この記事のポイント
「認知症の予防に脳トレがいい」「計算問題で脳が活性化する」――こうした情報は広く知られていますが、実際のエビデンス(科学的根拠)はどうなのでしょうか。この記事では、コクランレビューや大規模臨床試験などの質の高い研究を整理し、脳トレプリントが認知症に対して本当に効果があるのか、そして効果がある取り組みとは何なのかを解説します。
この記事で扱う「脳トレ」とは
まず、言葉の整理をしておきます。この記事で「脳トレプリント」とは、以下のようなものを指します。
これらは介護施設や家庭で広く使われており、「脳を使うことで認知症の進行を遅らせられる」という期待のもとに提供されています。
研究の世界では3つのアプローチが区別されている
認知症に対する非薬物療法として、研究者は以下の3つを明確に区別しています(Clare & Woods, 2004)。この区別を理解することが、エビデンスを正しく読むための第一歩です。
| アプローチ | 内容 | 形式 |
|---|---|---|
| 認知訓練(Cognitive Training) | 特定の認知機能(記憶、計算、注意など)を繰り返し練習する | 個人で行うドリル・プリント・コンピュータ課題 |
| 認知刺激(Cognitive Stimulation) | グループ活動や会話を通じて、認知機能と社会的機能を全般的に高める | グループ活動(CST:認知刺激療法など) |
| 認知リハビリテーション(Cognitive Rehabilitation) | 個人の生活上の具体的な困りごとに対して、個別に戦略を立てる | セラピストとの1対1の支援 |
脳トレプリントは「認知訓練」に分類されます。そして後述するように、この3つの中で認知訓練のエビデンスは最も弱いのが現状です。
認知症に対するお薬以外のアプローチには、大きく分けて3つの種類があります。
| アプローチ | どんなもの? |
|---|---|
| 認知訓練 | 計算や漢字など、特定の脳の力を繰り返し練習する(脳トレプリントはこれ) |
| 認知刺激 | グループで会話や活動をしながら、脳の力と人との関わりを高める |
| 認知リハビリテーション | 生活の困りごとに合わせて、作業療法士などと一緒に対策を考える |
脳トレプリントは「認知訓練」にあたります。そして、この3つの中で認知訓練のエビデンス(科学的根拠)はいちばん弱いのが現状です。
エビデンス1:コクランレビューが示すこと
コクランレビューは、医療分野で最も信頼性の高い系統的レビューです。認知症に対する介入について、2つの重要なレビューがあります。
認知刺激のレビュー(Woods et al., 2023)
37件のランダム化比較試験(2,766名)を収載し、うち36件(2,704名)をメタ分析に用いたレビューです。対象は軽度〜中等度の認知症の方で、介入期間の中央値は10週間(4〜52週)です。
主な結果:
- 認知機能全般に小さな効果(SMD 0.40、95%CI 0.25-0.55、確実性は中程度)
- MMSEでは対照群との差が1.99点(95%CI 1.24-2.74)── 25件・1,893名の統合値、確実性は中程度
- コミュニケーションと社会的交流の改善(SMD 0.53、95%CI 0.36-0.70、確実性は高い)
- 自己申告のQOLにわずかな改善(SMD 0.25、95%CI 0.07-0.42、確実性は中程度)
- 有害な影響の報告はなかった
このレビューが対象としたのは、主にグループで行う認知刺激療法(CST)です(個人で行うCSは8件のみ)。プリントを1人で黙々と解くタイプの脳トレではありません。
ただし著者らは、効果が小さく短期的であること、研究間のばらつきが大きいことも明記しています。探索的なサブグループ解析では、グループか個別かによる差は確認されず、一方で週2回以上の頻度で実施した研究、および参加者の認知症重症度が「軽度」だった研究のほうが、認知機能の改善が大きいという結果でした。
認知訓練のレビュー(Bahar-Fuchs et al., 2019)
33件のランダム化比較試験を収載し、うち32件をメタ分析に用いたレビューです。対象は軽度〜中等度の認知症の方です。
主な結果:
- 対照群と比べた場合 — 介入終了時点の全般的認知機能に小〜中程度の効果(SMD 0.42、95%CI 0.23-0.62、確実性は中程度)。言語流暢性は SMD 0.52(同 0.23-0.81、確実性は高い)で、3〜12か月後も保たれた
- 他の非薬物療法と比べた場合 — 全般的認知機能にほとんど差がなかった(SMD 0.21、95%CI -0.23〜0.64、確実性は低い)
- その他のアウトカム — 気分・行動心理症状・ADL には利得が確認されなかった。多くのアウトカムで確実性は「低い」か「非常に低い」
- 研究の質 — ほぼすべての研究で選択バイアス・実施バイアスのリスクが高いか不明と評価された
ここで注意が必要です。「何もしない対照群」と比べれば、認知訓練も認知刺激と同程度の効果量(いずれもSMD 0.4前後)を示しています。両者を分けるのは効果量の大小ではなく、次の2点です。
- 認知訓練は、他の非薬物療法と比較すると差が確認されていない(SMD 0.21、確実性は低い)
- 認知刺激は、認知機能だけでなくコミュニケーションと社会的交流でも改善が確認されており、しかもこの結果の確実性は「高い」
また、これらのレビューが対象にした認知訓練は、課題の難易度が個々に調整され、多くは対面で実施されたものです。市販のプリントを自宅で1人で解くことと同じではありません。
コクランレビューという、医療分野で最も信頼性の高い研究まとめがあります。認知症について2つの大事な結果が出ています。
グループ活動(認知刺激)の効果
2,704名を対象にした研究で、グループで会話や活動を行う認知刺激療法には次のような効果が確認されました。
- 認知機能検査の点数が、何もしなかったグループより平均1.99点高かった
- 人との会話ややりとりのしやすさが改善した(この結果はとくに確からしいとされています)
- 生活の質(QOL)にもわずかな改善があった
- 悪い影響の報告はなかった
ただし、いずれも効果は小さく、介入直後に測った短期的なものです。
ポイントは、これがグループでの活動の効果であって、1人でプリントを解くタイプのものではないということです。
脳トレプリント(認知訓練)の効果
33の研究をまとめた結果、計算ドリルのような認知訓練にも、何もしない場合と比べれば小さな効果があります。効果の大きさ自体はグループ活動とあまり変わりません。
違いは別のところにあります。認知訓練はほかのリハビリと比べると差がはっきりしませんでした。またグループ活動のほうは、認知機能だけでなく人とのやりとりのしやすさまで改善しています。
そしてもう一つ大切な点として、これらの研究で行われた認知訓練は、その人に合わせて難しさを調整し、多くは人が付き添って行ったものです。市販のプリントを一人で解くのとは違います。
エビデンス2:ACTIVE研究(20年間の追跡調査)
ACTIVE研究は、認知トレーニングの効果を検証した世界最大級のランダム化比較試験です。
研究の概要:
- 対象 — 認知機能が正常な高齢者 2,802名(平均年齢74歳)
- 3つの介入群 — 記憶トレーニング、推論トレーニング、処理速度トレーニング + 対照群。一部の参加者には後日ブースター(追加)セッションが割り付けられた
- 20年追跡の解析対象 — ベースラインで従来型Medicareに加入していた 2,021名。1999〜2019年のMedicare請求データと連結し、アルゴリズムでADRD(アルツハイマー病および関連する認知症)の診断を判定
20年後の結果(Coe et al., 2026):
| トレーニングの種類 | ADRD診断のリスク |
|---|---|
| 処理速度トレーニング(ブースター受講あり) | ハザード比 0.75(95%CI 0.59-0.95)= 約25%低い |
| 処理速度トレーニング(ブースターなし) | ハザード比 1.01(95%CI 0.81-1.27)= 差なし |
| 記憶トレーニング | 主効果なし |
| 推論トレーニング | 主効果なし |
「25%減」は条件付きの数字です
リスク低下が確認されたのはブースターセッションを受けた群に限られます。同じ処理速度トレーニングでも、ブースターなしでは差がありませんでした。「処理速度トレーニングで認知症が25%減る」と条件を落として書くと、過大な提示になります。また、判定されているのはMedicare請求データ上の「診断」のリスクであり、発症そのものを直接測ったものではありません。
この結果は非常に重要です。すべての認知トレーニングが等しく有効なわけではないことを示しています。
計算問題や漢字練習は「記憶」や「推論」に近いトレーニングですが、これらは20年間の追跡で認知症予防の効果が確認されませんでした。効果が認められたのは、画面上の視覚情報を素早く処理する「処理速度トレーニング」だけでした。
さらに注意すべき点として、この研究の対象は認知機能が正常な高齢者です。すでに認知症と診断された方への効果を示した研究ではありません。
2,802名の高齢者を20年間追跡した世界最大級の研究があります。3種類の脳トレを比較した結果は次のとおりです。
| トレーニングの種類 | 認知症と診断されるリスク |
|---|---|
| 処理速度トレーニング(あとから復習セッションを受けた人) | 約25%低かった |
| 処理速度トレーニング(復習セッションなし) | 差がなかった |
| 記憶トレーニング | 差がなかった |
| 推論トレーニング | 差がなかった |
大切なのは、リスクが低かったのは「あとから復習セッションを受けた人」だけだったという点です。同じトレーニングでも、復習がなければ差はありませんでした。
計算問題や漢字練習は「記憶」や「推論」に近いトレーニングですが、20年間追跡しても認知症予防の効果は確認されませんでした。
また、この研究は認知機能が正常な方が対象です。すでに認知症と診断された方への効果を示したものではない点に注意が必要です。
エビデンス3:川島隆太教授の「学習療法」研究
「脳を鍛える大人のトレーニング」で知られる東北大学の川島隆太教授は、音読と計算を組み合わせた「学習療法」の研究を行っています。
研究の概要(Kawashima et al., 2005):
- 対象 — アルツハイマー型認知症と診断された方32名(介入群16名、年齢とMMSE得点をそろえた対照群16名)
- 介入内容 — 音読と計算の学習課題を週2〜6日、6か月間
- 介入群の結果 — 前頭葉機能検査(FAB)の得点が統計的に有意に改善した
- 対照群との比較 — 対照群のFAB得点は6か月でわずかに低下し、両群の差は統計的に有意だった
この研究はポジティブな結果を示していますが、以下の限界があります。
- サンプルサイズが32名と非常に小さい
- 盲検化されていない(評価者がどちらのグループか知っている可能性がある)
- 長期的な追跡がない
- 介入はスタッフとの対面でのやりとりを含むもので、1人でプリントを解くこととは異なる
川島教授の研究は、音読と計算が脳の前頭前野を活性化させることをfMRIで確認しています。しかし、脳の一部が活性化することと、認知症の進行が食い止められることは、イコールではありません。
「脳を鍛える大人のトレーニング」で有名な川島教授の研究では、音読と計算の学習を週2〜6日、6か月続けたグループで、前頭葉のはたらきを調べる検査の点数が改善したという結果が出ています。
ただし、この研究にはいくつかの注意点があります。
- 対象者が32名と少ない
- スタッフと対面でやりとりしながら行った(1人でプリントを解くのとは違う)
- 長期間の追跡がない
また、「脳が活性化する」ことと「認知症の進行が止まる」ことは同じではありません。テレビの健康番組などではこの区別があいまいになりがちですので、ご注意ください。
ガイドラインは何と言っているか
WHO(世界保健機関、2019年)
- 推奨の条文 — 「認知機能が正常な高齢者およびMCIの高齢者に対し、認知機能低下および/または認知症のリスクを下げる目的で認知トレーニングを提供してもよい(may be offered)」
- エビデンスの質 — very low to low(非常に低い〜低い)
- 推奨の強さ — conditional(条件付き)
- 適用範囲の注意 — このガイドラインは認知機能が正常な人とMCIの人の「リスク低減」を扱うもので、すでに認知症と診断された人の治療は対象にしていない
英国NICE(国立医療技術評価機構)
- 推奨1.4.2「軽度〜中等度の認知症とともに生きる人に、グループでの認知刺激療法を提供する(offer)」
- 推奨1.4.4「生活機能を支えるために、認知リハビリテーションまたは作業療法を検討する(consider)」
- 推奨1.4.7「軽度〜中等度のアルツハイマー病の治療として認知訓練を提供しない(do not offer)」── 鍼(1.4.5)やビタミンE・生薬(1.4.6)と同じ「提供しない」の区分に置かれています
- つまりNICEは、認知刺激療法と認知訓練を正反対に扱っています。前者は「提供する」、後者は認知症の治療としては「提供しない」です
- ただし1.4.7が否定しているのは「軽度〜中等度アルツハイマー病の治療」という用途です。WHOが条件付きで認めているのは認知機能が正常な人・MCIの人のリスク低減で、対象も目的も異なります。両者は矛盾していません
認知症疾患診療ガイドライン(日本、2017年)
- 日本神経学会監修。2026年9月時点で最新版は2017年版(同学会サイトで公開されている改定版は、アミロイドPETやバイオマーカー、BPSDへの向精神薬使用など別テーマのもの)
- 非薬物療法として認知訓練と認知刺激の両方に言及
- ただし、特定の脳トレ製品やプリントを推奨する記載はない
世界の主な医療ガイドラインの見解をまとめると次のとおりです。
- WHO(世界保健機関): 脳トレは「やってもよい」程度の推奨。認知症の治療としては推奨していません
- 英国の医療ガイドライン: グループでの認知刺激療法は「行う」と推奨。一方、認知訓練(脳トレ課題)は認知症の治療としては「行わない」と書かれています
- 日本のガイドライン: 特定の脳トレ製品やプリントを推奨する記載はありません
つまり、「脳トレプリントで認知症が改善する」と認めている公的ガイドラインはないのが現状です。
なぜ「脳トレプリント」だけでは不十分なのか
エビデンスを総合すると、脳トレプリントが認知症の進行を食い止めるという根拠は現時点では不十分です。その理由は主に3つあります。
1. 社会的な要素が欠けている
認知刺激療法(CST)が効果を示しているのは、認知的な刺激だけでなく、グループでの会話、他者との交流、感情的なつながりが含まれているからです。
1人で黙々とプリントを解くことには、この社会的要素がありません。2014年に PLoS Medicine 誌で報告された、52の研究(4,885名)を対象とするメタ分析(Lampit et al.)では、コンピュータ化認知トレーニング全体の効果は小さいながら有意であった一方(g = 0.22、95%CI 0.15-0.29)、自宅で監督なしに行う形式はグループ形式と比べて効果がなかったとされています。ただしこの研究の対象は認知症や認知機能障害のない健常高齢者であり、認知症の方にそのまま一般化はできません。
2. 難易度の調整が難しい
市販の脳トレプリントは「誰でも使える」ように設計されていますが、認知症の方にとっては簡単すぎるか、難しすぎることが多いのが現実です。
- 簡単すぎる場合: 刺激にならず、「子ども扱いされている」と感じさせるリスク
- 難しすぎる場合: 失敗体験が積み重なり、自尊心が傷つく
作業療法では、これを「段階づけ(グレーディング)」と呼び、個々の能力に合わせて課題の難易度を調整します。既製品のプリントでは、この個別調整が難しいのです。
3. 認知機能の一部しか刺激できない
計算ドリルは主に注意力と計算能力を、漢字練習は言語機能を刺激します。しかし認知症では、記憶、見当識、遂行機能、社会的認知など多くの領域が影響を受けます。
認知トレーニング研究全般では、訓練した課題の成績は上がっても、訓練していない他の領域や日常生活へは効果が波及しにくいことが繰り返し指摘されています(いわゆる「転移効果の乏しさ」。Simons et al., 2016 による包括的レビュー)。ただしこのレビューが主に検討したのは健常者を対象とした市販の脳トレプログラムであり、認知症の方への認知訓練とは対象が異なる点に注意が必要です。
研究を総合すると、脳トレプリントだけで認知症の進行を止められるという根拠は十分ではありません。主な理由は3つです。
1. 人との関わりがない
コクランレビューで人とのやりとりの改善まで確認されたグループ活動には、会話や他の人との交流が含まれています(Woods et al., 2023)。1人で黙々とプリントを解く場合、この要素が抜け落ちてしまいます。
2. 難しさが合わない
市販のプリントは、ご本人にとって簡単すぎるか、難しすぎることが多いです。簡単すぎると「子ども扱い」に感じてしまい、難しすぎると失敗が続いて気持ちが沈んでしまいます。
3. 脳の一部しか使わない
計算ドリルは計算の力を、漢字練習は言葉の力を使いますが、認知症では記憶・判断力・段取り力など多くの力が影響を受けます。脳トレの研究全般では、練習した課題そのものは上手になっても、他の分野や日常生活には効果が広がりにくいことが繰り返し指摘されています。
脳トレプリントが「害になる」場合
エビデンスの観点に加え、使い方によっては逆効果になる場合があります。
注意すべき状況:
- 本人が楽しんでいないのに「ボケないために」と続けさせる
- 間違いを指摘して「また間違えた」と伝えてしまう
- 毎日のノルマにして、本人のストレスになっている
- 「脳トレをしていれば大丈夫」と、他の重要な介入(運動、社会参加、医療的管理)を後回しにする
- 認知症が進行した際に、「脳トレをしなかったから悪化した」と本人や家族を責める
認知症は脳の器質的な疾患です。脳トレで進行が止められるものではなく、ましてや本人の努力不足で進行するものでもありません。
では、何が効果的なのか
現在のエビデンスに基づく、認知症の方への効果的なアプローチを整理します。
エビデンスが強いもの
認知刺激療法(CST)- テーマに沿った会話、回想、言葉遊び、創作活動などをグループで行う
- コクランレビューの探索的解析では、週2回以上の頻度で実施した研究のほうが認知機能の改善が大きかった(Woods et al., 2023)
- 認知機能だけでなく、コミュニケーションと社会的交流の改善が確実性の高いエビデンスとして示されている
- 英国NICE NG97が「提供する(offer)」と明記している認知的介入
- 有酸素運動が認知機能の維持に寄与するエビデンスがある
- WHOは週150分以上の中等度の身体活動を推奨
- 社会的孤立や認知的不活動は、修正可能なリスク因子としてしばしば挙げられる
- ただしWHO(2019年)は「社会活動と認知機能低下・認知症のリスク低減についてはエビデンスが不十分」としており、生涯にわたる健康とウェルビーイングの観点から社会的包摂を支持する、という立場をとっている
- リスク低減の根拠としてではなく、その人にとって意味のある生活を支える観点から位置づけるのが妥当
組み合わせが大切
最も重要なメッセージは、単一の介入だけに頼らないことです。
- 運動 × 社会参加 × 認知的刺激 × 栄養管理
- これらを組み合わせた多領域介入が、現在の研究で最も有望とされています
ここまでのエビデンスを踏まえて、取り組みの方向性を整理します。
グループでの活動(認知刺激療法)
認知症に対するお薬以外の方法のなかで、公的ガイドラインが「提供する」と明記している数少ない方法です。テーマに沿った会話、昔の思い出話、言葉遊び、創作活動などをグループで行います。認知機能そのものへの効果は小さいものの、人とのやりとりのしやすさが改善するという点は、確からしさの高い結果として示されています。
運動
散歩やウォーキングなどの有酸素運動が、脳の健康維持に役立つことがわかっています。WHOは週150分以上の運動を勧めています。高齢になっても筋力は増やせるという研究結果を90歳でも筋力は増やせるというエビデンスの記事で紹介しています。
人との関わり
社会的なつながりが少ないことは、認知症のリスク要因としてよく挙げられます。ただしWHOは「社会活動が認知症のリスクを下げる」と言い切れるだけの根拠はまだない、という立場です。それでも、地域の集まりやグループ活動への参加は、ご本人の暮らしを豊かにするうえで大切です。「聞こえにくさ」が人との関わりを遠ざけてしまう問題については難聴と社会参加についての記事で解説しています。
組み合わせがいちばん大切
ひとつの方法だけに頼るのではなく、運動・人との関わり・脳への刺激・食事の管理を組み合わせることが、現在の研究で最も効果的とされています。
脳トレプリントを「良い形」で活用するには
ここまでの話を踏まえると、脳トレプリントは「効果がないからやめるべき」ではなく、使い方を工夫すれば意味のある活動になりうるということです。
効果的な使い方のポイント:
- 1人で解かせず、誰かと一緒に取り組む — スタッフや家族が横で声をかけながら行う
- 正解・不正解にこだわらない — 「脳を使う」プロセスそのものに意味がある
- 本人の得意分野から始める — 元教師なら漢字、元経理なら計算など
- 難しすぎない課題を選ぶ — 8割以上正解できるレベルが目安
- 終わった後に「できましたね」と声をかける — 達成感を共有する
- 嫌がったらすぐにやめる — 代わりの活動を提案する
- 「これで認知症が治る」とは伝えない — 過度な期待を持たせない
- 一緒にやるのがいちばん大切。隣で声をかけながら取り組みましょう
- 8割くらい正解できるレベルのものを選びましょう
- 間違えても「惜しい!」「いい線いってますね」と前向きに声をかけましょう
- 嫌がったら無理に続けないで、散歩や料理など別の活動に切り替えましょう
- 「これで認知症が治る」とは思わず、楽しいコミュニケーションのきっかけとして使いましょう
脳トレに限らず、認知症のご家族への日々の接し方については認知症の家族への接し方10の工夫で詳しく解説しています。
つまり、脳トレプリントをコミュニケーションのきっかけとして、社会的な関わりの中で使うことが大切です。プリントそのものに効果があるのではなく、それを通じた人とのやりとりに価値があります。
まとめ
この記事のポイントを振り返ります。
| 問い | 現在のエビデンスの答え |
|---|---|
| 脳トレプリントで認知症の進行を止められるか? | 止められるというエビデンスはない |
| 脳トレプリントに認知機能への効果はあるか? | 個別に難易度を調整し対面で行う認知訓練には、何もしない場合と比べて小〜中程度の効果がある。ただし他の非薬物療法と比べた差は確認されていない |
| 何が効果的か? | グループでの認知刺激療法(CST)。公的ガイドラインが「提供する」と明記している数少ない認知的介入 |
| ガイドラインはどう扱っているか? | 英国NICEは認知刺激療法を「提供する」、認知訓練は軽度〜中等度アルツハイマー病の治療としては「提供しない」としている(NG97 1.4.2/1.4.7) |
| 脳トレプリントは無意味か? | 無意味ではないが、使い方が重要。人との関わりの中で活用する |
脳トレプリントだけで認知症の進行を止めることは難しいですが、人と一緒に楽しく取り組むことで、意味のある活動になります。大切なのは「正しいトレーニング」を追い求めることではなく、ご本人が安心して過ごせるつながりをつくることです。運動・人との関わり・脳への刺激を組み合わせながら、暮らし全体を豊かにする視点を持ちましょう。迷ったときは、作業療法士や地域包括支援センターにご相談ください。
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
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