ICF(国際生活機能分類)とは? ― その歴史と世界が「障害」の見方を変えるまで
この記事のポイント
- ICFは、WHO(世界保健機関)が2001年に採択した「生きること」の全体像を捉える国際的な枠組み
- 前身のICIDH(1980年)は「障害=マイナス」という一方向の見方だったが、ICFは「できること」にも目を向ける双方向モデルへ転換
- 日本では2002年から導入が進み、介護保険やリハビリテーションの現場で広く活用されている
はじめに ― パラスポーツ記事の続きとして
前回の記事では、パラスポーツを「活動」と「参加」という2つの視点から見ました。そして最後に、この2つの概念を体系化したフレームワークとしてICFを紹介しました。
今回は、このICFそのものを掘り下げます。ICFはどんな歴史を経て生まれたのか。なぜ世界中で使われているのか。そして日本のリハビリテーション現場では、どのように活用されているのか。
「障害とは何か」という問いに対する世界の答えが、この50年でどう変わってきたかを見ていきましょう。
ICFとは何か ― 3行で言うと
ICF(国際生活機能分類)は、WHOが2001年に採択した国際的な分類システムです。
正式名称はInternational Classification of Functioning, Disability and Health。人間の「生きること」を、心身機能・活動・参加という3つの側面と、それに影響する環境因子・個人因子から捉えます。
大事なのは、ICFが「障害の分類」ではなく「生活機能の分類」だということ。病気やけがの有無にかかわらず、すべての人に適用できるフレームワークです。
ICFの前身 ― ICIDH(1980年)の功績と限界
ICIDHの誕生
ICFを理解するには、その前身であるICIDH(国際障害分類)の話から始める必要があります。
1970年代、WHOはある課題に直面していました。ICD(国際疾病分類)という「どんな病気か」を分類するシステムはあったのですが、「その病気が生活にどう影響するか」を分類するシステムがなかったのです。
先進国では寿命が延び、慢性疾患や障害と共に生きる人が増えていました。「病名」だけでは、その人の生活の全体像は見えません。
そこで1972年、WHOは障害の国際分類の作成に着手。イギリスの疫学者フィリップ・ウッド(Philip Wood)が中心となって執筆し、1980年にICIDHが試用版として刊行されました。
正式名称は「International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicaps」。日本語では「機能障害・能力障害・社会的不利の国際分類」です。
翌1981年は国連の「国際障害者年」。このタイミングもあり、ICIDHは世界中に広まりました。
ICIDHのモデル ― 一方通行の矢印
ICIDHの核心は、障害を3つのレベルに分けたことです。
疾患 → 機能障害(Impairment) → 能力障害(Disability) → 社会的不利(Handicap)たとえば、こうなります。
- 疾患: 脳卒中を発症した
- 機能障害: 右半身に麻痺が残った
- 能力障害: 一人で着替えができなくなった
- 社会的不利: 仕事を続けられなくなった
この分類は画期的でした。「病気」と「障害」を分離し、障害を段階的に理解する視点を提供したからです。
しかし、問題がありました。
ICIDHへの批判 ― 5つの限界
ICIDHは試用版として20年以上使われる間に、多くの批判を受けました。
1. 一方向モデルの限界矢印が「疾患→社会的不利」の一方向しかない。「ある病気になったら必ず社会的不利になる」という運命論的な印象を与えてしまいました。実際には、環境を整えれば社会的不利は大きく軽減できるのに、そのルートがモデルに存在しなかったのです。
2. 医学モデルへの偏り障害を「個人の問題」として捉える医学モデルの考え方が色濃く反映されていました。「障害は社会の側にある」と主張する社会モデルの視点が欠落していたのです。
3. 環境の影響が考慮されていない車いすユーザーが外出できないのは、麻痺のせいなのか、段差だらけの街のせいなのか。ICIDHにはこの問いに答える枠組みがありませんでした。
4. マイナス面だけに注目「できないこと」の分類はあっても、「できること」「残っている力」に目を向ける視点がありませんでした。日本のリハビリテーション医学の第一人者である上田敏は1981年の時点で、障害のある人の心理的体験(「体験としての障害」)がICIDHに含まれていないことを指摘しています。
5. 当事者の声が反映されていないICIDHの策定過程には、障害のある当事者の参加が不十分でした。「私たち抜きに私たちのことを決めないで(Nothing about us without us)」という障害者権利運動の根本理念に反していたのです。
「障害」の見方をめぐる2つの流れ
ICIDHへの批判を理解するには、「障害とは何か」をめぐる2つの大きな考え方を知る必要があります。
医学モデル ― 「治すべき個人の問題」
障害を病気や外傷から生じる個人の問題と捉える見方です。解決策は治療やリハビリテーションによる個人の適応。「障害をなくす」ことが目標になります。
ICIDHはこの医学モデルに基づいていました。
社会モデル ― 「変えるべき社会の問題」
障害を社会が作り出した問題と捉える見方です。
1972年、イギリスでポール・ハント(Paul Hunt)がUPIAS(隔離に反対する身体障害者連合)を設立。1976年に発表した「障害の基本原則」は、障害の原因を社会の側に求める画期的な文書でした。
1983年には障害学研究者のマイク・オリバー(Mike Oliver)が「社会モデル(social model of disability)」という用語を提唱。「車いすユーザーを『障害者』にしているのは、麻痺ではなく階段だ」という考え方が広まっていきました。
2つのモデルの対立 ― そして統合へ
医学モデルは「個人を治す」ことに集中しすぎ、社会モデルは「社会を変える」ことに集中しすぎる。どちらか一方では現実を捉えきれない。
この対立を乗り越えるために生まれたのがICFです。ICFは両方のモデルを統合した「生物・心理・社会モデル(biopsychosocial model)」を採用しました。
WHOとICFの誕生(2001年)
10年がかりの改訂作業
ICIDHの改訂作業は1990年に始まりました。
簡単な修正ではすみませんでした。「障害をどう捉えるか」という根本的な思想の転換が必要だったからです。WHOは毎年国際改訂会議を開催し、世界中の専門家、障害当事者団体、各国政府の意見を集めました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1990年 | WHOが改訂作業を開始 |
| 1996-1997年 | アルファ案への意見聴取 |
| 1997-1998年 | ベータ1案のフィールドトライアル |
| 1998年 | 東京で第6回年次改訂会議を開催 |
| 1999-2000年 | ベータ2案のフィールドトライアル(70か国以上) |
| 2000年11月 | 最終年次会議で最終案が成立 |
| 2001年5月22日 | 第54回世界保健総会で正式採択 |
2001年5月22日 ― 全会一致の採択
2001年5月22日、スイス・ジュネーブで開催された第54回世界保健総会(WHA)で、ICFは全191加盟国の承認を得て正式に採択されました(決議番号 WHA 54.21)。
ICFは、WHOの「国際分類ファミリー(WHO-FIC)」の中核分類の一つに位置づけられています。WHO-FICの3つの参照分類は以下の通りです。
- ICD(国際疾病分類) ― 「どんな病気か」を分類
- ICF(国際生活機能分類) ― 「生活にどう影響するか」を分類
- ICHI(国際健康介入分類) ― 「どんな介入をするか」を分類
ICDが「病名」を、ICFが「生活への影響」を、ICHIが「対処法」を担う。3つ揃って、人の健康の全体像をカバーする設計です。
ICFが目指したもの
WHOがICFに込めた目的は、大きく3つあります。
- 共通言語の確立 ― 医療・介護・福祉・教育・労働など、異なる分野の専門職が同じ枠組みで対話できるようにする
- 科学的理解の基盤 ― 健康状態と、それに影響する因子を体系的に理解するための共通基盤を提供する
- 国際比較の実現 ― 国・分野・時期を超えたデータ比較を可能にする
ICFの基本構造 ― 「相互作用モデル」
ICIDHとの最大の違い
ICIDHが「疾患→社会的不利」の一方通行だったのに対し、ICFでは全ての構成要素が双方向の矢印で結ばれています。
ICFの構造を図にすると、こうなります。
健康状態(病気やけが)を中心に、心身機能・身体構造、活動、参加の3つの生活機能が並び、その下に環境因子と個人因子が背景因子として位置します。そして、すべての要素が互いに影響し合う。
これが「相互作用モデル」です。
3つの生活機能
心身機能・身体構造身体の生理的機能(心理的機能を含む)と、器官や肢体の構造です。「右腕が動くか」「記憶力はどうか」「心臓の機能はどうか」といったレベルの話です。
活動個人が課題や行為を遂行すること。「着替えができるか」「料理ができるか」「文字が書けるか」。ICFでは、標準的な環境で「できる」こと(能力)と、実際の生活で「している」こと(実行状況)を区別します。リハビリ室ではできるのに家ではやっていない、ということはよくあります。
参加生活場面への関わり。「仕事をしている」「地域の活動に参加している」「家族の中で役割がある」。前回のパラスポーツ記事で詳しく見た概念です。
2つの背景因子
環境因子その人を取り巻く物理的・社会的・態度的な環境。バリアフリーの設備、家族のサポート、法律や制度、社会の偏見。環境因子は促進因子(プラスに働くもの)にも阻害因子(マイナスに働くもの)にもなります。
個人因子年齢、性別、教育、生活習慣、対処スタイルなど、その人自身の特性。文化によって大きく異なるため、ICFではあえてコード化していません。
なぜ「双方向」が重要なのか
ICIDHの一方向モデルでは、「脳卒中→麻痺→着替えできない→仕事できない」と、まるで運命のように障害が決まってしまいます。
ICFの双方向モデルでは、こう考えます。
- 環境を変える(自助具を導入する、職場にスロープをつける)ことで、活動や参加が改善する
- 参加が増える(社会的なつながりが増える)ことで、心身の機能が向上する
- 活動が維持されることで、心身機能の低下を防げる
つまり、どこか1か所に介入すれば、全体が良くなる可能性がある。これは「治らないから仕方ない」ではなく、「環境やかかわり方を変えれば、生活は変わる」というメッセージです。
ICFの分類コード ― 共通言語のしくみ
ICFは単なる考え方のモデルではなく、具体的な分類コードを持つ実用的なツールです。
コードはアルファベット1文字+数字で構成されます。
| 接頭辞 | 分類 | 例 |
|---|---|---|
| b | 心身機能(Body Functions) | b110: 意識機能、b410: 心機能 |
| s | 身体構造(Body Structures) | s110: 脳の構造 |
| d | 活動と参加(Activities and Participation) | d450: 歩行、d850: 報酬を伴う仕事 |
| e | 環境因子(Environmental Factors) | e120: 移動用の製品と用具 |
さらに、小数点以下の数字で程度を評価します。
- .0: 問題なし(0-4%)
- .1: 軽度の問題(5-24%)
- .2: 中等度の問題(25-49%)
- .3: 重度の問題(50-95%)
- .4: 完全な問題(96-100%)
たとえばd450.2は「歩行に中等度の問題がある」という意味。医師、作業療法士、ケアマネジャー、異なる国の専門職が、同じコードで同じ状態を指すことができます。
日本におけるICF
導入の経緯
日本では、2002年8月に厚生労働省がICFの日本語版を公表しました。WHO採択からわずか1年余りというスピードです。
社会保障審議会の統計分科会には「生活機能分類専門委員会」が設置され、ICFの普及と活用が検討されました。
日本のリハビリテーション医学の第一人者である上田敏は、ICFの日本への普及に大きく貢献した人物です。上田は「しているADL」と「できるADL」という概念をICIDH時代から提唱しており、この考え方はICFの「実行状況(performance)」と「能力(capacity)」の区別に反映されています。
現在の活用状況
介護保険介護認定の調査、ケアプランの作成、モニタリングにICFの考え方が取り入れられています。「この人はどんな病気か」だけでなく、「どんな活動ができて、どんな参加をしていて、環境はどうか」を総合的に評価する視点です。
リハビリテーション「リハビリテーション総合実施計画書」や「リハビリテーション実施計画書」は、ICFの生活機能・障害の構造に基づいて整理されています。作業療法士が日常的に使う書式の基盤に、ICFがあるのです。
障害福祉サービス精神障害のある方への支援においても、ICFの枠組みが活用されています。「機能障害」だけでなく「活動制限」や「参加制約」の観点からサービスの必要性を判断する考え方です。
国際社会におけるICF
世界での導入状況
ICFは2001年の採択以来、世界中で活用が広がっています。2001年から2022年までに約5,600本の学術論文が発表され、近年は月30〜40本のペースで研究が続いています。
特に導入が進んでいる国と地域を紹介します。
- ドイツ ― 法制度にICFを最も深く統合。障害者支援の法的枠組みにICFが組み込まれている
- イタリア・フィンランド ― 学校教育にICF-CY(児童・青少年版)を導入。特別支援教育の計画立案に活用
- オーストラリア ― 障害者支援制度(NDIS)の枠組みにICFの考え方を採用
- 韓国 ― 2024年にKCF-1(韓国版ICF改訂版)を発表、2025年から全国実施
ただし、ICFの使用を法的に義務化している国はまだありません。共通言語としての理念は広く認められていますが、実際の運用はそれぞれの国の事情に任されています。
WHO-FICネットワーク
ICFの維持・更新は、WHO-FICネットワーク(1970年設立)が担っています。世界27か所の協力センターで構成され、日本も参加しています。毎年10月に年次会議が開催され、ICFの公式アップデートが承認されます。
現在はウェブベースの更新プラットフォームが一般公開されており、誰でもICFの更新提案を行うことが可能です。提案はFDRG(生活機能・障害参照グループ)とURC(更新・改訂委員会)が審査します。
ICFの課題と今後
ICFは素晴らしいフレームワークですが、課題もあります。
普及の壁ICFの概念は広く認知されていますが、実際にコードを使って分類している現場は限られています。「考え方は知っているが、日常的にコードを使うことは少ない」というのが、多くのリハビリテーション専門職の実感ではないでしょうか。
使いやすさの課題ICFには1,400以上の分類項目があります。これを日常業務で使いこなすのは現実的ではなく、使いやすい電子ツールやITインフラの整備が求められています。
経済的インセンティブの不足診療報酬上の位置づけが弱く、ICFを丁寧に活用しても直接的な報酬につながりにくいのが現状です。
今後の展望WHOはICF 2020としてウェブベースの更新版をリリースし、それまで別立てだったICF-CY(児童・青少年版)を統合して全年齢対応の単一分類としました。ICFは「完成品」ではなく、今も進化し続けている生きたフレームワークです。
おわりに ― 「人を見る」ための地図
ICFの歴史をたどると、それは「障害をどう見るか」から「人の生活をどう見るか」への転換の歴史でもあります。
1980年のICIDHは、障害を「疾患の結果」として一方向に捉えました。2001年のICFは、健康状態・心身機能・活動・参加・環境・個人が互いに影響し合う、複雑で豊かな「生きること」の全体像を描き出しました。
この転換の背景には、障害当事者の声、社会モデルの思想、各国の専門家の10年にわたる議論がありました。ICFは「正解」ではなく、より良い問いの立て方を私たちに提供してくれるものです。
「この人は何ができないか」ではなく、「この人はどう生きていて、何があればもっと良くなるか」。
作業療法士が日々の臨床で大切にしているこの視点は、ICFという国際的なフレームワークに支えられています。次の記事では、ICFを実際の臨床やケアプランでどう使うか、具体例を通じて見ていきます。
本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものです。ICFの詳細な分類や正式な定義については、WHOの公式サイトまたは厚生労働省のICF日本語版をご参照ください。