この記事のポイント
認知障害モデル(Cognitive Disabilities Model)は、アメリカの作業療法士クラウディア・アレンが提唱した理論です。対象者の認知機能を6段階のレベルで評価し、そのレベルに合った活動や環境調整を提供することで、安全で満足度の高い生活を支援します。「治す」のではなく「適応する」という考え方が特徴です。
この記事は、作業療法の理論・モデル・フレームワーク9選で紹介した理論を1つずつ掘り下げるシリーズの第6回です。前回の生体力学モデルに続き、今回は認知障害モデルを取り上げます。
認知障害モデルの歴史と背景
クラウディア・アレンの問題意識
認知障害モデルを考えたのは、アメリカの作業療法士クラウディア・アレンです。
アレンは、「できないのは本人の意志や怠けのせいではなく、脳の働き方に原因がある」と考えました。この考え方が、認知障害モデルの出発点です。
理論の発展
この理論は1985年に発表され、その後も改良を重ねてきました。現在では認知症ケアの現場を中心に、世界中で活用されています。
認知障害モデルの基本的な考え方
中核となる3つの原則
認知障害モデルの考え方は、次の3つのポイントにまとめられます。
1. できないのは脳の状態が原因です認知機能の低下は、脳の変化によって起こります。本人の努力不足ではありません。
2. 認知レベルで「できること」がわかります認知レベルを知ることで、「何ができて、何が難しいか」をある程度予測できます。
3. 「治す」より「合わせる」が大切です無理に元どおりにすることを目指すのではなく、今の認知レベルに合った活動や環境を整えることが基本です。
他のモデルとの比較
6つの認知レベル
認知障害モデルの核心は、認知機能を6段階のレベルで分類する体系です。各レベルはさらにモード(小分類)に細分化され、より精緻な評価が可能です。
レベル1: 自動的行動(Automatic Actions)
意識レベルがとても低く、外からの刺激にわずかに反応する程度の状態です。24時間の介助が必要で、安全と快適さを守ることが最も大切になります。
レベル2: 姿勢行動(Postural Actions)
立ち上がる、歩く、物をつかむなどの大きな動作はできますが、目的を持った行動は難しい段階です。常に見守りが必要で、転倒や徘徊への安全対策が大切です。
レベル3: 手作業的行動(Manual Actions)
手で触れた物に関心を示し、折り紙やタオルたたみなど単純な作業ができる段階です。ただし完成形を理解するのは難しいため、活動の準備と見守り、危険物の除去が必要です。
レベル4: 目標指向行動(Goal-Directed Actions)
目に見える手がかりがあれば、見本を見ながら作業したり、簡単な調理やセルフケアができる段階です。ただし「見えない部分」への注意が不十分なため、コンロの消し忘れなどには介護者の安全確認が必要です。
レベル5: 探索的行動(Exploratory Actions)
試行錯誤しながら新しいことに取り組める段階です。日常生活の多くは自分でこなせますが、お金の管理や薬の管理など複雑な判断が必要な場面ではサポートがあると安心です。
レベル6: 計画的行動(Planned Actions)
計画を立てたり先を見通したりする力が十分に保たれている段階です。いわゆる「正常な認知機能」に相当し、評価の基準として使われます。
レベルの連続性
実際には、認知レベルはきっちり1〜6に分かれるのではなく、その間の段階もあります。専門家はより細かい単位で評価し、一人ひとりに合った支援を考えます。
評価ツール
認知レベルを調べるために、作業療法士は専用の検査を行います。代表的なものをいくつかご紹介します。
| 検査名 | どんな検査か |
|---|---|
| ACLS-5 | 革紐を使った縫い取り課題。15〜20分ほどで認知レベルを判定します |
| CPT | 着替え・買い物・電話など、日常の動作を通じて評価します |
| RTI-E | 実際の生活場面を観察して、どの活動にサポートが必要かを確認します |
検査の結果は、ご本人に合った介護やサポートの内容を考えるための大切な手がかりになります。
臨床での活用
認知症ケア
認知障害モデルが最も活用されているのは、認知症ケアの場面です。認知レベルに合わせた関わり方の例をご紹介します。
| 認知レベル | できること | ご家族の関わり方 |
|---|---|---|
| レベル3 | タオルたたみ、食器拭きなど | 手順を準備してあげて、見守りながら一緒に |
| レベル4 | 見本を見ながらの簡単な作業 | 写真付きの手順書を用意。火の元は介護者が確認 |
| レベル5 | 趣味活動や料理のアレンジ | お金や薬の管理はサポートし、あとはお任せ |
精神科作業療法
脳損傷・脳卒中リハビリテーション
在宅支援・介護者教育
認知レベルの概念は、家族や介護者への説明に非常に有効です。
たとえば、「お母さんは目に見えるものには反応できますが、見えない部分には気づきにくい段階です」と説明されると、コンロの消し忘れが「不注意」ではなく脳の状態による特性だとわかります。
認知レベルを知ることは、介護する側の罪悪感やイライラの軽減にもつながります。
認知障害モデルの強みと限界
強み
- 「できること」と「難しいこと」が具体的にわかるため、適切なサポートを考えやすい
- 認知レベルという共通の物差しがあるので、医師・看護師・作業療法士の間で情報を共有しやすい
- ご家族への説明に使いやすく、「なぜできないのか」の理解が深まる
限界
一方で、認知レベルだけでその人のすべてがわかるわけではありません。体調や薬の影響でレベルが変動することもありますし、数値だけではご本人が「何をしたいか」という気持ちは見えにくくなることもあります。
他のモデルとの併用
日本における認知障害モデル
日本でも「認知レベルに合わせた活動や環境の調整」という考え方は、認知症ケアの現場に広く浸透しています。2025年に施行された認知症基本法でも、「状態に応じた適切な支援」が基本理念に掲げられています。
まとめ
認知障害モデルの考え方を一言でまとめると、「できないことを責めるのではなく、今できることに合わせて暮らしを整える」ということです。
認知レベルを知ることで、ご家族の「なぜできないの?」という疑問が「そういう段階なんだ」という理解に変わります。その理解が、ご本人にもご家族にも穏やかな毎日をもたらす第一歩になります。
- 「できないこと」より「できること」に目を向ける: ご本人が今の段階でできている動作を見つけて、そこを活かす関わりを意識してみましょう
- 視覚的な手がかりを1つ増やす: ラベルを貼る、写真付きの手順を用意するなど、「見てわかる」工夫を1つ試してみてください
- 担当の作業療法士に「認知レベル」を聞いてみる: 認知レベルの目安がわかると、日々の介護で何を手伝い、何をお任せすればよいかが見えてきます
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- シリーズ概要: 「作業療法の理論・モデル・フレームワーク9選」
- 前回: 「生体力学モデルとは?」
- 次回: 「作業適応モデルとは?」(公開予定)
- ICFとの関連: 「ICF(国際生活機能分類)とは?」
- 認知症ケア: 「認知症の家族ケアガイド」