この記事のポイント
- 認知症の評価は「何ができないか」を測るだけでなく、「その人がどんな人生を歩んできたか」を知ることから始まります
- 作業療法士は「ナラティブ(物語)の目」と「高次脳機能特性の目」の二つを使い分け、交差させて評価します
- ナラティブからは「その人にとって意味のある活動」が見え、高次脳機能特性からは「なぜ困っているか」の原因が見えます
- この二つを重ね合わせることで、「その人らしい暮らし」を支える支援計画が生まれます
- 本記事は「目に見えないものを支援する」シリーズ第3回です。次回は具体的な支援方法を解説します
はじめに── 「認知症の人」ではなく「認知症のある○○さん」
認知症の評価と聞くと、多くの方が「長谷川式」や「MMSE」といったテストを思い浮かべるかもしれません。「何点だったか」で認知症の重さを判断する、あのテストです。
もちろん、認知機能の評価は大切です。しかし作業療法士は、それだけでは「その人に合った支援」は組み立てられないと考えています。
なぜなら、同じ「HDS-R 18点」の方でも、元大工さんと元教師では、大切にしてきた活動も、得意なことも、困り方もまったく異なるからです。
この記事では、作業療法士(OT)が認知症の方を理解するために使う「二つの目」をわかりやすくご紹介します。「テストの点数」だけではわからない、大切な見方です。
なぜ「二つの目」が必要なのか
一つ目だけでは足りない理由
テストの点数だけでわかること:「記憶が落ちている」「日付がわからなくなっている」── これだけでは、どんな手助けをすればいいかが見えてきません。
「昔はこんな人でした」だけでわかること:「お料理が好きだった」「几帳面な人だった」── これだけでは、なぜ今困っているのかがわかりません。
二つを合わせると:「お料理が好きだった方で、段取りを組むのが難しくなっているけれど、一つひとつの調理の動作は体が覚えている」── ここから初めて、「手順をメモにしてあげれば、お料理を続けられるかもしれない」という具体的な方法が見えてきます。
二つの目の全体像
| ナラティブの目 | 高次脳機能特性の目 | |
|---|---|---|
| 問い | この方はどんな人生を歩み、何を大切にしてきたか | どの認知機能が、どの程度、どのように変化しているか |
| わかること | 意味のある活動、価値観、役割、人間関係 | 困りごとの原因、残存機能、代償の手がかり |
| 方法 | 面接、生活歴の聴取、家族からの情報、行動観察 | 認知機能検査、活動分析、行動観察 |
| 見落とすリスク | 「なぜ困るか」の原因がわからない | 「何が大切か」が抜け落ちる |
第1の目── ナラティブ(物語)の視点
ナラティブとは何か
ナラティブとは、簡単に言えば「その人の人生の物語」です。
認知症が進むと、ご本人が自分の思い出をうまく言葉にできなくなることがあります。しかし、物語がなくなったわけではありません。言葉にできなくても、ふとした行動の中にその人らしさが表れています。
作業療法士がこの「物語」を大切にするのは、その人にとって本当に意味のある活動を見つけるためです。「毎朝の新聞」「庭いじり」「孫への手紙」── 大切にしてきた活動は、人によって違います。
ナラティブをどう集めるか
認知症の方のナラティブは、複数の情報源から立体的に組み立てていきます。
1. 本人との対話
認知症が進行していても、本人との対話は評価の出発点です。
作業療法士は、正確な答えを求めるのではなく、どんな話題のときに表情が明るくなるかを見ています。
「お仕事は何をされていましたか?」「楽しかった思い出はありますか?」── こうした問いかけへの表情や声のトーンの変化が、大切な手がかりになります。
2. 家族からの聴取
家族は、本人の人生の最大の「語り手」です。
作業療法士は、家族に以下のようなことを尋ねます。
- 生活歴: どんな仕事をしてきたか、どんな趣味を持っていたか、どんな役割を担ってきたか
- 大切にしてきた習慣: 毎朝のルーティン、季節ごとの行事、こだわっていたこと
- 対人関係: 社交的だったか、少人数が好きだったか、リーダータイプか、縁の下の力持ちか
- 価値観: 「人に迷惑をかけたくない」「家族のために頑張る」など、大切にしてきた信念
- 受け入れがたい変化: 認知症によって失われたことの中で、家族が最もつらいと感じる変化
最後の質問は、家族のナラティブでもあります。認知症の評価では、本人の物語と家族の物語の両方を聴くことが重要です。
3. 行動の中に表れるナラティブ
言葉で語れなくても、行動には物語が宿ります。
- 元保育士の方が、人形を見ると自然に抱き上げてあやす
- 元農家の方が、庭に出ると草を抜き始める
- 元料理好きの方が、台所に立つと包丁を探す
こうした行動は「困った行動」ではなく、その人の人生に刻まれた大切な習慣の表れです。作業療法士は、こうした行動の中に支援のヒントを見つけます。
4. 環境の読み取り
自宅を訪問する場合、部屋の中にもナラティブが詰まっています。
- 本棚にどんな本があるか
- 壁に何の写真が飾られているか
- どの部屋で最も長く過ごしているか
- 使い込まれた道具はあるか
これらの情報は、「その人が何を大切にして生きてきたか」を雄弁に語ります。
ナラティブ評価のツール
作業療法士は、物語を集めるためにいくつかの方法を使います。
ライフヒストリーワーク: ご本人とご家族の協力で、人生の年表を作ります。写真やアルバムを使うと、言葉では思い出せないことでも感情がよみがえり、豊かな情報が得られることがあります。
センター方式: 「私の気持ち」「私の暮らし方」など、ご本人を主語にした視点で情報を整理するシートです。
ひもときシート: 困った行動の裏にある思いや理由を探るためのツールです。
第2の目── 高次脳機能特性の視点
認知症を「高次脳機能障害」として見る
認知症は、脳の働きが少しずつ変化していく病気です。高次脳機能障害と共通する部分がありますが、大きな違いは時間とともに進行するという点です。
だからこそ、「今どの力が残っていて、どの力が変化しているか」を正しく見極めることが大切になります。
認知症のタイプ別── 高次脳機能特性のパターン
認知症の原因疾患によって、障害される認知機能のパターンが異なります。これを知ることで、「どこに注目して評価すべきか」の見当がつきます。
アルツハイマー型認知症
最も多い認知症のタイプです。記憶障害(特にエピソード記憶)が初期から目立ちます。
| 初期に目立つ障害 | 比較的保たれる機能 |
|---|---|
| エピソード記憶(出来事の記憶) | 手続き記憶(体で覚えた記憶) |
| 見当識(日時・場所) | 社会性・礼節(初期) |
| 視空間認知(中期以降) | 感情記憶(楽しかった、怖かった等の感覚) |
ご家族へのポイント: 「昨日のことは忘れてしまうけれど、長年続けてきた動作は体が覚えている」ということがよくあります。体が覚えている力を活かすことが、暮らしを続ける鍵になります。
レビー小体型認知症
注意の変動が特徴的です。日によって、時間帯によって、認知機能が大きく揺れます。
| 特徴的な症状 | 評価上の注意点 |
|---|---|
| 認知機能の変動 | 一度の評価で判断しない。複数回・複数場面で評価する |
| 幻視(実在しないものが見える) | 否定せず、どのような状況で出現するかを記録する |
| パーキンソン症状(動きの遅さ、小刻み歩行) | 認知面だけでなく、運動面の評価も並行する |
| REM睡眠行動障害 | 睡眠の質が日中の認知機能に影響する可能性を考慮する |
ご家族へのポイント: 「今日はしっかりしているのに、昨日はぼんやりしていた」── その波は病気の特徴です。調子のいい時間帯を見つけて、大切な活動をその時間に合わせると暮らしやすくなります。
前頭側頭型認知症
行動と性格の変化が初期から顕著です。記憶は比較的保たれる一方で、社会的行動の障害が目立ちます。
| 特徴的な症状 | 生活への影響 |
|---|---|
| 脱抑制(思ったことをそのまま行動に移す) | 社会的に不適切な行動 |
| 常同行動(同じ行動の繰り返し) | 決まった時間に決まった行動をする |
| 共感の低下 | 家族の気持ちへの配慮が難しくなる |
| 食行動の変化 | 甘いものへの偏食、過食 |
ご家族へのポイント: 毎日同じ時間に同じことをする「常同行動」は、困った行動に見えるかもしれません。しかし、この決まったパターンの中に役に立つ活動を組み込むことで、暮らしを整えられる場合があります。
血管性認知症
脳血管障害に起因し、障害のパターンが「まだら」であることが特徴です。
| 特徴 | 評価上の注意点 |
|---|---|
| まだら認知(保たれる機能と低下する機能の差が大きい) | 得意な認知チャネルを見極める |
| 損傷部位に応じた限局的な障害 | 高次脳機能障害の評価手法が直接適用しやすい |
| 感情失禁(些細なことで涙が出る等) | 感情の表出と認知機能を分けて評価する |
| 段階的な悪化(新たな脳血管障害の発生時に悪化) | 直近の変化と以前からの状態を区別する |
ご家族へのポイント: 「できること」と「できないこと」の差が大きいのがこのタイプの特徴です。「できないこと」だけに目を向けず、「できること」を活かす工夫が暮らしを楽にします。
認知症で用いる主な評価ツール
作業療法士は、さまざまな検査や観察を組み合わせて評価します。
よく使われる検査の例:- HDS-R(長谷川式)・MMSE: 認知機能を短時間でチェックする検査です
- FIM: 食事・着替え・入浴などの日常動作がどのくらい自分でできるかを評価します
- NPI: 不安・興奮・無関心などの精神症状と、介護するご家族の負担も同時に評価します
大切なのは、点数だけで判断しないことです。検査の数字はあくまで参考で、実際の暮らしの様子とあわせて総合的に見ていきます。
二つの目を交差させる── 統合的評価の実際
実際の評価プロセス
作業療法士が認知症の方を評価するとき、ナラティブと高次脳機能特性の二つの目をどのように交差させるのかを、具体的な流れでお示しします。
ステップ1: ナラティブの収集
まず、本人と家族から「物語」を集めます。
- 本人との対話(表情・反応も含めて)
- 家族からの生活歴・価値観・習慣の聴取
- センター方式やライフヒストリーの活用
- 居住環境の観察
ここで得られるのは、「この方にとって意味のある活動は何か」「どんな暮らしを続けたいと願っているか」という情報です。
ステップ2: 高次脳機能特性の評価
次に、認知機能の状態を評価します。
- スクリーニング検査(HDS-R、MMSE)
- 必要に応じた詳細な神経心理学的検査
- 認知症のタイプに応じた特性の把握
- 「保たれている機能」と「低下している機能」の特定
ここで得られるのは、「なぜ今の生活で困っているのか」「どの認知機能がどの程度変化しているか」という情報です。
ステップ3: 生活場面での観察
二つの目を持った状態で、実際の活動場面を観察します。
「この方にとって料理が大切」とわかっていれば、料理の場面をじっくり観察します。「段取りが苦手になっている」とわかっていれば、どの手順で困っているかに注目します。こうして、的確な観察ができるのです。
ステップ4: 情報の統合と仮説の構築
収集した情報を重ね合わせ、「この方の暮らしで何が起きているか」の仮説を構築します。
たとえば以下のように統合します。
ナラティブから: 「Aさん(78歳・女性)は40年間、家族の食事を一手に担ってきた。料理は生きがいそのもの。最近は夫から『危ないからやめてほしい』と言われ、台所に立てなくなっている」
高次脳機能特性から: 「アルツハイマー型認知症(HDS-R 16点)。エピソード記憶と遂行機能が低下。手続き記憶は比較的保持。注意の分配は低下しているが、単純な注意の持続は可能」
生活場面観察から: 「簡単な一品料理(味噌汁)なら、声かけで手順を確認しながら完遂できた。複数品を同時に作ることは困難。包丁操作は安定しており、手慣れた動作は維持されている」
統合した仮説: 「Aさんの料理の困難は、主に遂行機能の低下(複数工程の同時管理)と注意の分配障害に起因する。一方、個々の調理操作(手続き記憶)は保たれている。単品の調理を中心に、手順の外在化と見守りがあれば、料理という意味ある活動の継続が可能ではないか」
「できないこと」と「できること」の地図を作る
二つの目で評価を行うと、以下のような「地図」が描けます。
| 活動 | ナラティブ上の意味 | 高次脳機能特性の影響 | 現在の状況 | 可能性 |
|---|---|---|---|---|
| 料理 | 生きがい、家族への愛情表現 | 遂行機能↓、手続き記憶○ | 家族に止められ中断 | 単品調理+手順支援で継続可能 |
| 散歩 | 健康維持、季節を感じる楽しみ | 見当識↓、注意○ | 道に迷う不安で外出減少 | 決まったルート+GPS活用で継続可能 |
| 新聞 | 社会とのつながり、知的好奇心 | 記憶↓、読解力△ | 読んでも内容を覚えていない | 見出しの音読+話題にすることで意味は維持 |
この地図が、次回の記事で解説する「具体的な支援」の設計図になります。
評価で大切にしたい3つの原則
1. 「点数」ではなく「暮らし」を見る
HDS-Rが15点でも、長年続けてきた畑仕事を一人でこなせる方がいます。逆に22点でも、初めての環境では何もできなくなる方もいます。
点数はあくまで参考値です。大切なのは、その方の実際の暮らしの中で何ができて、何に困っていて、何を続けたいと願っているかです。
2. 「今日ダメだった」で判断しない
認知症の方の認知機能は、日によって、時間帯によって、体調によって変動します。特にレビー小体型認知症では変動が顕著です。
一回の評価で結論を出さないこと。複数の場面、複数の時間帯、複数の日にわたって観察し、「一番良いとき」と「一番困難なとき」の両方を把握することが重要です。
3. 「失ったもの」より「残っているもの」に光を当てる
認知症の評価は、ともすると「何ができなくなったか」のリストになりがちです。
しかし作業療法士の評価は、「何がまだできるか」「どんな条件ならできるか」「どんな支援があればできるか」に焦点を当てます。残っている力を見つけ、それを活かす方法を考えるのが作業療法士の専門性です。
家族に知っておいてほしいこと
評価は「査定」ではなく「理解」のプロセス
作業療法士の評価は、能力に点数をつけてランク分けすることが目的ではありません。「その方を深く理解し、より良い暮らしを一緒に考えるためのプロセス」です。
家族の語りが評価の質を左右する
本人の過去の姿を最もよく知っているのは家族です。「昔はこんな人でした」「こんなことを大切にしていました」という情報は、作業療法士にとって宝物のように貴重です。
些細に思えることでも、遠慮なく伝えてください。「毎朝6時に起きて新聞を読むのが日課でした」「庭の薔薇の世話が唯一の趣味でした」── そうした情報が、支援の方向性を決定的に変えることがあります。
「困っていること」だけでなく「うれしかった瞬間」も教えてください
「先週、孫が来たとき久しぶりに笑顔が見えました」「好きだった歌を聞いたとき、一緒に口ずさんでいました」── こうした「うれしかった瞬間」「いきいきしていた瞬間」の情報は、支援の糸口として極めて重要です。
- 「昔はこんな人でした」を書き留めておきましょう。仕事、趣味、大切にしていた習慣など── 作業療法士に伝えると、支援の質が大きく変わります
- 「いきいきしていた瞬間」を記録してみてください。どんなときに笑顔が見られたか、声のトーンが変わったか── 小さなことが支援の大きなヒントになります
- 「できないこと」だけでなく「できること」にも目を向けてみましょう。体が覚えている動作、決まった習慣、好きな活動── その中に「その人らしい暮らし」を続ける鍵があります
次回予告── 評価から支援へ
ナラティブと高次脳機能特性の二つの目で「地図」が描けたら、次はその地図をもとに具体的な支援を組み立てていきます。
次回の記事では、認知症の方の「できること」を活かし、「意味のある活動」を継続するための作業療法士の具体的な支援方法を解説します。
環境の調整、活動の段階づけ、手続き記憶の活用、家族への助言── 二つの目で見えたものを、どう実際の暮らしに変えていくのか。「目に見えないものを支援する」シリーズ第4回としてお届けします。
認知症の評価では、「テストの点数」と「その人の物語」の両方が欠かせません。作業療法士はナラティブの目と高次脳機能特性の目を交差させ、「その人らしい暮らし」を支える道筋を描きます。「失ったもの」より「残っているもの」に光を当てる── それが作業療法の評価です。
認知症の評価は、「何点だったか」だけでは決まりません。作業療法士は、ご本人の人生の物語と脳の状態の両方を見て、「その人に合った暮らし方」を一緒に考えます。ご家族の「昔はこんな人でした」という語りが、支援の大きな力になります。
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。