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生体力学モデルとは? ― 「測れる身体」から作業療法を組み立てる

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#作業療法#リハビリ#biomechanical

この記事のポイント

  • 生体力学モデルは、関節可動域(ROM)・筋力・持久力という「測定可能な身体機能」に着目する理論枠組み
  • 復元的・代償的・予防的の3つのアプローチで、骨折後リハビリからハンドセラピー、職業リハまで幅広く適用
  • 定量的な評価が強みだが、「作業の意味」を捉えるにはMOHOやCMOP-Eとの併用が有効

はじめに ― 理論シリーズ第5回

これまでの理論シリーズでは、MOHOの「意志・習慣化」、CMOP-Eの「スピリチュアリティ」、川モデルの「川の比喩」、感覚統合理論の「感覚処理」と、それぞれ異なる視点から人と作業を捉えてきました。

今回の生体力学モデルは、もっとも「物理的」なモデルです。関節は何度曲がるか。筋力はどれだけあるか。その活動を何分間続けられるか。数値で測れる身体の力に焦点を当て、その回復と活用を支援する枠組みです。

生体力学モデルとは何か

生体力学モデル(Biomechanical Model)は、人体の運動を力学的に分析し、関節可動域(ROM)、筋力(Strength)、持久力(Endurance)の3つの要素から作業遂行能力を評価・介入する理論枠組みです。

物理学の運動学(kinematics)運動力学(kinetics)を人体に応用したもので、関節をてこの支点、筋をその動力として捉えます。

このモデルの大前提は、中枢神経系が無傷(intact CNS)であること。随意運動が可能な状態で、筋・骨格・末梢神経系の問題が主な障害原因であるケースに適用されます。

生体力学モデルの歴史

戦争とリハビリテーション

生体力学モデルのルーツは、第一次・第二次世界大戦後のリハビリテーション需要にあります。戦傷による骨折、切断、末梢神経損傷に対し、関節可動域と筋力の回復を目的とした訓練が体系化されました。

1950〜60年代にかけて、身体障害領域の作業療法の中核的な理論枠組みとして確立。当初は理学療法と重なる部分が多かったものの、「目的のある活動(purposeful activity)」を治療媒体とする点で作業療法固有のアプローチが形成されていきました。

主要な貢献者

キャサリン・トロンブリー(Catherine A. Trombly, 1938–2016)

ボストン大学教授。著書「Occupational Therapy for Physical Dysfunction」(初版1983年)は、身体障害領域の作業療法における標準的教科書です。生体力学モデルを体系的に整理し、さらにOccupational Functioning Model(OFM)を提唱。能力→活動→作業役割→自己の有能感という階層構造で、生体力学的な「底辺」と作業的な「上位」をつなぐ枠組みを示しました。

ロレイン・ペドレッティ(Lorraine Williams Pedretti, 1936–2003)

サンノゼ州立大学教授。著書「Occupational Therapy: Practice Skills for Physical Dysfunction」(初版1981年)で、生体力学的アプローチを復元的・代償的・予防的の3分類で整理しました。

ヴァージル・マシオウェッツ(Virgil Mathiowetz)

ミネソタ大学。握力・ピンチ力の標準測定法と正常値データ(1984年・1985年)を確立。この基準値は世界中で引用され、現在も臨床の基盤となっています。

歴史的変遷

時期潮流
1940〜60年代復元的アプローチが主流。筋力・ROM回復が第一目標
1970〜80年代代償的アプローチの発展。自助具、スプリント、環境改善
1990年代予防的アプローチの台頭。人間工学、関節保護
2000年代以降EBPの要請で定量評価が再評価。トップダウンモデルとの統合

3つの基本概念

関節可動域(ROM)

関節が解剖学的に許容する運動の範囲です。角度で表します。

たとえば肩関節の屈曲が120°未満だと、頭上の棚に手が届きません。手関節の背屈が制限されると、コップを持ち上げる動作が困難になります。ROMの制限は直接的にADL(日常生活活動)を阻害するため、生体力学モデルの最重要評価項目です。

筋力(Strength)

筋が発揮できる最大張力です。

臨床ではMMTの6段階(0〜5)で評価されることが多く、グレード3(重力に抗して全可動域を動かせる)がADL自立の一つの目安とされています。

持久力(Endurance)

一定の活動を持続できる時間や反復回数です。

心肺持久力と筋持久力の両面があり、慢性疾患や高齢者の作業療法では特に重要です。「5分間の調理で疲労してしまう」方には、筋力だけでなく持久力へのアプローチが必要です。

3つのアプローチ

1. 復元的アプローチ(Restorative)

失われたROM・筋力・持久力の回復を目指します。

前提: 回復の生理学的ポテンシャルがある(骨が癒合する、腱が修復する、筋が再教育される)。

方法: 段階的な抵抗運動、ストレッチ、目的のある活動による反復訓練。骨折後のリハビリテーションが典型例です。

2. 代償的アプローチ(Compensatory)

残存機能を最大活用し、機能障害を補うことで活動制限を軽減します。

適用: 回復が見込めない場合、または回復途中の暫定的な手段として。

方法: 自助具・補助具の導入、環境改善、動作方法の変更、スプリント。片手だけで料理するための自助具や、握力が弱い方のための太柄スプーンなどが代表例です。

3. 予防的アプローチ(Preventive)

二次障害や機能低下を未然に防ぐことを目的とします。

適用: 関節リウマチの関節保護、反復性ストレイン障害の予防、高齢者の転倒予防。

方法: 関節保護教育、人間工学的な環境改善、エネルギー節約法。

評価方法 ― 「測る」技術

生体力学モデルの強みは、客観的な数値で身体機能を評価できることです。

ゴニオメーター(角度計)によるROM測定

万能角度計の支点を関節の回転軸に合わせ、固定腕を近位骨の長軸に、移動腕を遠位骨の長軸に合わせて角度を読み取ります。自動的関節可動域(AROM)と他動的関節可動域(PROM)の両方を記録します。

日本では日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会の「関節可動域表示ならびに測定法」が標準です。

徒手筋力テスト(MMT)

Daniels & Worthingham法が国際標準。6段階で筋力を評価します。

グレード名称基準
0Zero筋収縮なし
1Trace触知可能な収縮のみ
2Poor重力除去位で全ROM運動可能
3Fair重力に抗して全ROM運動可能
4Good中等度の抵抗に抗する
5Normal最大の抵抗に抗する

握力・ピンチ力測定

握力はJamarダイナモメーターが国際標準。3回測定の平均値を記録します。

ピンチ力は3種類を測定します。

  • 指尖つまみ(Tip pinch): 親指と人差し指の先端
  • 側方つまみ(Key pinch): 鍵をつまむ形
  • 三指つまみ(Three-jaw chuck pinch): 親指・人差し指・中指

日本発の上肢機能評価 ― STEF

STEF(Simple Test for Evaluating Hand Function)は、金子翼が1985年に開発した日本発の上肢機能検査です。大小さまざまな物品の把持・移動を10種のサブテストで評価し、所要時間で100点満点に点数化。年齢別の正常値が確立されており、日本の身体障害作業療法で最も広く使われる上肢機能評価の一つです。

その他の主要評価

  • Box and Block Test: 1分間にブロックを仕切り越しに移動できる数
  • Nine-Hole Peg Test: 9本のペグを穴に差し込み抜く時間(巧緻性)
  • DASH: 上肢障害の自記式質問紙(30項目)
  • FIM: ADL自立度の包括的評価(回復期リハビリの実績指標)

介入方法 ― 「治す」「補う」「防ぐ」

スプリント(装具)療法

作業療法士が手で作る治療用装具。低温熱可塑性プラスチックを体温より少し高い温度で軟化させ、患者の手に合わせて成形します。

静的スプリント: 関節を一定位置に固定。安静・保護・矯正が目的。手関節を背屈位に保つコックアップスプリントが代表例。

動的スプリント: ゴムバンドやバネで持続的な力を加え、拘縮の改善を図る。屈筋腱縫合術後のKleinert型スプリントが代表例。

連続静的スプリント: 定期的に角度を変更し、段階的にROMを改善。

治療的活動

生体力学モデルにおける作業療法らしさは、ここに現れます。

単なる運動療法ではなく、「目的のある活動」を治療媒体にする。木工作業で肩のROMを改善する。編み物で手指の巧緻性を向上させる。活動分析(activity analysis)により、その活動に必要なROM・筋力・動作パターンを特定し、治療目標に合致する活動を選択します。

物理的手段(PAMs)

温熱療法(ホットパック、パラフィン浴)は、ROM訓練前に組織の伸張性を高めるために使用。寒冷療法(アイスパック)は急性期の炎症・疼痛の軽減に。電気刺激(TENS、NMES)は疼痛管理や筋再教育に活用されます。

自助具・補助具

身体機能の制限を道具で補う代償的アプローチの代表です。

  • 握力低下 → 太柄スプーン、ビルトアップハンドル
  • ROM制限 → リーチャー、ソックスエイド、長柄ブラシ
  • 片手動作 → 釘付きまな板、吸盤付き食器

パラスポーツの記事で触れた「道具と身体の対話」は、まさにこの領域の話です。

関節保護とエネルギー節約法

関節リウマチや慢性疲労の方への予防的アプローチ。

関節保護: 大関節を優先的に使う、変形を助長する方向の力を避ける、長時間の同一姿勢を避ける。

エネルギー節約法: 活動の優先順位をつける、休息を計画的に挟む、作業を簡略化する、座位でできる作業は座って行う。

現場でどう使う? ― 領域別の活用例

整形外科 ― 骨折後のリハビリ

例: 橈骨遠位端骨折(手首の骨折)
  1. 評価: 手関節・前腕のROM、握力、ピンチ力、浮腫(周径測定)、疼痛(VAS)
  2. 目標設定: 手関節背屈45°以上・掌屈45°以上、握力の健側比80%以上
  3. 介入: ギプス除去後のROM訓練(自動→自動介助→他動の段階づけ)、セラパティ等を用いた段階的な握力強化、ADL訓練
  4. 再評価: 2週ごとにROM・握力を測定し、介入を調整

ハンドセラピー ― 腱損傷後のプロトコル

例: 屈筋腱縫合術後

手の外科はスプリント療法の真骨頂です。

  1. 術後早期: Kleinert型動的スプリントで保護。ゴムバンドによる受動屈曲と自動伸展
  2. 術後3〜4週: Place-and-hold exercise(セラピストが指を屈曲位に置き、本人がその位置を保持)
  3. 術後6週: 自動屈曲の開始
  4. 術後8週以降: 抵抗運動の導入
  5. 評価: TAMで屈筋腱の滑走を経時的に評価

脊髄損傷 ― 残存機能を最大化する

損傷レベルに応じた復元的+代償的の組み合わせです。

C6レベルの場合: 手関節の背屈が可能。背屈によって指が受動的に屈曲するテノデーシスグリップを活用し、物品の把持を訓練。自助具と車椅子のフィッティングで日常生活の自立度を高めます。

関節リウマチ ― 関節を守りながら生活する

復元・代償・予防の3つのアプローチすべてを駆使する領域です。

  1. 評価: 各関節のROM、握力、疼痛、炎症の程度、ADL遂行状況
  2. 介入: 炎症期は安静時スプリントで関節保護。寛解期はROM維持訓練と筋力強化。日常生活では関節保護の原則とエネルギー節約法を指導
  3. 自助具: 太柄の調理器具、レバー式の蛇口、電動缶オープナーなど

職業リハビリテーション ― 「働く」を身体から支える

労働災害後の復職支援では、FCE(Functional Capacity Evaluation)で持ち上げ能力や姿勢保持能力を評価し、職場の身体的要求と照合。段階的復職プログラム(Work Hardening)で体力を戻しながら、職場の人間工学的改善も提案します。

Bottom-up と Top-down ― 生体力学モデルの位置づけ

生体力学モデルは典型的なbottom-upアプローチです。まず身体機能(ROM、筋力)を評価・改善し、それがADLの改善に波及することを期待します。

しかし、ROMが改善してもADLが改善するとは限りません

肩の可動域が良くなっても、「料理を作ろう」という意欲がなければキッチンに立たない。握力が回復しても、職場に復帰する不安が解消されなければ働けない。

トロンブリーは1990年代にtop-downアプローチを提唱しました。まずクライエントの作業遂行上の問題と目標を特定し(top)、その原因となる身体機能の問題を分析する(down)。

現代の作業療法では、top-downで問題を特定し、必要に応じてbottom-upの生体力学的評価・介入を行う統合的アプローチが主流です。

アプローチ出発点対応するモデル
Top-down「何ができるようになりたいか」MOHO、CMOP-E、川モデル
Bottom-up「身体のどこに問題があるか」生体力学モデル
統合的両方を組み合わせる実際の臨床

CMOP-EのCOPMで「自分で料理をしたい」という目標が明確になり、MOHOのOSAで意志と習慣化の状態を把握し、生体力学モデルで必要なROM・筋力を評価する。モデルの組み合わせが、作業療法の力を最大化するのです。

生体力学モデルの強みと課題

強み

  • 定量的評価。角度、キログラム、回数。客観的な数値で変化を追跡でき、医師や他職種との共有言語として機能する
  • 再現性の高さ。標準化された評価手順が確立されており、研究にも使いやすい
  • 因果関係の明確さ。身体構造の問題→機能制限→活動制限という経路が比較的直線的で理解しやすい
  • 術後プロトコルとの整合性。医師の治療計画と直結した介入が組み立てやすい

課題

  • 作業の視点の不足。「測定可能な身体機能」に焦点を当てすぎると、その人にとっての作業の意味が見えなくなる
  • 心理社会的側面が射程外。動機づけ、自己効力感、社会参加はこのモデルだけでは扱えない
  • CNS損傷には非適用。脳卒中の痙縮やパーキンソン病の固縮には単独では対応できない
  • bottom-upの限界。身体機能の改善がそのまま生活の質の向上に直結するとは限らない

日本での生体力学モデル

身体障害OTの基盤

日本の作業療法養成校のカリキュラムでは、ROM測定、MMT、スプリント作成は必修内容。身体障害領域のOTにおいて最も基本的な理論枠組みとして、教育・臨床の両面で深く根づいています。

ハンドセラピーの発展

日本ハンドセラピィ学会(1985年設立)は、OTとPTが協働して手の外科リハビリテーションの発展に取り組む学術団体です。認定ハンドセラピスト(CHT-Japan)の資格制度も整備されており、手の外科専門施設で高度なハンドセラピーが実践されています。

回復期リハビリテーション病棟

FIM(機能的自立度評価法)が回復期リハビリテーション病棟の実績指標として制度的に組み込まれていることもあり、生体力学的な評価・介入の成果をADL自立度の変化として示すことが日常的に求められています。

おわりに ― 「測る」ことと「理解する」こと

生体力学モデルは、作業療法の中で最も「科学的」で「測定可能」な枠組みです。角度、重さ、時間。数字で語れるからこそ、医師や他職種と共有しやすく、変化を客観的に示せます。

しかし、数字だけでは人は見えません。

握力が20kgから30kgに改善しました。それは素晴らしいことです。でも本人が「それで何がしたいのか」を知らなければ、その数字に意味を持たせることができません

測ることは出発点であり、ゴールではありません。

生体力学モデルは、MOHOCMOP-EICFと組み合わされたとき、その真価を発揮します。

次回の理論シリーズでは、認知機能に障害を持つ方への支援を体系化した認知障害モデルを紹介します。

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本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものです。スプリント療法や術後リハビリテーションのプロトコルは、主治医や担当セラピストの指示に従ってください。

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