この記事のポイント
- ホームレス状態は「作業剥奪」──住居・仕事・人間関係など、意味ある活動のすべてが奪われた状態です
- 作業療法士はADLの回復、社会資源への接続、就労準備を通じて「暮らしの再構築」を支援します
- 英国・豪州など海外ではホームレス支援におけるOTの役割が確立されつつあり、日本での展開が期待されます
「作業」を奪われるということ
ホームレス状態にある方の数は、厚生労働省の2024年の概数調査で約2,800人(確認数)とされています。しかしこの数字は路上で目視確認できた方のみであり、ネットカフェや友人宅を転々とする「見えないホームレス」を含めると、実態はこの数倍にのぼると推定されています。
作業科学では、ホームレス状態を「作業剥奪(Occupational Deprivation)」の典型例として捉えます。作業剥奪とは、外的要因によって意味のある作業への参加が長期間にわたって制限される状態を指します。
ホームレス状態にある方は、以下のすべてを同時に剥奪されています。
- セルフケア: 入浴、清潔の維持、食事の準備、十分な睡眠
- 生産的活動: 就労、教育、家事などの社会的役割
- 余暇活動: 趣味、娯楽、社会的交流
- 休息: 安全な環境での休息と回復
OTは、この「作業剥奪」の状態から一人ひとりの「作業的存在」としての生活を再構築することを支援する専門家です。
ホームレス状態にあるということは、住む場所がないだけではありません。入浴、食事、仕事、趣味、人とのつながり──日常生活のほぼすべてが失われている状態です。
作業療法の世界では、このような状態を「作業剥奪(さぎょうはくだつ)」と呼びます。作業療法士(OT)は、この状態から一つずつ「暮らし」を取り戻すお手伝いをする専門家です。
ホームレスに至る背景を理解する
ホームレス状態に至る背景は複合的であり、単一の原因に帰することはできません。
構造的要因
- 経済的困窮: 失業、低賃金、非正規雇用の不安定さ
- 住宅問題: 保証人がいない、敷金が払えない、高齢者の入居拒否
- 社会的孤立: 家族との関係断絶、支援ネットワークの欠如
個人的要因
- 精神疾患: 統合失調症、うつ病、アルコール依存症など。高所得国の39研究(8,049名)を統合したメタ分析では、アルコール使用障害が約37%、薬物使用障害が約22%と最も多く、統合失調症圏の障害も一般人口より大幅に高い割合でみられました(Gutwinski ら, 2021年)
- 知的障害・発達障害: 未診断のまま社会から脱落しているケース
- 身体疾患: 慢性疾患、外傷後遺症による就労困難
- 依存症: アルコール、ギャンブルなどの依存問題
これらの要因が複雑に絡み合い、「ホームレスになる → 健康状態が悪化する → さらに社会復帰が困難になる」という悪循環が生じます。
ヒント
ホームレス状態は「自己責任」ではありません。構造的な社会問題と個人の脆弱性が重なった結果であり、適切な支援があれば回復可能です。OTは「なぜこの人がこの状態に至ったのか」を作業の視点から理解し、支援計画に反映します。
ホームレス状態になる背景はさまざまです。
- 仕事を失った: リストラや病気で働けなくなった
- 住む場所を失った: 保証人がいない、家賃が払えなくなった
- 家族との関係が断たれた: 頼れる人がいなくなった
- 心の病気や依存症: 統合失調症やアルコール依存症などが未治療のままだった
これらが重なり合って、「一つの不幸が次の不幸を呼ぶ」悪循環に陥ってしまうのです。ホームレス状態は「自己責任」ではなく、適切な支援があれば回復できます。
OTの介入 ── 暮らしの再構築
ホームレス支援におけるOTの介入は、アウトリーチ(出向いていく支援)から始まります。待っていても支援にたどり着けない方々のもとへ、OTが出向いていくことが第一歩です。
第1段階: 信頼関係の構築とニーズの把握
- アウトリーチ活動: 炊き出しや夜間パトロールに参加し、まずは「顔を覚えてもらう」ところから始めます
- 非指示的な関わり: 「何かしましょう」ではなく、「一緒にいる」ことから信頼を築きます
- 作業プロフィールの聴取: ホームレスになる前の生活、仕事、趣味、得意なことを丁寧に聞き取ります
- 健康状態の簡易評価: 未治療の精神疾患、身体疾患の有無を把握します
第2段階: ADLの回復
住居(シェルター、一時保護施設、生活保護によるアパート等)が確保された段階で、基本的なADLの回復を支援します。
- セルフケアの再獲得: 入浴、洗濯、衣類の管理、口腔ケアなどの習慣を取り戻します
- 食事の準備: 栄養バランスを考えた食事の準備方法を指導します
- 生活リズムの確立: 昼夜逆転や不規則な生活パターンを段階的に修正します
- 金銭管理: 生活保護費等の計画的な使い方を練習します
第3段階: 社会資源への接続
- 医療機関への橋渡し: 未治療の精神疾患や身体疾患の治療につなげます
- 障害福祉サービス: 障害者手帳の取得支援、障害福祉サービスの利用手続きを支援します
- 生活保護制度: 福祉事務所との連携を行います
- 地域活動: 地域の居場所、サロン、ボランティア活動への参加を促します
第4段階: 就労準備
- 就労アセスメント: 身体機能、認知機能、対人スキル、作業耐久性を評価します
- 就労準備訓練: 時間管理、身だしなみ、報告・連絡・相談の練習を行います
- 就労移行支援: 就労移行支援事業所との連携、ジョブコーチ支援の調整を行います
- 職場定着支援: 就労後のフォローアップを行い、職場での適応を支援します
OTはホームレス状態にある方の支援を、段階的に行います。
まずは信頼関係から
支援の第一歩は、「この人は信頼できる」と思ってもらうことです。OTは炊き出しや巡回活動に参加して、まずは顔を覚えてもらうところから始めます。
日常生活を取り戻す
住む場所が確保できたら、基本的な生活を立て直していきます。
- 入浴や洗濯の習慣を取り戻す
- 食事の準備を練習する
- 生活リズムを整える
- お金の管理を練習する
必要な支援につなげる
- 病気の治療が必要な場合は医療機関につなげます
- 生活保護や障害福祉サービスの手続きをサポートします
- 地域の居場所やサロンへの参加を促します
働く準備をする
生活が安定してきたら、働くための準備を始めます。時間を守る練習、身だしなみを整えること、人とのコミュニケーションの練習などを行い、就労支援機関と連携して仕事探しをサポートします。
ホームレス状態にある方やそのご家族は、お住まいの地域の福祉事務所や、よりそいホットライン(0120-279-338、24時間無料)に相談できます。
海外の実践例に学ぶ
ホームレス支援におけるOTの実践は、海外ではすでに体系化が進んでいます。
英国の実践
英国では、National Health Service(NHS)のもとで、ホームレス支援チームにOTが配置されています。
- Pathway(ホームレスの健康支援を行うチャリティ団体)と連携したOTプログラム
- Housing First(まず住居を確保し、その後に支援を行うアプローチ)におけるOTの役割
- ホームレスの方の作業的ニーズに焦点を当てた研究の蓄積
豪州の実践
豪州では、Occupational Therapy Australiaがホームレス支援におけるOTの役割を公式に位置づけています。
- アウトリーチ型OTサービスの実践モデルが確立されています
- 先住民(アボリジナル)のホームレス問題に対する文化的に適切な作業療法の実践
- 作業的公正(Occupational Justice)の概念をホームレス支援に適用した実践研究
北米の実践
- 米国ではAOTA(米国作業療法協会)がホームレス支援をOTの新興実践領域として推進しています
- カナダでは作業的公正の理論を基盤としたホームレス支援プログラムが展開されています
海外では、ホームレス支援にOTが積極的に関わっています。
- イギリス: 医療制度の中にホームレス支援チームが組み込まれ、OTが配置されています
- オーストラリア: OTの専門団体がホームレス支援の役割を公式に認めています
- アメリカ・カナダ: OTの新しい活動領域として注目されています
日本でもこうした取り組みが広がることが期待されています。
日本における課題と展望
日本では、ホームレス支援におけるOTの関与はまだ限定的です。しかし、以下の点から今後の発展が期待されます。
現状の課題
- 制度的な位置づけ: ホームレス支援の枠組みの中にOTが明確に位置づけられていません
- 実践の体系化: 散発的な実践はあっても、エビデンスの蓄積と体系化が不十分です
- 人材不足: この領域に関心を持つOTの数が限られています
- アウトリーチの困難: 医療機関や施設の中での支援に慣れたOTにとって、路上でのアウトリーチは新しい挑戦です
展望
- 生活困窮者自立支援法との連携: 2015年施行のこの法律は、ホームレスを含む生活困窮者への包括的な支援を規定しています。OTの専門性を活かせる領域です
- 作業的公正の実践: 作業科学の「作業的公正」の概念は、ホームレス支援のための理論的基盤を提供します
- 多職種連携: 社会福祉士、精神保健福祉士、保健師などとの連携により、OTの専門性を発揮できます
- 当事者参加型の支援: 当事者の声を支援計画に反映する「参加型アプローチ」は、OTのクライアント中心の実践と親和性が高いです
日本では、ホームレス支援にOTが関わる機会はまだ少ないのが現状です。しかし、OTの「日常生活を取り戻す」という専門性は、ホームレス支援にとても役立つものです。
今後は、生活困窮者自立支援法に基づく支援の中でOTが活躍する場面が増えていくことが期待されています。
ホームレス支援におけるOTの役割 ── まとめ
- ホームレス状態は「作業剥奪」の典型例であり、OTの専門的視点からの介入が有効です
- アウトリーチによる信頼関係の構築 → ADL回復 → 社会資源接続 → 就労準備と、段階的な支援を行います
- 英国・豪州では制度としてOTの役割が確立されており、日本でも展開が期待されます
- 作業的公正の概念は、ホームレス支援の理論的基盤として重要です
- 生活困窮者自立支援法との連携が、OTの新たな実践領域を拓く鍵になります
この記事のポイント ── まとめ
- ホームレス状態は住む場所だけでなく、日常生活のほぼすべてが失われた状態です
- OTはまず信頼関係を築き、日常生活の立て直しから段階的に支援します
- 医療機関や福祉サービスなど、必要な支援につなげるお手伝いもします
- 生活が安定したら、働くための準備も段階的にサポートします
- 困ったときは福祉事務所やよりそいホットライン(0120-279-338)に相談できます
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
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