この記事のポイント
「最近テレビの音が大きいと言われる」「会話の聞き返しが増えた」――こうした変化は加齢性難聴の初期サインかもしれません。難聴は「音が聞こえにくい」だけの問題ではなく、会話への参加、外出、人間関係、さらには認知機能にまで影響を及ぼします。この記事では、難聴が社会参加に与える影響と、早めに対応することの大切さを、作業療法士の視点から解説します。
難聴は「よくあること」、でも軽く見てはいけない
加齢に伴う聴力の低下(加齢性難聴)は、高血圧や白内障と同じくらいありふれた健康上の変化です。日本の地域在住者を対象としたNILS-LSA(国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究、2010〜2012年に収集された第7次調査のデータ)をWHOの新しい難聴分類で再集計した報告では、難聴に該当する人の割合は60代で男性54.2%・女性36.4%、70代で男性79.0%・女性72.1%、80代で男性96.0%・女性90.4%でした。高齢期には「一部の人の問題」ではなく、多数派の状態だということです。
しかし「年だから仕方ない」と放置されやすいのも難聴の特徴です。視力の低下には眼鏡をかけるのに、聴力の低下に対して補聴器を使う方はまだ少ないのが現状です。日本補聴器工業会のJapanTrak 2025調査では、自分で難聴があると答えた人のうち補聴器を所有している人は15.6%にとどまり、フランス55%・デンマーク55%・英国51%・ドイツ47%といった欧州各国と比べて明確に低い水準にあります。
難聴の放置が問題なのは、聞こえにくさが「社会参加」を静かに奪っていくからです。
聞こえにくさは、年齢とともにとても多くなります。日本で行われた調査(2010〜2012年のNILS-LSA)では、聞こえにくさに該当する人の割合は60代で男性の半数以上・女性の3人に1人以上、70代では男女とも7〜8割にのぼりました。決してめずらしいことではありません。
老眼に眼鏡をかけるのと同じように、聞こえにくさにも対応が必要なのですが、「年だから仕方ない」と放置されがちです。日本では、聞こえにくさを自覚している方のうち補聴器を持っている方は約16%(JapanTrak 2025で15.6%)で、フランスや英国(5割前後)と比べるとかなり少ないのが実情です。
聞こえにくさを放置すると、会話や外出が減り、社会とのつながりが少しずつ失われていくことがあります。
難聴が社会参加を妨げるメカニズム
段階的に進む「引きこもり」
難聴による社会参加の制限は、一気に起こるのではなく、段階的に進みます。
第1段階: 聞き返しが増える会話中に「え?」「もう一度お願いします」が増えます。本人はまだ「聞こえにくいかも」程度の自覚です。
第2段階: 会話を避けるようになる聞き返すことへの申し訳なさや疲労感から、会話そのものを避けるようになります。グループでの会話は特に困難で、複数の声の中から必要な声を聞き分ける力(選択的聴取)は、難聴の初期から低下します。
第3段階: 外出や交流が減る「聞こえないから行ってもつまらない」「迷惑をかけるから」と、集まりや外出を断ることが増えます。友人との会食、地域の集まり、趣味のサークルなど、社会参加の場から徐々に遠ざかります。
第4段階: 孤立社会的なつながりが薄れ、家にこもる時間が増えます。家族との会話も減り、精神的な孤立が深まります。
この一連の流れは、ICFで言う「参加制約」そのものです(参考: 「ICFの「参加」とは?」)。身体機能(聴力)の低下が、活動(会話)の困難を生み、参加(社会的交流)の制約へとつながっています。
聞こえにくさによる生活への影響は、ゆっくり段階的に進みます。
はじめは、聞き返しが少し増える程度です。次第に、聞き返すのが申し訳なくなって会話そのものを避けるようになります。そのうち「聞こえないから行っても楽しくない」と外出や集まりを断ることが増え、最終的には家にこもりがちになってしまうことがあります。
つまり、聞こえの問題が会話を減らし、会話が減ると外出が減り、外出が減ると人とのつながりが失われていく――という流れです。
難聴がもたらす影響は「聞こえ」だけではない
難聴の影響は、コミュニケーションの問題にとどまりません。
認知機能への影響近年の研究では、難聴は認知症の修正可能なリスク因子として注目されています。医学誌Lancetの認知症予防委員会が2024年に公表した報告では、難聴は14ある修正可能なリスク因子のひとつ(中年期の因子)に位置づけられ、その人口寄与危険割合は7.0%と推計されています。
そのメカニズムとしては、聴覚からの刺激の減少による脳への入力低下、コミュニケーション減少に伴う社会的孤立、聞き取りに認知資源を多く消費することによる他の認知処理への影響、などが考えられています。
心理面への影響難聴に伴う社会的孤立は、うつ傾向のリスクを高めるとされています。「会話についていけない」「聞こえないことを気づかれたくない」という緊張感が、疲労やストレスの原因にもなります。
安全面への影響車のクラクション、後ろからの自転車のベル、火災報知器、呼びかけ――生活の中には「聞こえること」が安全に直結する場面が数多くあります。
家族関係への影響「何度言っても伝わらない」「テレビの音が大きすぎる」といった日常のやりとりが、家族間のストレスになることがあります。ご本人は「聞こえないのだから仕方ない」、ご家族は「何度も言うのは疲れる」。双方に悪意はないのに、すれ違いが積み重なります。
聞こえにくさの影響は、コミュニケーションだけにとどまりません。
認知症のリスクが高まる可能性があります。脳への音の刺激が減ることや、会話が減って孤立しやすくなることが関係していると考えられています。
気持ちが落ち込みやすくなります。「会話についていけない」という緊張が続くと、疲労やストレスがたまります。
安全面にも影響があります。車のクラクションや火災報知器など、聞こえないと危険な場面は意外と多いです。
家族関係にもすれ違いが生まれます。「何度言っても伝わらない」と感じるご家族と、「聞こえないのだから仕方ない」と感じるご本人。お互いに悪気はないのに、ストレスがたまってしまうことがあります。
なぜ「早めの対応」が大切なのか
聴覚の「使わないと衰える」問題
聴力が低下しても対応しないままでいると、脳の聴覚処理を担う領域への入力が減少します。その状態が長く続くと、脳が音を処理する力そのものが低下していく可能性があります。これを「聴覚的剥奪(ちょうかくてきはくだつ)」と呼びます。
つまり、補聴器を使い始めるのが遅れるほど、補聴器をつけても「音は聞こえるけれど言葉として理解しにくい」という状況が起こりやすくなるのです。
そのため、早期に適切な補聴器を装用して脳への音の入力を維持することが、言葉の聞き取り能力を保つうえで望ましいと考えられています。
聞こえにくい状態が長く続くと、脳が音を処理する力そのものが衰えてしまうことがあります。
そうなると、あとから補聴器をつけても「音は聞こえるけれど、何を言っているかわからない」ということが起こりやすくなります。だからこそ、早めに対応することがとても大切です。
社会参加の「取り戻しにくさ」
一度失われた社会的なつながりは、聴力の問題が解決してもすぐには戻りにくいものです。
疎遠になった友人関係、参加しなくなったサークル、行かなくなった集まり。難聴への対応が遅れるほど、こうした社会参加の場が失われ、回復にも時間がかかります。
一度離れてしまった友人関係やサークルは、聞こえが改善しても、すぐには元に戻りにくいものです。つながりを失う前に対応することが大切です。
認知症予防の観点から
難聴への対応は、前述のLancet委員会の報告でも認知症予防の一環として位置づけられています。ただし「補聴器を使えば認知症を防げる」と言い切れる段階ではありません。
70〜84歳の難聴のある高齢者977名を対象に補聴器装用と健康教育を比較した大規模ランダム化比較試験(ACHIEVE試験, 2023年)では、参加者全体では3年間の認知機能の低下に有意差は認められませんでした。一方、あらかじめ計画されていた層別解析では、認知機能低下のリスクが高い集団(ARICコホート)に限れば補聴器群のほうが低下が小さく、リスクの高い人ほど効果が期待できる可能性が示唆されています。
したがって現時点では、「認知症予防のために補聴器を」ではなく、まず聞き取りとコミュニケーションを取り戻すために補聴器をと伝えるほうが正確です。「年だから」と先延ばしにせず、聞こえにくさを感じたら早めに耳鼻咽喉科を受診することが大切です。
難聴は認知症のリスク因子のひとつに挙げられています。ただし、「補聴器をつければ認知症を防げる」とまでは言えません。海外の大規模な研究では、参加者全体では認知機能の低下に差が出ず、もともと認知機能が低下しやすい方に限って効果が期待できるかもしれない、という結果でした。
ですから補聴器は「認知症予防のため」ではなく、会話や外出を取り戻すためのものと考えてください。「年だから」と先延ばしにせず、聞こえにくさに気づいたら耳鼻咽喉科を受診しましょう。
対応の選択肢
補聴器
最も一般的な対応手段です。耳鼻咽喉科で聴力検査を受け、補聴器適合判定医や認定補聴器技能者のもとで自分に合った補聴器を選びます。
補聴器に関する大切なポイント:
- 慣れるまでに時間がかかる: 装用開始直後は「うるさい」「違和感がある」と感じることが多い。2〜3か月かけて脳が新しい聞こえに適応する
- 調整が重要: 購入して終わりではなく、繰り返し微調整していくもの。信頼できる販売店を選ぶことが大切
- 万能ではない: 補聴器は聴力を完全に元に戻すものではありません。特に騒がしい場所での聞き取りには限界がある
- 早く始めるほど効果が出やすい: 前述の聴覚的剥奪を防ぐため、難聴がわかったら早めの装用が望ましい
補聴器は、難聴への対応でもっとも一般的な方法です。まず耳鼻咽喉科で聴力検査を受け、専門家と一緒に合うものを選びます。
知っておいていただきたいポイントがあります。
- 慣れるまで2〜3か月かかります。最初は「うるさい」と感じるのが普通です
- 買って終わりではなく、何度も調整が必要です
- 聴力を完全に元に戻すものではありません
- 早く始めるほど効果が出やすいと言われています
コミュニケーション上の工夫
補聴器の有無にかかわらず、コミュニケーションの取り方を工夫することで聞き取りやすさは大きく改善します。
- 顔を見て、正面から話す
- ゆっくり、はっきり、区切って話す
- 大声で話す必要はない(音が歪んでかえって聞き取りにくくなる)
- 話題が変わるときは「次は〇〇の話だけど」と前置きする
- 大事な内容はメモや筆談で補う
- テレビやラジオの音を消してから話す
- 静かな場所で会話する
- 反響の少ない部屋で話す(カーペットやカーテンが音を吸収する)
聴覚リハビリテーション
補聴器を装用した状態での聞き取り練習を指します。補聴器で増幅された音に脳を慣れさせ、言葉の聞き取り能力を回復・維持することを目指します。
言語聴覚士が中心となって行いますが、作業療法士も生活場面でのコミュニケーション支援や環境調整を通じて、聴覚リハビリテーションに関わります。
補聴器をつけた状態で、音や言葉の聞き取りに慣れていく練習のことです。言語聴覚士という専門家が中心に行います。作業療法士(OT)も、暮らしの中でのコミュニケーションの工夫や環境づくりを通じてサポートします。
福祉制度の活用
障害者総合支援法では、聴覚障害の程度に応じて補装具費の支給(補聴器の購入費用の一部を公費で負担)を受けられる場合があります。また、平成30年(2018年)から、耳鼻咽喉科の補聴器相談医が作成する「補聴器適合に関する診療情報提供書(2018)」を活用することで、補聴器の購入費用が医療費控除の対象になります。ただし認定補聴器専門店または認定補聴器技能者以外から購入した場合は対象になりませんので、購入前に確認してください。
お住まいの市区町村の障害福祉窓口や、耳鼻咽喉科の医師に相談してみてください。
作業療法士の視点からできること
作業療法士は耳の治療を行う専門家ではありませんが、難聴のある方の「暮らしと社会参加」を支援する専門家です。
生活場面の困りごとの把握
「どの場面で聞こえにくさを感じるか」「それによって何を諦めているか」を丁寧に聞き取ります。診察室ではわからない生活の中の具体的な困難を把握することが、支援の出発点です。
環境調整の提案
活動と参加の再構築
難聴によって諦めてしまった活動や社会参加を、別の方法で取り戻す支援を行います。
ご家族への助言
ご家族の関わり方ひとつで、難聴のある方のコミュニケーション環境は大きく変わります。作業療法士は、前述のコミュニケーション上の工夫をご家族に具体的にお伝えし、家庭内でのやりとりがスムーズになるよう支援します。
作業療法士(OT)は耳の治療をする専門家ではありませんが、聞こえにくさがある方の暮らしを支える専門家です。
たとえば、こんなサポートができます。
ご家族に知っておいてほしいこと
難聴のサインに気づく
ご本人は聞こえにくさを自覚しにくいことがあります。以下のような変化がないか、気にかけてみてください。
- テレビの音量がだんだん大きくなっている
- 聞き返しが増えた、返事がちぐはぐなことがある
- 電話の声が聞こえにくそう
- 後ろから声をかけても気づかない
- 集まりに参加したがらなくなった
- 「みんな早口だ」「ぼそぼそ話す」と不満を言う
これらは「性格の変化」や「意欲の低下」ではなく、聞こえの問題かもしれません。
「聞こえているふり」を責めない
難聴のある方が、聞こえていないのに聞こえているふりをすること(頷く、笑顔で合わせるなど)は珍しくありません。これは「迷惑をかけたくない」「聞こえないことを知られたくない」という気持ちの表れです。
「聞こえてなかったでしょ」と指摘するのではなく、自然に伝わりやすい話し方を心がけるほうが、ご本人の心理的な負担を減らせます。
受診をすすめるタイミング
聞こえにくさを感じたら、まずは耳鼻咽喉科の受診をおすすめします。特に以下の場合は早めの受診を検討してください。
- 聞き返しが明らかに増えた
- テレビの音量が以前より上がった
- 会話で困る場面が出てきた
- 聞こえにくさがここ数か月で急に進んだ(急な変化は別の疾患の可能性もある)
「年だから」で済ませず、まず聴力の状態を正しく知ることが第一歩です。
- テレビの音量をチェックしてみてください。以前より上がっていたら、聞こえにくさのサインかもしれません
- 話しかけるときは正面から、ゆっくりを意識してみましょう。大声より「はっきり」が効果的です
- 「最近聞こえにくい?」と気軽に聞いてみてください。責めるのではなく、心配しているという気持ちを伝えることが大切です
まとめ
この記事のポイントを振り返ります。
難聴は「音が聞こえにくい」という感覚の問題にとどまらず、コミュニケーション、社会参加、認知機能、心理面、家族関係にまで広く影響を及ぼします。
そして、対応が遅れるほど影響は大きくなり、回復にも時間がかかります。聞こえにくさを感じたら「まだ大丈夫」と先延ばしにせず、早めに耳鼻咽喉科を受診し、必要に応じて補聴器の活用を検討してください。
作業療法士は、難聴があってもその方らしい暮らしと社会参加を続けられるよう、環境調整やコミュニケーション支援、活動の再構築を通じてサポートします。聞こえの問題で困っていることがあれば、ぜひご相談ください。
聞こえにくさは、放置すると会話や外出が減り、ご本人の暮らし全体に影響が広がっていきます。
「年だから仕方ない」で終わらせないことが、いちばん大切な一歩です。聞こえの変化に気づけるのは、いちばん近くにいるご家族だからこそ。気になることがあれば、まずは耳鼻咽喉科への受診をすすめてみてください。
話しかけ方をほんの少し変えるだけでも、毎日のコミュニケーションは変わります。この記事の工夫を、ぜひ今日からひとつ試してみてください。
- Uchida Y, ほか. Can hearing screening criteria at general health checkups be an indirect indicator of frailty and cognitive deficit in the older population? - with prevalence estimates based on updated World Health Organization hearing loss classification. Geriatrics and Gerontology International. 2025;25:504-510.(NILS-LSA第7次調査。WHO新分類による日本の年代別・性別の難聴該当割合)
- 日本補聴器工業会「JapanTrak 2025 調査報告」2025年(自己申告難聴者率11.0%、自己申告難聴者に対する補聴器所有率15.6%、国際比較のグラフではフランス55%・デンマーク55%・英国51%・ドイツ47%に対し日本16%)
- Livingston G, ほか. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404:572-628.(難聴は14の修正可能なリスク因子の一つ、人口寄与危険割合7.0%)
- Lin FR, ほか. Hearing intervention versus health education control to reduce cognitive decline in older adults with hearing loss in the USA (ACHIEVE): a multicentre, randomised controlled trial. Lancet. 2023;402:786-797.(全体では有意差なし、高リスク集団で効果を示唆)
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「補聴器購入者が医療費控除を受けるために」(平成30年から診療情報提供書により医療費控除の対象)
- 厚生労働省「補装具費支給制度の概要」
関連記事
- ICFと参加: 「ICFの「参加」とは?」
- 社会復帰の段階: 「段階的に進める社会復帰ガイド」
- 認知症と家族: 「認知症のご家族を介護するヒント」
- 支援制度: 「知っておきたい支援制度ガイド」
- 介護者の健康: 「介護者の燃え尽き予防ガイド」
この記事の執筆者
ひろえもん作業療法士
作業療法士の国家資格を持ち、2012年から作業療法の普及・啓発を目的に当サイトを運営。 臨床経験に基づき、確認できる情報源にあたった上で執筆しています。
運営者プロフィールを見る →