ほぼ毎朝利用しているセブンイレブンのオーナーっぽいひとに話しかけられた話とそこから学んだこと。

はじめに

人と人の関係性が日常生活の行動の積み重ねで作られるんだという例から、いろいろ考えたです。

毎朝よってる

皆さんは、セブンイレブンに最近ドリップコーヒーを提供するサービスが始まったことをご存知でしょう。

ひろえもんは、無類のコーヒー好きでして、まずいコーヒーはできるならば呑みたくない人なのです。

それなりにこだわりがあるので、できる事なら、出勤前に自分の家でコーヒーを淹れて、呑んで来れるのがベストなんですが、時間の都合上、自分でコーヒードリッパーからカップから洗う時間もおっくうでなかなかソレができない事が多いです。

で、コーヒー呑めないで出勤することがふえていたのです。

が、そんなおりにふと、セブンイレブンの、あの氷入りのコーヒーカップかって、機械にセットして呑むやつを試してみたら、これが案外おいしくて、「ああ、のめるじゃん」となりまして。

最近では、自分で淹れる事はめっきりと減りまして、出勤まえにセブンイレブンによって、アイスコーヒードリップしていく事が多いです。

最近あついので、気分をすっきりさせたくて、コーヒーががっつりと呑みたくて、Lサイズの氷を買って、ドリップしております。

この商品、物流とか、人件費とか、諸々考えてみても、どうかんがえてもぼったくりですが、手間の割においしいコーヒーが飲めるので、ついつい利用してしまいます。

こうして人間は怠惰になっていくんですね。

閑話休題

さて、そんな毎日利用するセブンイレブンの店員さんにふと話しかけられました。

店員さんの一言

その店員さんは、唐突にこんな風におっしゃりました。

「コーヒー好きなんですね」

一瞬「え?」と思いました。

「なぜ、ばれた。」

内心こんな事を思わなかったといえば嘘になるのでしょうか。

すると、そのひろえもんのΣ( ̄□ ̄;)という表情を見て、

「いつも大きい方を買われるので」

と、補足が入りました。

人間関係が変化するとき

店員さんとひろえもんの関係性を表す上で、もっともシンプルな図式はなんでしょうか。

それは、客と店員という立場に成ると思います。

コンビニというのは、非常に手軽に買い物ができる場所で、ありとあらゆる煩わしいと感じるよう名部分が簡略化されています。当然、接客マナーについてもマニュアルが存在していて、対応を画一化させる事によってある意味でシンプルにしています。

しかし、今日のやり取りは、そういったシンプルな図式に当て込めるような、単なる客と店員という関係を超えた物であると自分はそのときに思いました。

つまり、ひろえもんが、「単なる客」から「常連客」という存在になった瞬間だと感じました。

いや、事実としては、その前からひろえもんはたしかに、その店の常連客であることは間違いないのですが、今日のやり取りは、店の取り仕切りをしている人間から、そのお墨付きをもらうような物で、つまり、「あなたは常連客ですよ」という認定をされたような物だとおもいました。

また、「いつも大きい方を頼まれる」という事実を指摘した事は、同時に「あなたの事を見ていますよ」というメッセージを発している物でもあると思います。

これが、何を意味しているかというと、オーナーさんはひろえもんのことを「単なる買い物客」ではなく、「ひとりの人」として見ていたという事です。

ひろえもんという人間個人に興味を持たないのであれば、買い物客が何を買おうと知ったことではないと思います。

此れに対して、「商売をするためには、その人個人をみることが必要だ」という意見を抱かれる方もおられるかもしれません。あくまで、商売的な観点に立って必要な事だから、顧客が何を買っているのか覚えていたのではないかという人もいるのではないかと思うのです。

しかし、それであれば、個別の客に関心を寄せる必要性は、実は全くありません。POSシステムがあり、それによって蓄積されたビッグデータがあり、それを運用するための統計ソフトやデータサイエンティストが存在する昨今、セブンイレブンのような大規模な商業組織においては、個々の客の関心なんて全く売り上げにはつながらないのですから。

つまり、オーナーは何の金銭的メリットも無いにも関わらず、ひろえもんという人間に関心を寄せ、その嗜好を推測し、理解しようとしたのではないでしょうか。

ちなみに、そんな、オーナーの態度をひろえもんは好ましい物として受け取りました。

難しいことでなく、自分を人間として見てもらえたことが単純に嬉しいと感じました。

画一的な関係性に囚われるべきではない

今の世の中でヒットするプロダクト(商品)のテーマとして、シンプルということがあげられることが多いと思います。

シンプルなものには、必然余計な物が含まれないということになります。

すると、ついつい余計な物を増やさないようにしようとして、さまざまなアクションやアプローチが消極的になってしまいがちではないでしょうか。

シンプルなものが良いというのは、一つの価値観として素敵だと思います。

しかし、世の中、そんなにシンプルでは無いですし、きっとシンプルな物ばかりの世界はきっとつまらない物なのではないかと思います。

特に、対人間の関係性については、その事を強く肝に銘じておく必要があるなあとおもいます。それは、普段の作業療法士として働く中で、とてもとても強く思う事でもあります。

人間は、ひとりひとりにいろいろな面があって、そのいろいろな面の一つが、行動になって現れています。

人と人の関係性にしても、客と店員という関係性だからといって、そこに固執しないと行けない訳ではな無いと思うのです。

この事は、作業療法士と患者様についてもきっと同じ事なのではないでしょうか。

つまり、作業療法士と患者様という関係性は、決してそこに固執するべき物ではないですし、そこから新しい関係性を模索し、抽象的で一般的な関係性から、より具体的で詳細に分化した関係性を構築する事ができたらいいのではないかと思うのです。

そしてその中で、人間と人間という関係性がうまく気付けたなら、「私はあなたを一人のひととしてみていますよ」ということを相手に伝える事ができたなら、きっとその相手は非常に喜んでくださるのではないかと思うのです。

今日の、ひろえもんのように。

おわりに

作業療法士という仕事は、接客業ですよ、というのはいろいろな先輩OTRからもいわれている事です。一般の接客業から、学べる事はとてもとても多いと思います。

末端で具体的に働く人間でもある訳ですが、その業務をシンプルにし、業務効率を向上させる事が、経営者から求められる事もあるでしょう。

自分が大切にしたい事がなになのか、此れをしっかりと見失わないようにしたい物だと思います。

蛇足ですが、いつも人に見られているという事をしっかりと意識して行動していかないといけないなとも、改めて思いました。

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