「延命」治療と最近の動き。

はじめに

自分語りと、延命治療に対しての意見などの紹介。

個人的な経験

まず、個人的なお話をさせてください。

父方の祖父が亡くなった時、祖父は、一応自発呼吸をしていました。が、やがて心臓の動きが止まって、亡くなった。

今でも、その時の様子や、自分の感情についてはよく覚えています。

悲しさが96%、4%はほっとした部分がありました。緊張の糸が切れたという表現が正しいかもしれないです。あるいは、祖父の命をあきらめることができたという表現のほうが近いかもしれないですね。

小さいころから、よくかわいがってくれた。将棋を教えてもらいながら一緒に指したりしていた。そのことを非常によく覚えています。たぶん、一生忘れないと思います。

自分にとって、祖父はそういう存在でした。だから、死に際の祖父の、そういった様子は、自分の中で、何か、別のどこかへ、隔離されてしまっているようにも感じる。というか、そうしてしまっている部分があります。

人は、自分の死に方を選べないですよね。とくに、今の世の中は、自分で命を絶つことを社会的に許さないですし。

そんなの社会のもとになっているは「ヒト」がもつ、喪失への忌避だと思います。

誰かが死ぬことが悲しいのは生物である「ヒト」の本能として、間違いなく正しいことであると思うのです。

人が死んだとき、またく悲しみを感じない人間は、「ヒト」の本能が抑え込まれているのかもしれません。

でも、人が生きるのって、それを無条件に喜べるほど単純なものでもないと、さまざまな経験からおもいます。

最後、祖父は意識があったかはわからないですが、少なくとも、自分で栄養を摂取することはできなかったし、入退院を繰り返したし、祖母には非常に大きな負担を強いていたと思います。
祖父は、祖母にしか甘えることができない人でした。
それは、孫に「自分のみっともない姿をさらしたくない」という自尊心が、そうさせていたのだと思います。

ですから、自分が、ほっとしたのは、負担が一極集中していた、祖母のことがあったということもあるのだとおもいます。

それに、祖父は、もう、回復する見込みが、なく、祖父自身もそのことを知っており、そして、これまでの自分の人生に満足していたようでしたから。
難治性の呼吸器疾患だったんですけれど。

以上、過去回想です。

家族や周囲の人間に突きつけられるもの

で、結局、何が言いたいかというと、「延命治療」というものは、それを行っている最中に、いろいろなものを、その人の身内に突きつけてきた、ということです。

これは、実際に家族側の人間として、「延命治療」というものを経験して、初めて得られる体験だともいます。

そして、医療職としての立場は、そういった感情とは無縁のところにあります。
そういうものです。
多分、そういうものでなければならないのだと思います。

しかし、家族のそういう感情や、その人が本当に望んでいることとあまりにかけ離れてしまっては、それはそれでどうなんでしょう。
全てのひとにとりあえず延命治療を施すのではなく、本人の望みや家族の感情に寄り添う試みが、これからの医療には必要なのではないでしょうか。

などということを、以下の記事を読んで思いました。

「延命治療せず」救命センター6割経験 搬送の高齢者に

おわりに

家族の皆様は、きっとすごくたくさんのことを考えると思います。

たとえば、その中の一つである、回復が見込めない、ってどうして言えるの?という問いは、医療者がきちんと引き受けるべきかな、とおもいます。

ご本人が亡くなられてからのちに、遺族が罪悪感を抱かないようにするために。

作業療法士が、ホイホイと答えられるものでもないですが、延命の問題については、今後も自分なりに考えていきたいです。

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