この記事のポイント
- 作業療法士の評価は「検査室」と「生活場面」の二本柱で成り立っています
- 神経心理学的検査は「脳のどの機能が、どの程度低下しているか」を数値で捉えます
- 生活場面の観察は「その低下が、実際の暮らしでどう困るか」を具体的に捉えます
- 検査の点数が同じでも、生活での困り方は一人ひとり異なります── だからこそ両方が必要です
- 本記事は「目に見えないものを支援する」シリーズ第2回です
はじめに── 「検査では問題なし」と言われたけれど
「検査では大きな問題はありません」── 退院前にそう説明されたのに、家に帰ったら以前のように生活できない。
こうした経験をされたご家族は少なくありません。
前回の記事では、高次脳機能障害のメカニズムを脳科学の視点から解説しました。今回は、作業療法士がその「見えない障害」をどうやって捉え、どう評価しているのかをお伝えします。
作業療法士(OT)は、大きく2つの方法で評価を行います。
- 検査室でのテスト── 脳の働きを数値で調べます
- 生活場面の観察── 実際の暮らしの中で「困りごと」を見つけます
この2つを組み合わせることで、はじめて全体像がわかります。
第1の柱── 神経心理学的検査
検査で何がわかるのか
検査では、注意力・記憶力・段取りをつける力などを数値で測ります。同じ年代の方と比べてどの程度なのかがわかるので、「なんとなく記憶が悪い」ではなく、どの力がどのくらい低下しているかがはっきりします。
主な検査とその見方
作業療法士がよく用いる代表的な検査を、ご家族にもわかりやすくご紹介します。
注意の検査
CAT(標準注意検査法)注意力を7つの側面から詳しく調べる検査です。
| 下位検査 | 調べる内容 | 生活場面での意味 |
|---|---|---|
| Span | 一度に保持できる情報量 | 電話番号を聞いてメモするとき |
| 抹消検査 | 多くの情報から目的のものを見つける力 | スーパーで目的の商品を棚から探すとき |
| SDMT | 素早く情報を処理する力 | 会話のテンポについていくとき |
| Memory Updating | 情報を更新しながら保持する力 | 料理で複数の手順を並行するとき |
| PASAT | 持続的に注意を保つ力 | 長時間の会議や授業に集中するとき |
| CPT | 不要な反応を抑える力 | 衝動的な発言を控えるとき |
| Position Stroop | 干渉情報を無視する力 | 騒がしい場所で特定の人の話を聞くとき |
数字を順番に線で結んだり、数字とひらがなを交互に結んだりする検査です。この検査でわかるのは、頭の切り替えのスムーズさです。時間がかかる場合、ひとつのことから別のことへ切り替えるのが難しくなっている可能性があります。
記憶の検査
WMS-R(ウェクスラー記憶検査改訂版)記憶力を多角的に調べる検査です。「言語性記憶」と「視覚性記憶」、「即時記憶」と「遅延記憶」を分けて測定できます。
| 指標 | 内容 | 低下すると |
|---|---|---|
| 言語性記憶 | 話を聞いて覚える力 | 口頭での指示を忘れやすくなる |
| 視覚性記憶 | 見たものを覚える力 | 道順や人の顔を覚えにくくなる |
| 注意/集中力 | 情報を一時的に保持する力 | メモを取る前に内容を忘れてしまう |
| 遅延再生 | 時間が経っても覚えている力 | 朝の約束を午後には忘れている |
ご家族へのヒント: たとえば「耳で聞いて覚える力は保たれているけれど、目で見て覚える力が下がっている」とわかれば、メモを見せるより口で伝えたほうが伝わりやすい──というように、日々の接し方の手がかりになります。
RBMT(リバーミード行動記憶検査)「約束を覚えておく」「道順を覚える」「人の名前と顔を結びつける」など、日常生活に直結した記憶課題で構成されています。検査室での成績が実際の生活上の記憶の困りごととどう関連するかが見えやすい検査です。
遂行機能の検査
BADS(バッズ)「動物園を効率よく回るルートを考える」「時間内に複数のことを計画的にこなす」など、日常生活に近い課題で段取りをつける力を調べます。
この検査で得点が低い場合、「買い物の段取りが立てられない」「旅行の計画が難しい」といった困りごとにつながる可能性があります。
視空間認知の検査
BIT(行動性無視検査)半側空間無視(片側の空間に気づきにくくなる症状)を調べる検査です。線を半分に分ける課題や、絵を写す課題などがあります。
簡単な課題では見つからなくても、生活に近い課題で初めて見落としがわかることがあります。
検査の限界── 数字だけでは見えないもの
神経心理学的検査は非常に有用なツールですが、限界もあります。
1. 検査室と生活は違う検査は静かな部屋で、一対一で、集中できる環境で行われます。しかし実際の生活は、テレビの音、子どもの声、急な来客── 常に予期しない刺激にあふれています。検査室では注意の問題が見えなくても、情報が多い実生活では困難が顕在化することがあります。
2. 「できる」と「している」は違う検査で「できる」と判定されても、日常生活で「実際にしているか」は別の問題です。検査場面では検査者の声かけや構造化された手順がありますが、自宅では自分で開始し、自分で管理しなければなりません。
3. 意欲や感情の影響検査の点数には、その日の体調、意欲、疲労度、不安の程度が影響します。一回の検査結果だけで「この人の能力はこうだ」と断定することはできません。
だからこそ、作業療法士は検査に加えて「生活場面の観察」を重視します。第2の柱── 生活場面の観察と分析
作業療法士の「観察の目」
作業療法士が食事、着替え、料理、買い物といった実際の活動場面を観察するとき、何を見ているのでしょうか。
ただ「できるかどうか」を見ているのではありません。「どのようにしているか」「どこでつまずくか」「何がきっかけでうまくいくか」── この過程を丁寧に分析しています。
活動分析の視点── 料理を例に
たとえば「味噌汁を作る」という活動を、作業療法士はこのように分析します。
【注意の視点】- 鍋を火にかけたまま別の作業に移ってしまわないか
- 複数の工程(切る・煮る・味付け)を並行して管理できるか
- 調理中に話しかけられたとき、手が止まるか
- 味噌汁に入れる具材を覚えているか
- 調味料の量を覚えているか(レシピを見ずに作れるか)
- 「今、何をしていたか」を途中で見失わないか
- 材料を出す→切る→鍋に入れる→火にかける→味付けする、という手順を自分で組み立てられるか
- 手順を間違えたとき(味噌を先に入れてしまった等)、修正できるか
- 完成のタイミングを他の料理と合わせられるか
- まな板の左側に置いた具材に気づいているか
- コンロの左側の火を確認しているか
一つの活動の中に、これだけ多くの認知機能が関わっています。作業療法士は、どの認知機能のつまずきが、どの工程の困難につながっているかを特定していきます。
「できない理由」を特定する── 同じ失敗でも原因が違う
料理で「味付けがうまくいかない」という同じ結果でも、原因は複数考えられます。
| 原因となる障害 | メカニズム | 対応の方向性 |
|---|---|---|
| 記憶障害 | 調味料の分量を覚えていられない | レシピカードを作成する |
| 注意障害 | 計量スプーンの目盛りを正確に読めない | 色分けした計量スプーンを使う |
| 遂行機能障害 | 味見→調整→再度味見という手順が組めない | チェックリストで手順を外在化する |
| 半側空間無視 | 左側に置いた調味料に気づかない | 調味料を右側にまとめて配置する |
原因が違えば、対応も違います。これが「検査だけ」や「観察だけ」ではなく、両方が必要な理由です。検査で「記憶に問題がある」とわかっていれば、観察でも記憶の影響を重点的に確認できます。観察で「左側の具材を見落とす」ことに気づけば、BIT検査で半側空間無視を詳しく調べることにつながります。
検査と生活をつなぐ── 作業療法士の統合的評価
トップダウンとボトムアップの往復
作業療法士は、2つの方向から評価を組み立てます。
- 「困っていること」から出発する方法: ご家族から「料理で失敗が増えた」と聞いて、関係しそうな検査や観察を行います
- 「検査の結果」から出発する方法: 注意力や記憶力の検査をして、生活でどんな場面で困りそうかを予測します
実際にはこの2つを行ったり来たりしながら、全体像を明らかにしていきます。
面接── 本人と家族の「語り」を聴く
評価の出発点は、検査でも観察でもなく、本人と家族の話を丁寧に聴くことです。
作業療法士は、ご本人にもご家族にも「最近困っていること」「以前と変わったこと」などを詳しく聞きます。
特に大切なのは、「うまくいく場面はどんなときですか?」という質問です。「できないこと」だけでなく「できる条件」がわかると、支援の方向性が見えてきます。
COPM── 本人の優先順位を知る
COPMは、ご本人が「大事だと思っている活動」を聞き取り、どのくらいできているか・どのくらい満足しているかを確認する方法です。
リハビリのゴールは「検査の点数を上げること」ではなく、ご本人が大切にしていることを、できるだけ自分らしくできるようにすることです。
評価から支援へ── 情報はどう活かされるのか
評価結果の統合
作業療法士は、収集した情報を統合して以下を明らかにします。
| 評価で明らかにすること | 具体例 |
|---|---|
| どの認知機能に、どの程度の問題があるか | 注意の持続力が同年代の下位5%、記憶は年齢相応 |
| その問題が、どの活動にどう影響しているか | 注意持続力の低下が、長時間の調理での失敗につながっている |
| うまくいく条件は何か | 短い工程に区切れば、一つひとつは正確にできる |
| 本人が優先する活動は何か | 家族に夕食を作ることが最も大切 |
| 環境要因(促進因子と阻害因子) | キッチンが広く動線は良い(促進)、テレビの音が常にある(阻害) |
家族への説明── 「翻訳」の技術
評価結果を家族にお伝えするとき、作業療法士は専門用語を日常の言葉に「翻訳」します。
| 専門的な表現 | 家族に伝える表現 |
|---|---|
| 注意の選択性が低下している | 騒がしい場所だと、話に集中しにくくなっています |
| 展望記憶が障害されている | 「明日の予定を覚えておく」タイプの記憶が苦手になっています |
| 遂行機能の発動性が低下している | 自分から「次にこれをしよう」と動き出すことが難しくなっています |
| メタ認知の障害がある | ご本人は困っていないと感じていますが、実際にはサポートが必要な場面があります |
この「翻訳」が、家族の理解と適切な対応につながります。「なぜそうなるのか」が腑に落ちると、家族の対応にも余裕が生まれます。
評価は一回で終わりではない
高次脳機能障害の評価は、入院中に一回行って終わりではありません。
- 回復に伴う再評価: 機能が改善すれば、支援の内容も変わります
- 環境変化に伴う再評価: 退院後、職場復帰後など、環境が変わるたびに困りごとも変わります
- 生活期の定期的な評価: 代償手段が定着しているか、新たな困りごとが生じていないかを確認します
家族の方へ: 「以前は問題なかったのに、最近また困ることが増えた」と感じたら、担当の作業療法士に相談してください。環境の変化や活動内容の変化に伴って、新たな評価と支援の調整が必要になることがあります。
評価における家族の役割
家族は「情報の宝庫」
作業療法士にとって、家族からの情報は極めて重要です。
本人が検査室で見せる姿と、自宅で見せる姿は違います。本人が「困っていない」と答えても、家族は日々の変化に気づいています。
以下のような情報は、評価の精度を大きく高めます。
- 受傷前の様子: 「以前はどんな性格でしたか?」「趣味は何でしたか?」
- 具体的なエピソード: 「先週、こんなことがありました」
- 時間帯による変化: 「午前中は調子がいいけれど、夕方は疲れて怒りっぽくなります」
- うまくいった場面: 「声をかければスムーズにできます」「一人だと止まってしまいます」
家族自身の困りごとも伝えてほしい
評価の対象は本人だけではありません。家族がどのような場面で困っているか、どのくらい負担を感じているかも、支援計画を立てる上で重要な情報です。
「一番つらいのは、同じことを何度も聞かれることです」── この一言が、記憶の代償手段の導入を優先するきっかけになることがあります。
作業療法士の評価が目指すもの
作業療法士の評価は、検査の点数をつけることがゴールではありません。「なぜ困っているのか」「どうすれば暮らしやすくなるか」を明らかにするためのものです。
ご家族が日々感じている「以前と違う」「こんなことがあった」という情報は、評価の大きな手がかりになります。気になることがあれば、遠慮なく作業療法士に伝えてください。
「何が起きているのか」がわかると、対応にも気持ちにも余裕が生まれます。
- 具体的なエピソードを教えてください。「先週こんなことがあった」という話が、評価の精度を大きく高めます
- うまくいく場面も伝えてください。「声をかけるとできる」「午前中は調子がいい」── こうした情報が支援の手がかりになります
- ご家族自身が困っていることも遠慮なく話してください。ご家族の負担を減らすことも、支援計画の大切な要素です
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。