人間作業モデル(MOHO)とは? ― 「やりたい」を科学する作業療法の中核理論
この記事のポイント
- MOHOは、人間の作業行動を「意志」「習慣化」「遂行能力」と「環境」の相互作用から捉えるモデル
- 20種以上の標準化された評価ツールを持ち、作業療法モデルの中で最もエビデンスが蓄積されている
- 精神科、身体障害、高齢者ケア、就労支援など幅広い領域で活用されている
はじめに ― 理論シリーズの第1回
作業療法の理論・モデル・フレームワークとは?では、臨床実践を支える代表的な9つの理論を概観しました。またICFの記事では、WHO が策定した国際的なフレームワークの歴史と構造を掘り下げました。
今回から、作業療法に固有の理論を1記事1理論で詳しく紹介するシリーズを始めます。第1回は、作業療法で最も広く使われているモデルであるMOHO(人間作業モデル)です。
MOHOとは何か
MOHO(Model of Human Occupation)は、人間が日常の中で「作業」に従事するしくみを体系的に説明するモデルです。日本語では「人間作業モデル」と訳されます。
一言で言えば、MOHOは「人はなぜ、その作業をするのか」「どのように日々の生活パターンを形づくるのか」「能力と環境はどう影響し合うのか」を統合的に理解するための枠組みです。
MOHOの歴史 ― メアリー・ライリーからキールホフナーへ
作業行動理論という源流
MOHOのルーツは、アメリカの作業療法士メアリー・ライリー(Mary Reilly)にあります。ライリーは1960年代に「作業行動(Occupational Behavior)」という理論を提唱し、作業療法の焦点を「病気の治療」から「人間の作業行動の理解」へと転換させました。
ライリーの教え子の一人が、ゲイリー・キールホフナー(Gary Kielhofner, 1949–2010)です。
キールホフナーとMOHOの誕生
キールホフナーは南カリフォルニア大学(USC)でライリーのもと修士課程を修了した後、ライリーの作業行動理論を発展させ、一般システム理論を基盤に体系化しました。
1980年、キールホフナーはジャニス・バーク(Janice Burke)とともに、American Journal of Occupational Therapy 誌に4部構成の論文として「Model of Human Occupation」を発表。これがMOHOの出発点です。
その後、理論は版を重ねるごとに精緻化されていきました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1980年 | AJOT誌に4部構成の論文として発表 |
| 1985年 | 第1版の単行書を出版 |
| 1995年 | 第2版 ― 理論の精緻化と評価ツールの充実 |
| 2002年 | 第3版 ― 力動的システム理論への基盤転換 |
| 2008年 | 第4版 ― 現象学的「lived body」概念の導入 |
| 2010年 | キールホフナー死去(61歳) |
| 2017年 | 第5版 ― レネー・テイラーが編者を引き継ぎ刊行 |
キールホフナーの死後
2010年9月、キールホフナーは61歳で亡くなりました。しかし、イリノイ大学シカゴ校(UIC)の同僚であるレネー・テイラー(Renée Taylor)をはじめとする研究チームがMOHOの発展を継承。2017年には第5版が出版され、評価ツールの配布や研修も国際的に継続されています。
MOHOは現在、20か国以上で翻訳・使用されており、作業療法の概念実践モデルとして世界で最も広く研究されているモデルです。
MOHOの理論構造 ― 4つの柱
MOHOは、人間を「開放システム」として捉えます。人の内側にある3つの要素(意志・習慣化・遂行能力)と、外側の環境が常に影響し合いながら、作業行動を生み出すという考え方です。
1. 意志(Volition) ― 「なぜそれをするのか」
「意志」は、作業に対する動機づけのパターンです。「やりたい」「やるべきだ」「楽しい」という感覚はどこから来るのか。MOHOは意志を3つの要素に分解します。
個人的原因帰属(Personal Causation)自分の能力に対する認識と、自分の行動が結果に影響を与えられるという信念です。「自分はこれができる」という自己効力感と、「自分の行動には意味がある」という統制感の2つの側面があります。
脳卒中後に「もう何もできない」と感じている方は、この個人的原因帰属が低下した状態です。
価値(Values)何が重要で意味があるかについての信念です。「家族のために料理を作ることが大切だ」「仕事を通じて社会に貢献したい」。価値は文化的背景に強く影響され、何を「すべき」と感じるかを決定します。
興味(Interests)作業に対する楽しさや満足感です。「園芸をしていると心が落ち着く」「音楽を聴くのが好きだ」。興味は作業への最初の一歩を踏み出す原動力になります。
意志は固定的なものではありません。作業を経験し、その結果を解釈し、次の行動を選択するという循環的なプロセスの中で常に変化しています。
2. 習慣化(Habituation) ― 「どのようなパターンで生活しているか」
「習慣化」は、繰り返しの作業パターンを組織化する内的な傾向です。2つの要素で構成されます。
習慣(Habits)日常生活の中で自動化された行動パターン。朝起きたらまずコーヒーを淹れる、食後に歯を磨く、毎週水曜日に買い物に行く。習慣は時間・場所・状況と結びついており、意識的に考えなくても日常が回るようにしてくれる「生活の骨組み」です。
うつ病で朝起きられなくなった方、入院で生活環境が一変した方は、この習慣が崩れた状態にあります。
内在化された役割(Internalized Roles)「親」「会社員」「学生」「友人」「ボランティア」。社会的な役割を自分の中に取り込んだもの。役割は行動の期待を規定します。「親だから子どもの弁当を作る」「会社員だから朝8時に出勤する」。
退職、離婚、病気による入院など、役割の喪失は生活全体の構造を揺るがします。逆に、新しい役割を見つけることが回復の大きな力になります。
3. 遂行能力(Performance Capacity) ― 「何ができるか、どう感じているか」
「遂行能力」は、作業を行うための能力です。MOHOの特徴的な点は、これを2つの側面から捉えることです。
客観的側面筋力、関節可動域、認知機能、心肺機能など、医学的・科学的に測定できる能力。「握力は何kg」「短期記憶は何点」といったデータです。
主観的体験(Lived Body)第4版から明確に導入された概念で、哲学者メルロ=ポンティの現象学に基づきます。麻痺した手をどう感じているか、痛みのある身体でどう世界を経験しているか。数値では測れない、当事者の身体的体験です。
「握力が回復した」という客観的データと、「この手はもう自分の手じゃないみたいだ」という主観的体験は、同じ人の中に共存しえます。MOHOは両方を見ることの重要性を説いています。
4. 環境(Environment) ― 「どんな文脈で生きているか」
環境は作業に対して機会・資源・要求・制約を提供します。
物理的環境: 住環境、道具、建築構造、自然環境など。段差のない住居は移動を促進し、複雑な動線のキッチンは料理を制約します。
社会的環境: 家族、友人、同僚、組織の文化、制度、法律。支えてくれる家族は回復を促進し、偏見のある職場は復職を阻害します。
ICFの記事で紹介した「環境因子」と同様に、MOHOでも環境は促進的にも抑制的にも作用するものとして位置づけられています。
作業の3つの階層
MOHOは「作業をすること」を3つのレベルで捉えます。
作業スキル(Occupational Skill)作業遂行の中で観察できる具体的な行為。運動スキル(物を持つ、体を動かす)、プロセススキル(手順を考える、道具を選ぶ)、コミュニケーション・交流スキル(意思を伝える、協力する)の3種に分類されます。
作業遂行(Occupational Performance)特定のタスクを行うこと。「朝食を作る」「書類を作成する」「バスに乗る」など、具体的な活動の遂行そのものです。
作業参加(Occupational Participation)最も広い概念。社会文化的な文脈の中で仕事・遊び・日常生活に従事すること。人生における役割や個人的な意味と結びつきます。
さらにMOHOは、時間をかけて肯定的な作業アイデンティティ(自分が何者であり何者になりたいか)を構築し、作業有能性(そのアイデンティティに沿った生活パターンを維持する力)を達成するプロセスを作業適応と呼んでいます。
MOHOの評価ツール ― 20種以上の「見る道具」
MOHOの大きな強みは、理論に基づく標準化された評価ツールが20種以上あることです。代表的なものを紹介します。
MOHOST(MOHOスクリーニングツール)
MOHOの全概念領域を包括的にスクリーニングする観察評価。24項目・4段階評定。短時間で全体像を把握できるため、初回評価やアウトカム測定に適しています。
OPHI-II(作業遂行歴面接)
半構造化面接による評価。作業アイデンティティ、作業有能性、作業環境を評価します。特徴的なのはナラティブスロープ。人生の作業的適応の軌跡をグラフ化し、「いつ、何が転機になったか」を視覚的に捉えます。実施には45~60分程度かかりますが、クライエントの人生物語を深く理解できるツールです。
VQ(意志質問紙)
言語的な自己報告が難しい方(重度の認知症、急性期の精神疾患など)の意志を、セラピストが観察によって評価するツール。14項目。複数の環境で観察することで、「どの環境がこの人の意志を引き出すか」を特定できます。
OSA(作業に関する自己評価)
クライエント自身が各項目について「できているか(有能さ)」と「大切か(重要さ)」を評定する自己記入式ツール。結果がそのまま目標設定に直結するのが大きな特徴。クライエント中心の実践を具体化するツールです。
WRI(労働者役割面接)
就労に関連する心理社会的・環境的要因を評価する半構造化面接。復職を目指す方の意志、習慣化、環境を包括的に評価します。職業リハビリテーションの場面で広く使用されています。
その他の主なツール
- Role Checklist ― 10の役割について過去・現在・未来の有無と重要度を自己評価
- Interest Checklist ― 興味の領域と程度を自己評価
- OQ(作業質問紙) ― 30分単位で1日の活動を記録し、有能感・重要度・楽しさを評定
- SCOPE ― 小児版のMOHOスクリーニング
- PVQ(小児版意志質問紙) ― 言語表現が未発達な子どもの意志を観察評価
現場でどう使う? ― 4つの領域での活用例
精神科領域 ― 「やりたい」を取り戻す
統合失調症の陰性症状(意欲低下、社会的引きこもり)やうつ病による活動性の低下。精神科領域では意志へのアプローチが特に重要になります。
具体的な業務フロー- 評価: MOHOSTで全体像を把握 → VQで複数の環境での意志的行動を観察 → OSAで本人の自己認識を確認
- 目標設定: OSAの結果から、本人が「大切だけどできていない」と感じている項目を一緒に確認。優先課題を協働で決定
- 介入: まず興味のある活動への参加を促し(意志)、次に日課を少しずつ構造化し(習慣化)、最後にスキルの向上を図る。この「意志 → 習慣化 → 遂行能力」の順序がポイント
- 再評価: MOHOST・OSAで変化を測定し、次のステップを計画
身体障害領域 ― 「その人の人生」を見る
脳卒中後のリハビリでは、運動機能の回復だけでなく作業アイデンティティの再構築が鍵になります。
具体的な業務フロー- 評価: MOHOST → OPHI-IIで発症前後の作業生活史を面接。ナラティブスロープで人生の転換点を可視化
- 目標設定: 失われた役割(労働者、家事遂行者など)の中から、本人にとって最も重要な役割の回復を優先
- 介入: 環境調整(自助具の導入、住環境の改善)、新しい動作手順による習慣の再編成、成功体験の積み重ねによる意志への働きかけ
- 再評価: MOHOST・OSAで変化を確認
高齢者ケア ― 言葉にできない「意志」を観る
認知症が進行し言語報告が難しい方にも、MOHOは対応できます。VQ(意志質問紙)の出番です。
具体的な業務フロー- 評価: VQを使い、園芸活動中・音楽活動中・食事場面など複数の環境で観察。どの活動・環境で最も自発的な行動が見られるかを特定
- 目標設定: 残存する意志的行動を基盤に、参加可能な活動を選定
- 介入: なじみの日課の維持(習慣化)、環境の最適化(わかりやすい動線、適切な難易度)、施設内での役割づくり(園芸係、配膳の手伝いなど)
- 再評価: VQ・MOHOSTで変化を追跡
就労支援 ― 「働く」を支える
精神障害のある方の就労移行支援や、けが・病気後の復職支援。ここではWRI(労働者役割面接)が中核ツールになります。
具体的な業務フロー- 評価: WRIで就労に対する意志・習慣化・環境の影響を包括的に把握 → OSAで本人の自己認識を確認 → Role Checklistで「労働者」の役割の変遷を整理
- 目標設定: 就労への不安(意志)、生活リズムの乱れ(習慣化)、職場環境の課題(環境)を特定
- 介入: 段階的な就労体験、労働者役割の内在化支援、職場環境との適合調整
- 再評価: WRI・MOHOSTで変化を確認
MOHOの強みと課題
強み
- 最もエビデンスが蓄積された作業療法モデル。数百本を超える研究論文が発表されている
- 標準化された評価ツールが20種以上。多くがRasch分析による心理測定学的検証を経ている
- 「動機づけ」を正面から扱う。他のモデルが扱いにくい「なぜその作業をするのか」という問いに答える
- 適用範囲が広い。年齢・疾患を問わず、精神科から身体障害、小児から高齢者まで対応
課題
- 理論の複雑さ。概念が多層的で、学習コストが高い。臨床家が完全に使いこなすまでに時間がかかる
- 抽象度の高さ。「何を見るか」は示してくれるが、「具体的にどうするか」の介入技法は別途必要
- 評価に時間がかかる。OPHI-IIは45~60分以上。忙しい臨床現場では時間確保が課題
- 文化的偏り。欧米の個人主義的な価値観を前提としている部分がある。日本やアジアの集団主義的文化での適用には配慮が必要
日本でのMOHO
日本では、山田孝氏(元・首都大学東京)がMOHOの紹介・普及において中心的な役割を果たしました。山田氏はキールホフナーと直接的な交流があり、主要な評価ツール(MOHOST、OPHI-II、OSA、VQ、WRIなど)の日本語版翻訳を主導しています。
キールホフナーの著書も『人間作業モデル ― 理論と応用』として翻訳出版されており、日本の作業療法教育課程ではほぼ必ず教授される主要モデルです。
ただし、臨床現場での体系的な使用はまだ限定的という側面もあります。評価に時間がかかること、日本の診療報酬体系下での時間的制約などが障壁として指摘されています。理論としての認知度は高いものの、「知っている」と「日常的に使っている」の間にはギャップがあるのが現状です。
おわりに ― 「その人」を丸ごと理解するために
MOHOが教えてくれるのは、人の作業行動を「やりたい(意志)」「いつもの流れ(習慣化)」「できること・感じていること(遂行能力)」「取り巻く世界(環境)」の4つの視点から、丸ごと理解するということです。
握力の数値だけでは見えないものがある。日課が崩れた背景には役割の喪失があるかもしれない。「やる気がない」のではなく、意志を引き出す環境がないだけかもしれない。
MOHOは、作業療法士が「その人」を理解するための地図です。
次回の理論シリーズでは、「人」の中核にスピリチュアリティを据えたカナダ作業遂行モデル(CMOP-E)を紹介します。
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本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものです。MOHOの詳細な理論や評価ツールの使用については、専門書や研修プログラムをご参照ください。