この記事のポイント
- 矯正施設における作業療法は、英国・豪州を中心に「作業を通じた更生支援」として発展してきました
- 入所受刑者の22.0%が精神障害を有すると診断されており(令和6年)、OTの専門性が求められています
- 日本では黎明期にありますが、高齢受刑者の増加や再犯防止の観点から、OTの貢献が期待されています
「作業」と「更生」── 矯正施設にOTが必要な理由
矯正施設(刑務所・少年院等)における受刑者の社会復帰は、再犯防止と社会包摂の両面から重要な課題です。法務省『令和7年版犯罪白書』によると、令和5年(2023年)に出所した受刑者が2年以内に再び刑務所に入る割合(2年以内再入率)は13.8%でした。この割合は平成11年の23.4%をピークに長期的には低下していますが、出所事由別に見ると差が大きく、満期釈放者等は20.8%と、仮釈放者(9.6%)の2倍以上です。帰住先が定まらないまま満期で出所する方に再入所が偏っており、住居や就労先の確保が社会復帰の鍵を握っていることがうかがえます。
OTは「作業(意味のある活動)を通じた健康と参加の促進」を専門とする職種であり、この専門性は矯正施設での更生支援と本質的に結びついています。受刑者が塀の中で「作業」を行うことは、単なる懲罰的労働ではなく、生活スキルの獲得、自己効力感の回復、社会的役割の再構築につながる可能性を持っています。
刑務所などの矯正施設から出た方が、もう一度社会でやり直すことは、ご本人にとっても社会にとっても大切なことです。しかし現実には、出所後に再び犯罪を犯してしまう方も少なくありません。
作業療法士(OT)は、「意味のある活動」を通じて人の健康と社会参加を支援する専門家です。この専門性は、受刑者の方が社会で暮らすための力を育てることにも活かせます。
矯正施設OTの歴史と現状
歴史的背景
矯正施設における作業療法の歴史は、実は作業療法の起源と深く関わっています。
18〜19世紀のモラル・トリートメント(道徳療法)の時代、精神障害者の「人道的処遇」の一環として、園芸や手工芸などの作業活動が治療に取り入れられました。この考え方は、犯罪者の処遇にも影響を与え、「罰」から「更生」へという矯正思想の転換に寄与しました。
日本の現状
日本の矯正施設においては、OTの配置はほぼ行われていないのが現状です。刑務所内の作業(刑務作業)は法務省の管轄であり、医療専門職としてのOTが組織的に関与する仕組みはまだ確立されていません。
ただし、以下の動きがあります。
- 医療刑務所: 精神障害や身体障害を有する受刑者を収容する医療刑務所では、一部の施設でOTが関与しています
- 少年院: 発達障害や知的障害を抱える少年への支援として、OTの関与が模索されています
- 社会復帰支援: 出所後の地域定着支援において、障害福祉サービスとしてOTが関わるケースがあります
高齢受刑者の増加
日本の矯正施設では受刑者の高齢化が長期的に進んでいます。法務省『令和7年版犯罪白書』によると、令和6年(2024年)に新たに入所した受刑者のうち65歳以上は2,049人で、入所受刑者に占める割合(高齢者率)は13.8%でした。平成17年と比べると9.0ポイントの上昇で、70歳以上に限れば1,370人と平成17年(597人)の約2.3倍です。女性ではさらに高く21.6%に達します。ADLの低下、認知症、身体疾患を抱える方が増加しており、高齢受刑者への対応は、まさにOTの専門領域です。
情報
ここでの高齢者率は、その年に新たに入所した受刑者(入所受刑者)に占める割合です。施設内に現に収容されている受刑者(在所受刑者)の年齢構成とは分母が異なるため、数値を引用する際は年次と分母をあわせて確認してください。
海外と日本の違い
海外(特にイギリスやオーストラリア)では、刑務所にOTが配置され、受刑者の社会復帰を支援する取り組みが進んでいます。一方、日本ではOTが矯正施設で働く仕組みがまだ十分に整っていません。
しかし、日本でも高齢の受刑者が増えていることが大きな課題になっています。年を取って体が不自由になった受刑者が、出所後に一人で生活できるよう支援するには、OTの専門知識が不可欠です。
海外の実践 ── 英国と豪州に学ぶ
英国の実践
英国は矯正施設OTの先進国であり、Royal College of Occupational Therapists(RCOT)が矯正施設におけるOTの役割を公式に位置づけています。
英国の矯正施設OTの主な実践
- メンタルヘルス支援: 受刑者の精神健康の評価と介入。特にうつ、不安、PTSD、パーソナリティ障害への対応
- 生活スキルプログラム: 調理、金銭管理、時間管理、住居探しなど、出所後の生活に必要なスキルの訓練
- 感覚調整プログラム: 感覚処理の問題を抱える受刑者(特に発達障害のある方)への感覚調整室(Sensory Room)の活用
- 作業参加の促進: 施設内での意味ある活動(教育、職業訓練、創作活動)への参加を促進し、作業剥奪を軽減
- 暴力リスクの低減: 意味ある作業への参加を通じて、攻撃性や暴力行為のリスクを下げることを実践上の目標に据えています
エビデンスの現在地
意味ある作業への参加が攻撃性を減らす可能性を示す研究はあります。矯正施設のOTを対象とした2025年のスコーピングレビュー(Elder ら)では、作業療法プログラムに参加した被収容者で暴力行為や社会的孤立感の低下が報告されています。ただし収載されたのは11件にとどまり、いずれもランダム化されておらず、同レビュー自身が作業療法と再犯率・生活の質との間に直接的な因果関係を確立することは困難であると明記しています。現時点では「有望だが確立途上」と捉えるのが適切です。
感覚調整室(Sensory Room)
英国の一部の矯正施設では、OTの主導で感覚調整室が設置されています。これは、ストレスや怒りを感じた受刑者が、感覚刺激(重み付きブランケット、アロマ、音楽など)を用いて自己調整を行うための空間です。ただし、矯正施設で隔離房(分離拘禁)の使用そのものが減ったことを示す研究は、現時点では確認できていません。感覚調整室が隔離や身体拘束を減らすという報告は主に精神科の入院病棟によるもので、その結果も一貫していないため、矯正施設への応用は精神科領域の知見からの示唆という段階にあると理解しておく必要があります。
豪州の実践
豪州では、Occupational Therapy Australiaが矯正施設でのOTの実践をサポートしています。
- 先住民(アボリジナル・トレス海峡諸島民)の受刑者への文化的に適切な作業療法の実践
- 女性受刑者への特化したプログラム: トラウマインフォームドケアの視点を取り入れた作業療法
- 出所前の移行支援への関与: 州の矯正当局が実施する出所前の地域移行支援(住居・就労・保健福祉サービスの調整)の枠組みの中で、生活機能の評価や日課の再構築を担う役割が期待されています
イギリスの取り組み
イギリスでは、刑務所にOTが配置され、さまざまなプログラムを提供しています。
- 心のケア: うつや不安、トラウマを抱える受刑者の心理的サポート
- 生活スキルの練習: 料理、お金の管理、住居探しなど、出所後に必要なスキルの訓練
- 感覚調整室: ストレスや怒りを感じたときに、安全に気持ちを落ち着かせるための特別な部屋を設置
オーストラリアの取り組み
- 出所前から、住む場所や仕事、福祉サービスの準備を計画的に進める仕組みがあり、その中でOTの視点が活かされています
- 女性受刑者や先住民の受刑者など、それぞれの背景に配慮した支援
対象者の特性 ── なぜOTが必要なのか
矯正施設の受刑者には、以下のような特性を持つ方が多く含まれています。これらはいずれもOTの専門領域と重なります。
精神疾患
法務省『令和7年版犯罪白書』によると、令和6年(2024年)に入所した受刑者14,822人のうち、刑事施設等で精神障害を有すると診断された方は3,266人(22.0%)でした。内訳は、その他の精神障害(認知症・摂食障害・行為障害等)11.3%、精神作用物質使用による精神及び行動の障害2.5%、知的障害2.2%、気分障害2.1%、神経症性障害1.6%、統合失調症1.4%、発達障害0.5%、人格障害0.4%です。少年院入院者ではさらに高く35.4%(うち発達障害が20.3%)に上ります。なお、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った方への支援は矯正ではなく医療の枠組みで行われます(医療観察法と作業療法士の役割)。
ただしこの数値は刑事施設等で診断が付いた方を集計した行政統計です。後述するとおり知的障害や発達障害が未診断のまま服役しているケースが少なくないため、実際に支援を要する方の割合はこれを上回ると考えられます。適切な精神科治療と並行して、OTが日常生活の安定と社会スキルの獲得を支援する必要があります。
発達障害・知的障害
ADHD(注意欠如多動症)やASD(自閉スペクトラム症)、知的障害を持つ受刑者の割合は一般人口よりも高いことが知られています。特に知的障害は未診断のまま服役しているケースが少なくありません。OTは認知特性の評価と、特性に合わせた環境調整・活動適応を行うことができます。
トラウマ歴
受刑者の多くは、幼少期の虐待、ネグレクト、いじめなどのトラウマ体験を持っています。トラウマインフォームドケアの視点を持ったOTの関わりが重要です。
高齢・身体障害
前述のとおり、高齢受刑者の増加に伴い、ADL低下、認知症、慢性疾患への対応が求められています。バリアフリーではない施設環境の中で、いかに日常生活を維持するかがOTの腕の見せどころです。
矯正施設にいる方々の中には、さまざまな困難を抱えている方が多くいます。
- 心の病気: 新たに刑務所に入る方のおよそ5人に1人(22.0%)が、精神障害があると診断されています(法務省『令和7年版犯罪白書』・令和6年)
- 発達の特性: ADHD(注意欠如多動症)や知的障害が未診断のまま服役しているケースがあります
- つらい経験: 子ども時代の虐待やいじめなど、つらい体験を抱えている方が少なくありません
- 高齢化: 年を取って体が不自由になり、日常生活が困難になっている方が増えています
こうした方々には、「罰」だけではなく、適切な支援が必要です。OTはこれらの課題に専門的に対応できる職種です。
作業を通じた更生支援
矯正施設におけるOTの支援は、「作業参加を通じた更生」という独自の視点に基づきます。
意味ある作業の回復
受刑者の多くは、犯罪に至る以前から意味のある作業への参加が制限されていた(作業剥奪・作業疎外の状態にあった)方々です。OTは以下のアプローチで「意味ある作業」を回復します。
- 作業歴の聴取: 過去に楽しめた活動、得意だったこと、興味のあることを丁寧に聞き取ります
- 施設内活動の選択と適応: 教育プログラム、職業訓練、創作活動、スポーツなどから、本人にとって意味のある活動を選択し、参加を支援します
- 新しい作業の探索: これまで経験したことのない活動への挑戦を促し、新たな興味や能力の発見を支援します
自己効力感の回復
犯罪に至る背景には、多くの場合自己効力感の低下があります。「自分にはどうせできない」「自分には価値がない」という認知が、社会からの逸脱行動につながることがあります。
OTは作業活動を段階づけ(grading)し、成功体験を積み重ねることで自己効力感の回復を図ります。
社会的スキルの獲得
- SST(社会生活技能訓練): 対人関係のスキルを練習します
- 怒りのマネジメント: 怒りの感情を適切にコントロールする方法を学びます
- 問題解決スキル: 衝動的な行動ではなく、考えてから行動する力を育てます
- ストレス対処: 健康的なストレス発散の方法を身につけます
OTは矯正施設で、「活動を通じて人が変わる」という考え方に基づいた支援を行います。
「できた」を積み重ねる
「自分にはどうせ無理だ」と思い込んでいる方に、少しずつ「できた」という体験を積み重ねてもらうことが大切です。簡単な活動から始めて、徐々にレベルを上げていくことで、自信を取り戻していきます。
人との関わり方を練習する
- 相手の気持ちを考えて話す練習
- 怒りの感情をコントロールする方法
- 困ったときに助けを求める方法
こうしたスキルを、安全な環境の中で練習します。
出所後の支援 ── 地域で暮らし続けるために
出所後の生活環境の確保は、再犯防止の最重要課題です。OTは出所前から地域の支援者と連携し、継続的な支援体制を構築します。
出所前の準備
- 住居の確保: 更生保護施設、自立準備ホーム、グループホームなどの調整を行います。住まいを失った状態からの生活再建についてはホームレス支援における作業療法もあわせてご覧ください
- 社会資源の情報提供: 利用可能な福祉サービス、医療機関、就労支援機関の情報を提供します
- 生活シミュレーション: 施設内で地域生活を模擬的に体験するプログラムを実施します
出所後の支援
- 地域定着支援: 地域生活定着支援センターと連携し、出所者の地域生活を支援します
- 障害福祉サービスの活用: 精神障害者保健福祉手帳や療育手帳の取得を支援し、適切な障害福祉サービスにつなげます
- 就労支援: 就労移行支援事業所や協力雇用主との連携を行います
- 再犯防止のフォローアップ: 生活の安定と作業バランスの維持を長期的に支援します
ヒント
2016年に制定された「再犯の防止等の推進に関する法律(再犯防止推進法)」は、受刑者の社会復帰支援を国の責務として位置づけています。この法的基盤のもとで、OTが矯正施設および出所後の支援に参画する道が開かれつつあります。
出所後に安定した生活を送れるかどうかが、再び犯罪を犯さないための鍵です。
出所前の準備
- 住む場所を見つける: 更生保護施設やグループホームなどの調整を行います
- 使える制度を知る: 生活保護や障害福祉サービスなど、利用できる支援制度の情報を提供します
出所後のサポート
- 地域での見守り: 地域生活定着支援センターが地域での生活をサポートします
- 仕事探し: 就労支援機関と連携して、仕事を見つけるお手伝いをします
- 継続的な支援: 生活が安定するまで、長期的にサポートを続けます
ヒント
出所後の生活に不安がある場合は、地域生活定着支援センター(各都道府県に設置)にご相談ください。住居、就労、福祉サービスなど、さまざまな相談に対応しています。
矯正施設における作業療法の実践と可能性 ── まとめ
- 矯正施設OTは英国・豪州で先行しており、感覚調整室の活用や生活スキルプログラムなどの実践が蓄積されています
- 入所受刑者の22.0%が精神障害を有すると診断されており(令和6年)、未診断例も踏まえるとOTの専門性が不可欠です
- 「意味ある作業」への参加を通じた自己効力感の回復と社会的スキルの獲得が、更生支援の核心です
- 高齢受刑者の増加は、日本の矯正施設にOTが参画するための具体的な契機となりえます
- 再犯防止推進法の制定により、OTが矯正・更生支援に貢献する法的基盤が整いつつあります
大切なポイントのまとめ
- 海外では刑務所にOTが配置され、受刑者の社会復帰を支援する取り組みが進んでいます
- 新たに入所する受刑者の22.0%(令和6年)が精神障害の診断を受けており、専門的な支援が必要です
- 「できた」という成功体験の積み重ねと、人との関わり方の練習が社会復帰の鍵です
- 日本でも高齢受刑者の増加に伴い、OTの役割への期待が高まっています
- 出所後のサポートについては地域生活定着支援センターに相談できます
- 法務省『令和7年版 犯罪白書』第5編第3章3 出所受刑者の再入率の推移(令和5年出所者の2年以内再入率13.8%)
- 法務省『令和7年版 犯罪白書』第4編第8章第2節2 高齢入所受刑者(令和6年 2,049人・高齢者率13.8%)
- 法務省『令和7年版 犯罪白書』第4編第10章第2節2 精神障害を有すると診断された入所受刑者(令和6年 3,266人・22.0%)
- 法務省「再犯防止推進計画 指標番号3 出所受刑者の2年以内再入者数及び2年以内再入率」
- 再犯の防止等の推進に関する法律(平成28年法律第104号)e-Gov法令検索
- Elder E, Werner S, Crilly J. The role, challenges, and impact of occupational therapists in custodial settings: A scoping review. Australian Occupational Therapy Journal. 2025;72(4):e70042.
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この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
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