この記事のポイント
- 東日本大震災で障害者の死亡率は住民全体の約2倍。災害時の「情報・移動・環境変化」が命に関わる
- 2021年の災害対策基本法改正で「個別避難計画」の作成が市町村の努力義務に
- 障害の種別ごとに必要な備えは異なる。身体・知的・精神・発達障害それぞれのポイントを解説
- 作業療法士は災害支援チーム(JRAT)の一員として、避難生活の「活動と参加」を支える
はじめに ── 災害と障害者の「見えないリスク」
日本は地震・台風・豪雨など自然災害が多い国です。2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨、そして能登半島地震と、大規模災害が繰り返し発生しています。
こうした災害が起きたとき、障害のある方は特に大きなリスクにさらされます。
障害のある方の死亡率は全体の2倍
避難計画が未整備の自治体
全国の福祉避難所の数
NHKの調査によれば、東日本大震災における障害者の死亡率は住民全体の約2倍に達しました。この数字は、災害時に障害のある方が直面する困難の深刻さを物語っています。
では、なぜ障害のある方のリスクが高くなるのでしょうか。
- 情報の壁 — 聴覚障害のある方は防災無線が聞こえず、視覚障害のある方は避難経路の表示が見えない
- 移動の壁 — 車いす利用者はがれきの中を移動できず、知的障害のある方はパニックで避難行動がとれない
- 環境変化の壁 — 避難所の雑踏・騒音が感覚過敏のある方に大きな苦痛を与え、生活リズムの崩壊が精神障害の悪化を招く
こうしたリスクは、事前の備えによって大きく軽減できます。この記事では、障害のある方とそのご家族が「今日からできる防災準備」を、エビデンスに基づいてお伝えします。
災害が起きたとき、障害のある方は特に大きなリスクにさらされます。東日本大震災では、障害のある方の死亡率は住民全体の約2倍でした。
障害のある方が災害時に直面する壁は大きく3つあります。
- 情報の壁 — 防災無線が聞こえない、避難経路の表示が見えないなど
- 移動の壁 — がれきの中を車いすで移動できない、パニックで動けなくなるなど
- 環境変化の壁 — 避難所の雑踏や騒音がつらい、生活リズムが崩れて体調が悪化するなど
これらのリスクは、事前の備えで大きく減らすことができます。
個別避難計画をつくる
個別避難計画とは
2021年の災害対策基本法の改正により、避難行動要支援者一人ひとりについて「個別避難計画」を作成することが市町村の努力義務となりました(同法第49条の14)。
個別避難計画とは、災害時に自力での避難が困難な方について、「誰が」「どのように」「どこへ」避難を支援するかをあらかじめ決めておく計画です。
計画は「つくって終わり」ではありません
個別避難計画は年に1回以上の見直しが推奨されています。障害の状態や住環境の変化、支援者の異動などに応じて更新しましょう。内閣府の「個別避難計画作成ガイドライン」(2021年)では、福祉専門職の参画が重要とされています。
計画づくりの流れ
情報を整理する
- 1本人の障害特性・医療的ケア・コミュニケーション方法を書き出す
- 2自宅周辺のハザードマップを確認する
- 3避難先候補(一般避難所・福祉避難所)を調べる
支援者を決める
- 4近隣の協力者(自治会・民生委員等)に声をかける
- 5複数の支援者を確保する(1人では不十分)
- 6支援者と連絡方法(電話・LINE等)を決める
計画を作成・共有する
- 7市町村の書式に記入し提出する
- 8本人・家族・支援者・ケアマネ等で内容を共有する
- 9年1回以上見直し、避難訓練に参加する
OTやケアマネジャーなどの福祉専門職は、本人の障害特性と生活状況を把握しているため、計画作成に大きく貢献できます。日頃のサービス担当者会議などで防災について話し合っておくことが重要です。
個別避難計画とは、災害時に「誰が」「どうやって」「どこに」避難を手伝うかをあらかじめ決めておく計画です。2021年の法改正で、市町村が作成を進めることになりました。
計画づくりの3ステップ
1. 情報を整理する
ご本人の障害の特徴、必要な薬や医療機器、コミュニケーション方法を書き出します。ハザードマップも確認しましょう。
2. 支援者を決める
近所の方や民生委員など、避難を手伝ってくれる人を複数確保します。連絡方法も決めておきましょう。
3. 計画を作成・共有する
市町村の窓口で書式をもらい記入します。ご家族・支援者全員で内容を共有し、年1回は見直しましょう。
離れて暮らすご家族の場合は、日頃からの見守り体制づくりが災害時の備えにも直結します。一人暮らしの親を見守る仕組みづくりも参考にしてください。
障害種別ごとの備え
障害の種類によって、災害時に直面する困難と必要な備えは異なります。ここでは4つの障害種別ごとにポイントを整理します。
身体障害のある方
身体障害のある方にとって、最大の課題は移動手段の確保と医療機器・福祉用具の維持です。
移動手段を複数確保
車いすの代替手段(おんぶひも・担架等)を準備。エレベーター停止に備え、階段避難の方法を支援者と練習する
医療機器の電源対策
人工呼吸器や吸引器を使用する方は、外部バッテリーやポータブル電源を確保。充電を毎日確認する
福祉用具の情報カード
車いすやストマ用品の型番・サイズ・メーカー情報をカードにまとめ、非常持出袋に入れておく
床ずれ防止の準備
避難生活では寝具が限られるため、簡易クッションやエアマットの備えが重要
知的障害のある方
知的障害のある方にとっては、環境変化への適応の難しさとコミュニケーションの課題が大きな壁となります。
視覚的な避難手順書
写真やイラストを使った避難手順カードを作成し、日頃から練習しておく
安心グッズの準備
本人が安心できるもの(お気に入りのタオル・音楽プレーヤー等)を非常持出袋に入れる
ヘルプカードの携帯
氏名・障害特性・緊急連絡先・配慮してほしいことを記載したカードを常時携帯する
避難所の事前見学
可能であれば避難所を事前に見学し、場所に慣れておくことで不安を軽減する
精神障害のある方
精神障害のある方は、服薬の継続とストレスによる症状悪化の予防が最優先課題です。
薬の備蓄と情報管理
最低1週間分の薬を確保。お薬手帳のコピーまたは写真をスマートフォンに保存しておく
主治医・相談先の連絡カード
主治医の連絡先、最寄りの精神科救急情報センターの番号をカードにまとめる
ストレス対処法の整理
自分なりのリラクゼーション法(深呼吸・音楽等)をリスト化し、非常時にも実行できるよう準備する
プライバシーの確保手段
アイマスク・耳栓・パーティション代わりの布など、避難所での刺激を遮る物品を備える
発達障害のある方
ASDやADHDのある方は、感覚過敏への配慮と見通しの持てる環境づくりが鍵になります。
感覚過敏への対策
イヤーマフ・サングラス・触覚に配慮した衣類など、感覚的な苦痛を軽減する物品を準備する
スケジュールの視覚化
避難生活中の1日の流れをイラスト付きで示せる携帯用スケジュールボードを用意する
安全な退避スペース
パニック時に落ち着ける場所を避難所内で確保できるよう、事前に避難所運営者に相談する
本人が理解できる説明資料
「地震が来たらどうする」をソーシャルストーリー形式で作成し、繰り返し練習する
障害のある方の防災対策は、その方の『ふだんの暮らし』を知ることから始まります。日常生活を支える作業療法士だからこそ、その人に合った備えを一緒に考えることができるのです。
— 日本作業療法士協会 災害支援指針より趣旨要約
障害の種類によって、必要な備えは異なります。ご本人の特性に合わせて確認しましょう。
身体障害のある方
車いすの代替移動手段、医療機器のバッテリー、福祉用具の情報カードを準備しましょう。
知的障害のある方
写真付きの避難手順カード、安心できるグッズ、ヘルプカードを準備しましょう。できれば避難所の事前見学も。
精神障害のある方
1週間分の薬の備蓄、お薬手帳のコピー、主治医の連絡カード、耳栓やアイマスクを準備しましょう。
発達障害のある方
イヤーマフなどの感覚過敏対策グッズ、スケジュールボード、「地震が来たらどうする」の練習をしておきましょう。
福祉避難所の仕組み
福祉避難所とは
福祉避難所とは、一般の避難所では生活が困難な高齢者・障害者・妊産婦・乳幼児などの要配慮者を受け入れるために設置される避難所です。2021年の制度改正により、要配慮者が直接避難できる「指定福祉避難所」の仕組みが整備されました。
- バリアフリー環境 — 段差の解消、車いす対応トイレ、手すりの設置などが整備されている
- 専門スタッフの配置 — 介護職員・看護師・OT等の専門職がケアにあたる
- 必要な物資の備蓄 — 介護用品、医療物資、アレルギー対応食などが備蓄されている
- 少人数の落ち着いた環境 — 一般避難所より少人数で、感覚過敏やパニックに配慮した環境が確保されやすい
福祉避難所を利用するために
事前の確認が重要です
福祉避難所は災害発生後に開設されるものであり、平常時は閉鎖されています。お住まいの自治体で指定福祉避難所がどこにあるか、対象要件は何かを事前に確認しておきましょう。市区町村の防災担当課や障害福祉課に問い合わせることで情報が得られます。
福祉避難所を利用するまでの一般的な流れは以下のとおりです。
- 災害発生時、まず最寄りの一般避難所(指定避難所)に避難する
- 一般避難所で、要配慮者として受付・スクリーニングを受ける
- 福祉避難所での対応が必要と判断された場合、市町村が福祉避難所への移送を手配する
- 2021年の改正により、事前に「指定福祉避難所」として公示された施設には直接避難も可能に
ただし、指定福祉避難所への直接避難が実際に機能するかは自治体によって異なります。個別避難計画の中で、どの避難所に行くかを明確にしておくことが大切です。
福祉避難所とは、障害のある方や高齢者などが安心して過ごせるように整備された避難所です。バリアフリー環境や専門スタッフの配置が特徴です。
事前に場所を確認しておきましょう
お住まいの自治体で福祉避難所がどこにあるか、市区町村の防災担当課や障害福祉課に問い合わせておきましょう。
OTが災害支援で果たす役割
JRATとは
JRAT(Japan Rehabilitation Assistance Team)は、大規模災害時にリハビリテーション専門職を被災地に派遣する組織です。理学療法士・作業療法士・言語聴覚士をはじめとする多職種で構成されています。
JRATは東日本大震災の教訓から2014年に設立され、熊本地震(2016年)、西日本豪雨(2018年)、令和元年東日本台風(2019年)、能登半島地震(2024年)などで支援活動を行ってきました。
OTの具体的な支援内容
OTは、災害支援において「生活の再建」を専門的な視点から支える役割を担っています。
- 生活不活発病の予防 — 避難所で動かない生活が続くと心身機能が低下する。OTは活動プログラムを導入し、生活リズムの維持を支援する
- 福祉用具・自助具の調整 — 被災で失われた福祉用具の代替品を手配し、限られた環境でも日常生活動作が行えるよう工夫する
- 環境調整 — 避難所内のレイアウトを改善し、車いす利用者や高齢者が移動しやすい動線を確保する
- 心理的サポート — 被災によるストレスや不安に対し、作業活動を通じた心理的安定を図る。特に発達障害や精神障害のある方へのきめ細かな対応を行う
- 個別の生活再建支援 — 仮設住宅への移行期に、その方の障害特性に合った住環境の整備や地域資源へのつなぎを行う
平常時からの備えがOTにも求められます
日本作業療法士協会は、OTが平常時から防災に関わることを推奨しています。担当している利用者の個別避難計画の作成支援、避難訓練への参加、地域防災会議への出席など、日頃の業務の延長として防災に取り組むことが求められています。
災害が起きたとき、作業療法士はリハビリの専門チームの一員として被災地で支援を行います。避難所での生活不活発病の予防や、失われた福祉用具の手配、避難所のバリアフリー化などを行います。作業療法士がふだんどのような支援をしている専門職なのかは作業療法とは何かで詳しく解説しています。
今日からできる防災チェックリスト
最後に、障害のある方とご家族が今すぐ確認できるチェックリストを掲載します。一度にすべてを揃える必要はありません。できるところから一つずつ取り組んでみてください。
基本の備え(全障害共通)
非常持出袋の準備
水・食料(3日分)、懐中電灯、携帯ラジオ、モバイルバッテリー、現金(小銭含む)を用意する
医療・福祉情報カード
障害名、服用中の薬、かかりつけ医、緊急連絡先、障害特性と配慮事項をカード1枚にまとめる
お薬手帳のコピー
原本とは別に、コピーまたはスマートフォンの写真を保存しておく
ハザードマップの確認
自宅周辺の浸水域・土砂災害警戒区域・避難所の位置を家族全員で確認する
個別避難計画の作成
市町村の窓口に相談し、支援者・避難経路・避難先を明文化した計画を作成する
避難訓練への参加
地域の防災訓練に参加し、実際に避難経路を歩いてみる。支援者と一緒に行うことが理想的
障害特性に応じた追加の備え
福祉用具の代替手段
車いすや補装具が使えなくなった場合の移動方法を支援者と確認しておく
コミュニケーション手段
筆談ボード、コミュニケーションカード、文字盤など、言語的コミュニケーションが困難な場合の代替手段を用意する
感覚過敏への対策グッズ
イヤーマフ、アイマスク、安心毛布など、避難所の環境刺激を軽減するアイテムを備える
ヘルプマーク・ヘルプカード
外見からはわからない障害がある方は、ヘルプマークを携帯し、周囲に支援の必要性を伝えられるようにする
まとめ
- 災害時、障害のある方は「情報・移動・環境変化」の3つの壁に直面する。東日本大震災の教訓を忘れず、事前の備えが命を守る
- 個別避難計画は2021年の法改正で市町村の努力義務に。福祉専門職と連携して作成することが効果的
- 障害種別ごとに必要な備えは異なる。本人の特性に合わせた「オーダーメイドの防災」が重要
- 福祉避難所の場所と利用方法を事前に確認しておく。指定福祉避難所への直接避難が可能な場合もある
- OTはJRATの一員として災害支援に参加し、避難生活での「活動と参加」を支える。平常時からの防災への関わりが求められている
- 完璧を目指さず、今日できることから一つずつ。まずは医療・福祉情報カードの作成から始めてみましょう
- 障害のある方は災害時に大きなリスクにさらされますが、事前の備えで大きく減らすことができます
- 個別避難計画をつくり、「誰が」「どうやって」「どこに」避難するかを決めておきましょう
- 障害の特性に合わせた持ち出し品の準備が大切です
- 完璧を目指す必要はありません。まずは医療・福祉情報カードの作成から始めましょう
- 医療・福祉情報カードを作成しましょう。障害名・薬・かかりつけ医・緊急連絡先をカード1枚にまとめます
- ハザードマップを家族全員で確認し、避難経路を一度実際に歩いてみましょう
- 非常持出袋にご本人が安心できるもの(お気に入りのタオルなど)も入れておきましょう
高齢のご夫婦だけで介護をしているご家庭では、災害時に共倒れになるリスクも高まります。日頃の介護体制の見直しについては老老介護の現実と無理をしない介護の組み立て方で詳しく解説しています。
- 内閣府「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」(2021年改定)
- 内閣府「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」(2021年改定)
- 内閣府「個別避難計画作成ガイドライン」(2021年)
- NHK「障害者と東日本大震災」調査報告(2012年)
- 日本作業療法士協会「災害支援活動指針」
- JRAT(大規模災害リハビリテーション支援関連団体協議会)活動報告
- 障害者権利条約 第11条「危険な状況及び人道上の緊急事態」
- 日本障害フォーラム「障害者の防災対策とまちづくりに関する提言」(2019年)
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
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