この記事のポイント
- 市販の自助具は万能ではありません。「ぴったり合うものがない」とき、作業療法士には「作る」という選択肢があります
- 自助具の自作は特別な技術ではなく、作業分析の延長線上にある専門技術です
- 100円ショップの素材から熱可塑性プラスチック、3Dプリンタまで、段階に応じた素材と工具を紹介します
- 前回の記事で取り上げた調理場面を中心に、具体的な製作例を解説します
はじめに── 「ちょうどいい自助具」がない問題
前回の記事で、料理という活動が23の下位工程から成る複合的なIADLであることを述べました。そして、自助具ガイドでは、片手用まな板や滑り止めシートなど市販の自助具を紹介しました。
しかし、実際の臨床では、こんな場面に出くわします。
- 市販のスプーンの柄を太くしたが、この人の手にはまだ太すぎる
- 片手用まな板を導入したが、この人がよく切る食材の形に釘の位置が合わない
- 握力が弱くて包丁が持てないが、市販の太柄包丁はこの人の手には大きすぎる
- ペットボトルオープナーはあるが、この人が毎日開けるのは醤油の蓋
市販の自助具は「多くの人に使える」ように設計されています。それゆえに、「この人」にぴったり合うとは限らないのです。
ここで作業療法士に求められるのが、自助具を「作る」技術です。
なぜ作業療法士が自助具を作るのか
作業分析の延長としての自助具製作
自助具を作ることは、作業療法士にとって特別な付加的技術ではありません。作業分析の論理的な延長です。
- 利用者の活動を観察し、どの工程で困っているかを特定する(作業分析)
- 困難の原因が身体機能にあるのか、道具にあるのか、環境にあるのかを判断する
- 道具の問題であれば、既存の道具を改良するか、新しい道具を作る
この3ステップは、作業療法士が日常的に行っている臨床推論そのものです。自助具の自作は、この推論を「形」にする行為です。
市販品にはない3つの強み
1. 完全な個別適合市販品はS・M・Lなどサイズ展開があっても、その人の手の形、握り方、力の入れ方に完全にフィットするとは限りません。自作ならば、その人の手に合わせて1mm単位で調整できます。
2. 特定の場面への最適化市販品は汎用性を重視するため、特定の場面に特化した設計にはなりにくいものです。自作ならば、「この人が毎朝作る味噌汁の鍋の蓋を開ける」という極めて具体的な場面に最適化した道具を作れます。
3. 即時の修正自作した自助具は、使ってみて不具合があればその場で修正できます。市販品の返品・交換には時間がかかりますが、自作品は「ちょっと合わないから少し削ろう」が即座にできるのです。
自作に使える素材── 3つのレベル
レベル1:身近な素材(100円ショップ・ホームセンター)
最も手軽に入手でき、特別な工具もほぼ不要な素材です。
滑り止めシート- 用途:食器、まな板、ボウルなどの固定
- 調理の記事でも紹介した、最も基本的な自助具素材
- 切って敷くだけ。サイズ自由、洗って再利用可能
- 製作難易度:★☆☆☆☆
- 用途:スプーン、フォーク、歯ブラシ、ペンなどの柄を太くする
- ホームセンターの配管コーナーで入手できるウレタンチューブ(断熱材)が安価で使いやすい
- カッターで縦に切り込みを入れ、柄に巻きつけるだけ
- 製作難易度:★☆☆☆☆
- 用途:スプーンやフォークを手に固定するカフ(万能カフの簡易版)
- 幅広のマジックテープと布テープで、手の甲に巻くバンドを作成
- ポケットにスプーンの柄を差し込む構造にする
- 製作難易度:★★☆☆☆
- 用途:引っ掛ける、挟む、固定するなど多目的
- 袋の口を開ける、缶のプルタブを起こすなど、「小さなものをつまむ」動作の補助に
- 組み合わせ次第で予想外の解決策になることがある
- 製作難易度:★☆☆☆☆
- 用途:握力が弱い方の握り補助
- 掌面にゴムの凹凸がついた手袋を装着するだけで、ビンの蓋やペットボトルが格段に開けやすくなる
- 製作難易度:★☆☆☆☆(購入するだけ)
レベル2:熱可塑性プラスチック
作業療法士が自助具製作で最も多く使う専門素材です。
熱可塑性プラスチックとは60〜80℃のお湯に浸すと柔らかくなり、自由に成形でき、冷えると固まるプラスチック素材です。失敗しても再加熱すればやり直せます。
代表的な製品- オルフィット(Orfit):スプリント製作でも使用される代表的な熱可塑性素材。厚さ・硬さのバリエーションが豊富
- オルフィライト:オルフィットより薄く軽量。小さな自助具に適している
- アクアプラスト(Aquaplast):表面がなめらかで、装飾的な仕上がりになる
- 包丁グリップの改良:包丁の柄に熱可塑性プラスチックを巻きつけ、その人の手の形に合わせた握りを成形する。指の溝をつけることで、少ない握力でも安定して保持できる
- 鍋蓋つまみの拡大:小さな鍋蓋のつまみにプラスチックで大きな握り部分を追加する。つまみ動作が困難な方でも握って持ち上げられる
- 調味料容器の蓋の改良:醤油差しやドレッシングの蓋に大きなつまみを成形する
- スプーンの角度調整:スプーンの首の部分にプラスチックを追加し、手首の可動域制限に合わせた角度に固定する
- お湯の温度管理が重要。温度が高すぎると素材がだれて成形しにくい
- 利用者の手に直接当てて成形する場合は、必ず肌との間に布やストッキネットを挟む(やけど防止)
- 冷却前に利用者本人に持ってもらい、フィット感を確認する
- 製作難易度:★★★☆☆
レベル3:3Dプリンタ
近年、作業療法領域でも注目されている製作手段です。
3Dプリンタの強み- 精密な設計:CADソフトで設計し、mm単位の精度で出力できる
- 再現性:一度設計すれば、同じものを何個でも出力可能。壊れても同じものを再製作できる
- 共有性:設計データを他の施設や利用者と共有できる
- 特定のビン専用のオープナー:利用者が毎日使うジャム瓶や調味料の蓋の直径に合わせた専用オープナー
- カスタムスプーンホルダー:万能カフの3Dプリント版。手の計測データから個別設計
- ガスコンロのつまみカバー:小さなつまみを大きく握りやすくするカバー。コンロの機種に合わせて設計
- 3Dプリンタ本体と素材の初期コスト
- CADソフトの操作学習が必要
- 食品に触れる自助具の場合、素材の安全性(食品衛生法適合素材の選定)
- 出力に時間がかかる(数時間〜)
- 製作難易度:★★★★☆
ただし、3Dプリンタの価格は年々下がっており、無料のCADソフト(Tinkercad、Fusion 360など)も利用可能です。自助具の3Dデータを共有するオンラインコミュニティも存在し、ゼロから設計しなくても既存データを改変する方法もあります。
調理場面の自作自助具── 具体例
前回の調理の記事で示した23工程の中から、自作自助具が特に有効な場面を取り上げます。
例1:食材の固定(工程8:下処理)
課題:片麻痺で食材を押さえられないため、包丁でカットできない
市販品:片手用まな板(ワンハンド調理板)
市販品の限界:釘の位置が固定されており、丸い食材(トマト、玉ねぎ)は安定しにくいことがある
自作の工夫- 釘の位置を変えられるまな板:木製のまな板に、複数の穴を開けておき、ステンレス釘を差し替えられるようにする。食材のサイズに応じて釘の間隔を調整可能
- L字コーナーガイドの追加:まな板の角にL字型の木材を取り付け、食材を角に押しつけて固定する。釘が苦手な方向け
- 素材:木製まな板、ステンレス釘、木工用ボンド、滑り止めシート
- 所要時間:約30分
例2:容器の開封(工程5・10:取り出し、初期操作)
課題:握力が弱く、ペットボトル・ビン・調味料の蓋が開けられない
市販品:ペットボトルオープナー
市販品の限界:ペットボトルには使えるが、醤油差しや特定の容器には合わない
自作の工夫- 対象容器に合わせたオープナー:熱可塑性プラスチックで、利用者が日常的に使う容器の蓋に合わせた専用オープナーを成形する。蓋の直径に合わせて内径を決め、外側に大きなレバーをつけることでテコの原理で開けやすくする
- 滑り止めゴムシートの巻きつけ:蓋の外周にゴムシートを巻いて摩擦を増やす。最もシンプルで効果的な方法
- 素材:熱可塑性プラスチック(またはゴムシート)
- 所要時間:約15分
例3:鍋の安定操作(工程12:調理操作)
課題:片手で鍋をかき混ぜると鍋が動いてしまう。鍋を押さえる手がない
自作の工夫- コンロ用鍋固定台:コンロの五徳に取り付ける金属製のクリップ(ホームセンターで入手可能な大型クランプを改良)で鍋の取っ手を固定する
- シリコン滑り止めマットの活用:五徳の上にシリコン製の耐熱滑り止めマットを敷く。ただし火気の近くで使用するため、必ず耐熱素材であることを確認する
- 素材:耐熱シリコンマット、大型クランプ
- 所要時間:約10分
例4:タイマー操作(工程14:火加減の調整)
課題:キッチンタイマーのボタンが小さくて押せない
自作の工夫- ボタン拡大キャップ:熱可塑性プラスチックで、タイマーのボタンの上に被せる大きなキャップを作る。指先のつまみ動作が困難でも、手のひらで押せるサイズにする
- 代替手段の検討:物理的なタイマーの代わりに、スマートスピーカーに「5分タイマー」と声で指示する方法も有効
- 素材:熱可塑性プラスチック
- 所要時間:約10分
例5:盛り付け補助(工程17:盛り付け)
課題:片手でお玉から器に注ぐとき、器が動いてこぼす
自作の工夫- 器固定リング:熱可塑性プラスチックで、器の底面の直径に合わせたリング(台座)を作り、底面に滑り止めシートを貼る。器がリングにはまることで安定する
- 素材:熱可塑性プラスチック、滑り止めシート
- 所要時間:約20分
自助具製作の5原則
1. 「この人の、この場面で、この動作」を出発点にする
「便利な自助具を作ろう」ではなく、「この人が毎朝困っている味噌汁の鍋の蓋を開ける動作をどうするか」から考える。具体的であればあるほど、的を射た自助具になります。
2. まず市販品を検討する
自作は最後の手段です。市販品で解決するなら、品質・耐久性・安全性の面で市販品が優れることが多い。自作に走る前に、市販品のカタログを十分に検討しましょう。
3. シンプルであること
自助具は、利用者本人が理解し、使い続けられるものでなければ意味がありません。複雑な構造は壊れやすく、メンテナンスが難しく、使わなくなります。
「滑り止めシートを敷く」だけで解決するなら、それが最善の自助具です。
4. 安全であること
自作自助具は市販品と異なり、安全試験を経ていません。特に以下の点に注意が必要です。
- 食品接触:調理場面で使う自助具は、食品に触れても安全な素材であること
- 耐熱性:火の近くで使用する場合の素材選定
- 鋭利な部分:切削後のバリやエッジの処理
- 耐久性:繰り返しの使用で壊れないか。壊れたときに怪我をしないか
- 衛生:洗浄・消毒ができる素材・構造であること
5. 本人と一緒に作る
可能な限り、利用者本人を製作プロセスに巻き込むことをおすすめします。
- 本人が「こうしてほしい」を直接伝えられる
- 自助具への愛着が生まれ、使い続ける動機になる
- 製作過程自体がリハビリテーション(手指の訓練、問題解決の訓練)になる
- 「作ってもらった道具」ではなく「一緒に作った道具」になる
自助具製作のよくある失敗
「作ったけど使われない」
最も多い失敗です。原因は主に3つあります。
- 利用者のニーズを十分に聞いていない:作業療法士が「これが便利だろう」と思い込んで作ったが、利用者にとっては不要だった
- 使い方が複雑:道具を使うこと自体に手間がかかり、結局使わなくなる
- 見た目が受け入れられない:特に外出先で使う場合、見た目を気にする方は少なくない
「フィッティングが甘い」
使用場面で初めて不具合に気づくパターンです。
- 実際の食材で試していない:まな板を作ったが、実際に玉ねぎを切ってみたらずれた
- 利用者の手で試していない:作業療法士の手では使えたが、利用者の手では合わなかった
- 実際のキッチン環境で試していない:訓練室では使えたが、自宅のキッチンの狭さでは使えなかった
対策は明確です。必ず「本人が」「実際の場面で」「実際の動作で」使って確認すること。
「耐久性が足りない」
熱可塑性プラスチックの厚みが足りず、使用中に割れた。接着が甘く、洗ったら外れた。滑り止めが劣化して滑るようになった。
自作品の耐久性は市販品に劣ることが多いため、定期的な点検と交換の仕組みを作っておくことが重要です。
自助具製作の学びを深めるために
自助具の自作技術は、作業療法士の養成課程で学ぶ基礎的な技術です。しかし、臨床に出てから実践の機会が少ないと、技術は錆びていきます。
技術を維持・向上させる方法- 職場内での勉強会:自助具製作をテーマにしたハンズオンの勉強会
- 福祉機器展への参加:国際福祉機器展(H.C.R.)などで最新の自助具を確認し、自作のヒントを得る
- 他施設との情報共有:自作自助具の写真やレシピを共有するネットワーク
- 利用者からのフィードバック:作った自助具が「使われているか」「改善点はないか」を継続的に確認する
おわりに── 道具は手段、目的はその人の生活
自助具を自作する技術は、作業療法士の専門性の中でも最も「ものづくり」に近い領域です。
しかし、道具を作ること自体が目的になってはいけません。
前回の調理の記事で述べたように、料理ができることは「家事能力の回復」にとどまらず、その人のアイデンティティや生活の質に直結しています。自助具は、その人と「できる」をつなぐ橋です。
「市販品に合うものがないから仕方ない」ではなく、「この人にぴったり合うものを作れる」と考えること。この発想を持っているかどうかが、作業療法士の専門性の深さを示すものだと思います。
手作り自助具の工作技術
自助具の素材知識・基本工具・安全な作業環境まで網羅した教科書的一冊。作業療法士養成校のテキストとしても使用されています。
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ワンハンド調理板(片手用まな板)
釘とコーナーガイドで食材を固定し、片手で安全にカットできるまな板。自作の参考にもなる市販品の代表例。
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