作業療法の自由度の話

作業療法士っていう職業は問題解決してなんぼという側面があります。

結構若手というか経験不足なうちは、なんとなくそこであせるというか、もがく気がします。

私も例に漏れず、対象者の方にとっては、大して意味のない変化を出して自己満足したりしちゃうこともあったような気がします。これが自由度の罠ですね。

自由度の罠

無意味じゃないけど、本当はもっと重要なことがあるんじゃないのっていう。

なんかやれば、なにかは必ず変わるんですから、何かを変えることが重要なのではないのです。

優先されるべきこと

何を、何のために、どのように変えるのか。

それを対象者ご本人が、どのようにうけとめるのか。

それが、一番大事なことなんですよね。

ついつい、問題解決してなんぼっていうのが、自分のなかで大きくなりすぎると、えてしてそういう臨床におちいりがちです。

手っ取り早く解決できる問題に飛びついてしまうという。

でも、そういう臨床ってほんとの意味でのリハビリテーションと違っちゃってることもあるように思います。

リハビリテーションと魚

有名な、OTの先輩方は大体知ってるエピソードなのですけれど、ごぞんじでしょうか。

「魚を与えるよりも、魚の取り方を教えよ」

魚を与えて満腹にしたら、依存が生じることもしばしばです。

お金儲けがしたいなら、それも悪くないですが、リハビリテーションがしたいなら、ちゃんと腹減ったときのコーピングをティーチングする必要がありますし、もっといえば漁獲以外の選択肢を考えられるようコーチングするべきです。

それが、ちゃんとしたリハビリテーションだし、作業療法の自由度ってそういうことのためにあるんじゃないでしょうかね。

それを、なにか結果出さなきゃ、問題解決しなきゃと、すぐに解決できる問題の解決ばかりを繰り返していたら、そりゃあ苦しくなってきませんか。

同じことの繰り返しで。

これが自由度のワナです(繰り返し)

一緒に遊んでるだけ?

作業療法士さんは遊んで点数もらえてすばらしいといわれることもあるようです。

特にベテランOTだと、はたから見ると、そばに寄り添ってるだけで何にもしてないように見える介入もあります。

さっきの魚の話になぞらえると、一緒に釣り糸を垂れてるだけという感じでしょうか。

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っていうのも、要所要所支えてないとその人の生活やらなんやらが成り立たないという評価がきちんとあった上でほんとに要所要所しか介入しないと、一部分だけ切り取られると何もしていないように見えるんですね。

おおむね大丈夫なんだけど、不意によろけて海へ転倒転落しそうになる人とかの場合は、こけそうになったとこだけしっかりと支えればいいのです。釣竿がひいてるときとかそうかもしれません。

過剰なお手伝いは依存を作り出しかねません。

相手と対等であるためには、相手と同じように同じことをするのが一番なんですね。

そして、本人以外へ

それから、対象者の方本人に対して何かをすることだけが作業療法ではなく、釣竿使いやすい長さに調整するとか、リールは自動巻きのにするとかといった環境調整やら、つった後の魚の運搬や鮮度管理調理といった前後の連絡調整とかの段取りをするとか、そういう部分のほうが大事だったりしますよね。

それは、その人がどんな生活を送りたいと考えていて、どのような生活を目指してリハビリテーションを進めていくかによって、作業療法士がやらないといけないことは大きくかわるんで、それがいわゆる作業療法の自由度なんだと思います。

作業療法 ≒ コンサルテーション

だから、作業療法ってコンサル業とか、マネジメント業務に近い要素が多分に含まれていて、お勉強がそこそこできて、大局的に自分の業務が把握できないとこなせない仕事なのかなとおもいます。

問題解決する前に、どの問題から手をつけるのかを、対象者の方と一緒にしっかりと吟味できないとなかなかつらい仕事なのかなとも思います。

プラスアルファ、必然自分で考えることが必要になるので、そういう意味でも能力が必要です。

お給料的には絶対に割に合わない仕事です。

作業療法に完璧は定義できませんが、少なくとも自分が知ってる第一線クラスのOTさんたちは、能力に見合った給料をもらってません。ほかの職業ならもっと稼げています。

でも、あえて作業療法士やってるってのが、一番の自由度かもしれません。

そういう作業療法士さんのOTは、対象者の方にも非常に高い自由度をもたらしているように思います。

自由度を使いこなしてこそ、作業療法士ですよね。

そういう作業療法士に、私はなりたい。

こっぱずかしいことを書き連ねて、記事は以上です。

蛇足:魚の話は、実は出所不明らしいです。知ってたら教えてください。参考:http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000133786

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『患者様の状態に「感覚」で共感することが難しい』という悩みについて

はじめに

この記事の無いようについては、タイトルままです。

昨日、同期のOTR仲間とおはなしをしていましてぽろりと出てきた悩みです。

その方身体障害系の領域に勤めていらっしゃるのですが、「ああ、そうだなあ」「精神科とおんなじだ!」と思いましたので、記事にしてみたいとおもいます。

きっと、これは新人OTR、OTS共通の悩みでは無いでしょうか?

悩みの根本

わからないと、支援しづらいというところに悩みがある事は間違いないように思います。

相手がどんなふうに感じているのかがわからないと、どんな風に介入したらいいのかもよくわかりません、という事なんだと思います。

4月は自分もその事ばかり考えて、一歩も踏み出せない時間が長い事続いていたよなあと思いました。

悩みの解決法

最近あまり悩む事がなくなっていたのですが、なぜかを考えました。

そうしたら、考えるよりも行動してみようと言う発想に変わっていた事に気がつきました。

悩むのは、結局、行動ができない事に原因があるのだと思います。

つまり、何らかの行動をしてしまえば、そもそも悩む必要性がなくなっていくのではないでしょうか。

割り切る

きっと、一朝一夕に感覚的に理解するのは難しいのだとおもいます。

患者様の状態を感覚的に理解するという事は、きっと健常な人間には難しいのではないかと思います。

いままで、自分が体験した事のある感覚のクオリアをつなぎ合わせて、どうにかOT対象者の方の感覚に迫ろうとしたところで、漸近する事しかできないんですから。

その感覚に迫るには、きっといかに長い時間をかけて1人の患者様と向き合うとか、どれくらい継続してその人のことについて考え続けるかとか、そういう質の解決方法が必要になるのだとおもいます。

諦めない

すぐにわからないからといって、いつまでもわからない物でもないと思います。

患者様からもらった言葉とか、様子とか、そういったものの蓄積が少しずつ力になるというか、確実にその感覚に迫るための自分の血肉となっていくように思います。

ですから、やっぱり、わかろうとする気持ちを持ち続けて、行動し続けると、なんとなーくわかってくる質の物だと思います。

検証する

そして、その感覚が正しい物であるかどうかは、きちんと検証する責任があると思います。

自分の感覚を元にして、「こうしたら楽になるかな」とか「こういう配慮をしたらできるようになるかなあ」と、実践につなげてみたり、家族の方や本人と情報交換をしてみたり、他職種や同僚とそれぞれの印象について話し合ってみたり、そういう過程が必要になると思います。

そのためには、他者とコミュニケーションをがんがんとっていく能力が必要になります。この辺りは、ひろえもん的にも、まだまだだなあと思うところで、もっともっとがんばらないと行かんなあーとおもうのです。

おわりに

自分自身まだまだ悩みは尽きないです。

考えすぎて、足が止まってしまう事も、実習中から何度もありました。

ですが、「就職してから今まで」の経験を元にして考えたときには、「患者様の事が一朝一夕にはわからない」という現実に謙虚になることが、この悩みに真正面から取り組むための、スタートラインなのかなと思いました。

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人に好かれる目的で「愛想笑い」し続けているなら、今すぐやめる方が作業療法士としては、みんな幸せになるかもしれない話

はじめに

見抜かれてることなんて、とうに知ってたって人も、そうでない人も。

そんなことをしても意味が無いよって話。です。

とあるカフェの女子高生の雑談から

なんでこんな話になったかって言うと、女子高生の雑談が耳に入ってきた結果です。

カフェで仕事をしてたら、声がやたらうるさくて集中力が途切れて、仕事をしてた手が止まってしまっただけなんですけどね。

ちなみに、二人とも、すごく威勢のいい感じの女の子で、それはそれは凄まじい声量で会話してたので、盗み聞きするまでもなく内容が丸聞こえだったんですが、その二人の話が聞こえてきたおかげさまでそれを聞きながらいろいろと考えさせられ、勉強になりました。

女子高生らしい色恋から、友達の評論まで話題はいろいろでしたが、その一つに自分的に気になったものがありましたので、取り上げてみたいと思います。

うむむとおもった話

こんな感じです。

「Aちゃんはいままで勉強ばっかりしてきたせいか、あんまりぶっちゃけトークができないんだけど。あたしが、話してるとき、『あはは』って笑うだけなんだよね。何も言ってこない。発信がかえってこない。」

「そりゃ、真に興味がないこと話すあたしも悪いけどさ、それで、関係性が悪くなるとか無いじゃん。別に笑わんくたって、『あー、おもんないんだな』っておもうだけ」

「無理して笑ってんじゃねーよって感じ」

って話でした。

コレに対して、ひろえもん、

「おお、すげえ。」「よく言語化できてるな」

と感じました。

話の整理

まとめるとこういう話だと思います。

登場人物は、女子高生自身(以下A)と、その女子高生の友人(以下B)
Aの話に、Bはいっつも、愛想笑い
Aとしては、そんなBの態度が不満・不快

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愛想笑いする友人Bの心理の推定

いろいろ思うところはありました。

まず、Aの語りから、Bがなぜ、愛想笑いをしているのかについて推測しました。

得られたAさん目線でのBさんの様子は以下のようなものでした。

Aいわく、

「Bさんは、勉強ができる人で、恋の話ができないひとで、つまり、自分をさらけ出すことができなくて、自信が無い人」

だ、ということでした。

Aさんの話を聞いていた印象ではありますが、Bさんは、人の特徴を具体的な場面をあげながら説明していました。人間観察が得意な様子で、この評価、多分正しいんだろうと思います。

これを前提としてBさんのことを推測します。

自信がない

自分の発言が、相手に受け入れられるかどうかが不安という仮説を考えます。

つまり、Bさんは自信が無いから、「本当の自分自身」を守るためのペルソナとして、「愛想笑い」をしているという考え方です。

相手の人となりを掴むのが下手

Aさんは、

「自分と相手の感性が違っても、気にしない」

と言っているわけで、それで友情関係には何の影響も無いと言ってるわけです。

そういうどっしりとした態度の人物を信頼して表出ができると人生生きやすくなると思います。

しかし、Bさんは話し相手がどんな人物なのかということがうまくつかめていないようです。

Aさんとしては、そんなBさんの態度を、「自分に対する不信」とさえ受け取ってる節がありました。

Bさんは、相手がどんな人物なのかを見極めるのが下手かもしれません。

育ってきた環境の違い

Bさんが今まで生活してきた文化圏においては、人の話はニコニコと聞くものだということがあったのかもしれません。

Aさんとしては、自分の思うことは素直にぶつけ合うような環境の中で育ってきたので、Bさんの態度に違和感というか、ギャップを感じているのだと思います。

「いつもニコニコ」なBの言動に対するAの心理

Aさんとしては、

「なんで自分自身を偽って笑うのか」

と感じるのが一番の不満のようでした。

Aさんは、気の置けないストレートな関係性を欲しているのかもしれません。

そうだとすると、Bの自分の本心を覆い隠しているように見える行動が全く持って不可解であり、別に本心が分かったから問いって、相手を嫌いになることなんて無いのに、むしろ逆に、自分に対して、本心を見せてこない、愛想笑いをしていると感じられる部分が、本当に気に入らない。

ということだったように思います。

Aさんが自分で言う所によると、Aさん自身はあんまり勉強をしてきた方ではないし、できるほうではないとのことでした。

それもあってかもしれませんが、Aさんの感想は、人間的でストレートな感情をそのまま表現していると思いました。素朴で、飾りげがなく、まっすぐな感想だなという風に感じました。

目線の違い

起こっている問題の根本にあるものは、求めているコミュニケーションの違いだと思います。やはり。

Aさんとしては、相手との意見の交換や、交流、率直な感想、相手がどのような人間なのかを見せてほしいという、そういう感じがしました。人間を求めている、イベントや変化を欲している。

Bさんとしては、衝突を避けることを思考しているように思います。とりあえずの愛想笑いを続けるのは、相手とぶつからないようにするためでしょう。安寧な生活、問題のない日常を求めている。

お互いに求めているものが食い違っているから、食い違ってしまっている。

まあよくある話です。

以下本題

でも、はたと思ったわけです。ここからが本題。

で、以下個人的に思ったこと。

作業療法の現場でも起こることでは?

実は就職してから、上司に言われたことなんですが。

上司に、臨床の相談で

自分が、

「こうこうこーいったシチュエーションで、失敗しないようにするには、患者様が問題にぶつからないようにするにはどうしたらいいのでしょう」

という質問をしたときに、それを一笑されて言われたことです。

「問題が起こるのってわるいことなの?」

ハッとさせられると同時に、非常に重い言葉でした。

就職後働くようになってから、しばらくたって、このことばの意味するところが非常によくわかるようになりました。

作業療法士はじめとしたリハビリテーションの仕事は、患者さまを問題から遠ざけることでは決して無いですよね。

そうではなくて、むしろ問題に直面して、その問題を、いかに協力して一緒に解決するかという視点や姿勢こそが、重要では無いでしょうか。

衝突をさけるのではなく、その衝突がどういった質のものであり、どのようなリスクを内包しているのか、どのようにすれば解決できるのかという、衝突を乗り越えて一緒になって先に進んでいくという視点が大切なのではじゃないかと思うのです。

Aさんの話を、

「うんうん」

と聞いていた自分は、かつて、作業療法の対象者に対して「愛想笑い」をしようとしていたわけです。

しかし、作業療法士として対象者から好かれることを念頭に置いて「愛想笑い」をして、解決するべき問題との衝突を避けてる暇なんてないですよね。もちろん笑顔は大切ですけれど。

Aさんが、Bさんに対して感じている不信感は、そのまま、

作業療法士 対 対象者・同僚

と置き換えても、不自然ありません。

作業療法士は、Bさんになっていないでしょうか。

作業療法士がするべきことは、その場限りの「愛想笑い」、問題を先送りすることでは無く、中期長期的視点に立ったストレートなコミュニケーションであり、それを対象者や他職種との協働によって解決することです。

おわりに

もちろん、時と場合によって、適切なコミュニケーションは異なる訳ですが、作業療法士として、という視点に立てば、いつもニコニコして寄り添っているだけでは、物足りない、という話でした。

個人的にはそういう教訓を得ました。

大事なことを学んだような気がしましたので書いてみましたが、巧くかけたかどうか。

うーん文章って、難しい。

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例の麻生中学校入試問題「ドラえもんは生き物か」の評価から見えるもの

はじめに

まず、麻布中学校の「ドラえもんは生物か」問題についてですが。

詳しくはこちらをご覧ください。

麻布中学の入試で出題された「ドラえもん」問題が話題に-NAVERまとめ

このブログでは、以前この問題について生命倫理と絡めて、記事を書いたことがありました。

生物と無生物の境界線、あるいは生命倫理一般の根源について-OT戦士ひろえもんの雑記帳

さて、今回は、論理とかその辺とは別の観点から、この問題について思うところを述べてみたいと思います。

この問題、実はそんなに難しくない

ここにも書いてあります。

「この問題は見た目こそインパクトがありますが、それほど難解ではありません。合格ラインに乗せるには、この問題を落としてはいけません。ある意味、このドラえもん問題が合否を決めるモノサシだったと言ってもいいでしょう」(松谷さん)

麻布中学「ドラえもん問題」の真相 :PRESIDENT Online – プレジデント

哲学的なテーマの問題として考えると難しく感じてしまいますが、実はそうではなくて、ただの国語の問題として考えると、あっさり解くことができます。

この問題は、国語の問題を解くときに必要なルールを理解しているかどうか、すなわち、提示されている情報を根拠にして問題に答えることができるかどうかという、その能力があるか、それを問うている問題であると言えます。

つまり、ドラえもんの特性については、あらかじめ述べられており、ついで、生物を定義する要素についても3つの要素が述べられている。これら二つの情報を組み合わせて、「どらえもんは生物でない」の根拠となるような文章を作成しなさいという問題だということです。

要するに、問題を解くのに要求されているのは、ある程度の読解力と、三段論法的な論理力であると言えます。

名門中学校の入試レベルとしては、そんなに難しい問題でもないし、他の問題と比較したときにはむしろ簡単な部類の問題と言えます。

良問か、悪問か?

これについては、散々、いろいろなところで議論されていたことです。

ひろえもんは良問だと思っています。

見た目のトリッキーさに惑わされず、きちんと、ルールにのっとった解答ができるかどうかという、その能力が良くわかるからです。

同じ意見の例としては、こちらがそうです。

2013年麻布中学校入試問題についての意見と生物学専攻学生の解答

麻布中学校の「ドラえもん問題」は入試問題としては妥当な範囲に入っていると思う | ただの通りすがり

ですが、これを悪問としてみなす人も、結構いらっしゃるみたいでした。

大体以下のような意見

  • そんなものに答えはない
  • ドラえもんを知らないと、答えられないのではという懸念
  • 理科で出す問題ではない

この中で気になったのが、一番下の「理科で出す問題ではない」の部分。

これを最初に目にしたときには、おもわず「うーん」とうなってしまいました。

論理的思考は前提として良いのか?

世の中には、当たり前のように論理的思考を使う人々がおります。

その一方で、これがどうにも苦手という人は少なくありません。

最近では、できない人の方が世間一般には多いような気さえしています。

今の世の中は、その気になれば、きっと、論理的思考とは無縁のまま、一生を終えるコトが可能な世の中です。

直感的な感性と、コミュニケーション能力だけでも、きっと十分にやっていけるような気がします。

でも、このあたりの話が、結構、学力的な格差に直結しているような気がするのです。

この問題をどのように評価するのかということが、そのあたりについての考え方を大いに反映するように思えます。

おわりに

こんなのもありました。

麻布中学入試ドラえもん問題(1):ドラえもんは知的生命体ですよ

ごちゃごちゃ書いていらっしゃるんですが、時間があればどうぞ。

臨床場面においては、論理的思考というのは作業療法を行っていくうえで大切なものだと思います。

養っていけるといいなあと思います。

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リーズニングという言葉について、作業療法との関連を調べてみた。【クリニカルリーズニング】

作業療法士にとって、理解が重要な「リーズニング」について学んだことを折角なので共有しようと思った記事です。作業療法の理解が深まったり、実践に役立てば幸いです。

きっかけ

先日、@OTKoBiさんから、自分が公開したWebページに関しましてこのようなツイートをいただきました。

 

「リーズニング」という言葉について、「あれ?」っとなりました。
聞いたことはあったような気がするのですが、はてどういう意味だったか…。

正直に、「リーズニング」という言葉が分からなかったのです。

たぶん、作業療法学専門課程にて、どっかの授業でやったような気がしなくもないのですが…。

というわけで、自分なりに調べてみることにしました。

調査方法

検索エンジンにはgoogleを使用し、検索ワードは「リーズニングとは 作業療法」で調べました。

調査結果

まず、検索して1ページ目の一番上に出てきたものを引用します。

作業療法は治療における推論を重視し,クリニカルリーズニングとして教育している。

作業療法におけるクリニカルリーズニング概念の活用に関する文献的研究

なるほど。つまり、クリニカルリーズニングとは、治療上必要となる推論のことをいう概念なのですね。

クリニカルリーズニング = 治療上の推論

では、そもそもリーズニングとはどういう意味なのか、そこをもう少し掘り下げてみると

「リーズ二ング=reasoning」

つまり

「reason」がもとになっているんですね…。

無理やり訳すならば、「理由づけすること」

とでも訳せるでしょうか。

コラム OT∞KoBiさんの教え

ちなみに@OTKoBiさんからはこんな返答をいただきました。@OTKoBiさんありがとうございます!!

他の定義も見てみましょう。

PTの内山靖先生の定義です。

クリニカルリーズニング(clinical reasoning)は,臨床推論と邦訳される.
臨床現場では,原語をそのままカナ読みでクリニカルリーズニングと呼ぶことが多く,本稿でも特集タイトルに合わせてカナ表記を用いる.
クリニカルリーズニングとは,対象者の訴えや症状から病態を推測し,仮説に基づき適切な検査法を選択して対象者に最も適した介入を決定していく一連の心理的過程を指す.この過程は,気づきとともに経験や知識に基づく論理的思考による鑑別と選択の連続で,仮説を検証する工程を繰り返している.これが推論と呼ばれる所以である.ちなみに,reasonには,わけ,(背後の)理由,根拠,推理,分別,理屈などの意味がある.
クリニカルリーズニングは,臨床思考過程の呼称の1つで,そのほかにも臨床意思決定(clinical decision making)や臨床判断(clinical judging)などの用語がある.いずれも思考過程が発達した領域や背景に応じた特徴の違いによる呼称である.

なるほど。

つまり、

観察可能な事象から、

仮説を立て、

その事象が起こった背景について、検証を行う

というプロセスを論理的に行う技術を指すと考えれば良さそうです。

リーズニングとは技術であり、それを行う主体は、治療者側であるということですね。

コラム リーズニングを辞書で調べる

そもそも論なのですが、英単語として「reasoning」って言葉が存在するんですね…。
知らなかった!

研究社 新英和中辞典から出典

1 推理,推論; 理論; 論法; 推理力.
2 [集合的に] 論拠,証明.

もとから英単語の「reasoning」にはこのような意味合いがあるのですね!

まとめ

リーズニングとは、

「ある事象に対して、理由づけを仮説として行い、その根拠を検証可能な形で論理的に示すこと」

 

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「デート」→「作業療法」にしてもなりたつ。

と、僕は思います。リハビリテーションに治療者として関わる人間にとって、相手とどのようにラポールを形成するかというのも、重要な治療手技のひとつだと僕は考えます。相手と、心の架け橋を作るというのは、デートの場であっても、作業療法の場であっても一緒じゃないかと思うのです。

6つのことに気を付けるだけでデートの会話が不思議と盛り上がる!

要約すると、上記では、相手と敵対することなく関係性を構築するためのエッセンスが書かれています。実習を通して、自分もどのようにすれば患者様とより良い関係を気づくことが出来るかと、悩みに悩んだものです。

一般的には、うえの記事に書かれている内容は、多くの人に通用すると思います。少なくとも、全て全部ダメって言う人はなかなかいないのではないのでしょうか。

臨床でのさまざまな人付き合いの中でも、非常に参考になる視点では無いかと思います。

もっとも、上の6つを意識しすぎて、不自然になってしまうと元もこもないので、少し意識するくらいが丁度良いのでは無いかと思います。

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