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専門職向け#作業療法#エビデンス#臨床推論

リハビリテーションにおける「宗教」と「科学」── フレームワーク信仰から仮説検証へ

特定のフレームワークに基づく行動を「宗教」、仮説検証による再現性追求を「科学」と定義し、リハビリテーションの歴史と現在を批判的に考察します。

📅 2026年4月1日 更新読了目安 16分

この記事のポイント

  • 「特定のフレームワークに基づく行動の促進」を宗教、「仮説の立案→検証→再現性の追求」を科学と定義します
  • リハビリテーションには歴史的に「宗教的」な側面が存在し、現在も完全には克服されていません
  • 臨床家に求められるのは、フレームワークを「信仰」するのではなく「仮説生成の道具」として使う姿勢です

はじめに── 2つの定義

本稿では、以下の定義に基づいて議論を進めます。

宗教:特定のフレームワークを提示し、そのフレームワークに基づいた行動を促すもの。

科学:相対的に仮説を立案し、その仮説に基づいて検証作業となる行動を起こし、結果と仮説の比較を行うことによって再現性を高めていく過程。

この2つの定義は、宗教学的・科学哲学的な正式な定義とは異なります。しかし、臨床実践を振り返るための「レンズ」として、驚くほど有用です。

リハビリテーションの歴史を振り返ったとき、私たちの実践は「科学」だったのでしょうか、それとも「宗教」だったのでしょうか。

第1章:リハビリテーションにおける「宗教」の時代

ボバース法── 最も成功した「教義」

1940年代、英国の神経科医カレル・ボバースと理学療法士ベルタ・ボバースは、セラピストのハンドリングによって筋緊張と姿勢反射をコントロールし、「正常に近い運動パターン」の獲得を目指すアプローチを提唱しました。

このアプローチは急速に世界中に広まりました。日本には1970年に梶浦一郎によって導入され、講習会制度を通じて全国のセラピストに伝播しました。

ここで注目すべきは、その伝播の構造です。

ボバース法は「フレームワーク」として提示され、認定講習会を通じて「そのフレームワークに基づいた行動」が促されました。受講者は講師の手技を模倣し、その体系の中で臨床を行いました。フレームワークの正しさを検証する過程は、少なくとも初期には存在しませんでした。

冒頭の定義に照らせば、これは「宗教」の構造そのものです。

2022年、Anna Te VeldeとIona Novakらがシドニー大学から発表したメタアナリシスは、脳性麻痺児に対するボバース法の運動機能改善効果が無治療と有意差がないことを示しました(効果量0.13、95%CI: −0.20〜0.46)。結論は明確でした。「ボバースおよびNDTは有効ではなく、de-implement(廃止)すべきである」。

70年以上にわたって世界中のセラピストが「信仰」してきたフレームワークが、科学的検証によって否定されました。これは宗教の時代の終焉を告げる出来事のはずでした。

しかし、話はそう単純ではありません。

ROM訓練── 手段の目的化という「儀式」

「とりあえずROM訓練」という言葉に心当たりはないでしょうか。

関節可動域訓練(ROM exercise)は、本来、関節可動域制限の原因を分析し、その原因に基づいた介入として行われるべきものです。しかし臨床の現場では、制限の原因評価を行わずにルーティンとして反復されることが少なくありません。

ここには仮説が存在しません。「なぜこの関節にこの方向のストレッチが必要なのか」「どの組織が制限因子なのか」「どの程度の強度・頻度で改善が見込めるのか」──こうした問いが立てられないまま、「ROM訓練をする」という行動だけが繰り返されます。

仮説なき行動の反復。これは科学ではなく、儀式です。

師弟制度── フレームワークの人格化

日本のリハビリテーション教育には、師弟制的な構造が色濃く残ってきました。

「○○先生のやり方」が、そのまま臨床のフレームワークとなります。先生の手技を模倣し、先生の理論で患者を解釈し、先生の言葉で記録を書きます。フレームワークが特定の人格と結びつくと、そのフレームワークへの批判は人格への批判と受け取られ、検証の機会が失われます。

科学哲学者カール・ポパーは、「真の科学は反証可能でなければならない」と述べました。反証を許さない体系は、科学ではありません。師の権威によって反証が封じられる構造は、科学的営みとは正反対のものです。

第2章:「科学」への転換点

EBMの登場── Sackett(1996)の衝撃

1996年、David SackettがBMJに発表した「Evidence based medicine: what it is and what it isn't」は、医療全体のパラダイムを転換させました。

Sackettの定義は明確でした。「個々の患者のケアに関する意思決定において、現在得られる最良のエビデンスを誠実に、明示的に、かつ分別をもって用いること」。

ここで重要なのは、Sackettが3つの要素の統合を求めた点です。

  1. 最良の研究エビデンス
  2. 臨床家の専門的技能・経験
  3. 患者の価値観・希望

エビデンスだけでは不十分であり、臨床家の判断と患者の意向も含めた意思決定が求められます。これは「特定のフレームワークに基づく行動の促進」とは根本的に異なります。

クーンのパラダイムシフトとリハビリの歴史

科学哲学者トーマス・クーンは、科学の発展が「通常科学→異常の蓄積→危機→科学革命→新たな通常科学」というサイクルで進むと論じました。

リハビリテーションの歴史には、このパラダイムシフトが少なくとも2回起きています。

第1のシフト:ICIDH → ICF(1980→2001)

WHOの国際障害分類(ICIDH)は「疾病→機能障害→能力障害→社会的不利」という直線的な医学モデルでした。2001年のICF(国際生活機能分類)は、健康状態・環境因子・個人因子の双方向的相互作用モデルへと転換しました。

第2のシフト:神経生理学的アプローチ → 運動学習アプローチ

ボバース法に代表される神経生理学モデルから、課題指向型訓練や運動学習理論に基づくアプローチへの転換です。複数のメタアナリシスが、運動学習アプローチの優位性を示しています。

いずれのシフトも、「異常の蓄積」──つまり既存フレームワークでは説明できない現象や、検証による否定──が臨界点に達したときに起きています。

仮説演繹法と臨床推論

1978年、ElsteinらはEBMに先駆けて仮説演繹法に基づく臨床推論モデルを提唱していました。

臨床推論の過程は、まさに冒頭で定義した「科学」の過程に他なりません。

  1. 患者の情報から仮説を立てます(「この可動域制限は筋短縮によるものではないか」)
  2. 仮説に基づいて検証行動を起こします(筋の伸張性テスト、関節内運動の評価)
  3. 結果と仮説を比較します(仮説と一致するか、修正が必要か)
  4. このサイクルを繰り返し、再現性を高めます

作業療法の研究者Mattingly(1991)は、この過程について重要な指摘をしています。「治療は推論の帰結ではなく、推論のプロセスの一部である」。つまり、治療行為そのものが仮説検証の手段なのです。

第3章:現在も残る「宗教」的側面

エビデンス至上主義── 新たな「教義」の誕生

皮肉なことに、「エビデンスに基づく実践」そのものが新たな「宗教」になり得ます。

「エビデンスがあるからこの介入を行う」「ガイドラインにこう書いてあるからこうする」──この態度は一見科学的に見えますが、実は冒頭の定義に照らせば「特定のフレームワーク(エビデンス)に基づく行動の促進」であり、宗教の構造を持っています。

Sackettが繰り返し強調したのは、エビデンスは意思決定の一要素に過ぎないということでした。目の前の患者の個別性を無視してエビデンスを機械的に適用するならば、それはEBMではなく「エビデンス教」です。

認定制度という構造

特定のアプローチの「認定セラピスト」制度も、宗教的構造を持ち得ます。

認定講習会では特定のフレームワークが教授され、そのフレームワークに基づいた実践が促されます。認定の更新にはそのフレームワーク内での研修が求められます。フレームワークの外側からの検証は、構造上、奨励されません。

もちろん、専門性の深化や質の担保という正当な目的があります。しかし、そのフレームワーク自体が科学的検証に耐えるものかどうかを問い続ける仕組みがなければ、認定制度は「正統な信仰者」を認証する制度になりかねません。

日本の作業療法とEBPの現状

日本の作業療法におけるエビデンス構築は、依然として発展途上にあります。

研究によれば、EBPの実践を妨げる主な障壁は、知識や研究スキルの不足に加え、自己効力感の低さが大きな要因として特定されています。「自分にはエビデンスを読み解く力がない」「自分の臨床を科学的に検証する能力がない」という信念が、多くの臨床家をフレームワーク依存──つまり宗教的態度──に留めています。

第4章:フレームワークを「道具」として使う

ポパーの教え── 推測と理論を区別する

Goligherら(2021)は、ポパーの反証主義を臨床に適用し、以下の問いを立てることを提案しています。

ポパーの3つの問い
  • それは推測(conjecture)か、検証された理論(theory)か
  • 高品質なテストで評価されているか
  • 理論的に反証可能か

臨床で出会うフレームワーク──ボバース法であれ、感覚統合療法であれ、MOHOであれ──に対して、この3つの問いを立てることが「科学」の第一歩です。

フレームワークは「仮説生成装置」です

フレームワークそのものが悪いわけではありません。問題は、フレームワークとの関わり方にあります。

フレームワークを「信仰の対象」とすれば宗教になります。フレームワークを「仮説を生み出すための道具」として使えば科学になります。

たとえばMOHOの「意志─習慣化─遂行能力」という枠組みは、患者を理解するための仮説生成装置として極めて有用です。「この患者の活動参加が低下しているのは、意志(動機づけ)の問題なのか、習慣化(ルーティン)の崩壊なのか、遂行能力(身体・認知機能)の制限なのか」──MOHOはこの仮説を立てる補助線を提供してくれます。

しかし、MOHOが示す答えをそのまま受け入れるのではなく、その仮説を検証する行動を起こし、結果と比較し、仮説を修正していくこと。この過程こそが科学的実践です。

臨床における「科学」の実践

日々の臨床で「科学」を実践するとは、以下のサイクルを回し続けることに他なりません。

  1. 観察から仮説を立てます:フレームワークを補助線として使い、目の前の患者に対する「なぜ」を言語化します
  2. 仮説に基づいて介入します:介入は「仮説を検証するための実験」です
  3. 結果を測定します:主観的印象ではなく、可能な限り定量的に
  4. 仮説と結果を比較します:仮説が正しければ継続、誤っていれば修正します
  5. 修正した仮説で再び介入します:この繰り返しが再現性を高めます

このサイクルにおいて、フレームワークはステップ1で使う道具に過ぎません。ステップ2以降ではフレームワークから離れ、目の前の現実と向き合います。

結論:あなたの臨床は「宗教」か「科学」か

リハビリテーションには歴史的に「宗教」的側面が存在しました。特定のフレームワークが「正しいもの」として提示され、そのフレームワークに基づく行動が促されました。ボバース法の隆盛と検証による否定は、その最も明確な事例です。

そして現在も、この構造は完全には克服されていません。認定制度、師弟関係、さらにはエビデンス至上主義という形で、「フレームワーク信仰」は形を変えて存続しています。

しかし同時に、リハビリテーションは確実に「科学」に向かっています。EBMの導入、臨床推論の体系化、ICIDHからICFへのパラダイムシフト──これらはいずれも「仮説を立て、検証し、再現性を高める」という科学の過程が機能した結果です。

問われているのは、あなた自身の臨床の在り方です。

今日、あなたが患者に行った介入には、仮説があったでしょうか。その仮説は検証されたでしょうか。結果と仮説を比較したでしょうか。

もし「先生がこう言っていたから」「ガイドラインにこう書いてあるから」「昔からこうやってきたから」──それだけが理由であるなら、あなたの臨床はまだ「宗教」の領域にあります。

フレームワークを捨てる必要はありません。ただ、フレームワークとの関わり方を変える必要があります。信仰の対象から、仮説生成の道具へ。その転換が、臨床を「科学」にします。


参考文献
  • Te Velde A, Novak I, et al. Early intervention for infants with cerebral palsy: A meta-analysis. Pediatrics. 2022;150(1).
  • Damiano DL. Bobath, NeuroDevelopmental Therapy, and clinical science: Rebranding versus rigor. Dev Med Child Neurol. 2024.
  • Sackett DL, et al. Evidence based medicine: what it is and what it isn't. BMJ. 1996;312(7023):71-72.
  • Goligher EC, et al. Falsifiability in medicine: what clinicians can learn from Karl Popper. Intensive Care Med. 2021;47:1054-1056.
  • Kuhn TS. The Structure of Scientific Revolutions. University of Chicago Press; 1962.
  • Popper KR. The Logic of Scientific Discovery. Routledge; 1959.
  • Elstein AS, Shulman LS, Sprafka SA. Medical Problem Solving: An Analysis of Clinical Reasoning. Harvard University Press; 1978.
  • Mattingly C. What is clinical reasoning? Am J Occup Ther. 1991;45(11):979-986.

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