクロな視点から見るともううまく行かない方が可笑しい感じです。

どういう事かと言いますと、現在のお金の流れはおおよそ、発展途上国→先進国という資本の偏りがあります。

先進国の介護事業を発展途上国から逆輸入することで、この偏りが多少改善され、お金の巡りが今よりもいい感じになることはまちがいありません。お金の巡りが良くなれば、発展途上国の購買力が向上しますし、そうなれば、先進国で生産している製品の売り上げもある程度向上し、先進国の景気もある程度よくなります。

単純に、経済学的にみれば、この「現代版 姥捨山」は、地球全体としてメリットの大きな魅力的な解決方法と言えるのではないかと思います。

海外では、金銭的な理由から、この流れが加速していると、上記の記事にはありました。

そして、既に述べたように、大きな大きな経済の面で見たときには、いろいろな人にメリットがある問題解決の方法でもあります。

何か釈然としない

が、しかし、それでいいのでしょうか。

介護を受ける側の当事者が納得できるのであれば、全く問題はないと思います。

が、やっぱり、人間自分の生まれたところとか愛着のある土地で死にたいと願うのではないでしょうか。自分の祖国の内側でその土地の土に還りたいと願うのではないでしょうか。

そういう人間的な側面は確実に経済的非合理性に属する物です。

が、その要素を全く無視するのは、人として生きる上でナンセンスだと思います。

おわりに

現在このアイディアが現実味を帯びているのは、日本よりも深刻な財政難に陥ってるヨーロッパの国々です。

裏を返せば、日本の生産性が今後も低下していくのであれば、日本でもこう言った構想が議論される事は十分に考えられると思います。

つまり、認知症の高齢者を海外に輸出し、サービスを輸入するなんて言う事が実際に行われることは十分にあり得るのではないかと思っています。

そういう日が来ない事を祈るばかりですが、そうならないためには、日本の経済が強くあるようにするしか無い訳です。

ケアをうける当事者側として、個人レベルで対処できる事といえば、しっかりと自分の面倒を自分で見れるだけの資産を形成しておくしか無いんだろうなあとか考えたりします。

それも、なんだかなーと思うのですが。

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