この記事のポイント
- 多発性硬化症(MS)の疲労は通常の疲れとは異なる「中枢性疲労」で、休んでも回復しにくい特徴があります
- エネルギー保存の4P(計画・ペース配分・優先順位・姿勢)を活用して、限られたエネルギーを賢く使います
- 暑さに弱い「ウートフ現象」への対策として、体温管理が日常生活の質を大きく左右します
多発性硬化症(MS)の疲労は「普通の疲れ」ではない
MS(Multiple Sclerosis)は、中枢神経系の脱髄性疾患であり、再発と寛解を繰り返しながら進行します。日本での有病率は人口10万人あたり約8〜10人で、20〜30歳代の女性に好発します。
27か国・69研究を統合した2024年のメタ分析では、MSに関連する疲労の有病割合は59.1%と報告されています。 「MS患者の75〜95%が疲労を訴える」という記述をよく見かけますが、このメタ分析の推計はそれより低く、 しかも2000年以降10年ごとに低下しているとされています。 有病割合は用いる評価尺度によって大きく変わり、それが研究間のばらつきの最大の要因でした。この疲労は中枢性疲労(central fatigue)と呼ばれ、末梢性疲労とは本質的に異なります。
中枢性疲労の特徴
- 突然やってくる: 活動量に比例しない圧倒的な疲労感が突然出現する
- 休んでも回復しにくい: 通常の休息では十分に回復しない
- 暑さで悪化する: 体温上昇により症状が一時的に悪化する(Uhthoff現象)
- 認知疲労を伴う: 集中力や思考力の低下を伴うことが多い
- 日内変動がある: 午後に悪化する傾向がある
OTは、この中枢性疲労を理解した上で、エネルギーマネジメントの視点から生活全体を再構成する支援を行います。作業療法士がどのような視点で生活を支援する専門職なのかは、作業療法とは何かで詳しく解説しています。
多発性硬化症(MS)の方が抱える疲労は、普通の「疲れ」とはまったく違います。
- 突然やってくる: 「電池が切れたように」急に動けなくなります
- 休んでも回復しにくい: 一晩寝ても疲れが取れないことがあります
- 暑いと悪化する: お風呂や夏の暑さで症状が一時的にひどくなります
- 頭も疲れる: 考える力や集中力も低下します
この疲労は「怠けている」のではなく、脳の中で起きている神経の問題です。周囲の理解がとても大切です。
注意
「がんばれば大丈夫」「気合いが足りない」は禁句です。MS の疲労は意志の力で乗り越えられるものではありません。ご本人が「疲れた」と言ったら、それは本当に限界のサインです。
エネルギー保存の4P
MSの疲労管理の中核となるのが、エネルギー保存戦略です。4Pのフレームワークは、OTが疲労管理を指導する際の基本的な枠組みです。
1. Planning(計画)
- 1日のエネルギー量を「エネルギー通帳」として可視化する
- 活動のエネルギーコストを評価し、1日の配分を計画する
- 高エネルギー活動(入浴、買い物、掃除)は午前中に配置する
- 「やらないこと」を決めることも計画に含める
2. Pacing(ペース配分)
- 活動と休息の比率を意識する(例: 30分活動→15分休息)
- 疲労が出る前に休む(予防的休息)が原則
- 活動を小さな単位に分割する(掃除を一度にやらず、部屋ごとに日を分ける)
- 疲労日記をつけて、自分のパターンを把握する
3. Prioritizing(優先順位づけ)
- 活動を「必須」「重要」「できれば」の3段階に分類する
- 「やらなくてもよいこと」を手放す勇気を持つ
- 他者に委任できる活動を整理する
- 「やりたいこと」にエネルギーを残すことを優先する
4. Positioning(姿勢・体位)
- 座って行える活動は座って行う(調理、アイロンがけ)
- 作業台の高さを最適化し、無駄な力を使わないようにする
- 自助具の活用で身体的負担を軽減する
- 重い物は滑らせる・転がす(持ち上げない)
エビデンスとしては、エネルギー保存プログラムはFatigue Impact Scaleのスコアを有意に改善することがRCTで示されています。なお、息切れでエネルギー配分が課題となるCOPDの方の活動の工夫でも、同様のエネルギー温存の考え方を紹介しています。
限られたエネルギーを賢く使うための4つの工夫を紹介します。
1. 計画する(Planning)
- 1日の「エネルギー通帳」をイメージしてください。使えるエネルギーには限りがあります
- 大変な活動(お風呂、買い物など)は元気な午前中に行う
- 「今日やらなくてもいいこと」を決めることも大切です
2. ペースを配る(Pacing)
- 30分活動したら15分休むなど、こまめに休憩を入れる
- 疲れてから休むのではなく、疲れる前に休むのがコツ
- 掃除は一度にやらず、今日はリビング、明日はキッチン、と分けて行う
3. 優先順位をつける(Prioritizing)
- やることを「必須」「重要」「できれば」に分ける
- やらなくてもいいことは思い切ってやめる
- 「やりたいこと」にエネルギーを残すことを大切にする
4. 姿勢を工夫する(Positioning)
- 立ってやらなくていい作業は座ってやる(料理、アイロンがけ)
- 重い物は持ち上げず、滑らせる・転がす
- 作業台の高さを調整して、無駄な力を使わないようにする
1日のエネルギーを10ポイントとして、各活動に何ポイント使うか書き出してみてください。例: 入浴=3ポイント、買い物=3ポイント、料理=2ポイント。合計が10を超えないように計画すると、夕方にエネルギーが残ります。
ウートフ現象と温度管理
ウートフ現象とは
体温が0.5℃上昇するだけで、神経伝導が一時的にブロックされ、既存の神経症状が悪化する現象です。入浴、運動、気温上昇、発熱などが誘因となります。
温度管理の実践
- 入浴: ぬるめ(38〜39℃)で短時間に。シャワー椅子を使用し、換気を十分に行う
- 夏季の外出: 冷却ベスト、ネッククーラー、日傘を活用する
- 運動: 涼しい環境で行い、水分補給をこまめに。水中運動は体温管理がしやすい
- 室内環境: エアコンを適切に使用。設定温度は25℃前後が推奨される
- 調理: 火を使わないメニューの活用、電子レンジの活用
シャワー椅子の使い方をはじめとする入浴動作全般の安全な工夫については、入浴の自立支援ガイドで詳しく解説しています。
注意点
ウートフ現象は一時的な症状悪化であり、体温が戻れば症状も回復します。再発(relapse)とは区別する必要がありますが、患者本人には区別がつきにくいため、不安につながることがあります。症状悪化時の対処法をあらかじめ指導しておくことが重要です。
暑さに注意が必要です
MSの方は、体温が少し上がるだけで症状が一時的に悪化することがあります。これをウートフ現象と言います。
温度管理のコツ
- お風呂: ぬるめ(38〜39℃)で短時間に。シャワー椅子を使うと楽です
- 夏の外出: 冷却ベスト、ネッククーラー、日傘を活用する
- 室内: エアコンを我慢しない。25℃前後に設定しましょう
- 料理: 火を使わないメニュー(電子レンジ調理)を活用する
ヒント
ウートフ現象で症状が悪くなっても、体温が下がれば元に戻ります。「悪化した!」と慌てず、涼しい場所で休みましょう。ただし、数日以上症状が続く場合は再発の可能性があるため、主治医に相談してください。
活動ペーシングの実践例
1日のスケジュール例
| 時間帯 | 活動 | エネルギーコスト | 休息 |
|---|---|---|---|
| 8:00 | 起床・整容 | 低 | ─ |
| 8:30 | 朝食 | 低 | ─ |
| 9:00 | 入浴 | 高 | 30分休息 |
| 10:00 | 買い物 | 高 | 30分休息 |
| 11:00 | 軽い家事 | 中 | 15分休息 |
| 12:00 | 昼食 | 低 | ─ |
| 13:00 | 昼寝 | 回復 | 30〜60分 |
| 14:00 | 趣味活動 | 中 | 15分休息 |
| 15:00 | 軽い活動 | 低 | ─ |
| 17:00 | 夕食準備 | 中 | ─ |
| 19:00 | リラックスタイム | 低 | ─ |
ポイントは、高エネルギー活動を連続させないことと、午後に意識的な休息時間を設けることです。
疲労のモニタリング
疲労日記をつけることで、自分の疲労パターンを客観的に把握できます。
- 時間帯ごとの疲労レベル(0〜10段階)を記録
- 活動内容と疲労の関係を分析
- 気温、睡眠の質、ストレスなどの影響因子を記録
1日のスケジュールの例
- 午前中: 元気なうちに大変な活動(入浴、買い物)を済ませる
- 午後: 30分〜1時間の昼寝を取り入れる
- 夕方以降: 軽い活動にとどめる
疲労日記のすすめ
毎日、疲れの程度を10段階で記録してみてください。「何をしたら疲れやすいか」「何時頃疲れが出るか」のパターンが見えてきます。
MSの疲労管理は、OTの専門性が最も発揮される領域の一つです。エネルギー保存の4Pを軸に、個々の生活パターンと価値観に合わせたオーダーメイドの疲労管理プログラムを構築し、QOLの維持・向上を図ることが求められます。
MSの疲労管理で大切なポイント
- MSの疲労は「怠け」ではなく、脳の中で起きている神経の問題です。周囲の理解が大切です
- エネルギー保存の4P(計画・ペース・優先順位・姿勢)を活用して、限られたエネルギーを賢く使いましょう
- 「疲れる前に休む」が鉄則。こまめな予防的休息を習慣にしてください
- 暑さで症状が悪化する「ウートフ現象」に注意。エアコンや冷却グッズを活用しましょう
- 作業療法士と一緒に、あなたに合ったエネルギー管理プランを作りましょう
免責事項: 当サイトの情報は一般的な知識提供を目的としたものであり、医療上の助言を構成するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医師やかかりつけの作業療法士等の専門家にご相談ください。
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
運営者プロフィールを見る →