この記事のポイント
- 健康経営とは、従業員の健康を「投資」として戦略的に推進する経営手法です
- OTはエルゴノミクス、メンタルヘルス、復職支援、生活習慣改善の4領域で企業に貢献できます
- 「作業」の専門家であるOTは、仕事という作業活動を分析・最適化する独自の視点を持っています
企業が「健康」に投資する時代
経済産業省が推進する「健康経営」は、従業員の健康管理を経営的な視点から捉え、戦略的に実践することを意味します。2026年3月に発表された「健康経営優良法人2026」の認定法人は、大規模法人部門で3,765法人、中小規模法人部門で23,085法人に達し(出典: 日本健康会議・経済産業省, 2026)、企業の健康投資への関心は年々高まっています。
しかし、多くの企業が健康経営を「健康診断の受診率向上」や「メンタルヘルス研修の実施」にとどめており、従業員の「働き方」そのものを分析・改善する専門家の関与は限定的です。
OTはまさにこの領域で独自の価値を発揮できる専門職です。「作業」の専門家として、仕事という作業活動を分析し、人・環境・作業の相互作用の中で最適な働き方を提案できます。
最近、「健康経営」という言葉を耳にする機会が増えていませんか。
健康経営とは、従業員の健康を大切にすることが会社の成長にもつながるという考え方です。
実は、作業療法士(OT)は「仕事」という日常活動を専門的に分析・改善できる専門家です。この記事では、OTが企業の健康づくりにどう貢献できるのかを紹介します。
健康経営とは何か
健康経営の概念は、アメリカの心理学者ロバート・ローゼンが1990年代に提唱した「ヘルシー・カンパニー」に端を発します。日本では2014年頃から本格的に推進され、以下のような背景があります。
- 労働力人口の減少: 従業員の健康を維持し、生産性を確保する必要性
- メンタルヘルス問題の増加: 精神障害による労災請求件数は2024年度に3,780件と過去最多を更新(出典: 厚生労働省「令和6年度 過労死等の労災補償状況」, 2025)
- プレゼンティーイズム: 出社しているが体調不良で生産性が低下している状態。従業員の健康関連総コストのうち約8割(77.9%)を相対的プレゼンティーイズムが占めるとの調査結果がある(出典: 厚生労働省「コラボヘルスガイドライン」, 2017)
- 高齢従業員の増加: 定年延長にともなう、加齢に伴う身体機能変化への対応
健康経営は「従業員のため」であると同時に、企業価値の向上と持続的な成長のための投資です。
なぜ企業が従業員の健康に力を入れるようになったのでしょうか。
- 働く人が減っている: 今いる従業員に長く健康に働いてもらうことが重要に
- メンタルヘルスの問題が増えている: うつ病や適応障害での休職が増加しています
- 「なんとなく体調が悪い」の影響は大きい: 出社していても体調不良で仕事の効率が落ちている状態が、従業員の健康に関わるコストの約8割を占めるという国の調査結果もあります(出典: 厚生労働省「コラボヘルスガイドライン」, 2017)
つまり、従業員の健康を守ることは、会社にとっても大切な投資なのです。
OTが企業に提供できる4つの価値
1. エルゴノミクス(人間工学)の専門性
OTはエルゴノミクスの知識を活かし、職場環境の物理的な改善を提案できます。
- ワークステーション評価: デスク・椅子・モニターの配置を個別に評価し、筋骨格系障害のリスクを低減
- 作業分析: 反復動作、不良姿勢、過度な力の使用など、身体負荷のリスク要因を特定
- 環境調整の提案: スタンディングデスクの導入、適切な照明・温度管理、休憩スペースの設計
- 合理的配慮の助言: 障害のある従業員や復職者に対する環境調整のアドバイス
特にデスクワーク中心のオフィスでは、姿勢改善の日常習慣と組み合わせた包括的なプログラムが効果的です。
OTは働く環境を「体に合わせて」調整する専門家です。
- デスクや椅子の高さ、パソコン画面の位置を一人ひとりに合わせて調整
- 腰痛や肩こりを防ぐための環境づくり
- 障害のある方や復職する方が働きやすい環境の提案
2. メンタルヘルス支援
OTは精神科領域での豊富な経験を活かし、職場のメンタルヘルス対策に貢献できます。
- ストレスチェック後の対応: 高ストレス者への個別面談と作業バランスの評価
- セルフケア研修: 作業バランスチェックを活用した、生活全体の見直しプログラム
- ラインケア研修: 管理職向けの部下のメンタルヘルス不調の早期発見・対応研修
- 職場環境改善: ストレス要因の分析と、作業の質・量・人間関係の調整提案
OTの強みは、メンタルヘルスを「心の問題」としてだけでなく、仕事・生活・環境の相互作用の中で捉える視点です。
OTは心の健康づくりにも関わっています。
- 仕事のストレスが高い人への個別面談
- 生活全体のバランスを見直すセルフケア研修
- 上司向けの部下の不調に気づく研修
- 職場のストレス要因を分析して改善を提案
3. 復職支援(リワーク)
メンタルヘルス不調や身体疾患からの復職支援は、OTの専門性が最も発揮される領域の一つです。
- 復職前評価: 作業遂行能力、認知機能、疲労耐性の評価
- 段階的復職プラン: 業務内容・勤務時間・負荷を段階的に増やすプランの設計
- 職場との調整: 復職者の状態に合わせた業務調整を職場と協議
- フォローアップ: 復職後の定着支援と再発予防
OTは復職を「職場に戻る」だけでなく、「その人らしく働き続けられる」ことをゴールに支援します。
病気やケガで休職した人が無理なく職場に戻るための支援もOTの専門分野です。
- いきなりフルタイムではなく、少しずつ仕事に慣れていくプランを作成
- 職場に業務の調整をお願いする際の橋渡し
- 復職後も定期的にフォローし、再発を防ぐ支援
4. 生活習慣改善プログラム
OTは健康行動を「生活の中に組み込む」専門家です。
- 運動習慣の定着: 個人の生活パターンに合わせた運動プランの提案。ジムに通うだけが運動ではなく、通勤や業務の中に運動を組み込む方法を提案
- 疲労管理: 疲労管理のテクニックを応用した、仕事中のエネルギー配分の最適化
- 生活リズムの調整: シフトワーカーや長時間労働者の生活リズム再構築
- ヘルスリテラシー教育: 健康情報の見分け方を含む健康教育
OTは健康的な習慣を「続けられるかたち」で生活に組み込むお手伝いができます。
- その人の生活リズムに合った運動の取り入れ方
- 仕事中の疲れのコントロール方法
- シフト勤務や残業が多い人の生活リズムの整え方
活用イメージ(想定例)
以下の3つは、実在する特定企業の事例ではなく、OTの関わり方を具体的にイメージしていただくための想定例です。
想定例1: IT企業でのエルゴノミクスプログラム
デスクワーク中心のIT企業で、OTがワークステーション評価と個別調整を実施するケースです。椅子・モニター・キーボードの配置を一人ひとりの体格や作業内容に合わせて調整することで、筋骨格系の不調による欠勤や生産性低下の抑制が期待できます。
想定例2: 製造業でのメンタルヘルスプログラム
製造業の事業所で、OTがストレスチェック後の高ストレス者面談と作業バランス評価を担当するケースです。「心の問題」への助言にとどまらず、業務内容や作業量の具体的な調整案まで提示できる点が、OTが関与する意義です。
想定例3: 介護施設での腰痛予防プログラム
介護職員を対象に、OTが移乗動作の分析と福祉用具の活用指導を行うケースです。持ち上げない介護(ノーリフティングケア)の導入支援を通じて、腰痛による離職・休職リスクの低減を目指します。
いずれの想定例にも共通するのは、OTが個別評価に基づく具体的な解決策を提案するという関わり方です。一般的な健康研修とは異なり、一人ひとりの状況に合わせたアプローチができることがOTの強みです。
OTが企業でどのように活躍できるのか、イメージしやすいように想定例を紹介します(実在する特定の会社の事例ではありません)。
- IT企業: デスク周りの環境を一人ひとりに合わせて調整し、腰痛や肩こりによる欠勤を防ぐ
- 製造業: ストレスの高い従業員への個別面談と業務調整で、メンタル不調による休職を予防する
- 介護施設: 移乗動作の改善と福祉用具の活用指導で、職員の腰痛を防ぐ
「その人に合わせた具体的な対策」を提案できるのがOTの強みです。
OTが企業で働くためのキャリアパス
企業領域でOTが活躍するためのキャリアパスを整理します。
- 産業保健分野への参入: 産業保健チームの一員として、企業の産業医や保健師と協働する
- EAP(従業員支援プログラム)事業者での勤務: カウンセリングや復職支援を提供するEAP事業者でOTとして働く
- 独立開業・コンサルタント: エルゴノミクスコンサルタントや復職支援の専門家として企業と契約する
- 関連資格の取得: 産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、人間工学専門家(CPE)などの資格がキャリアの幅を広げる
この領域は拡大傾向にあり、OTの「作業分析」の専門性は企業からの需要が高まっています。
OTが企業で働く方法はいくつかあります。
- 企業の健康管理チームの一員になる
- 従業員支援を行う専門会社で働く
- 独立して企業にアドバイスを提供する
「仕事」という活動を分析する力は、企業でも大いに求められています。
「職場の環境を改善したい」「従業員の健康プログラムを充実させたい」と思ったら、お近くの作業療法士会や産業保健センターに相談してみてください。OTによる職場環境評価やセミナーの提供が可能な場合があります。
「作業」の専門家であるOTが企業で活躍する場は、今後ますます広がるでしょう。医療機関の中だけでなく、人々が「働く」場にこそ、OTの専門性が求められています。
まとめ ── どこから手をつけるかの判断
- 企業に持ちかけるときの入口は、健康診断やメンタル研修をやっているかどうかではなく、その先にあります。働き方そのものを見る役割はまだ担い手が少なく、そこにこそ入る余地が残っています
- 提案の強さは実績の数ではなく、個別に測ることに置きます。全員一律の研修では代えられない仕事だと伝わるかどうか──机の高さも、業務量も、復職のペースも一人ずつ確かめて調整する、という説明が要になります
- 経営側に話すときは、健康を守る話ではなく投資の話に翻訳します。出社していても効率が落ちている状態が健康関連コストの大半を占めるという国の調査があり、ここが共通言語になります
- 関わり方は独立から始めなくても構いません。産業保健チームの一員として入る、従業員支援の会社で働く、外部から契約して関わる──入口は複数あり、関連資格は動き出してから足していけます
- 最初に手をつけるなら復職支援が組み立てやすい領域です。復職前の評価、負荷の段階づけ、職場との調整、その後のフォローという流れは、臨床でやってきたことの延長線上に置けるためです
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
運営者プロフィールを見る →