この記事のポイント
- 作業的公正とは、すべての人が意味ある作業に参加する権利が守られている状態を指します
- 作業的不公正には「剥奪」「周辺化」「不均衡」「疎外」の4つの形態があります
- OTには個人への介入だけでなく、社会の仕組みに働きかける責任があります
「やりたいことができない」のは誰のせいか
ある脳卒中後の方が、地域の公民館で開かれている趣味の集まりに参加したいと望んでいます。しかし、公民館にはエレベーターがなく、車いすでは2階の集会室に行くことができません。
この場合、「参加できない」のはその人の障害のせいでしょうか。それとも、エレベーターのない建物という環境の問題でしょうか。
作業的公正(Occupational Justice)は、このような問いかけを通じて、すべての人が意味のある作業に参加できる社会のあり方を考える概念です。Townsend & Wilcock(2004)によって提唱され、作業療法の理論的基盤の一つとなっています。
趣味の集まりに行きたいのに、建物にエレベーターがなくて行けない。
こうした状況は、その人の障害のせいでしょうか。それとも、建物や社会の仕組みの問題でしょうか。
作業的公正とは、すべての人が「やりたいこと」をできる社会のあり方を考える考え方です。
作業的公正の概念
Townsend & Wilcock(2004)は、作業的公正を「すべての人が多様な作業に参加する権利と機会を持つこと」と定義しています。
この概念の背景には、以下の前提があります。
- 人間は作業的存在(Occupational Beings)である。作業に参加することは人間の基本的ニーズである
- 作業への参加は健康と幸福(Well-being)に直結する
- 作業への参加を阻む障壁は、個人の能力だけでなく社会構造に起因することがある
- すべての人が作業に参加できる社会を実現することは、社会的正義の問題である
作業的公正は、「作業科学(Occupational Science)」の発展とともに深化してきた概念であり、OTの実践を個人レベルから社会レベルへと拡張する理論的基盤を提供しています。
作業的公正の考え方には、大切な前提があります。
- 人間は何かをすること(作業)を通じて生きる存在です
- 自分にとって意味のあることに参加できることは、健康と幸せに直結します
- 「やりたいことができない」原因は、本人の障害だけでなく社会の仕組みにもある
- すべての人が参加できる社会をつくることは社会全体の責任です
作業的不公正の4つの形態
Townsend & Wilcock(2004)は、作業的公正が守られていない状態を「作業的不公正(Occupational Injustice)」と呼び、4つの形態に分類しています。
1. 作業剥奪(Occupational Deprivation)
外部の状況や環境によって、意味のある作業への参加が長期的に奪われている状態です。
- 入所施設で個別の活動が提供されず、テレビの前に座らされている高齢者
- 難民キャンプで教育や就労の機会がない人々
- 刑務所で意味のある作業活動が制限されている受刑者
- 長期入院により地域の活動から切り離されている精神障害者
個人の選択ではなく、環境や制度によって作業が奪われている点が特徴です。
2. 作業周辺化(Occupational Marginalization)
社会の規範や制度により、特定の人々が作業への参加において周辺的な立場に追いやられている状態です。
- 障害のある人が「危険だから」という理由で調理活動から排除される
- 高齢者が「もう年だから」という理由で新しい活動への挑戦を制止される
- 性別に基づく役割固定により、特定の作業から排除される
「あなたのためを思って」という善意の名のもとに作業への参加が制限される、無意識の排除が含まれます。
3. 作業不均衡(Occupational Imbalance)
仕事に偏りすぎて余暇がない、あるいは何もすることがなく時間を持て余すなど、作業のバランスが著しく崩れている状態です。
- 過重労働でセルフケアや余暇の時間がない労働者
- 介護に追われ、自分自身の活動ができない家族介護者
- 定年退職後に「することがない」状態に陥った高齢者
個人の問題のように見えますが、労働制度や社会保障の問題が背景にあることが多いです。
4. 作業疎外(Occupational Alienation)
外見上は作業に参加しているように見えるが、本人にとって意味や価値を感じられない作業を強いられている状態です。
- やりがいを感じられない仕事を続けている労働者
- 本人の意思と関係なく、施設のスケジュールに従って活動させられている入所者
- 「リハビリのため」と言われ、自分にとって意味のない訓練をさせられている患者
外からは「活動している」ように見えるため、見えにくい不公正です。
「やりたいことができない」状態には、4つのパターンがあります。
1. 作業が奪われている(剥奪)
施設で一日中テレビの前に座らされている、入院が長引いて地域の活動に参加できないなど、環境のせいでやりたいことができない状態です。
2. 周りから排除されている(周辺化)
「危ないから」「年だから」と、善意の名のもとにやりたいことを止められている状態です。
3. バランスが崩れている(不均衡)
仕事ばかりで趣味の時間がない、介護に追われて自分のことができないなど、活動のバランスが大きく崩れている状態です。
4. 意味を感じられない(疎外)
やっていることにやりがいや意味を感じられない状態です。外からは活動しているように見えても、本人は充実感がありません。
「やりたいことがあるのにできない」「毎日の活動に意味を感じられない」。こうした状態が続いているなら、それは個人の問題ではなく、環境や仕組みの問題かもしれません。OTに相談することで、解決の糸口が見つかることがあります。
OTの社会的責任
作業的公正の概念は、OTに対して個人への介入を超えた社会的役割を求めています。
個人レベルの実践
- クライアントの「やりたいこと」を丁寧に聴き取り、参加を阻む障壁を分析する
- 環境調整や代替手段を通じて、作業への参加を支援する
- クライアントが自らの権利を主張できるよう、エンパワメントする
コミュニティレベルの実践
- バリアフリーの推進やアクセシビリティの改善を地域に働きかける
- 地域での居場所づくりや社会参加の機会を創出する
- 多様な人々が参加できるプログラムを設計する
社会制度レベルの実践
- 作業的不公正を生む制度や政策に対してアドボカシー(権利擁護)を行う
- 作業的公正に関する研究を通じてエビデンスを蓄積する
- 専門職団体を通じて政策提言に参加する
WFOTの Position Statement でも、OTは「作業的公正の促進者」としての役割が明記されています。
OTは、一人ひとりのリハビリだけでなく、社会の仕組みを変える役割も担っています。
- 一人ひとりの「やりたいこと」を聴き取り、参加を阻む壁を取り除く支援
- 地域のバリアフリーや居場所づくりへの働きかけ
- 作業的不公正を生む制度や政策の改善に向けた提言
OTは「すべての人がやりたいことをできる社会」を目指す専門職です。
日本の文脈で考える作業的公正
日本における作業的不公正の具体例を考えてみましょう。
- 精神科長期入院の問題: 日本の精神科平均在院日数は世界的に突出して長く、地域生活への移行が進んでいない。入院の長期化は作業剥奪の典型例
- 高齢者施設での画一的プログラム: 個別のニーズに合わない集団レクリエーションが中心で、入所者の主体性が軽視される場合がある
- 過重労働と作業不均衡: 長時間労働文化による、セルフケアや余暇の時間の圧迫
- 障害者の就労機会: 障害者雇用率は改善傾向にあるが、質的な面(やりがい、キャリア形成)での課題が残る
これらの問題に対して、OTは「作業的公正」の視点から声を上げる責任があります。
日本にも「やりたいことができない」状態にある人がたくさんいます。
- 長期入院で地域の生活から離れてしまった方
- 施設で自分に合った活動が提供されていない方
- 働きすぎで自分の時間がない方
- 障害があってもやりがいのある仕事につながっていない方
こうした状況を変えていくことも、OTの大切な仕事です。
作業的公正は、OTの実践を「個人の回復」から「社会の変革」へと拡張する概念です。日々の臨床で「このクライアントの作業への参加を阻んでいるものは何か」と問い続けることが、作業的公正の実践の第一歩です。
まとめ ── 作業的公正を実践するために
- 作業的公正とは、すべての人が意味ある作業に参加する権利が守られている状態です
- 作業的不公正には剥奪・周辺化・不均衡・疎外の4形態があり、個人の問題ではなく社会の問題です
- OTには個人への介入だけでなく、社会の仕組みに働きかける責任があります
- 日本にも精神科長期入院や過重労働など、作業的不公正の問題は数多く存在します
- 「この人の作業への参加を阻んでいるものは何か」と問い続けることが実践の第一歩です
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
運営者プロフィールを見る →