作業は「できりゃあ、なんでもいい」という物でもない

この記事を読んで、作業について改めて考えさせられました。

はじめて逆上がりが出来た女の子:成功後の一言が指導者を撃ち抜く

要約すると、

鉄棒の逆上がりができない女の子が、先生と一緒に逆上がりを必至で練習して、ついに逆上がりが出来たときに発した心からの言葉が「もうこれで、逆上がりの練習しなくて良いんだね!!」だったというもの。

 

ふと、臨床の場で作業療法として提供されている活動が、対象者の方からこんな風に受け取られてしまうことがあるんじゃないかと、つい考えてしまいました。

上記の現象は、客観的には「教育」という価値があるけれども、当の本人にとっては何の意味も無い活動が出来るようになる「訓練」が半ば強制されていたために起こったと考えられます。

このことは、「出来た方がいいよね」というのが、指導したり助言したりする立場の人間の独りよがりだったとしたら、いくら技術的にできるようになったとしても、実践は絶対に継続されることは無いということを証明する強力な例だとおもいます。

客観的な立場から作業療法士が「出来たらいいな」と思う活動を、どのようにして対象者にとっての「作業」にするかは、ひとつ作業療法士としての腕の見せどころなのではないかと思います。


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