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脳トレプリントで認知症は防げる? ― 研究結果からわかること

計算ドリルや漢字練習で認知症の進行は止められるのか。研究結果をもとに、本当に効果がある取り組みとご家庭でできる工夫をわかりやすくお伝えします。

📅 2026年3月28日 公開⏱ 読了目安 30分

この記事のポイント

「認知症の予防に脳トレがいい」「計算問題で脳が活性化する」――こうした情報は広く知られていますが、実際のエビデンス(科学的根拠)はどうなのでしょうか。この記事では、コクランレビューや大規模臨床試験などの質の高い研究を整理し、脳トレプリントが認知症に対して本当に効果があるのか、そして効果がある取り組みとは何なのかを解説します。

この記事で扱う「脳トレ」とは

まず、言葉の整理をしておきます。この記事で「脳トレプリント」とは、以下のようなものを指します。

この記事で扱う「脳トレプリント」の例
計算ドリル(足し算、引き算、かけ算など)漢字の読み書き練習間違い探し、迷路なぞり書き、塗り絵市販の「脳トレ」ワークブック

これらは介護施設や家庭で広く使われており、「脳を使うことで認知症の進行を遅らせられる」という期待のもとに提供されています。

研究の世界では3つのアプローチが区別されている

認知症に対するお薬以外のアプローチには、大きく分けて3つの種類があります。

アプローチどんなもの?
認知訓練計算や漢字など、特定の脳の力を繰り返し練習する(脳トレプリントはこれ)
認知刺激グループで会話や活動をしながら、脳の力と人との関わりを高める
認知リハビリテーション生活の困りごとに合わせて、作業療法士などと一緒に対策を考える

脳トレプリントは「認知訓練」にあたります。そして、この3つの中で認知訓練のエビデンス(科学的根拠)はいちばん弱いのが現状です。

エビデンス1:コクランレビューが示すこと

コクランレビューという、医療分野で最も信頼性の高い研究まとめがあります。認知症について2つの大事な結果が出ています。

グループ活動(認知刺激)の効果

2,704名を対象にした研究で、グループで会話や活動を行う認知刺激療法には次のような効果が確認されました。

  • 認知機能検査の点数が、何もしなかったグループより平均1.99点高かった
  • 人との会話ややりとりのしやすさが改善した(この結果はとくに確からしいとされています)
  • 生活の質(QOL)にもわずかな改善があった
  • 悪い影響の報告はなかった

ただし、いずれも効果は小さく、介入直後に測った短期的なものです。

ポイントは、これがグループでの活動の効果であって、1人でプリントを解くタイプのものではないということです。

脳トレプリント(認知訓練)の効果

33の研究をまとめた結果、計算ドリルのような認知訓練にも、何もしない場合と比べれば小さな効果があります。効果の大きさ自体はグループ活動とあまり変わりません。

違いは別のところにあります。認知訓練はほかのリハビリと比べると差がはっきりしませんでした。またグループ活動のほうは、認知機能だけでなく人とのやりとりのしやすさまで改善しています。

そしてもう一つ大切な点として、これらの研究で行われた認知訓練は、その人に合わせて難しさを調整し、多くは人が付き添って行ったものです。市販のプリントを一人で解くのとは違います。

エビデンス2:ACTIVE研究(20年間の追跡調査)

2,802名の高齢者を20年間追跡した世界最大級の研究があります。3種類の脳トレを比較した結果は次のとおりです。

トレーニングの種類認知症と診断されるリスク
処理速度トレーニング(あとから復習セッションを受けた人)約25%低かった
処理速度トレーニング(復習セッションなし)差がなかった
記憶トレーニング差がなかった
推論トレーニング差がなかった

大切なのは、リスクが低かったのは「あとから復習セッションを受けた人」だけだったという点です。同じトレーニングでも、復習がなければ差はありませんでした。

計算問題や漢字練習は「記憶」や「推論」に近いトレーニングですが、20年間追跡しても認知症予防の効果は確認されませんでした。

また、この研究は認知機能が正常な方が対象です。すでに認知症と診断された方への効果を示したものではない点に注意が必要です。

エビデンス3:川島隆太教授の「学習療法」研究

「脳を鍛える大人のトレーニング」で有名な川島教授の研究では、音読と計算の学習を週2〜6日、6か月続けたグループで、前頭葉のはたらきを調べる検査の点数が改善したという結果が出ています。

ただし、この研究にはいくつかの注意点があります。

  • 対象者が32名と少ない
  • スタッフと対面でやりとりしながら行った(1人でプリントを解くのとは違う)
  • 長期間の追跡がない

また、「脳が活性化する」ことと「認知症の進行が止まる」ことは同じではありません。テレビの健康番組などではこの区別があいまいになりがちですので、ご注意ください。

ガイドラインは何と言っているか

世界の主な医療ガイドラインの見解をまとめると次のとおりです。

  • WHO(世界保健機関): 脳トレは「やってもよい」程度の推奨。認知症の治療としては推奨していません
  • 英国の医療ガイドライン: グループでの認知刺激療法は「行う」と推奨。一方、認知訓練(脳トレ課題)は認知症の治療としては「行わない」と書かれています
  • 日本のガイドライン: 特定の脳トレ製品やプリントを推奨する記載はありません

つまり、「脳トレプリントで認知症が改善する」と認めている公的ガイドラインはないのが現状です。

なぜ「脳トレプリント」だけでは不十分なのか

研究を総合すると、脳トレプリントだけで認知症の進行を止められるという根拠は十分ではありません。主な理由は3つです。

1. 人との関わりがない

コクランレビューで人とのやりとりの改善まで確認されたグループ活動には、会話や他の人との交流が含まれています(Woods et al., 2023)。1人で黙々とプリントを解く場合、この要素が抜け落ちてしまいます。

2. 難しさが合わない

市販のプリントは、ご本人にとって簡単すぎるか、難しすぎることが多いです。簡単すぎると「子ども扱い」に感じてしまい、難しすぎると失敗が続いて気持ちが沈んでしまいます。

3. 脳の一部しか使わない

計算ドリルは計算の力を、漢字練習は言葉の力を使いますが、認知症では記憶・判断力・段取り力など多くの力が影響を受けます。脳トレの研究全般では、練習した課題そのものは上手になっても、他の分野や日常生活には効果が広がりにくいことが繰り返し指摘されています。

脳トレプリントが「害になる」場合

エビデンスの観点に加え、使い方によっては逆効果になる場合があります。

注意すべき状況:

注意すべき使い方
  • 本人が楽しんでいないのに「ボケないために」と続けさせる
  • 間違いを指摘して「また間違えた」と伝えてしまう
  • 毎日のノルマにして、本人のストレスになっている
  • 「脳トレをしていれば大丈夫」と、他の重要な介入(運動、社会参加、医療的管理)を後回しにする
  • 認知症が進行した際に、「脳トレをしなかったから悪化した」と本人や家族を責める

認知症は脳の器質的な疾患です。脳トレで進行が止められるものではなく、ましてや本人の努力不足で進行するものでもありません。

では、何が効果的なのか

ここまでのエビデンスを踏まえて、取り組みの方向性を整理します。

グループでの活動(認知刺激療法)

認知症に対するお薬以外の方法のなかで、公的ガイドラインが「提供する」と明記している数少ない方法です。テーマに沿った会話、昔の思い出話、言葉遊び、創作活動などをグループで行います。認知機能そのものへの効果は小さいものの、人とのやりとりのしやすさが改善するという点は、確からしさの高い結果として示されています。

運動

散歩やウォーキングなどの有酸素運動が、脳の健康維持に役立つことがわかっています。WHOは週150分以上の運動を勧めています。高齢になっても筋力は増やせるという研究結果を90歳でも筋力は増やせるというエビデンスの記事で紹介しています。

人との関わり

社会的なつながりが少ないことは、認知症のリスク要因としてよく挙げられます。ただしWHOは「社会活動が認知症のリスクを下げる」と言い切れるだけの根拠はまだない、という立場です。それでも、地域の集まりやグループ活動への参加は、ご本人の暮らしを豊かにするうえで大切です。「聞こえにくさ」が人との関わりを遠ざけてしまう問題については難聴と社会参加についての記事で解説しています。

組み合わせがいちばん大切

ひとつの方法だけに頼るのではなく、運動・人との関わり・脳への刺激・食事の管理を組み合わせることが、現在の研究で最も効果的とされています。

脳トレプリントを「良い形」で活用するには

ここまでの話を踏まえると、脳トレプリントは「効果がないからやめるべき」ではなく、使い方を工夫すれば意味のある活動になりうるということです。

効果的な使い方のポイント:

効果的な使い方のポイント
  • 1人で解かせず、誰かと一緒に取り組む — スタッフや家族が横で声をかけながら行う
  • 正解・不正解にこだわらない — 「脳を使う」プロセスそのものに意味がある
  • 本人の得意分野から始める — 元教師なら漢字、元経理なら計算など
  • 難しすぎない課題を選ぶ — 8割以上正解できるレベルが目安
  • 終わった後に「できましたね」と声をかける — 達成感を共有する
  • 嫌がったらすぐにやめる — 代わりの活動を提案する
  • 「これで認知症が治る」とは伝えない — 過度な期待を持たせない
ご家庭でできること
  • 一緒にやるのがいちばん大切。隣で声をかけながら取り組みましょう
  • 8割くらい正解できるレベルのものを選びましょう
  • 間違えても「惜しい!」「いい線いってますね」と前向きに声をかけましょう
  • 嫌がったら無理に続けないで、散歩や料理など別の活動に切り替えましょう
  • 「これで認知症が治る」とは思わず、楽しいコミュニケーションのきっかけとして使いましょう

脳トレに限らず、認知症のご家族への日々の接し方については認知症の家族への接し方10の工夫で詳しく解説しています。

つまり、脳トレプリントをコミュニケーションのきっかけとして、社会的な関わりの中で使うことが大切です。プリントそのものに効果があるのではなく、それを通じた人とのやりとりに価値があります。

まとめ

この記事のポイントを振り返ります。

問い現在のエビデンスの答え
脳トレプリントで認知症の進行を止められるか?止められるというエビデンスはない
脳トレプリントに認知機能への効果はあるか?個別に難易度を調整し対面で行う認知訓練には、何もしない場合と比べて小〜中程度の効果がある。ただし他の非薬物療法と比べた差は確認されていない
何が効果的か?グループでの認知刺激療法(CST)。公的ガイドラインが「提供する」と明記している数少ない認知的介入
ガイドラインはどう扱っているか?英国NICEは認知刺激療法を「提供する」、認知訓練は軽度〜中等度アルツハイマー病の治療としては「提供しない」としている(NG97 1.4.2/1.4.7)
脳トレプリントは無意味か?無意味ではないが、使い方が重要。人との関わりの中で活用する
ポイント

脳トレプリントだけで認知症の進行を止めることは難しいですが、人と一緒に楽しく取り組むことで、意味のある活動になります。大切なのは「正しいトレーニング」を追い求めることではなく、ご本人が安心して過ごせるつながりをつくることです。運動・人との関わり・脳への刺激を組み合わせながら、暮らし全体を豊かにする視点を持ちましょう。迷ったときは、作業療法士や地域包括支援センターにご相談ください。

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