この記事のポイント
- 認知症の支援は「できないことを補う」だけでなく、「できることを活かして、意味のある活動を続ける」ことを目指します
- 手続き記憶(体が覚えている記憶)、感情記憶、習慣の力── 認知症でも保たれやすい機能を活用します
- 環境調整、活動の段階づけ、外的手がかりの設計、タイミングの工夫── 4つの支援戦略を解説します
- 認知症タイプ別に、ナラティブと認知特性を組み合わせた支援の実際を具体例で示します
- 本記事は「目に見えないものを支援する」シリーズ第4回です
はじめに── 「できること」を活かす支援とは
前回の記事では、認知症の方の「できること」と「できないこと」を整理する方法をお伝えしました。
今回は、その情報をもとに具体的にどんな支援ができるかをご紹介します。
大切なのは、「できなくなったことを嘆く」のではなく、残っている力を活かして、ご本人らしい暮らしを続ける方法を見つけることです。
認知症でも「保たれやすい力」を知る
支援を組み立てる前に、認知症であっても比較的保たれやすい機能を理解しておくことが重要です。これらは支援の「土台」になります。
手続き記憶── 体が覚えている
自転車の乗り方、包丁の使い方、編み物の手さばき── こうした「体で覚えた記憶」は、エピソード記憶(出来事の記憶)が失われた後も長く保たれる傾向があります。
「昨日の夕食に何を食べたか」は思い出せなくても、「味噌汁の作り方」の手順は体が覚えている。この違いを理解することが、支援の出発点です。
感情記憶── 心が覚えている
「何をしたか」は忘れても、「楽しかった」「うれしかった」「怖かった」という感情の記憶は残りやすいことがわかっています。
面会に来た家族の名前を思い出せなくても、「この人といると安心する」という感覚は保たれている。この感情記憶は、支援の質を大きく左右します。
社会性・礼節── 長年の習慣が残る
特にアルツハイマー型認知症の初期~中期では、挨拶をする、お礼を言う、場の雰囲気に合わせるといった社会的な振る舞いが保たれていることが多くあります。
リズムと習慣── 身体に刻まれたパターン
長年続けてきた生活リズムや習慣的な行動パターンは、意識的な記憶が失われても維持されることがあります。「朝起きたら顔を洗う」「食後にお茶を飲む」── こうしたルーティンの力は、支援において非常に重要な資源です。
- 昔から続けていた家事や趣味を「体が覚えている」ことがあります。すぐにやめさせず、見守りながら続けてもらいましょう
- 楽しかった記憶は心に残っています。一緒に過ごす時間が穏やかであれば、名前を忘れても「安心する人」として覚えてもらえます
- 毎日のルーティン(朝の洗顔、食後のお茶など)はできるだけ変えずに続けましょう
4つの支援戦略
作業療法士が認知症の方の支援で用いる主な戦略を、4つに整理します。
戦略1: 環境調整── 「脳の外側」に機能を置く
認知症によって脳の内側で処理しきれなくなった機能を、環境の側に移すという発想です。
目で見てわかる工夫
- ラベルを貼る: 引き出しや棚に「下着」「タオル」などのラベルを貼ります
- 色で区別する: トイレのドアを目立つ色にすると、場所がわかりやすくなります
- 写真で示す: 文字が読みにくくなったら、写真やイラストで手順を示しましょう
混乱を減らす工夫
- テレビのつけっぱなしは混乱の原因になることがあります。必要なときだけつけましょう
- 服は2~3着から選ぶようにすると、迷いにくくなります
- 鏡に映った自分に不安を感じる場合は、カーテンで隠す方法もあります
安全を守る工夫
- IHコンロへの切り替えや、夜間の足元灯の設置がおすすめです
- 動線上につまずきやすい物がないか確認しましょう
環境調整は「制限」ではありません。ご本人が自分の力でできることを守るための工夫です。
戦略2: 活動の段階づけ── 「ちょうどいい」を見つける
活動の難易度を本人の現在の能力に合わせて調整することを「段階づけ(グレーディング)」といいます。
「全部やめる」ではなく「形を変えて続ける」
大切なのは、できなくなった部分だけを減らして、できる形で続けることです。
- 料理: 3品作るのが難しくなったら → 味噌汁1品を一緒に作る
- 掃除: 家全体は難しくなったら → リビングだけ拭き掃除をお願いする
- 買い物: 一人で行くのが不安なら → 一緒に行って「どれがいい?」と選んでもらう
- 庭仕事: 広い庭の管理が大変なら → プランター1つの水やりを日課にする
「やめさせる」のではなく「一緒にやる形に変える」と考えてみてください。
戦略3: 外的手がかりの設計── 「思い出す」を助ける
記憶の代わりとなる外的手がかりを設計します。
「言葉で伝える」以外の方法を試す
「何度言っても忘れてしまう」と感じることはありませんか? それは、言葉(記憶)に頼った伝え方だからかもしれません。
記憶の代わりに、「目の前に見える情報」で伝える工夫をしてみましょう。
- 貼り紙: 「トイレはこちら→」など、大きな字で貼っておく
- 写真: 手順を写真で示す(文字が読みにくくなった場合に特に有効)
- 定位置を決める: 鍵や財布など、よく使うものは必ず同じ場所に置く
- カレンダー: 大きなカレンダーに今日の日付を丸で囲む
「言ってもわからない」のではなく、「伝え方を変える」と考えてみてください。
戦略4: タイミングの工夫── 「いつ」が成果を左右する
認知症の方の認知機能は一日の中で変動します。この変動を味方につけます。
- 午前中に重要な活動を配置: 多くの認知症の方は午前中のほうが認知機能が安定しています
- 夕暮れ症候群への対応: 夕方に不穏になりやすい場合は、その時間帯に安心できる活動(好きな音楽、温かい飲み物)を用意する
- 食事直後を避ける: 食後は眠気が生じやすく、認知機能が一時的に低下しやすい
- レビー小体型認知症の場合: 認知機能の変動パターンを記録し、「調子のいい時間帯」を特定して活用する
- 大事な用事は午前中に: 通院や入浴など、集中が必要なことは午前中がおすすめです
- 夕方に落ち着かなくなったら: 好きな音楽をかけたり、温かいお茶を出したりして、安心できる環境を整えましょう
- 食後すぐの活動は避ける: 食後30分~1時間はゆっくり過ごす時間にしましょう
タイプ別── 家族ができる支援の工夫
認知症にはいくつかのタイプがあり、それぞれ得意・不得意が異なります。ここでは、家族がすぐに試せる工夫をタイプ別にご紹介します。
アルツハイマー型認知症の方への工夫
最近のことは忘れやすくなりますが、体で覚えたこと(料理の手順、掃除の仕方など)は長く残ります。
- 昔から続けていた家事を簡単な形で続けてもらう(3品の料理→味噌汁1品を一緒に)
- 手順を写真カードにして台所に貼っておく
- 「お母さんの味噌汁が一番おいしい」と伝え続けることが大きな支えになります
レビー小体型認知症の方への工夫
日によって調子の波が大きいのが特徴です。「見えないものが見える」(幻視)こともあります。
- 調子のいい時間帯を見つけて、大事な用事はその時間に合わせましょう
- 幻視があっても否定しないでください。部屋を明るくすると軽減することがあります
- 動作がゆっくりになるので、急かさず待つことが大切です
前頭側頭型認知症の方への工夫
感情のコントロールが難しくなったり、決まった行動を繰り返す(常同行動)ことがあります。
- 毎日のルーティンを崩さず活用する(毎朝の散歩、同じ時間の食事など)
- 人が多い場所でトラブルが起きやすい場合は、空いている時間帯を選びましょう
- 困った行動は「わざと」ではなく、脳の病気による変化です。ご自身を責めないでください
血管性認知症の方への工夫
「できること」と「できないこと」がはっきり分かれる(まだら認知)のが特徴です。
- できることはそのまま任せて、できない部分だけをサポートしましょう
- 突然涙が出る(感情失禁)ことがありますが、本人の気持ちとは関係ない現象です。「大丈夫ですよ」と穏やかに声をかけてください
- 片麻痺がある場合は、自助具(片手で使える道具)を活用しましょう
支援を「続ける」ために── 進行に合わせた調整
認知症の支援は「一度きり」ではない
認知症は進行性の疾患です。今うまくいっている支援も、数か月後には合わなくなることがあります。
定期的に「今の支援がまだ合っているか」を確認しましょう。
- 以前はできていたことが、最近難しくなっていないか
- 貼り紙やカレンダーの工夫がまだ役に立っているか
- ご本人が活動を楽しんでいるか(表情やようすを観察する)
- ご家族自身の負担が増えていないか
段階を下げることは「後退」ではない
認知症が進行し、活動の段階を下げなければならないとき、家族は「また一つできなくなった」と感じるかもしれません。
しかし、段階を下げてでも活動を続けていること自体が、大きな意味を持ちます。
たとえば、味噌汁を一人で作るのが難しくなったら、「具材を切る」だけをお願いする。それも難しくなったら、「味見をする」役割に変える。形は変わっても、「台所で家族のごはんに関わっている」という気持ちは守られます。
最終段階でも「意味のある活動」はある
重度の認知症であっても、作業療法士は「意味のある活動」を見つけます。
- 好きだった音楽を聴く: 言語的なコミュニケーションが困難になっても、音楽への反応は最後まで保たれやすい
- 手を握る、肌に触れる: 触覚を通じた安心感は、認知機能の状態に関わらず伝わる
- 香りを楽しむ: 嗅覚は原始的な感覚であり、懐かしい香りが感情記憶を呼び起こすことがある
- 日光を浴びる、風を感じる: 感覚的な心地よさは、意識レベルが低下しても届く可能性がある
家族への支援── 支援者を支える
家族は「もう一人のクライエント」
認知症の支援において、作業療法士は家族を「支援者」であると同時に「支援の対象」として捉えます。
家族がどれほど献身的であっても、心身が消耗すれば支援の質は低下します。家族が元気でいることが、本人への最良の支援です。
家族自身が楽になるためにできること
- 理由を知る: 「なぜ同じことを何度も聞くのか」がわかると、イライラが少し和らぎます。作業療法士に聞いてみてください
- 対応のコツを教わる: 声のかけ方、拒否されたときの対応など、実際の場面で一緒に練習できます
- 休む時間をつくる: デイサービスやショートステイを活用して、自分が休む時間を確保しましょう
- 先の見通しを聞いておく: 「今後どうなるか」を事前に知っておくと、心の準備ができます
- 自分の気持ちも大切にする: 「こんなはずではなかった」と感じるのは自然なことです。その気持ちを誰かに話すだけでも楽になります
まとめ── 「できること」を一緒に守っていく
認知症になっても、すべてが一度にできなくなるわけではありません。体が覚えていること、心が覚えていること、長年の習慣── こうした「残っている力」を活かすことで、ご本人らしい暮らしを続けることができます。
大切なのは、「できなくなったこと」を数えるのではなく、「まだできること」を見つけて、形を変えながら続けていくことです。
一人で抱え込まず、作業療法士をはじめとする専門家の力も借りながら、ご本人もご家族も穏やかに過ごせる暮らしを一緒に見つけていきましょう。
- 認知症でも体が覚えていること・心が覚えていることは長く残る
- 「やめさせる」ではなく「形を変えて続ける」工夫を
- 環境調整、貼り紙、定位置の工夫で記憶に頼らない仕組みをつくる
- 大事な活動は午前中に。タイミングの工夫で成功体験を増やす
- 困った行動は「わざと」ではなく脳の病気による変化
- 家族自身が休むことも、ご本人への大切な支援です
- ご本人が昔から続けていたことを1つ思い出す: 料理、庭仕事、手芸など、「体が覚えていそうなこと」を簡単な形で一緒にやってみましょう
- 「伝え方」を1つ変えてみる: 言葉で伝えて忘れてしまうことがあれば、貼り紙・写真・実物など「目で見てわかる方法」を試してみてください
- ご自身の休息時間を確保する: デイサービスやショートステイの利用、家族との分担など、「自分が休む仕組み」を1つ具体的に考えてみましょう
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。