とてもとても便利な技術は、それを享受する生活やサービスにおける快適さの差を広げる。

はじめに

これをよんで思い出したこと。

じーさんばーさんとタッチパネル - 24時間残念営業

内容は、タイトルまま。数ヶ月前の話。

5分くらいで読めます。

とある都会の飲食店にて

とある日の午後のお昼時のことでした。

突然、猛烈に肉が食べたくなり、ふらりと知らない焼き肉店へ。

店の規模としては牛角などと変わらない広さがありました。

その店のユニークなところは、食べ放題メニュー飲みしか存在しないというところと、注文は机の上に置いてある注文専用のタブレット端末から、注文をする所でした。

iPadユーザなひろえもんにとっては直感的にわかる注文プロセスだったので特に問題ありませんでした。

そして、とくに問題を感じませんでした。

とある老夫婦が、入店されるまでは。

大混乱

見た目70代後半から80代前半な感じの老夫婦でした。農家をされているとのことでした。

旦那さんは控えめな感じで、奥様はその人の世話が生きがいという感じで共依存的な臭いを感じなくもない。(別に旦那さんがいろいろなことを自分でできないわけではなく、奥さんが次々と先回りしてやってしまうので結果として自分でできないという感じ。)

で、おくさまが、イニシアチブを発揮して、旦那さんにあれこれ聞きながら注文しようとした段になって、大混乱となりました。

まず、食べ放題のシステムが理解できない。

次に、タッチパネルを使用しての注文のやりかたがわからない。

奥さん、旦那さんに「おとうちゃんおさけは?」と聞いて、注文しようとするのはいいものの、全然注文ができない。

やり方がわからないのです。

奥様、仕方がないので店員にどうやって頼んだらいいのか教えてもらいました。

それはもう、懇切丁寧に、画面の切り替え方法から、数量指定の方法、注文確定の画面の出し方、その一連の流れについて、ゆっくり確実に店員さんが教えていらっしゃいました。

でも、結局その老夫婦は注文の方法に確信が持てないままでした。

結果、最後まで、自分たちだけで注文できませんでした。

実は、その店は、自分が店に行ったごくごく最近になってそのシステムを取り入れたらしく、以前にその夫婦がこの店を利用したときには、店員に対して普通に注文するシステムで、メニューも食べ放題以外のモノがあったそうです。

以前のような注文システムを想定していたために、老夫婦の混乱の具合も増していたのだと思います。

さておき、とにかく、注文の方法や料金体系について一つ一つについて確信が持てないため、一つ注文するごとにああでもないこうでもないと、非常に迷った挙句にきちんと注文ができないというそういう事態に陥っておりました。

つまり、一つ注文するたびに確信が持てないので、不安になっておろおろとしてしまうという、非常にストレスフルな状況下に置かれていたわけです。

食事を楽しむために飲食店に来ているにもかかわらず、非常にイライラとした時間を過ごされていたようでした。

その状況をなんだかなあと思いながら見ていました。

お手伝い

本来であれば店員の仕事なんでしょうが、機械導入に伴って接客専門の店員の数を削減したようで、ホールにはほとんど店員がいませんでした。

ので、老夫婦のサポートがろくにできないわけです。

ですから、仕方がないので、自分がサポートさせていただきました。

そしたら、奥様は、旦那さんに注文伺いをするごとに、こちらに注文の方法を尋ねてこられるようになりました。

つまり、「おとうちゃん、お肉は?」⇒「おにいちゃん、お肉はどうたのんだらええの?」の繰り返しです。

この質問は結局、注文の方法が慣れないものであることからくる不安が大本にあるものなので、何回注文の方法を丁寧にお教えしても、絶対にこっちに質問が来ました。

まとめて注文するという機能もあったので、それを使って注文をある程度まとめることで注文の回数を減らしましたが、結構、お構いさせていただいたようにおもいます。

店のサービスが残念だなぁと思うと同時に、文明の利器は凶器にもなりえると思った瞬間でした。

別の50台後半あたりの夫婦の話

さらにその隣の席に、今度はまた別のご夫婦が座られました。

その方たちは、さすがに、食べ放題のシステム自体は問題なく対応してらっしゃったのですが、やはりタッチパネル式の注文様式には非常に戸惑いを感じていらっしゃったです。

ですが、この方たちは、注文の方法について何回かご助言差し上げると、特に問題なく操作ができました。

操作性に確信が持てたからだと思います。

このことから学んだこと

大きくは以下の二つです。

  • 自分がサービスを提供するときは、自分にとって、とても便利なものが他の人にとっても便利であるとはかぎらないということを考えて提供すること。
  • 想定外のことが起こった時に対応ができるだけの、人的、金的、時間的余裕を以ってシステムを構築しないと、想定外に対応できない。

昨今の医療では、医療費が足りないという事が頻繁に言われておりますし、それは作業療法においても例外ではありません。

だからこそ、上記二つの教訓は、きっと今後の人生で生きてくるだろうなとおもってます。

おわりに

考えたこと、もうひとつ。

便利なものを便利に使うためには、どんなコトが必要か。

便利なものが沢山ありあまるほどにある昨今においては、こういう視点をもって、いろいろな道具について考えてみることも必要なことかもしれません。

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