この記事のポイント
- 遂行機能とは「計画を立て、実行し、修正し、評価する」脳の機能です。障害されると段取りが立てられなくなります
- チェックリスト・手順書・アラームなどの「外的キュー」で、遂行機能を補うことができます
- 家族は「代わりにやる」のではなく、「仕組みで支える」ことがご本人の自立につながります
「段取りが立てられない」のは怠けではありません
「前はテキパキしていたのに、何をするにも時間がかかるようになった」「料理の手順がわからなくなった」「仕事の優先順位がつけられない」。
これらは遂行機能障害の症状です。遂行機能障害は、脳卒中や頭部外傷、認知症などの後に生じるHBFDの一つで、前頭葉の損傷と関連が深いとされています。
外見上は変化が見えにくいため、周囲からは「怠けている」「やる気がない」と誤解されやすい障害です。OTは、遂行機能障害のある方の暮らしを「仕組み」で支える専門家です。
「前はテキパキしていたのに、何をするにも時間がかかるようになった」「料理の手順がわからなくなった」「約束を守れなくなった」。
こうした変化を見て、「やる気がなくなったのでは」「怠けているのでは」と思ってしまうかもしれません。しかし、これは脳の「段取りをつける機能」の問題であり、本人の意思の問題ではありません。
遂行機能障害と呼ばれるこの症状について、理解を深めていきましょう。脳卒中後に起こる「見えない障害」の全体像については高次脳機能障害と家族の対応法で詳しく解説しています。
遂行機能とは何か
遂行機能(executive function)とは、目標を達成するために必要な計画・実行・修正・評価の一連のプロセスを司る高次の認知機能です。
計画(Planning)
目標を設定し、それを達成するための手順を考えます。「今日の夕食にカレーをつくる。まず材料を確認して、足りないものを買いに行こう」という思考プロセスです。
実行(Execution)
計画に沿って、順序よく行動に移します。「野菜を切る→肉を炒める→水を加えて煮る→ルーを入れる」という一連の行動です。
修正(Monitoring)
実行中に「うまくいっているか」をモニタリングし、必要に応じて修正します。「煮込み時間が足りなさそうだから、もう少し煮よう」という判断です。
評価(Evaluation)
完了後に結果を振り返り、次に活かします。「野菜が大きすぎたから、次は小さめに切ろう」という学びです。
遂行機能障害では、この4つのプロセスのいずれか、または複数が障害されます。
遂行機能とは、何かをやり遂げるために脳が行っている「段取り」のことです。
- 計画する: 「夕食にカレーをつくろう。材料を確認して、足りないものを買いに行こう」
- 実行する: 「野菜を切る→肉を炒める→水を加えて煮る→ルーを入れる」
- 修正する: 「煮込みが足りなさそうだから、もう少し煮よう」
- 振り返る: 「野菜が大きすぎたから、次は小さく切ろう」
私たちは普段、こうした段取りを無意識に行っています。遂行機能障害では、この「段取り」がうまくできなくなるのです。
遂行機能障害の現れ方 ── 日常生活での困りごと
遂行機能障害は、日常生活のさまざまな場面で困難を引き起こします。
料理ができなくなる
以前は複数品を手際よく調理できた方が、1品の料理でも手順がわからなくなるケースがあります。何から始めればよいかわからない、手順の順序を間違える、火加減の調節ができないなどの症状が見られます。
服薬管理ができない
「朝食後に薬を飲む」という計画を立てることはできても、実際に朝食後に薬を手に取るという行動への移行ができなかったり、飲んだかどうかの確認(モニタリング)ができなかったりします。
約束が守れない
約束の時間に間に合うように逆算して準備する(計画)、準備を進める(実行)、時間を確認しながら調整する(修正)という一連のプロセスが障害されるため、時間通りに行動できなくなります。
仕事の優先順位がつけられない
複数のタスクがあるとき、どれを先にやるべきかの判断(計画)が難しくなります。結果として、すべてのタスクに手をつけては中途半端に終わるか、まったく手をつけられないかのどちらかになりがちです。
予想外の事態に対処できない
計画通りに進まない場合の修正(柔軟な対応)が困難になります。予定変更に対する混乱やパニックが見られることもあります。
遂行機能障害があると、日常のさまざまな場面で困りごとが生じます。
- 料理ができなくなる: 何から始めればよいかわからない、手順を間違える、火加減が調節できない
- 薬の管理ができない: 飲むべきタイミングで飲めない、飲んだかどうか覚えていない
- 約束が守れない: 時間に間に合うように準備することが難しい
- 優先順位がつけられない: 何を先にやるべきかの判断ができない
- 予定変更に対応できない: 計画通りにいかないと混乱してしまう
「前はできていたのに」という思い
ご家族もご本人も、「前はできていたのに」というつらさを感じていると思います。遂行機能障害は脳の損傷による症状であり、ご本人も「なぜできないのか」がわからず苦しんでいることが多いです。
なお、段取り以前に動作の「やり方」そのものがわからなくなっている場合は、失行症という別の症状が関係していることもあります。
OTのアプローチ ── 外的キューで遂行機能を補う
遂行機能障害へのOTのアプローチは、外的キュー(外部からの手がかり)を用いて、障害された遂行機能を補うことが中心になります。
チェックリスト
日常の作業手順をチェックリストにまとめ、一つ終わるごとにチェックを入れます。
- 朝の準備チェックリスト: 起床→洗面→着替え→服薬→朝食→歯磨き
- 外出前チェックリスト: 財布→鍵→携帯→ハンカチ→窓閉め→火の確認
- 調理チェックリスト: レシピの各工程を1ステップずつ記載
チェックリストは「計画」と「モニタリング」の両方を代償します。一度作成すれば繰り返し使えるため、コストパフォーマンスの高い代償手段です。
手順書(マニュアル)
チェックリストよりも詳細に、作業の手順を写真付きで記載したものです。洗濯機の使い方、電子レンジの操作方法、ゴミの分別方法など、手順が複雑な作業に有効です。
ラミネート加工して作業場所に掲示しておくと、水濡れにも強く長期間使用できます。
外的キューとしてのアラーム・タイマー
- 服薬時間のアラーム
- 外出時間の30分前アラーム
- 調理中のタイマー(煮込み時間など)
アラームは「実行への移行」を促す強力な外的キューです。スマートフォンの繰り返しアラーム機能を活用すると、毎日のルーティンに組み込みやすくなります。
目標管理訓練(GMT)
より構造化されたアプローチとして、GMTがあります。「止まる(STOP)→定義する(DEFINE)→リストアップ(LIST)→学ぶ(LEARN)→チェック(CHECK)」の5段階で自己モニタリングを促す訓練法です。日常の作業場面で繰り返し練習することで、自己修正能力の向上を目指します。
OT(作業療法士)は、「外部からの手がかり」を使って段取りの力を補う方法を提案します。
チェックリストを使う
毎日の行動をチェックリストにして、一つ終わるごとにチェックを入れます。
- 朝の準備: 起床→洗面→着替え→薬→朝食→歯磨き
- 外出前: 財布→鍵→携帯→ハンカチ→窓閉め→火の確認
チェックリストがあれば、「次に何をすればよいか」を自分で確認できます。
手順書(マニュアル)を作る
手順が複雑な作業は、写真付きの手順書を作って作業場所に貼っておくと効果的です。洗濯機の使い方、ゴミの分別方法などがおすすめです。ラミネート加工すると水に強く、長持ちします。
アラーム・タイマーを活用する
- 薬の時間にアラームを設定する
- 外出の30分前にアラームを鳴らす
- 調理中のタイマーで煮込み時間を管理する
スマホの繰り返しアラーム機能を使えば、毎日のルーティンに組み込めます。
チェックリストは「ご本人と一緒に」作るのがポイントです。ご家族が一方的に作ると、ご本人が「管理されている」と感じてしまうことがあります。「朝の準備、何からやってる?」と聞きながら、一緒に順番を決めていきましょう。
家族の関わり方 ── 「代行」ではなく「仕組み」で支える
遂行機能障害のある方の家族がやりがちなのが、「代わりにやってあげる」ことです。本人ができないことを家族が代行するのは、短期的には生活を円滑にしますが、長期的にはご本人の自立を妨げるリスクがあります。
代行と仕組みの違い
| 場面 | 代行(避けたい) | 仕組みで支える(目指したい) |
|---|---|---|
| 服薬 | 家族が毎回薬を渡す | 1週間分のお薬カレンダーにセットし、アラームで知らせる |
| 調理 | 家族がすべて調理する | 写真付き手順書を見ながらご本人が調理する |
| 外出準備 | 家族が持ち物を準備する | 外出前チェックリストでご本人が確認する |
| 予定管理 | 家族が毎回声をかける | 壁掛けカレンダーとアラームで管理する |
「見守り」のポジション
家族の理想的なポジションは「見守り」です。ご本人が自分でできることは自分でやってもらい、つまずいたときだけサポートする。完全に手を離すのではなく、「困ったら声をかけてね」という距離感を保ちます。
失敗を責めない
チェックリストを使っても手順を間違えることはあります。そのとき「チェックリストがあるのに何でできないの」と責めてしまうと、ご本人はチェックリスト自体を使わなくなってしまいます。失敗を責めるのではなく、仕組みを改善する方向で考えましょう。
遂行機能障害のある方を支えるとき、つい「代わりにやってあげよう」と思ってしまいます。しかし、大切なのは「代行」ではなく「仕組みで支える」ことです。
「代行」と「仕組み」の違い
- 薬: 毎回薬を渡す(代行)→ お薬カレンダーにセットしてアラームで知らせる(仕組み)
- 料理: 家族が全部作る(代行)→ 手順書を見ながらご本人が作る(仕組み)
- 外出準備: 持ち物を準備してあげる(代行)→ チェックリストでご本人が確認する(仕組み)
「仕組み」があれば、ご本人が自分の力でできるようになります。それがご本人の自信にもつながります。
「見守り」の距離感
完全に手を離すのではなく、「困ったら声をかけてね」という距離感を保ちましょう。ご本人が自分でやろうとしているときは、口を出したくなっても少し待ってみてください。
失敗を責めない
チェックリストを使っても間違えることはあります。「チェックリストがあるのになんでできないの」と言ってしまうと、ご本人はチェックリスト自体を使わなくなってしまいます。失敗を責めるのではなく、仕組みを一緒に改善していきましょう。
「全部やってあげる」の落とし穴
すべてを代行すると、ご本人の「自分でやる力」がさらに低下してしまうことがあります。時間がかかっても、仕組みを使ってご本人が自分でやる経験を積むことが大切です。ただし、安全に関わること(火の管理など)は、無理せず家族がサポートしてください。
1週間分の薬を曜日ごとにセットできる「お薬カレンダー」は、遂行機能障害のある方の服薬管理にとても有効です。薬局や100円ショップで手に入ります。日曜日に1週間分をセットし、毎食後にアラームで服薬を促す仕組みにすると、家族が毎回声をかけなくても管理できるようになります。
生活全体を見直す視点
遂行機能障害への対応は、個々の作業への対策だけでなく、生活全体を構造化する視点が重要です。
1日のスケジュールを固定する
毎日のスケジュールをできるだけ固定することで、「次に何をすべきか」の判断負担を減らします。起床時間・食事時間・服薬時間・入浴時間などを一定にし、壁掛けのスケジュール表に記載しておきます。
週間スケジュールで予定を可視化する
通院、買い物、ゴミ出しなどの週間予定を、一覧で見える形にしておきます。ホワイトボードや壁掛けカレンダーが有効です。
環境の統一感
ものの配置や収納のルールを統一し、「何がどこにあるか」を覚えなくても見つけられる環境をつくります。ラベリングや定位置管理は、記憶障害の代償と共通する手法です。
個々の作業だけでなく、生活全体のリズムを整えることも大切です。
- 1日のスケジュールを固定する: 起床・食事・服薬・入浴の時間をできるだけ一定にする
- 週間スケジュールを見える化する: 通院、買い物、ゴミ出しなどの予定をホワイトボードやカレンダーに書く
- ものの場所を決める: 「何がどこにあるか」がわかるように、定位置とラベルで整理する
毎日の流れが決まっていると、「次に何をすればよいか」を考える負担が減り、ご本人も安心して過ごせます。
作業療法士に相談してみませんか
OTは遂行機能障害のある方の暮らしを、以下の視点から総合的に支援します。
- 遂行機能の評価: 計画・実行・修正・評価のどのプロセスに困難があるかを詳しく評価する
- 外的キューの設計: チェックリスト、手順書、アラームなど、ご本人の生活に合った代償手段を設計する
- 活動の段階づけ: 簡単な作業から始め、段階的に難易度を上げていく
- 環境調整: 自宅の環境を「段取りがなくても暮らせる」ように構造化する
- 家族への助言: 「代行」から「仕組みで支える」への転換を支援する
遂行機能障害は外見からはわかりにくいため、周囲の理解が不可欠です。OTはご本人だけでなく、ご家族の悩みにも寄り添います。
OTは遂行機能障害のある方の暮らしを総合的にサポートできます。
- ご本人に合ったチェックリストや手順書を一緒に作成します
- ご自宅の環境を「段取りがなくても暮らせる」ように整えるお手伝いをします
- ご家族の関わり方のコツについて、具体的にアドバイスします
「段取りが立てられない」ことで困っていたら、お近くのリハビリテーション施設や地域包括支援センターに相談してみてください。作業療法士がどのような専門職なのかは作業療法とはで紹介しています。
遂行機能障害は、日常生活の「段取り」に広く影響を及ぼします。しかし、チェックリストや手順書などの外的キューを活用し、生活全体を構造化することで、ご本人の自立度を大きく改善できます。家族が「代わりにやる」のではなく、「仕組みで支える」こと。それがOTの支援の本質です。
ご家族の方へ ― 大切なポイントのまとめ
- 「段取りが立てられない」のは怠けではなく、脳の遂行機能の問題です。ご本人も困っています
- チェックリスト・手順書・アラームなどの「仕組み」で、段取りの力を補うことができます
- 家族は「代わりにやる」のではなく、「仕組みで支える」ことを意識しましょう
- 失敗を責めるのではなく、仕組みを一緒に改善する姿勢が大切です
- 1日のスケジュールを固定し、生活全体のリズムを整えると安心して過ごせます
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
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