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専門職向け#作業療法#リハビリテーション#社会参加#移動

「移動」が変われば「人生」が変わる ── 起き上がりからロケットまで、作業療法士が見る移動と参加の関係

ベッドからの起き上がり、歩行、自転車、自動車、電車、飛行機──「移動」の手段が変わると、人間の活動範囲は劇的に変化します。移動と社会参加の関係を、作業療法士の視点からスケール別に解説します。

📅 2026年4月14日 更新読了目安 20分

この記事のポイント

  • 「移動」は、起き上がりから宇宙旅行まで、すべてのスケールで「参加」の前提条件です
  • 移動手段が1つ失われるだけで、活動範囲は劇的に狭まり、社会参加が制限されます
  • 本稿では移動を7つのスケールに分類し、それぞれが人間の活動範囲と参加にどう影響するかを整理します
  • 次回の記事で、移動に対する作業療法士の具体的な支援について深掘りします

はじめに── 「動けない」ということ

想像してみてください。

明日から、自分の足で歩けなくなったとします。

通勤ができなくなります。買い物に行けなくなります。子どもの送り迎えができなくなります。友人とのランチに行けなくなります。花見に行けなくなります。投票所に行けなくなります。

さらに想像を広げてみてください。ベッドから起き上がれなくなったとします。

トイレに行けなくなります。食卓に座れなくなります。窓の外を見ることすらできなくなります。

「移動」が制限されると、人間の生活は一瞬にして狭くなります

これは、リハビリテーションの現場で日々目の当たりにする現実です。作業療法士は、クライアントの「やりたいこと」「やるべきこと」を支援する専門家ですが、そのほとんどが「移動」を前提としていることに、改めて注目する必要があります。

本稿では、「移動」というものを最も小さなスケール(ベッドの上で体を動かす)から最も大きなスケール(地球の外に出る)まで俯瞰し、それぞれのスケールで移動が人間の活動範囲と社会参加にどのような影響を持つかを整理します。

移動の7つのスケール

移動を、その到達範囲によって7つのスケールに分類します。

スケール移動の内容到達範囲活動の例
1. 体位変換寝返り、起き上がりベッド上褥瘡予防、視界の確保
2. 起居・移乗座る、立つ、乗り移る室内トイレ、食事、入浴
3. 屋内移動歩行、車椅子(室内)家屋内家事、整容、家族との交流
4. 近隣移動歩行、自転車、車椅子(屋外)自宅〜数km買い物、通院、散歩、地域交流
5. 地域移動自動車、公共交通機関市区町村〜都道府県通勤、通学、友人訪問、行政手続き
6. 長距離移動鉄道、航空機、船舶国内〜国際旅行、帰省、留学、ビジネス
7. 極限移動プライベートジェット、宇宙船地球規模〜宇宙地球規模のビジネス、宇宙旅行

一見すると、作業療法とプライベートジェットやロケットは無関係に思えるかもしれません。しかし、「移動手段が活動範囲を規定し、活動範囲が参加の質を規定する」という構造は、すべてのスケールに共通しています。

以下、各スケールを詳しく見ていきます。

スケール1:体位変換── すべての移動の出発点

ベッドの上で体を動かすということ

寝返りを打つ。頭を上げる。体を横に向ける。

健康な人にとっては無意識の動作ですが、脳卒中後の重度麻痺や脊髄損傷、進行した神経難病の方にとっては、これが「移動」のすべてであることがあります。

体位変換ができなければ、同一姿勢による褥瘡(床ずれ)のリスクが高まります。自分で寝返りが打てなければ、天井しか見えない視界の中で1日を過ごすことになります。

このスケールでの「参加」

体位変換のレベルであっても、移動は参加に直結しています。

  • 自分で向きを変えられる → 窓の外を見る、テレビの方を向く、見舞い客の顔を見る
  • 頭を起こせる → 口から食事を取る、本を読む、タブレットを操作する
  • 座位が取れる → 食卓で家族と食事する、車椅子への移乗の準備ができる

「たかが寝返り」ではありません。寝返りが打てるかどうかで、その人の世界は大きく変わります

スケール2:起居・移乗── 「自分の居場所」を選べるか

立つ、座る、乗り移る

ベッドから車椅子へ。車椅子からトイレへ。トイレから車椅子へ。車椅子からお風呂の椅子へ。

これらの「移乗動作」は、自分の居場所を自分で選べるかどうかを決定します。

移乗が自立していれば、「トイレに行きたい」と思ったときにトイレに行けます。「リビングでテレビを見たい」と思ったときにリビングに移動できます。当たり前のことですが、移乗に介助が必要になると、この「当たり前」がすべて「誰かのタイミング」に依存することになります。

尊厳と移乗

排泄は、人間の尊厳に最も深く関わる活動のひとつです。

自分でトイレに行けなくなったとき、多くの方が感じるのは、身体的な不便さだけではありません。「人に頼まなければトイレにも行けない自分」への羞恥心や無力感です。

リハビリテーションにおいて、トイレ動作の自立が最優先目標に掲げられることが多いのは、単に「介護負担の軽減」のためだけではありません。排泄の自立は、その人の尊厳と主体性の回復に直結しているからです。

移乗という一見地味な動作の中に、人間の「参加」の最も基本的な形── 自分の意志で自分の体を動かし、自分の居場所を選ぶ── が凝縮されています。

スケール3:屋内移動── 「家」を生活の場にする

家の中を自由に動けるか

退院後、自宅に戻ったとき、最初に直面するのが屋内移動の問題です。

病院はバリアフリーに設計されています。廊下は広く、段差はなく、手すりがあります。しかし自宅は違います。狭い廊下、急な階段、高い敷居、滑りやすい浴室── 日本の住宅は、移動に困難を抱える人にとってハードルの多い環境です。

屋内移動が安全にできなければ、「家に帰っても寝室から出られない」という状況が生まれます。これは事実上、入院生活と変わりません。家に帰った意味── 家族と過ごす、自分の台所で料理を作る、庭の花を見る── が失われてしまいます。

屋内移動と家庭内の役割

屋内を自由に移動できることは、家庭内の役割を果たすための前提条件です。

台所に立てれば料理ができます。洗面所に行ければ洗濯ができます。子ども部屋に行ければ子どもの宿題を見てやれます。玄関まで行ければ、帰ってきた家族を「おかえり」と迎えられます。

屋内移動の範囲が、そのまま家庭内で果たせる役割の範囲になるのです。

スケール4:近隣移動── 「地域の住人」になる

自宅の外に出るということ

玄関を出て、道路を歩く。近所のコンビニに行く。公園を散歩する。かかりつけの病院に通う。

これらの「近隣移動」は、その人が地域の中で生活しているかどうかを分ける境界線です。

屋内移動が自立していても、外出ができなければ、その人の生活空間は自宅の中に限定されます。買い物はすべて家族や配送に頼ることになり、通院にも送迎が必要になり、近所の人との交流もなくなります。

歩行と自転車── 日本の近隣移動の実態

日本の生活において、近隣移動の主な手段は徒歩と自転車です。

特に地方では、最寄りのスーパーまで1〜2km、かかりつけ医まで3〜5kmということが珍しくありません。この距離は、健康な成人であれば徒歩や自転車で問題なく移動できますが、高齢者や障害のある方にとっては大きな壁になります。

歩行速度の低下ひとつ取っても、影響は甚大です。横断歩道の信号は、歩行速度1.0m/秒を基準に設計されています。歩行速度が0.5m/秒に低下すると、青信号の間に渡りきれなくなる交差点が出てきます。「横断歩道を渡れない」── これだけで、買い物先の選択肢が大きく制限されます。

近隣移動の喪失と社会的孤立

近隣移動ができなくなることは、社会的孤立への入り口です。

外出頻度が週1回未満の高齢者は、週1回以上の外出をしている高齢者と比べて、要介護リスクや認知機能低下のリスクが高いことが複数の研究で報告されています。

「家から出られない」ことは、単に不便なだけではありません。地域との接点が失われ、人との交流が減り、社会的な役割が消失する── 先の記事で取り上げた「見えないもの」(役割、意欲、作業バランス)が、近隣移動の喪失をきっかけに連鎖的に崩れていくのです。

スケール5:地域移動── 「社会の一員」として生きる

自動車と公共交通機関

通勤、通学、友人の家への訪問、行政手続き、冠婚葬祭── これらの社会的活動の多くは、数km〜数十kmの移動を伴います。この距離の移動手段は、主に自動車と公共交通機関です。

自動車── 運転できなくなるということ

日本の地方部では、自動車は生活インフラそのものです。公共交通機関が限られた地域では、車の運転ができなくなることは、社会参加の大部分を失うことを意味します。

高齢者の運転免許返納は、安全のために重要な判断です。しかし、返納と同時に代替の移動手段が確保されなければ、買い物、通院、社会活動のすべてが困難になります。

脳卒中後や高次脳機能障害の方にとって、「運転の再開」は切実な目標です。それは単に「車を運転したい」というだけでなく、運転ができなければ仕事に復帰できない、家族の役割を果たせないという現実があるからです。

公共交通機関── アクセシビリティの壁

電車やバスは、運転ができない方にとっての重要な移動手段です。しかし、公共交通機関の利用には、さまざまなハードルがあります。

  • 駅の階段やホームとの段差
  • 混雑した車内での立位保持
  • 時刻表の理解と乗り換えの判断
  • 切符の購入やICカードの操作
  • 駅員や他の乗客とのコミュニケーション

これらは、身体機能だけでなく、認知機能、判断力、コミュニケーション能力が総合的に求められる複合的な活動です。高次脳機能障害の方にとって、「電車に乗る」は極めて高度な作業遂行課題なのです。

地域移動と社会的役割

地域移動が可能になると、人間の活動範囲は一気に広がります。

  • 就労:通勤ができれば、職場という社会的な場に参加できる
  • 教育:通学ができれば、学びの機会にアクセスできる
  • 市民参加:投票所に行ける、町内会に参加できる、役所で手続きができる
  • 対人関係:離れた友人や親族に会いに行ける

地域移動の手段を持つことは、「社会の一員」であり続けるための条件と言っても過言ではありません。

スケール6:長距離移動── 世界を広げる

鉄道・航空機・船舶

新幹線で実家に帰省する。飛行機で海外旅行に行く。フェリーで離島を訪ねる。

長距離移動は、日常生活の「必須」ではないかもしれません。しかし、人生の質を豊かにする活動の多くが、長距離移動の先にあります

障害を持つ方にとって、長距離移動のハードルは高いものです。飛行機の搭乗手続き、長時間の座位保持、空港内の移動、時差への対応── これらの課題は、日常の近隣移動とはまったく異なるスキルと準備を要します。

旅行と作業療法

「旅行に行きたい」── これは、リハビリの目標として軽視されがちな願いです。「まずは日常生活を」と言われがちですが、旅行という目標が持つ動機づけの力は計り知れません

「孫の結婚式に出たい」「もう一度故郷の海を見たい」「夫婦で温泉に行きたい」── これらの願いは、リハビリへの意欲を支え、回復を加速させる原動力になります。

作業療法は、「日常生活動作ができるようになること」だけが目的ではありません。その人が「やりたい」と思うことを実現することが目的です。それが旅行であるなら、旅行を目標に据えたリハビリテーションは、きわめて正当な作業療法です。

スケール7:極限移動── 移動の地平を問い直す

プライベートジェット、宇宙旅行

ここまで来ると、多くの読者は「作業療法と関係があるのか?」と感じるかもしれません。しかし、あえてこのスケールにまで話を広げるのには理由があります。

2020年代に入り、民間宇宙旅行が現実のものになりました。SpaceXのCrew Dragonは民間人を宇宙に送り出し、Blue Originは弾道飛行の商用サービスを開始しています。

ここで注目したいのは、「誰が宇宙に行けるか」という問いです。

初期の宇宙飛行士は、極めて厳格な身体的・精神的選抜を通過した軍人やパイロットでした。しかし民間宇宙旅行では、身体障害のある方の搭乗も議論されています。2021年にはSpaceXのInspiration4ミッションで、小児骨肉腫サバイバーであり大腿骨に人工骨(内部プロテーゼ)を持つHayley Arceneaux氏が、プロテーゼを体内に持つ初の宇宙飛行者として軌道飛行を経験しました。

移動手段の進化は、常に「誰が参加できるか」の境界線を書き換えてきました

移動手段の民主化という視点

歴史を振り返ると、移動手段の進化と「参加」の拡大は常に連動してきました。

  • 車椅子の発明 → 歩けない人が移動できるようになった
  • エレベーターの普及 → 階段を上れない人が上階に行けるようになった
  • 自動車の大衆化 → 歩行距離に制限のある人が遠くに行けるようになった
  • バリアフリー法制 → 公共交通機関が障害のある人にも使えるようになった
  • 電動車椅子・パーソナルモビリティ → 自力での近隣移動の範囲が広がった
  • 自動運転技術 → 運転できない人が自動車移動できる可能性が生まれた

移動手段が民主化されるたびに、それまで排除されていた人々が社会参加に加わってきた。この歴史的パターンは、今後も続きます。

自動運転、空飛ぶ車、宇宙旅行── 一見突飛に見える技術も、「誰がどこまで移動できるか」「誰が社会に参加できるか」という問いに対する回答の一部なのです。

「移動」と「参加」の構造的関係

移動は「権利」である

ここまで7つのスケールを見てきましたが、すべてに共通する構造があります。

移動手段が1つ失われると、その先にある「参加」の機会が連鎖的に失われる

歩行が困難になれば、近隣移動が制限されます。近隣移動が制限されれば、買い物、通院、地域交流が制限されます。地域交流が制限されれば、社会的役割が失われます。社会的役割が失われれば、意欲が低下します。意欲が低下すれば、活動量が減り、さらに身体機能が低下する──

移動の制限は、下降スパイラルの起点になりうるのです。

だからこそ、移動は単なる「身体機能」の問題ではなく、社会参加の権利に関わる問題です。国連の障害者権利条約(第20条)でも、「個人の移動を容易にすること」が明記されています。

ICFで見る「移動」の位置づけ

WHO の国際生活機能分類(ICF)では、「移動」は「活動と参加」の主要領域のひとつとして位置づけられています。

ICF の枠組みで見ると、移動は:

  • 心身機能・身体構造:筋力、関節可動域、バランス、認知機能
  • 活動:歩行、車椅子操作、自動車運転、公共交通機関の利用
  • 参加:就労、教育、地域活動、余暇活動
  • 環境因子:道路状況、公共交通のアクセシビリティ、建物のバリアフリー、移動支援サービス
  • 個人因子:移動への意欲、過去の移動経験、自己効力感

── これらすべてが相互に影響し合って、その人の「移動」の実態を形成しています。

身体機能だけを改善しても、環境にバリアがあれば移動は実現しません。環境が整っていても、本人に移動への意欲がなければ外出は起きません。移動を支援するには、この多層的な構造全体を見る必要がある── これが作業療法士の視点です。

おわりに── 作業療法士は「移動」をどう支援するか

本稿では、移動を7つのスケールに分類し、それぞれが人間の活動範囲と社会参加にどのような影響を持つかを整理しました。

寝返りから宇宙旅行まで── スケールは異なっても、「移動手段が参加の前提条件である」という構造は共通しています。そして、移動が制限されたとき、その先にある「参加」が連鎖的に失われていく構造もまた共通しています。

では、作業療法士はこの「移動」をどのように支援しているのでしょうか。

起居・移乗動作の練習、車椅子の選定とフィッティング、自動車運転の再開支援、公共交通機関の利用訓練、外出プログラムの計画── 作業療法士の「移動」支援は、身体機能の改善だけにとどまりません。環境調整、道具の工夫、認知面のサポート、心理的な後押しを含む、包括的なアプローチです。

次回は、作業療法士が具体的にどのような方法で移動の支援を行っているのかを、スケール別に深掘りしてお伝えします。


前回:「目に見えないもの」を支援する──作業療法士が扱う"見えない対象"とその可視化戦略

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