この記事のポイント
- 高次脳機能障害は「脳のネットワークの断線」として理解が進んでいます── 損傷部位だけでなく、脳全体のつながりが関係します
- 注意・記憶・遂行機能・社会的行動・半側空間無視・失行・失認など、症状は多岐にわたります
- 脳には「神経可塑性」という回復力があり、適切なリハビリテーションで機能が改善する可能性があります
- 回復の道筋には個人差がありますが、受傷後数年経っても変化は起こり得ます
- 本記事は「目に見えないものを支援する」シリーズ第1回です
はじめに── 「見えない障害」を理解するために
「目に見えないものを支援する」── この連載では、作業療法士が扱う「見えない対象」に焦点を当てています。
その中でも、高次脳機能障害は「見えない障害」の代表格です。手足の麻痺は外から見えますが、注意力の低下や記憶の障害、感情コントロールの困難さは、外見からはまったくわかりません。
家族向けの対応ガイドや暮らしの中での工夫は別の記事で詳しくお伝えしています。この記事では一歩踏み込んで、「脳の中で何が起きているのか」を最新の知見をもとに解説します。
メカニズムを理解することで、「なぜそうなるのか」がわかり、対応への納得感が生まれます。「なぜ怒りっぽくなったのか」「なぜ段取りができないのか」── その理由を知ることは、本人にとっても家族にとっても、大きな支えになります。
高次脳機能障害は、外見からはわかりにくい「見えない障害」です。手足の麻痺と違って、記憶の問題や感情のコントロールの難しさは、周囲からはなかなか気づけません。
「なぜ怒りっぽくなったの?」「なぜ段取りができないの?」── その理由を知ることが、支え方を考える第一歩になります。
この記事では、脳の中で何が起きているのかをわかりやすくお伝えします。家族向けの対応ガイドや暮らしの工夫もあわせてご覧ください。
脳はネットワークで働いている
「部位」から「ネットワーク」へ── 脳科学の転換
かつて、脳の機能は特定の部位に紐づいていると考えられていました。「記憶は海馬」「言語はブローカ野」というように、一つの機能が一つの場所に対応しているイメージです。
しかし、近年のfMRI(機能的磁気共鳴画像法)やDTI(拡散テンソル画像法)といった脳画像技術の進歩により、脳は複数の領域がネットワークとして連携して機能していることが明らかになっています。
たとえば「注意を集中する」という一見単純な行為でも、前頭葉・頭頂葉・視床など複数の領域が同時に活動し、それらを結ぶ神経線維(白質)が情報を伝達しています。
以前は「記憶は脳のここ」「言葉はここ」というように、脳の機能は特定の場所だけで働いていると考えられていました。
しかし最新の研究で、脳は複数の場所がネットワークのように連携して働いていることがわかっています。たとえば「集中する」という動作一つとっても、脳のいろいろな場所が同時に協力し合っています。
「配線の断線」というイメージ
高次脳機能障害を理解するとき、「脳内ネットワークの配線が部分的に断線した状態」というイメージが役立ちます。
脳卒中や外傷で脳が損傷を受けると、その部位自体の機能が失われるだけでなく、その部位を経由していた情報伝達ルートが途絶えます。結果として、損傷部位から離れた領域の機能にまで影響が及ぶことがあります。
これを「ディアスキシス(遠隔機能抑制)」といいます。一か所の損傷が、脳全体の働きに波及する現象です。
| 従来の理解 | 現在の理解 |
|---|---|
| 損傷した部位の機能だけが低下する | ネットワーク全体に影響が及ぶ |
| 回復は損傷部位の修復に依存する | 別のルートで代償できる可能性がある |
| 損傷が大きいほど回復しにくい | 残存ネットワークの活用度が回復を左右する |
この理解の転換は、リハビリテーションのアプローチにも大きな影響を与えています。
高次脳機能障害は、「脳の中の配線が部分的に切れた状態」とイメージするとわかりやすいです。
脳卒中やけがで脳の一部が傷つくと、その場所の機能だけでなく、そこを通っていた情報の通り道も途切れます。そのため、傷ついた場所から離れた部分にまで影響が出ることがあります。
ポイントは、傷ついていない部分を使って「別のルート」で補える可能性があるということです。これがリハビリテーションの大切な考え方につながっています。
主な高次脳機能障害── 脳の中で何が起きているのか
注意障害── フィルターの故障
私たちの脳は、膨大な感覚情報の中から必要なものだけを選び取る「フィルター」の働きを持っています。
このフィルターを担っているのが、前頭葉と頭頂葉を中心とした「注意ネットワーク」です。注意ネットワークには主に3つの機能があります。
- 覚醒(アラートネス): 刺激に反応する準備状態を維持する
- 定位(オリエンティング): 特定の対象に注意を向ける
- 実行制御(エグゼクティブコントロール): 不要な情報を抑制し、必要な情報に集中する
脳損傷によりこのネットワークが障害されると、「必要な情報を選べない」「注意を維持できない」「複数の情報を同時に処理できない」という症状が現れます。
家族の方へ: テレビがついた部屋で会話が成り立たないのは、「聞く気がない」のではなく、テレビの音と会話の声を脳が振り分けられないためです。フィルターが壊れた状態を想像してみてください。
私たちの脳は、たくさんの音や景色の中から必要な情報だけを選び取る「フィルター」の役割を持っています。脳が傷つくと、このフィルターがうまく働かなくなります。
その結果、次のような困りごとが出てきます。
- 集中が続かない: 途中で別のことに気を取られてしまう
- 同時に複数のことができない: テレビを見ながら話を聞くことが難しい
- ぼんやりしやすい: 注意を保つこと自体に大きなエネルギーが必要になる
テレビがついた部屋で会話が成り立たないのは、「聞く気がない」のではありません。脳がテレビの音と会話の声を振り分けられないためです。
記憶障害── 「保存」と「取り出し」の問題
記憶のプロセスは、大きく「符号化(記銘)」「保持(貯蔵)」「想起(検索)」の3段階に分かれます。
海馬を中心とした側頭葉内側の構造は、新しい情報を符号化し、長期記憶として保持する役割を担っています。一方、前頭葉は記憶を効率よく整理し、必要なときに取り出す「検索」の役割を果たしています。
高次脳機能障害による記憶障害の特徴は、昔の記憶は比較的保たれるのに、新しいことが覚えにくいという点です。これは、すでに保持されている長期記憶と、新しい情報の符号化プロセスが異なる脳領域に依存しているためです。
最新の研究では、記憶障害には以下のような細分類があることがわかっています。
- 前向性健忘: 受傷後の新しい出来事を覚えられない(最も一般的)
- 逆向性健忘: 受傷前の出来事を思い出せない(比較的まれ)
- 展望記憶の障害: 「明日の予定を覚えておく」など、未来に関する記憶が困難
- ソースモニタリングの障害: 情報は覚えているが、「どこで聞いたか」「誰が言ったか」がわからない
家族の方へ: 何度も同じ質問をするのは、情報の「保存」か「取り出し」、またはその両方に問題があるためです。本人に悪意はなく、「さっき聞いたでしょ」と言われても本人には本当にその記憶がありません。
記憶には「覚える」「しまう」「思い出す」の3つのステップがあります。脳が傷つくと、このどこかに問題が生じます。
特徴的なのは、昔のことは覚えているのに、新しいことが覚えにくいという点です。これは、古い記憶と新しい記憶を扱う脳の場所が違うためです。
何度も同じ質問をするのは、情報の「保存」か「思い出し」に問題があるからです。本人にはまったく悪気がなく、本当にその記憶がないのです。「さっき聞いたでしょ」と責めるのではなく、そのつど穏やかに答えてあげてください。
遂行機能障害── 脳の「司令塔」の損傷
遂行機能とは、目標を設定し、計画を立て、実行し、結果を評価して修正する一連の能力です。
この機能を主に担っているのは前頭前野── 脳の最前部に位置する領域です。前頭前野は「脳の司令塔」とも呼ばれ、他の脳領域からの情報を統合し、行動を制御する役割を果たしています。
遂行機能障害が起きると、個々の能力(記憶力や計算力)は保たれていても、それらを組み合わせて使うことができなくなります。
具体的には以下のような困難が生じます。
- 発動性の低下: 自分から行動を始められない(「ボーッとしている」と見える)
- 計画障害: 手順を考えて段取りよく進められない
- 柔軟性の低下: 状況が変わっても対応を切り替えられない
- モニタリング障害: 自分の行動の結果を確認し、修正する能力の低下
家族の方へ: 「何もしない」「ボーッとしている」のは怠けではなく、「次に何をすべきか」を自分で判断し、行動を起動する脳の回路に問題があるためです。「次は洗面所に行こう」と声をかけるだけで動き出すなら、まさにこの発動性の問題です。
遂行機能とは、「計画を立てて、順番に実行する力」のことです。脳の前の方にある「司令塔」が担っています。
この司令塔が傷つくと、こんな困りごとが出てきます。
- 自分から動き出せない: 「ボーッとしている」ように見える
- 段取りが立てられない: 料理の手順がわからなくなる
- 切り替えができない: 予定が変わるとパニックになる
「何もしない」のは怠けではありません。「次に何をすればいいか」を判断する脳の回路に問題があるのです。「次はお風呂に行こうか」と声をかけるだけで動き出すことがあります。
社会的行動障害── 感情の「ブレーキ」の問題
社会的行動障害は、感情のコントロール、対人関係、社会的判断に関わる障害です。
前頭葉の腹内側部(眼窩前頭皮質)と扁桃体を中心とした「社会脳ネットワーク」が関係しています。このネットワークは、「この場面ではこう振る舞うべきだ」という社会的判断や、衝動を抑制するブレーキの役割を果たしています。
このネットワークが損傷すると、以下のような症状が現れます。
- 脱抑制: 思ったことをそのまま口にする、衝動的に行動する
- 感情失禁: 些細なことで激しく泣いたり怒ったりする
- 共感性の低下: 他者の気持ちを推測することが難しくなる
- 固執性: 一つのことにこだわり、切り替えができない
近年の研究では、社会的行動障害には「病識の障害(アウェアネスの問題)」が深く関わっていることが明らかになっています。本人が「自分は変わっていない」と感じているのは、自分自身の状態を客観的にモニタリングする前頭葉の機能が障害されているためです。
家族の方へ: 性格が変わったように見えるのは、脳の「ブレーキ」と「自己認識」の回路が損傷しているためです。本人は意図的にそうしているわけではありません。このことを理解するだけでも、家族の心理的負担は軽くなります。
脳には「この場ではこう振る舞うべき」と判断するネットワークと、衝動を抑える「ブレーキ」があります。これが傷つくと、次のような変化が現れます。
- 思ったことをそのまま口にする
- ささいなことで激しく怒ったり泣いたりする
- 相手の気持ちをくみ取ることが難しくなる
- 一つのことにこだわり続ける
「性格が変わった」と感じるかもしれません。でもこれは、脳のブレーキが壊れている状態です。本人はわざとそうしているわけではありません。また、本人が「自分は変わっていない」と言うのも、自分の状態を把握する脳の機能が障害されているためです。
半側空間無視── 世界の半分が「消える」
半側空間無視は、右脳の損傷後に多く見られる障害で、左側の空間に存在するものに注意が向かなくなる症状です。
これは視覚の問題(目が見えない)ではなく、脳が左側の空間を「存在しないもの」として処理してしまう状態です。右頭頂葉を中心とした空間認知ネットワークの損傷が原因です。
左側のお皿に盛られた食事を残す、左側から声をかけても反応しない、移動中に左側の障害物にぶつかる── こうした症状が現れます。
最新の研究では、半側空間無視にはいくつかのタイプがあることが示されています。
- 自己中心性の無視: 自分の体の正中線から左側を無視する
- 対象中心性の無視: 個々の物体の左半分を無視する(お皿の左半分だけ食べ残す)
- 運動性の無視: 左側に向かって手を伸ばす、目を向けるという動作自体が起こりにくい
家族の方へ: 食事の左半分を残すのは、「お腹がいっぱい」だからではなく、脳がその空間を認識していないためです。お皿を回転させて右側に持ってくると食べられることがあります。
半側空間無視は、左側の空間にあるものに気づけなくなる症状です。目は見えているのに、脳がその空間を「ないもの」として処理してしまいます。
たとえば、食事のお皿の左半分を残す、左側から声をかけても反応しない、歩いていて左側のものにぶつかる── こうしたことが起こります。
食事の左半分を残すのは「お腹がいっぱい」だからではありません。お皿を回転させて右側に持ってくると食べられることがあります。
失行── 「やり方がわからなくなる」
失行は、筋力や感覚に問題がないにもかかわらず、慣れた動作が正しくできなくなる障害です。
「歯ブラシを渡されても、どう使うかわからない」「服の着方がわからない」── こうした症状は、左頭頂葉を中心とした運動プログラムのネットワークが損傷されることで起こります。
脳は動作を実行する際、「どのような順序で」「どの程度の力で」「どの方向に」動かすかという運動のプログラムを保持しています。失行では、このプログラムへのアクセスや実行に問題が生じます。
失行は、手足は動くのに慣れた動作のやり方がわからなくなる障害です。歯ブラシを渡されてもどう使うかわからない、服の着方がわからない── こうした症状が現れます。
脳の中にある「動作の手順書」にアクセスできなくなっている状態です。
失認── 「見えているのにわからない」
失認は、感覚器には問題がないのに、対象物を認識できない障害です。目は見えているのに、それが「何であるか」がわからなくなります。
- 視覚失認: 見えているのに、それが何かわからない(触ればわかる場合もある)
- 相貌失認: 顔を見ても誰かわからない(声を聞けばわかる場合もある)
- 聴覚失認: 音は聞こえるが、何の音かわからない
側頭葉や後頭葉の損傷で生じることが多く、知覚情報を意味と結びつけるプロセスに問題が起きています。
失認は、目や耳に問題がないのに、それが「何か」を認識できなくなる障害です。
- 見えているのに、それが何かわからない(触るとわかることもある)
- 顔を見ても誰かわからない(声を聞けばわかることもある)
- 音は聞こえるのに、何の音かわからない
感覚そのものではなく、脳の中で情報と意味を結びつける部分に問題が起きています。
回復の可能性── 神経可塑性という希望
脳は変化し続ける
高次脳機能障害の理解において、最も重要な最新知見の一つが「神経可塑性(ニューロプラスティシティ)」です。
神経可塑性とは、脳が経験や学習によって構造的・機能的に変化する能力のことです。かつて「大人の脳は変化しない」と考えられていましたが、現在では成人の脳にも可塑性があることが科学的に確認されています。
脳損傷後の回復には、主に3つのメカニズムが関わっています。
脳には「神経可塑性」という力があります。これは、脳が経験や学習によって変化し続ける力のことです。
「大人の脳はもう変わらない」と思われがちですが、それは間違いです。大人の脳にも変化する力があることが、科学的に確かめられています。
脳が傷ついた後の回復には、おもに3つの仕組みが関わっています。
回復の3つのメカニズム
損傷周辺の領域が、失われた機能を再び担うようになるプロセスです。受傷後の早期(数週間〜数か月)に最も活発に起こります。浮腫の改善やディアスキシスの解消も含まれます。
2. 機能代償(コンペンセーション)損傷されていない脳領域が、失われた機能を代わりに引き受けるプロセスです。たとえば、言語記憶が障害された場合に視覚的な記憶システムを活用するなど、別のルートで同じ目標を達成します。
3. 環境適応(アダプテーション)脳の変化だけでなく、環境や行動の工夫によって機能的な自立を図るアプローチです。メモやアラーム、チェックリストなどの外的補助手段の活用がこれにあたります。
1. 傷の周りが頑張る: 傷ついた場所の近くが、失われた役割を引き受けるようになります。けがの後の早い時期に最も活発に起こります。
2. 別のルートで補う: 傷ついていない脳の部分が、失われた機能を代わりに担います。たとえば言葉で覚えにくくなったら、絵や写真で覚えるなど、違う方法で同じことを達成します。
3. 環境の工夫で支える: メモやアラーム、チェックリストなど、脳の外側に「助っ人」を置くことで、日常生活をスムーズにする方法です。
回復のタイムライン
回復の経過には個人差が大きいですが、一般的な傾向として以下が知られています。
| 時期 | 回復の特徴 |
|---|---|
| 急性期(〜1か月) | 浮腫の改善、ディアスキシスの解消による急速な回復 |
| 回復期(1〜6か月) | 神経可塑性が最も活発。集中的リハビリの効果が高い |
| 維持期(6か月〜2年) | 回復のペースは緩やかになるが、変化は継続する |
| 生活期(2年以降) | 大きな回復は少ないが、代償戦略の洗練で生活の質は向上し得る |
重要なのは、「6か月で回復が止まる」「2年が限界」という通説は必ずしも正しくないということです。近年の長期追跡研究では、適切な環境と活動への参加があれば、受傷後数年経っても機能的な改善が見られるケースが報告されています。
ただし、回復の速度や程度は、損傷の部位・範囲、年齢、受傷前の脳の状態、リハビリテーションの内容と頻度、社会参加の度合いなど、多くの要因に影響されます。
回復の経過には個人差が大きいですが、おおまかな流れは次の通りです。
| 時期 | 特徴 |
|---|---|
| 最初の1か月 | 脳の腫れが引くなどして、比較的早い回復が見られます |
| 1〜6か月 | 脳の変化する力が最も活発な時期。集中的なリハビリが効果的です |
| 6か月〜2年 | ペースは緩やかになりますが、変化は続きます |
| 2年以降 | 工夫やコツの積み重ねで、生活の質は向上し得ます |
「6か月で回復が止まる」「2年が限界」は必ずしも正しくありません。適切な環境と活動があれば、数年後でも改善が見られるケースが報告されています。「もう良くならない」と決めつけないでください。
最新の研究から── 理解を深める3つのトピック
1. 疲労と高次脳機能障害
高次脳機能障害のある方の多くが「異常な疲労感」を訴えます。これは怠けではなく、「脳疲労(ブレインファティーグ)」と呼ばれる現象です。
損傷を受けた脳は、以前なら自動的にできていた処理を意識的に行う必要があるため、同じ活動でも健常時より多くのエネルギーを消費します。
最新の脳画像研究では、脳損傷後の疲労時に、健常者とは異なるパターンで脳が活動していることが確認されています。効率の良いネットワークが使えないため、代替ルートに頼り、余分なエネルギーが必要になるのです。
家族の方へ: 「すぐ疲れる」「昼寝ばかりしている」のは、脳が以前より多くのエネルギーを使って日常の処理をしているためです。活動と休息のバランスを意識的に設計することが大切です。
「すぐ疲れる」「昼寝ばかりしている」── これは怠けではなく、「脳疲労」と呼ばれる現象です。
傷ついた脳は、以前なら無意識にできていたことを意識的に処理しなければならないため、同じ活動でもずっと多くのエネルギーを使います。いわば、普段の道が通行止めになって遠回りしているような状態です。
活動と休息のバランスを意識的に組み立てることが大切です。
2. メタ認知── 自分の状態を知る力
高次脳機能障害の回復において、近年注目されているのが「メタ認知」── 自分自身の認知機能の状態を客観的に把握する能力です。
「自分の記憶力が落ちていることを知っている」「注意が散りやすいことを自覚している」── このメタ認知が保たれていると、自ら代償手段を活用する動機づけが生まれ、回復が促進されます。
逆に、メタ認知が障害されている(病識がない)場合は、リハビリテーションへの参加意欲が低下し、回復が遅れる傾向があります。
現在のリハビリテーションでは、メタ認知を高めるための介入── フィードバック、ビデオ自己評価、予測─遂行─振り返りの繰り返しなど──が積極的に取り入れられています。
「自分の状態を自分で知る力」のことを「メタ認知」といいます。「記憶力が落ちている」と自覚できていれば、メモを使おうという気持ちが生まれ、回復につながります。
逆に、「自分は変わっていない」と感じている場合は、リハビリへの意欲が湧きにくく、回復が遅れがちです。これも脳の障害の一部であり、本人のせいではありません。
3. 感情と認知の相互作用
従来、高次脳機能障害の「認知面」(注意・記憶・遂行機能)と「感情面」(怒り・抑うつ・不安)は別々の問題として扱われてきました。
しかし最新の研究では、感情と認知は密接に結びついていることが明らかになっています。不安が強いと注意力がさらに低下し、注意力の低下がさらなる失敗と不安を生むという悪循環が起こり得ます。
このことは、リハビリテーションにおいて認知訓練だけでなく、心理的サポートを並行して行うことの重要性を示しています。
注意や記憶の問題と、不安や怒りなどの感情の問題は、別々ではなくお互いに影響し合っています。
不安が強いと集中力がさらに落ち、集中力が落ちるとミスが増えてさらに不安になる── という悪循環が起こりやすいのです。だからこそ、認知のトレーニングだけでなく、心のサポートも大切です。
高次脳機能障害の原因── 脳卒中だけではありません
高次脳機能障害の原因は多岐にわたります。
| 原因 | 特徴 |
|---|---|
| 脳卒中(脳梗塞・脳出血) | 最も多い原因。損傷部位に応じた症状が現れる |
| 外傷性脳損傷 | 交通事故、転倒、スポーツ外傷など。びまん性軸索損傷では広範囲の障害が起こりやすい |
| 脳炎・脳症 | ウイルス性脳炎、自己免疫性脳炎などで、記憶障害が顕著になることがある |
| 低酸素脳症 | 心停止後、溺水、窒息など。広範囲の障害が生じやすい |
| 脳腫瘍 | 腫瘍の位置と大きさに応じた症状。手術後に症状が現れることもある |
外傷性脳損傷は、若年層に多いことが特徴です。「見えない障害」のまま学校や職場に復帰し、理解を得られず苦しむケースが少なくありません。
高次脳機能障害の原因はさまざまです。
- 脳卒中(脳梗塞・脳出血): 最も多い原因です
- 交通事故や転倒による頭のけが: 若い方にも多く見られます
- 脳炎・脳症: 感染症などがきっかけになることがあります
- 低酸素脳症: 心臓が止まった後などに起こることがあります
- 脳腫瘍: 腫瘍そのものや手術の影響で症状が出ることがあります
特に交通事故などの頭のけがは若い方に多く、「見えない障害」のまま学校や職場に戻って、周囲に理解してもらえないケースが少なくありません。
診断と評価── 「見えない障害」をどう捉えるか
高次脳機能障害の診断には、画像検査と神経心理学的検査の組み合わせが用いられます。
画像検査でわかること
- CT・MRI: 脳の損傷部位と範囲を確認する
- fMRI: 課題遂行中の脳活動パターンを可視化する(主に研究段階)
- SPECT・PET: 脳の血流や代謝を調べ、機能低下領域を特定する
ただし、画像検査で「異常なし」でも高次脳機能障害が存在することがあります。特に軽度外傷性脳損傷(mTBI)や、びまん性軸索損傷では、通常のCT・MRIで損傷が映らないことがあります。
神経心理学的検査でわかること
画像だけではわからない「機能の状態」を詳しく調べるのが神経心理学的検査です。
- 注意: TMT(Trail Making Test)、CAT(標準注意検査法)など
- 記憶: WMS-R(ウェクスラー記憶検査)、RBMT(リバーミード行動記憶検査)など
- 遂行機能: BADS(遂行機能障害症候群の行動評価)、WCST(ウィスコンシンカード分類検査)など
- 全般的認知機能: WAIS-IV(ウェクスラー成人知能検査)など
高次脳機能障害の診断には、CTやMRIなどの画像検査と、注意力や記憶力を調べる検査(神経心理学的検査)の両方が使われます。
知っておいていただきたいのは、画像で「異常なし」でも高次脳機能障害が存在することがあるという点です。画像に映らないタイプの脳の傷もあるため、「画像が正常だから大丈夫」とは限りません。
検査では、注意力・記憶力・段取り力・全般的な認知機能などを、それぞれ専門の検査で詳しく調べます。
家族が知っておきたい5つのこと
最後に、脳のメカニズムを踏まえた上で、家族に知っておいていただきたいことをまとめます。
1. 「できない」には必ず脳科学的な理由がある
怠けでも、甘えでも、わざとでもありません。脳のネットワークが損傷されたことで、以前は自動的にできていたことに多大なエネルギーが必要になっています。
2. 回復には時間がかかるが、変化は続く
回復期に最も大きな変化が見られますが、適切な活動と環境のもとでは、長期にわたって改善が続く可能性があります。「もう良くならない」と決めつけないでください。
3. 「日によって違う」は脳疲労のサイン
高次脳機能障害の症状は、疲労、体調、環境によって大きく変動します。「昨日はできたのに今日はできない」は、脳のエネルギー管理の問題です。調子が悪い日は、脳が休息を求めているサインです。
4. 環境を整えることは「甘やかし」ではない
メモやアラーム、チェックリストなどの外的補助手段は、「甘やかし」ではなく、損傷した脳の機能を外部から補う正当な代償手段です。眼鏡をかけることが甘やかしでないのと同じです。
5. 家族も支援の対象です
高次脳機能障害のリハビリテーションにおいて、家族は「支援者」であると同時に「支援の対象」でもあります。家族の心身の健康が保たれていなければ、本人への良質な支援も続きません。困ったときは一人で抱え込まず、専門職に相談してください。
高次脳機能障害は「見えない障害」ですが、脳の中では確かな理由があって症状が起きています。「なぜそうなるのか」を知ることで、ご本人への接し方が変わり、家族の気持ちも少し楽になります。
大切なのは、「もう良くならない」と決めつけないこと、環境の工夫は甘やかしではないこと、そして家族自身も支援を受けてよいということです。困ったときは、作業療法士やかかりつけの専門職に相談してみてください。
- 「静かな環境」を意識する: 大事な話をするときはテレビを消してみてください。注意のフィルターが壊れている方にとって、静かな環境は大きな助けになります
- メモやホワイトボードを活用する: 予定やお願いごとを「見える形」にしておくだけで、記憶の負担がぐっと減ります。これは甘やかしではなく、眼鏡と同じ「補う道具」です
- 「調子が悪い日」を責めない: 昨日できたことが今日できなくても、脳疲労のサインです。「今日は休む日だね」と受け止めてあげてください
次回予告── 作業療法士はどう評価するのか
高次脳機能障害は「見えない障害」です。しかし作業療法士には、この見えないものを「見える」ようにする技術があります。
次回の記事では、作業療法士が高次脳機能障害をどのように評価しているのか── 検査室でのテストだけでなく、実際の生活場面で「困りごと」をどう捉え、どう分析し、支援に結びつけているのかを詳しく解説します。
「目に見えないものを支援する」シリーズ第2回として、作業療法士の「評価の目」をお伝えします。
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
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