本文へスキップ
作業療法.net
OT入門#作業療法#リハビリ#エビデンス#日常生活#家族支援

脳トレプリントで認知症は防げる? ― 研究結果からわかること

計算ドリルや漢字練習で認知症の進行は止められるのか。研究結果をもとに、本当に効果がある取り組みとご家庭でできる工夫をわかりやすくお伝えします。

📅 2026年3月28日 更新読了目安 27分

この記事のポイント

「認知症の予防に脳トレがいい」「計算問題で脳が活性化する」――こうした情報は広く知られていますが、実際のエビデンス(科学的根拠)はどうなのでしょうか。この記事では、コクランレビューや大規模臨床試験などの質の高い研究を整理し、脳トレプリントが認知症に対して本当に効果があるのか、そして効果がある取り組みとは何なのかを解説します。

この記事で扱う「脳トレ」とは

まず、言葉の整理をしておきます。この記事で「脳トレプリント」とは、以下のようなものを指します。

この記事で扱う「脳トレプリント」の例
計算ドリル(足し算、引き算、かけ算など)漢字の読み書き練習間違い探し、迷路なぞり書き、塗り絵市販の「脳トレ」ワークブック

これらは介護施設や家庭で広く使われており、「脳を使うことで認知症の進行を遅らせられる」という期待のもとに提供されています。

研究の世界では3つのアプローチが区別されている

認知症に対するお薬以外のアプローチには、大きく分けて3つの種類があります。

アプローチどんなもの?
認知訓練計算や漢字など、特定の脳の力を繰り返し練習する(脳トレプリントはこれ)
認知刺激グループで会話や活動をしながら、脳の力と人との関わりを高める
認知リハビリテーション生活の困りごとに合わせて、作業療法士などと一緒に対策を考える

脳トレプリントは「認知訓練」にあたります。そして、この3つの中で認知訓練のエビデンス(科学的根拠)はいちばん弱いのが現状です。

エビデンス1:コクランレビューが示すこと

コクランレビューという、医療分野で最も信頼性の高い研究まとめがあります。認知症について2つの大事な結果が出ています。

グループ活動(認知刺激)の効果

2,704名を対象にした研究で、グループで会話や活動を行う認知刺激療法には次のような効果が確認されました。

  • 認知機能検査で平均1.99点の改善
  • 約6か月分の認知機能低下を遅らせる効果
  • 生活の質やコミュニケーション能力にも改善
  • 副作用の報告はなし

ポイントは、これがグループでの活動の効果であって、1人でプリントを解くタイプのものではないということです。

脳トレプリント(認知訓練)の効果

33の研究をまとめた結果、計算ドリルのような認知訓練にも小さな効果はあるものの、グループ活動に比べて効果は小さく、確かさも低いとされています。効果が見られたのも軽度の認知症の方のみでした。

エビデンス2:ACTIVE研究(20年間の追跡調査)

2,802名の高齢者を20年間追跡した世界最大級の研究があります。3種類の脳トレを比較した結果は次のとおりです。

トレーニングの種類認知症予防の効果
処理速度トレーニング(定期的に復習あり)認知症リスクが25%減少
記憶トレーニング効果なし
推論トレーニング効果なし

計算問題や漢字練習は「記憶」や「推論」に近いトレーニングですが、20年間追跡しても認知症予防の効果は確認されませんでした

また、この研究は認知機能が正常な方が対象です。すでに認知症と診断された方への効果を示したものではない点に注意が必要です。

エビデンス3:川島隆太教授の「学習療法」研究

「脳を鍛える大人のトレーニング」で有名な川島教授の研究では、音読と計算を毎日15〜20分続けることで、認知機能の低下が抑えられたという結果が出ています。

ただし、この研究にはいくつかの注意点があります。

  • 対象者が32名と少ない
  • スタッフと対面でやりとりしながら行った(1人でプリントを解くのとは違う)
  • 長期間の追跡がない

また、「脳が活性化する」ことと「認知症の進行が止まる」ことは同じではありません。テレビの健康番組などではこの区別があいまいになりがちですので、ご注意ください。

ガイドラインは何と言っているか

世界の主な医療ガイドラインの見解をまとめると次のとおりです。

  • WHO(世界保健機関): 脳トレは「やってもよい」程度の推奨。認知症の治療としては推奨していません
  • 英国の医療ガイドライン: グループでの認知刺激療法を推奨。個人での脳トレプリントは推奨に含まれていません
  • 日本のガイドライン: 特定の脳トレ製品やプリントを推奨する記載はありません

つまり、「脳トレプリントで認知症が改善する」と認めている公的ガイドラインはないのが現状です。

なぜ「脳トレプリント」だけでは不十分なのか

研究を総合すると、脳トレプリントだけで認知症の進行を止められるという根拠は十分ではありません。主な理由は3つです。

1. 人との関わりがない

効果が確認されているグループ活動には、会話や他の人との交流が含まれています。1人で黙々とプリントを解く場合、この大切な要素が抜け落ちてしまいます。

2. 難しさが合わない

市販のプリントは、ご本人にとって簡単すぎるか、難しすぎることが多いです。簡単すぎると「子ども扱い」に感じてしまい、難しすぎると失敗が続いて気持ちが沈んでしまいます。

3. 脳の一部しか使わない

計算ドリルは計算の力を、漢字練習は言葉の力を使いますが、認知症では記憶・判断力・段取り力など多くの力が影響を受けます。一つの分野だけ練習しても、他の分野には効果が広がりにくいことがわかっています。

脳トレプリントが「害になる」場合

エビデンスの観点に加え、使い方によっては逆効果になる場合があります。

注意すべき状況:

注意すべき使い方
  • 本人が楽しんでいないのに「ボケないために」と続けさせる
  • 間違いを指摘して「また間違えた」と伝えてしまう
  • 毎日のノルマにして、本人のストレスになっている
  • 「脳トレをしていれば大丈夫」と、他の重要な介入(運動、社会参加、医療的管理)を後回しにする
  • 認知症が進行した際に、「脳トレをしなかったから悪化した」と本人や家族を責める

認知症は脳の器質的な疾患です。脳トレで進行が止められるものではなく、ましてや本人の努力不足で進行するものでもありません。

では、何が効果的なのか

研究で効果が確認されているアプローチを整理します。

グループでの活動(認知刺激療法)

最も効果が確認されている方法です。テーマに沿った会話、昔の思い出話、言葉遊び、創作活動などをグループで行います。認知症のお薬と同じくらいの効果があるとする研究もあります。

運動

散歩やウォーキングなどの有酸素運動が、脳の健康維持に役立つことがわかっています。WHOは週150分以上の運動を勧めています。

人との関わり

社会的なつながりが少ないことは、認知症のリスクを高めます。地域の集まりやグループ活動への参加が大切です。

組み合わせがいちばん大切

ひとつの方法だけに頼るのではなく、運動・人との関わり・脳への刺激・食事の管理を組み合わせることが、現在の研究で最も効果的とされています。

脳トレプリントを「良い形」で活用するには

ここまでの話を踏まえると、脳トレプリントは「効果がないからやめるべき」ではなく、使い方を工夫すれば意味のある活動になりうるということです。

効果的な使い方のポイント:

効果的な使い方のポイント
  • 1人で解かせず、誰かと一緒に取り組むスタッフや家族が横で声をかけながら行う
  • 正解・不正解にこだわらない「脳を使う」プロセスそのものに意味がある
  • 本人の得意分野から始める元教師なら漢字、元経理なら計算など
  • 難しすぎない課題を選ぶ8割以上正解できるレベルが目安
  • 終わった後に「できましたね」と声をかける達成感を共有する
  • 嫌がったらすぐにやめる代わりの活動を提案する
  • 「これで認知症が治る」とは伝えない過度な期待を持たせない
ご家庭でできること
  • 一緒にやるのがいちばん大切。隣で声をかけながら取り組みましょう
  • 8割くらい正解できるレベルのものを選びましょう
  • 間違えても「惜しい!」「いい線いってますね」と前向きに声をかけましょう
  • 嫌がったら無理に続けないで、散歩や料理など別の活動に切り替えましょう
  • 「これで認知症が治る」とは思わず、楽しいコミュニケーションのきっかけとして使いましょう

つまり、脳トレプリントをコミュニケーションのきっかけとして、社会的な関わりの中で使うことが大切です。プリントそのものに効果があるのではなく、それを通じた人とのやりとりに価値があります。

まとめ

この記事のポイントを振り返ります。

問い現在のエビデンスの答え
脳トレプリントで認知症の進行を止められるか?止められるというエビデンスはない
脳トレプリントに認知機能への効果はあるか?軽度認知症に対し小さな効果の可能性はあるが、確実性は低い
何が効果的か?グループでの認知刺激療法(CST)に最も強いエビデンスがある
脳トレプリントは無意味か?無意味ではないが、使い方が重要。人との関わりの中で活用する
ポイント

脳トレプリントだけで認知症の進行を止めることは難しいですが、人と一緒に楽しく取り組むことで、意味のある活動になります。大切なのは「正しいトレーニング」を追い求めることではなく、ご本人が安心して過ごせるつながりをつくることです。運動・人との関わり・脳への刺激を組み合わせながら、暮らし全体を豊かにする視点を持ちましょう。迷ったときは、作業療法士地域包括支援センターにご相談ください。

関連記事