例の麻生中学校入試問題「ドラえもんは生き物か」の評価から見えるもの

はじめに

まず、麻布中学校の「ドラえもんは生物か」問題についてですが。

詳しくはこちらをご覧ください。

麻布中学の入試で出題された「ドラえもん」問題が話題に-NAVERまとめ

このブログでは、以前この問題について生命倫理と絡めて、記事を書いたことがありました。

生物と無生物の境界線、あるいは生命倫理一般の根源について-OT戦士ひろえもんの雑記帳

さて、今回は、論理とかその辺とは別の観点から、この問題について思うところを述べてみたいと思います。

この問題、実はそんなに難しくない

ここにも書いてあります。

「この問題は見た目こそインパクトがありますが、それほど難解ではありません。合格ラインに乗せるには、この問題を落としてはいけません。ある意味、このドラえもん問題が合否を決めるモノサシだったと言ってもいいでしょう」(松谷さん)

麻布中学「ドラえもん問題」の真相 :PRESIDENT Online – プレジデント

哲学的なテーマの問題として考えると難しく感じてしまいますが、実はそうではなくて、ただの国語の問題として考えると、あっさり解くことができます。

この問題は、国語の問題を解くときに必要なルールを理解しているかどうか、すなわち、提示されている情報を根拠にして問題に答えることができるかどうかという、その能力があるか、それを問うている問題であると言えます。

つまり、ドラえもんの特性については、あらかじめ述べられており、ついで、生物を定義する要素についても3つの要素が述べられている。これら二つの情報を組み合わせて、「どらえもんは生物でない」の根拠となるような文章を作成しなさいという問題だということです。

要するに、問題を解くのに要求されているのは、ある程度の読解力と、三段論法的な論理力であると言えます。

名門中学校の入試レベルとしては、そんなに難しい問題でもないし、他の問題と比較したときにはむしろ簡単な部類の問題と言えます。

良問か、悪問か?

これについては、散々、いろいろなところで議論されていたことです。

ひろえもんは良問だと思っています。

見た目のトリッキーさに惑わされず、きちんと、ルールにのっとった解答ができるかどうかという、その能力が良くわかるからです。

同じ意見の例としては、こちらがそうです。

2013年麻布中学校入試問題についての意見と生物学専攻学生の解答

麻布中学校の「ドラえもん問題」は入試問題としては妥当な範囲に入っていると思う | ただの通りすがり

ですが、これを悪問としてみなす人も、結構いらっしゃるみたいでした。

大体以下のような意見

  • そんなものに答えはない
  • ドラえもんを知らないと、答えられないのではという懸念
  • 理科で出す問題ではない

この中で気になったのが、一番下の「理科で出す問題ではない」の部分。

これを最初に目にしたときには、おもわず「うーん」とうなってしまいました。

論理的思考は前提として良いのか?

世の中には、当たり前のように論理的思考を使う人々がおります。

その一方で、これがどうにも苦手という人は少なくありません。

最近では、できない人の方が世間一般には多いような気さえしています。

今の世の中は、その気になれば、きっと、論理的思考とは無縁のまま、一生を終えるコトが可能な世の中です。

直感的な感性と、コミュニケーション能力だけでも、きっと十分にやっていけるような気がします。

でも、このあたりの話が、結構、学力的な格差に直結しているような気がするのです。

この問題をどのように評価するのかということが、そのあたりについての考え方を大いに反映するように思えます。

おわりに

こんなのもありました。

麻布中学入試ドラえもん問題(1):ドラえもんは知的生命体ですよ

ごちゃごちゃ書いていらっしゃるんですが、時間があればどうぞ。

臨床場面においては、論理的思考というのは作業療法を行っていくうえで大切なものだと思います。

養っていけるといいなあと思います。


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